ブログ「安心院の里」

退職後は、国内・海外旅行、スポーツクラブ、家庭菜園、登山など自由気ままに我が人生謳歌中です!(健康で元気なうちに・・・)

【ピカソを産んだリゾート地・マラガ】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(7日目)

2019年06月15日 18時51分00秒 | 海外旅行
2019年5月29日(水)🌞
⏺️【マラガ観光】
太陽の海岸“コスタデルソル”の玄関口として知られるマラガは、リゾート地として人気の観光スポットになっています。またピカソの街としても有名で、生家と美術館があります。✡️朝食☕🍞イタリア観光客でレストランは満杯です。✡️🚍高速バス移動
「グラダナ08:45」~「マラガ11:13」アンダルシア地方の陽射し、朝から強い!車窓から見る一面オリーブ畑の風景です。この地方ではスペインの6割のオリーブ油が取れるという。✡️ホテルチェックイン🏨宿泊ホテルは「Hotel Don Paco」です。マラガの中心部に位置する中庭を囲むホテルです。大聖堂とピカソ美術館は徒歩圏内です。マラガのバスステーションが近くにあります。⏸️ホテルに荷物を預け、早速マラガの街歩きです。
▼マラガ駅前の噴水✡️「ヒブラルファロ城」です。
アルカサバを守る要塞として14世紀に造られた城です。基礎となる部分が作られたのは10世紀の後ウマイヤ王朝時代といわれています。▼敷地に入ると階段があり城壁をぐるっと一周する事ができます。海岸線はもちろんの事、大聖堂や闘牛場などマラガ市内を一望できるの絶景ポイントです。▼展望台(見張台)▼見張台からの展望です!▼城壁巡り▼城壁からの展望です!▼城内に備え付けられた大砲▼見張box▼城内でリス発見!✡️「アルカサバ(砦)」です。古代ローマの要塞跡に、北アフリカからやってきたアラブのモーロ人が11世紀に築いた城塞です。▼古代ローマ劇場跡です。✡️「カテドラル(大聖堂)」です。マラガの街の中心地に建っていて、街のどこからでも見えるのがマラガの大聖堂「カテドラル」です。通常2本あるはずの鐘楼がひとつだけなのは、片方の鐘楼を建てた時点で資金不足になり、もう一方の鐘楼を作るのをやめたため、「片腕の婦人」というニックネームで呼ばれています。✡️「ピカソの生家」です。
ピカソはこの黄色い家で育ち10歳まで過ごした。メルセー広場に面した建物の一階はショップと展示室になっています。▼二階にはピカソが洗礼式で着た服や子供の頃の家族写真などが飾られています。✡️「メルセー広場」です。
ピカソは、この広場でよく遊んでいたそうで、この広場にたくさんいる鳩がお気に入りだったとか。
▼自分の子供にパロマ(鳩)と名付けたといわれています。公園はジャカランタなどの花が咲き誇っています。▼炎天下の街歩きは暑い☀️😵💦アイスクリームで身体を冷やします!✡️「アトラザナス市場」です。ステンドグラスが目をひく19世紀の建物は、市の歴史的建造物にも指定されています。外から撮影のみ。✡️マラガ港です。
豪華客船までが停泊できるくらいの港です。▼歩行者天国になっているマルケス・デ・ラリオス通り▼路上パフォーマンス◼️夕食🍴🍻🌃イカ、エビ、ムール貝など魚介類のミックスパエリャ値段も高いが味はgood!







【断崖絶壁の町・ロンダ】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(8日目)

