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東アジア歴史文化研究会

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう
歴史の書き換えはすでに始まっている

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第11回) ミャンマーの二枚舌(その1)

2023-11-22 | アジア旅行記
▼パゴダが国民の二倍の数 最初のミャンマー行きは二十年ほど前だっただろうか。 バンコック午前一時半、スーパーも食堂もやっている。ネオンがきらめき不夜城の様相だ。1972年暮れ、はじめてタイにきたとき、女性はサンダル履きか、素足、粗末な装いだった。いまや、資生堂、カネボウで「武装」している。 翌日、ヤンゴン国際空港に到着。田舎の飛行場という風景である。入国管理ロビィも荷物のベルトもお粗末。外へ . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第10回) 「ヤヌスの首」を演じるフィリピン(その2)

2023-11-21 | アジア旅行記
▼「パターン死の行進」はフェイク 別の機会にフィリピン行きがあって、アドホックに「歴史検証チーム」(?)が結成された。 「パターン、死の行進」とかの米国がでっちあげた歴史改竄(フェイク)のルートを実際に歩いて体験しようと高山正之氏ら戦史研究家たち十五人でツアーを組んだ。 「パターン死の行進」は、コレヒドールで降伏した米兵6700名とフィリピン兵が7万人。合計八万人近い大人数を102キロ離れた . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第9回)「ヤヌスの首」を演じるフィリピン(その1)

2023-11-20 | アジア旅行記
▲フィリピンの経済の本格的離陸が見えた 中国勢は尊大に突っ張るが、韓国企業は苦戦、日本企業にチャンスが回ってきたのがフィリピンである。 5年ほど前から日本企業のフィリピン進出が目立つようになった。 財界が「チャイナ・プラス・ワン」と言いだし、中国以外にも生産工場を物色していた。そして日本企業は発見したのである。教育程度が高く、英語がうまい。すくなくともフィリピンで高校生なら、日本の大学生をこ . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第8回)ベトナムの逞しさ、強靭さ(その3)

2023-11-19 | アジア旅行記
(承前) ▲中国牽制の重しにベトナムを活用できると米国は読んだ わすれがちな事実がある。 ベトナムとロシアが仲良しであること。現在のベトナムの大統領、首相ら政府幹部はロシア留学組か「ロシアスクール」と呼ばれる革命運動の政治人脈から出ている。ベトナムの独裁政党は旧ソ連型の支配メカニズムによって成り立っている。 ソ連は崩壊したが、新生ロシアとなってもベトナムとの友好関係は変化がなく、カムラン湾に . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第7回) ベトナムの逞しさ、強靭さ(その2)

2023-11-18 | アジア旅行記
(承前) ▼ディンビエンフーはいま 激戦地跡が公園風の展覧施設となっているディンビエンフーに向かった。 フランス軍を破ったベトナムの英雄、かのボーグエンザップ将軍の背後で作戦指導した残留日本兵がいた。戦後、ベトナムに残留した日本兵は二千名とも言われている。台湾へ軍事指導に行った白団もあれば、根本中将は金門島での戦闘を指導した。 インドネシアも独立戦争に残留日本兵の多くが加わった。 ハノイ . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第6回)ベトナムの逞しさ、強靭さ(その1)

2023-11-17 | アジア旅行記
▲建設ラッシュ、まるで二十年前の中国。人口ボーナスが続き外国企業の進出続く カンボジアの中国代理人的な鵺的行動とは対照的、中国に正面から挑むのはベトナムである。 ベトナムは北と南では民族性が異なる。たしかに旧北ベトナムの人たちは精悍で狡猾なところがある。クメールルージュは北ベトナムが拠点だった。南のベトナム人はどちらかと言えばのんびり、労働者も怠けものが目立つ。 西沙諸島の領有をめぐり、中国 . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第5回) 「中国の代理人」=カンボジア(その3)

2023-11-16 | アジア旅行記
(承前) ▼様変わり、中国がカンボジアを植民地化 日本は犠牲を恐れず友好道路や橋梁を架けインフラ建設に日本が大変な活躍をなした。 ところが、日本の六倍のカネを中国はカンボジアに注ぎ込み、高級マンションや邸宅群を片っ端から建てて、チャイナタウンとした。 日本人コミュニティも和気藹々と存在してフリーペーパーもでているが、政治的意見はゼロだ。 記事の大半は安いアパート紹介、日本語学校、出張族への . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第4回)「中国の代理人」=カンボジア(その2)

2023-11-15 | アジア旅行記
(承前) ▼カンボジアは顕著な変動期を迎えていた。 プノンペンとベトナムの商都ホーチミンを結ぶ高速道路はメコン川をフェリーで渡るため八時間以上かかった。このメコン川に大きな橋を架けた日本の無償援助(85億円)という貢献はネアックル橋(全長5・4キロ)に代表された。開通後、ホーチミンまで六時間に短縮された。 南シナ海への出口が拡大されるとカンボジアの輸出産業が活気づいた。 2017年の11月 . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』全アジアを回ってみた(第3回) 「中国の代理人」=カンボジア(その1)

2023-11-14 | アジア旅行記
▲シアヌークビルは中国の植民地のごとく 十年ほど前まで、日本からプノンペンへの直行便はなく、バンコクか、ハノイ乗換のシェムリアップ行きがほとんどだった。世界遺産のアンコール・ワット、アンコール・トムへの観光が日本人ツアーの主力で首都のプノンペンは素通りだった。 カンボジアの再建にもっとも貢献したのは日本だった。 いつしか、そのことを忘れ、カネを運んでくれる国にカンボジア政府はなびく。大事なア . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』全アジアを回ってみた(連載第2回) アジアの植民地を解放した日本

2023-11-13 | アジア旅行記
▼アジアの対日論調が変わった アジア諸国で時々起きた反日暴動の元凶は華字紙の論調にもあった。タイで起きた反日運動は、背後で華僑が資金を提供していたし、学生センターの幹部の大半は華僑の末裔だった。当時、わたしはバンコックのチュラロンコン大學に本部のあった学生センターに抗議文を持って行った。そのときの指導者がチラユット・ブンミーで華僑系、彼はその後、玉サーと大學教授となった。 いまもおしなべて反日 . . . 本文を読む

『暴走老人、南へ』 全アジアを回ってみた(連載第1回) 「アセアン概論」

2023-11-12 | アジア旅行記
▲アジアは日本から中国に熱線を送りだしたが 日本人のアジア諸国ツアーは、距離的に近い所為もあって『武漢肺炎』が猖獗を極める前までは凄い人出があった。 たとえばバンコクのスクンビッド地区は日本人コミュニテイィが拡がる。日本食材専門店、寿司はもちろん、日本書籍の古本屋まである。同様なジャパンヴィレッジは、ジャカルタのM街、ホーチミンの海岸周辺、プノンペンのイオンマートのあたりにもあって、日本の居酒 . . . 本文を読む