2019年06月15日 17時22分00秒 | 海外旅行

2019年5月30日(木)🌞
⏺️【ロンダ観光】

ロンダの最大の見どころは、標高750mの断崖絶壁の上に掛けられたヌエボ橋。

ロンダの旧市街と新市街をつないでいます。ロンダの町は断崖絶壁の上に建設され、人々はごつごつとした岩肌の崖周辺に住むことで、天然の要塞として利用していました。

ヌエボ橋は40年以上の歳月をかけて1793年に完成されました。断崖絶壁の崖と、高さ100mにもおよぶヌエボ橋の景色は圧巻でした。

✡️朝食☀️🍴✡️🚍アクセス「マラガ09:00」~「ロンダ12:05」
マラガバスターミナルから出発したバスは各町の停留所に立ち寄りながら山深い山岳地域に入り、天空の道を走ります。▼ロンダバスターミナル✡️宿泊🏨「モリノ ホテル」バスターミナルに近くて重いスーツケースをひきずっても苦になりません。ヌエボ橋や旧市街地へも徒歩5分少々で観光に便利です。▼浴室はバス、シャワー完備で湯量も十分です。⏺️ロンダの街歩き。
「ロンダ旧市街」です。ロンダの町並みは、真っ白な建物のあいだにレンガ造りの建物が点在していて、アンダルシアらしい開放感と重厚感が同居した雰囲気です。▼世界でも最高品質と言われるイベリコ豚の生ハム店を覗いて見ました。✡️「ロンダ闘牛場」です。
近代闘牛述の創設者、フランシスコ・ロメロの生誕地としても知られるロンダは闘牛の本場です。▼18世紀にロンダで生まれたフランシスコ・ロメロは、牛をけしかける赤い布「ムレータ」を考案し、今日に引き継がれています。▼普段、座る闘牛場は博物館として公開されています。✡️「アラメダ タホ公園」です。崖の端っこに公園があり、その公園からは張り出す形で展望台が空中へと飛び出しています。 
▼足元の床のすぐ下は数百メートルの断崖絶壁なので、高所恐怖症の人は近くにすら寄ることの出来ない展望台です。 そこから見るタホ峡谷やロンダの町並み、そしてアンダルシアの原野の光景は素晴らしい。▼夕暮れ時の風景です。✡️ヌエボ橋
グアダレビン川の浸食によってできた峡谷の上に築かれたロンダの町のシンボルです。18世紀に完成した石橋で谷を跨いで旧市街と新市街をつないでいます。▼石橋周辺の風景が目に入った瞬間、誰もが息を呑みます。垂直に切り立った巨大な岩山の上に、張り付くようにして白い家々が並んでいるのです。▼波打つような模様を描き、今にも岩の巨人と化して動き出しそうな岩山の迫力に、ただただ圧倒されるばかり。▼橋の高さはおよそ100メートル。その下には深い谷が待ち受けていて、こんなところに町を造ったことに驚かずにはいられません。▼右を見ても左を見ても、やはり奇岩の上に白い家々が並ぶ光景が広がっていて、大自然のもつエネルギーに圧倒されてしまいます。▼夕暮れ時の風景です。✡️ヒハーラの城壁は13世紀に作られたロンダの町を守るための城壁で、ロンダ旧市街地の東側に現在も残っています。 城壁の脇は遊歩道となっていて、旧市街地から城壁脇を通りカルロス5世門、アラブ浴場やビエホ橋、新市街地へと歩いて抜けることができます。✡️「アラブ浴場跡」です。
13世紀から14世紀にかけて作られたイスラム時代の浴場跡で、スペインに残るアラブ浴場としては比較的規模が大きく、保存状態も良好です。▼エキゾチックな馬蹄形のアーチが並ぶ浴場の天井には、採光を兼ねた星形の空気孔が開いていて、とても幻想的です。▼「ビエホ橋」です。
「ビエホ」はスペイン語で「古い」、「ヌエボ」は「新しい」という意味です。▼アラブ橋✡️「フェリペ5世門」です。ヒエホ橋から旧市街地に入るには上り坂になります。その途中に門があります。小規模な凱旋門です。この門をくぐると旧市街になります。▼教会&水呑場です。✡️「サンタ・マリア・ラ・マヨール教会」です。ロンダの守護聖人を祀る重要な教会、15世紀から16世紀にかけて、モスクの跡地に建設された。✡️夕食🌃🍴は「牛の尻尾!」スペイン最古のロンダ闘牛場の向かいにあるレストラン 「ペドロ ロメロ」です。牛の尻尾を使ったオックステールの煮込み(Rabo de toro)が評判の店、骨から出た旨みとコラーゲンでとろける美味しさでした。


【異次元の洞窟住居・セテニル】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(9日目)

2019年06月15日 16時48分00秒 | 海外旅行

2019年5月31日(金)🌞
⏺️【セテニル観光】
カディス県にある「セテニル・デ・ラス・ボデガス」です。

アンダルシア地方の白い村の多くが、防衛上、断崖などの高所に造られていますが、この町は川の水で浸食された岩の隙間に家を建てたり、洞窟を利用した住居が並ぶ特異な景観で知られています。村の人口およそ3,000人です。

▼アクセス🚌

ロンダからセテニルまで路線バスで往復しました。(片道約40分)
オリーブ畑が広がる静かな田園風景の中をバスは走ります。

▼セテニルの風景を特別なものにしているのが、グアダルポルシン川に浸食されてできた洞窟を利用した住居の数々です。

▼かつてこの地を流れていた川が長い年月をかけて地面を浸食して出来た崖、その過程で多くの洞窟が出来たため、人間が住み始めたことが町の始まりとのこと。

▼スペインがイスラムに征服されていた時代、キリスト教徒が何度もこの土地を奪回しようと試みたが、地形を有効に利用して守っていたため、大変困難だったと言い伝えがあります。

▼岩に押しつぶされてしまうのではないかと思うような家、落ちてこないか心配せずにはいられない岩、家々を飲み込むかのような岩、岩に上部をふさがれた道路・・・

▼他のヨーロッパの街と同じく、狭く細く入り組んだ道が通るが、街の中には。巨大な岩と崖が思わず目を引きます。

▼地震大国日本に住む我々には想像もつかない場所です。

▼外から見たら一見普通の家でも、岩をそのまま天井や壁として使っているのです。

▼建築中の方から快く家屋内を見せてもらいました。

▼これらの洞窟住居は歴史の遺産ではなく、今も村の人々が生活している現役の住宅で、人々の生活を支える商店やバルです。

▼セテニルを象徴する風景が、巨岩でできた自然のテラスの下にバルやレストランが並ぶクエバス・デル・ソル通り。露店が出たりして 大変賑やかです。

▼観光客の姿も、チラホラありますが、もともとここは地元の人々の憩いの場として愛されてきた村の中心です。

▼屋根のように建物の上に覆いかぶさる巨岩は圧巻の迫力で、こんな場所が日常の井戸端会議の舞台になってきたなんて驚かずにはいられません。

▼巨大な岩の下で、あるいは巨大な岩を眺めながら、お酒やタパスを楽しむのがセテニル流とか?

▼店内でも・・

▼川沿いのテラス席からは、クエバス・デル・ソル通りの巨岩のテラスが見渡せます。

▼小さな礼拝堂です。

▼広場全体が小高い丘の上に位置するカルメン広場からの眺めが最高です。

▼セテニルの白い町並みや12~13世紀に築かれたアラブ時代の塔などが建つ巨大な岩の要塞風景も楽しめます。

▼町の高台に建つ教会はシンプルです。

▼町の裏側にもクエバ住居は続いています。住居の上はオリーブ畑です。

▼イイ気持ちはしません!

巨大岩石の下での昼食体験です。

川沿いに白い家々が積み重なるようにして建ち、そばには巨岩がそびえるセテニルらしいダイナミックな絶景は言葉を失うほどの迫力です。現在セテニルに住む人々は、レンガで岩や崖を補強することで安全を保ちながら何食わぬ顔で平然と過ごしています。もし地震国の日本に存在すれば間違いなく住民に対して退去命令が出されていると思います。



【ジャカランタの花&パエリャ料理】🇪🇸アンダルシア地方を巡る夫婦旅

2019年06月15日 15時35分00秒 | 海外旅行
✡️🇪🇸アンダルシア地方に夏の訪れを告げるジャカランダの花です。日本では珍しい花ですが、アンダルシア地方な各観光地では、至るところで見ることができます。花は盛りを過ぎて終盤に差し掛かっていました。▼南米原産のこの木は、なんでも熱帯三大花樹のひとつに数えられているとか。▼桜のように葉の前に花が咲き、藤紫色のじゅうたんを作っています。▼ジャカランダの並木道は、桜並木に負けぬ美しさです。
✡️🇪🇸旅行での楽しみは、なんといっても現地での食事です。美食のスペインの国民的料理パエリア。アンダルシア地方の各地でパエリアの食べ比べをしてみました。個人的には、値段も高いがマラガで食べたパエリャが一番美味しいかった。(最初の写真)

【地中海の要衝・英国領ジブラルタル】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(10日目 )

2019年06月15日 14時30分00秒 | 海外旅行

2019年6月1日(土)🌞25℃


⏺️【ジブラルタル観光】
ヨーロッパとアフリカが最も接近するジブラルタル海峡。ヨーロッパ側はスペインだが、その中のジブラルタル半島だけは英国領だ。


その立地からさまざまな民族や国家が奪いあい、16世紀にはスペインの支配下に、18世紀からはイギリス領にいるが現在、EU離脱問題点でスペインとの覇権争いが激化している。

✡️朝食☕🍞

✡️アクセス🚆
ロンダからアルヘシラスへ。

電車の予定でロンダ駅に行ったらバス🚌運行になっていた。

駅員によるとバスと電車は交互運行されているとのこと。

(ロンダ(発)10:15(09:17)のバス1時間遅れ😭


▼アルヘシラスの町に入りました。

本来、この駅に到着する予定でした。ヨーロッパ最南端の駅であるアルヘシラス駅(スペイン鉄道終着駅)です!

✡️駅前にあるアルヘシラスのバスターミナル「サン・ベルナルド」です。

ここのロッカーに荷物を預け、イギリス領ジブラルタルへ日帰り観光です。

「La Linea(ラ・リネア)」行のバスは、普通の路線バスですので 各バス停に停車しながら走行、終点が「ラ・リネア」です。

目の前にジブラルタルのシンボルのロックが見えてます。スペインは現在も返還を求めているらしい?

 

▼入国審査場です。

入ると右にはゲート、左には窓口、その手前に警察官が。

左へ誘導され、そのまま素通りでした。

▼ジブラルタル空港に通じる滑走路の真ん中を「ウィンストン・チャーチル・アヴェニュー」という道路が横断しており、両国をつなぐ主要道路になっています。

遮断機が設置され、飛行機の発着がないときは車やバイクはもちろん、歩いて渡ることも可能です。

▼城壁のトンネルを抜けると、街の中心の広場「ケースメイツスクエア」です。

昔はイギリス軍の訓練場として使われるなど軍事施設としても利用されていたが、今は憩いの場になっています。

▼この広場で軽食です。

▼広場の一角に下を向いた大砲のモニュメント。

「ザ・ロック」に設置されていたものです。

▼「メイン・ストリート」は、大勢の人々でにぎわっています。

観光客を対象にした多くの貴金属店やブランドショップが並びます。

付加価値税がないというのが、買い物客にとって最大のメリットなのだそう。

▼この半島はイギリス領ですのでポストまで違います。(赤色イギリス:黄色スペイン)

▼イギリスらしいお土産さん

▼中心街から「ザ・ロック」の9合目付近まで、ケーブルカーが運行しています。

所要6分でターリク山へ。

▼この『ターリクの山』は、別名を『ヘルクレスの柱』と言います。

ギリシア神話の英雄ヘルクレスが、世界の西の果てに立てたという柱が、この岩山のことであろうと伝えられているのです。

✡️野生猿の生息地になっています。

北アフリカが原産で、バーバリー猿という種類です。ジブラルタルには長い侵略と奪還の歴史があり、この猿がいなくなるとイギリス領でなくなるという言い伝えがあるほど・・イギリスのチャーチル首相が猿を増やせと命令した有名な話も残っているとか。

▼野生の猿は観光客のアイドル、観光客の荷物にいたずらすることもあるようです。

▼見下ろすジブラルタルの中心街です。

港や飛行場も繁華街も全部見下ろせます。

豪華な大型クルーズ船が入港して来ます。

▼ジブラルタル海峡が一望できます。

イベリア半島が足元に横たわり、大西洋と地中海を隣同士に見ることができます。

▼最も狭い場所は幅15kmほど。

地中海と大西洋、ヨーロッパとアフリカを結ぶ海上交通の要衝です。

✡️【復路】アルヘシラス(18:00)〜タリファ(18:45)


▼🚌アルヘシラスに戻ります。

▼🚌アルヘシラスでバス乗り換え、タリファへ。

✡️🏨宿泊ホテルはタリファの「Hostal El Asturiano」、連泊です。翌日対岸のモロッコに行くために利用しました。


▼タリファのメイン道路を歩いてホテルへ。風が強く、歩くのも大変です。

▼タリファの宿泊ホテルです。







【アフリカの玄関町・タンジュ】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(11日目)NO 1

2019年06月15日 12時25分00秒 | 海外旅行
2019年6月2日(日)⛅
⏺️【タンジュ観光】
ヨーロッパ・スペインからフェリーで「覇権争いの海」ジブラルタル海峡を渡り、アフリカ大陸・モロッコに日帰り観光です。タリファはモロッコへの玄関口。距離はわずか約15km、モロッコのタンジェまでフェリーで1時間で行くことができます。(モロッコ旅行は2回目)✡️これだけです!ホテルの朝食☕🍞✡️ホテルから徒歩でタンジェ港へ。▼フェリーは強風で3日前から欠航していたとのこと。桟橋は乗船する客で大混乱です。▼キャンセル待ちで乗船出来ない?💦💦辛うじて乗船することが出来ました。良かった!▼モロッコ側の入国手続きは船内でやります。ここでも大行列です。入国カードを書いて、並んで、パスポートと一緒に提出。▼航行中のジブジタル海峡は天気晴朗なれど波高し。▼フェリーから見たアフリカ大陸(モロッコ)です。✡️モロッコ・タンジェ旧市街観光です!タンジェは、ヨーロッパとアフリカの交流の中継地となっており、さまざまな民族が入り混じっている町です。スペインの植民地であったため、その影響を残す白い建物が続く町並みが印象的です。ヨーロッパ的な町並みと混沌としたアラブ的な雰囲気をあわせ持ってます。▼タンジェの街は、新市街と旧市街エリアがあります。新市街は近代ビルが立ち並び近代的な都市となりつつありますが、旧市街であるメディナは、昔の中世的な雰囲気をいまだしっかり残しています。✡️メディナの北端に位置する城塞地区がカスバです。▼メディナの中でも一番高い所、海がきれいに見晴らせるビュースポットでもあります。✡️グラン・ソッコ広場
メディナ入り口、グラン・ソッコ広場です。▼ここは新市街と旧市街をつなぐポイントでもあります。▼広場にはいろいろなお店が出ているため人も多くタンジェで最も混雑する場所です。✡️グラン・モスク
メディナのランドマークが白い外壁と緑の装飾タイルが美しいグラン・モスクです。非イスラム教徒が入ることはできません。✡️スーク(市場)
メディナの東側を中心に、庶民の活気あふれる昔ながらのスーク(市場)が広がります。▼お店のスタイルも、常設店舗から即席の露店までさまざま。▼独特の空気から芸術家たちを惹きつけてきた町だけあって、ストリートアートが点在するタンジェのメディナには絵になる風景がいっぱい。▼モロッコらしい古びたオート三輪車▼白と青で統一された、ひっそりとした路地に足を踏み入れると、時間が止まったような感覚にとらわれるかもしれません。イスラム教徒のラマダン期間中でレストランは閉店、タンジェを離れて再びフェリーでスペイン・タリファ港に戻ります。





            

【イベリア半島最南端の町・タリファ】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(11日目)NO 2

2019年06月15日 10時23分00秒 | 海外旅行
2019年6月2日(日)⛅
⏺️【タリファ街歩き〝🚶‍♂️🚶‍♀️〟】
モロッコ・タンジュへの日帰り観光を終え、タリファに戻り、バスターミナルで明日のバス乗車券を購入後、街歩きに出掛けた。
▼バスターミナル✡️ヘレス門
300メートル程の旧市街には、北側にあるアラブ風のヘレス門から入っていく。宿泊ホテルから約20mの位置にあります。▼タリファの旧市街地に入ると、アンダルシアの白い村に来たのかなと思うような白い家々が並びます。13世紀と比較的早い時期にキリスト勢力に奪還された町ではあるが、町の構造や建物の作りは典型的なアラブ風だ。▼面白いT シャツ発見!✡️サン・マテオ教会(Iglesia de San Mateo)がタリファで一番大きい教会です。サン・マテオ教会内部は重厚なゴシック調の造りでした。
▼内部にはルネサンス様式なのかなと思う礼拝堂もありました。薄紫とピンク色の装飾で、天井も美しい色でした。✡️タリファのグスマン城は、イベリア半島最南端の城としてかなり重要な役割を担ったようです。別名タリファ城とも呼ばれています。▼海岸近くに建つ見張り塔✡️地中海と大西洋の境界に立つ!
タリファ旧市街から徒歩で10分ほどです。島は一本の堤防道路で陸とつながっています。道路の西には大西洋・東には地中海が拡がっています。島内に軍事施設のがあるため、島そのものにははいれませんが、道路からでも十分に美しい景観を眺めることができます
入島できないのでこの桟橋が事実上の普通の人が行けるタリファの先端です。陸続きでいける正真正銘のヨーロッパ大陸最南端に立つことができた!感無量である。
✡️2つの海の違い
▼「右側」穏やかな波が押し寄せる大西洋▼「左側」激しい波が押し寄る地中海▼さらにタリファはウィンドサーフィンのメッカだ。波静かな大西洋側では風、海流、そして手付かずの青い海と白い砂が、サーファーを虜にしている。✡️夕食🌃🍴は旧市街でガリシア風のタコ料理(祭りだこ)です!ゆでて、切って、パプリカと塩とオリーブオイルをかけるだけ。木皿に盛った温かなタパスです。ビールのツマミに最高😃⤴️⤴️


【州都・セビーリャ街歩きNo 1】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(12日目)

2019年06月15日 08時29分00秒 | 海外旅行
2019年6月3日(月)⛅
⏺️【セビーリャ観光】
アンダルシア州の州都であるセヴィーリャには、スペインで最大、世界でも3番目に大きいといわれるカテドラルがそびえ立ちます。 またフラメンコの本場としても知られており、情熱的で陽気な空気が漂っていました。✡️このホテルの朝食は、パン、ジュース、コーヒーのみです。私達が二階部屋から階下に降りてから、カウンターのソファーで寝ている従業員が起き上がり、ねぼけまなこで作るのです。
✡️アクセス🚌(約3時間)
「タリファ08:30」~「セビーリャ12:00」▼沿道周辺では風力発電のタービン群と黄色一色に広がるヒマワリ畑が続きます。(バス車窓から)▼セビーリャのバスターミナルに到着しました。✡️🏨宿泊ホテル「Hotel Doña Lina(2☆)」4連泊
かつてのユダヤ人居住区、迷路の中を探すのに一苦労です。アルカサルと大聖堂に近くロケーションはよい。⏺️ホテルに荷物を預け、早速セビーリャの街歩きです。アンダルシア地方の街は、夏がとても暑い。昼間の観光は暑さでフラフラ💫😵🌀になる。日本のように湿度がなく乾燥しているので、日陰に入れば涼しいです。✡️セビーリャ大聖堂 
15世紀から約120年もの年月をかけて建設され、世界三大大聖堂に数えられる世界遺産です。奥行116m、幅76mもある巨大な大聖堂です。▼入口は、トリウンフォ広場のある南側、ゴシク様式のサン・クリストバル門のそばにあります。▼巨大なカテドラル内部▼すぐにコロンブスの墓があります。棺を担いでいるのは、当時スペインを構成していた王国の4人の王です。▼前列右側の王は、十字架の付いた槍でザクロを刺しています。ザクロはスペイン語でグラナダのことを指し、キリスト勢力がレコンキスタによってグラナダからイスラム勢力を追いやったことを意味しているそうです。▼聖杯の礼拝堂には、宗教画と聖杯のコレクションが展示されています。礼拝堂に入ってすぐ右手には、立派な主祭壇があります。▼このカテドラルのために描かれた祭壇画、ゴヤ作「聖フスタと聖ルフィーナ(聖ユスタと聖ルフィナ)」です。天からの光を浴びる聖人2人と、足を舐めるライオン、壊れた女神像が描かれています。▼銀の祭壇または聖なる年の祭壇▼参事会議室です。▼アルフェの聖体顕示台です。▼バラ窓▼天窓から光が差し込む設計になっており、天井に施された装飾が際立って見えます。▼その他✡️オレンジの中庭はイスラムのモスク時代からあった空間で、その名の通りオレンジの木がたくさん植えられています。▼中庭からは大聖堂とヒラルダの塔を間近で見ることができます。✡️ヒラルダの塔
大聖堂の隣に建つ高さ約94mのヒラルダの塔は、街のシンボルともいえる存在です。イスラム時代のミナレットを土台にし、キリスト教の鐘楼を継ぎ足して造られました。土台部分は二連アーチ窓やアラベスク模様が施されているので、思いっきりイスラム様式になっています。現在修復中につき登ることができません。▼ライトアップされたヒラルダ塔
✡️セビーリャの路地裏バルへ
スペインの食文化を支えているのがBAR(バル)です。日本の立ち飲み居酒屋のような場所です。

【州都・セビーリャ街歩きNo 2】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(12日目)

2019年06月15日 08時00分00秒 | 海外旅行
✡️アルカサル宮殿
イスラムとキリスト教の建築様式が融合したムデハル様式で建てられた宮殿です。▼ペドロ王が変わる度に増築を重ね、宮殿内部は複雑で迷路のような壮麗なイスラム風の宮殿です。
[user_image 59/e2/2930ac69dfedc9fc20bf4f80933194ec.jpg]▼暑く乾いた気候のセビーリャでは、噴水のある池は贅沢品の一つ▼乙女のパティオ等▼ペドロ1世宮殿・・▼幾何学的&植物的、 アラベスク模様・・▼庭園には世界中の植物が植えられており、一度の滞在で四季を味わうことができます。▼アルカサルから見たセビーリャのカテドラルとヒラルダの塔✡️ヌエバ広場
セビージャ市庁舎の前に広がる広場。トラムの起点駅にもなっており、セビージャの中心部になる場所です。✡️黄金の塔
グアダルキビール川沿いに建つ12角形の塔です。街の防衛のため、1220年に建てられた堅牢な建物です。▼現在は海運で栄えた歴史を伝える海洋博館として利用されており、塔の上からはセビリアの街が一望できます。▼塔のすぐそばからは、グアダルキビール川をクルーズする船が発着しています。✡️旧タバコ工場(現セビリア大学)です。✡️旧タバコ工場前の大通りを挟んで反対側の一帯は、ムリーリョ公園になっています。公園内には、探検家コロンブスの記念碑が立っています。二本の柱の真ん中には船、頂上はライオンが付いています。✡️サンタ・クルス街
ユダヤ人の居住区、15世紀以降は、多くの芸術家や貴族階級の人たちが住みついたという サンタ・クルス街です。石畳の小道で細い道が多くあり、迷路のよう。車はもちろん自転車も通れない、人が一人しか通れないような狭い道もあります。▼道が入り組んでいてわかりにくいのもサンタクルス街の特徴で、自分がどこにいるかわからなくなってしまうことも。▼家の敷地内には、美しいパティオ(中庭)があり、通りから覗き込むことができます。✡️グアダルキビル川と通称トリアナ橋は、観光スポットとしても人気がありますが、セビリアの人々にも愛されている憩いの場所です。














【州都・セビーリャ街歩きNo3】🇪🇸 アンダルシア地方を巡る夫婦旅(12日目)

2019年06月15日 07時06分00秒 | 海外旅行
✡️スペイン広場
色とりどりの陶器で装飾された美しい広場です。博覧会の会場として造られた施設で、現在はアンダルシア州政府のオフィスとして利用されています。広場も建物も、写真に収まりきらないほど巨大です。映画「スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」や「アラビアのロレンス」のロケ地となった場所です。▼中央の建物から半円形の回廊が、左右にずらーっと延びている姿は圧巻の光景!▼回廊の外側には、色鮮やかなスペイン48県のタイル画が描かれています。訪れた県をメインにアップしてみました。▼建物の前にある水路も半円形になっており、水路には4本の橋が架かっています。橋の欄干は色とりどりの陶器装飾がアクセントになっています。▼中央建物&広場中央にある噴水場、勢い良く水が噴き出していて素晴らしい景観を造り出しています。▼建物中央踊り場では路上フラメンコショーが行われていました。✡️夜のセビーリャ旧市街(カテドラル周辺)を散策して見た風景です。