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犬猫と日向ぼっこ

ミックス犬と二匹の猫と一緒に送る毎日の記録と庭の草花の栽培日記。また、旅行先での記録などを綴る。

おばあちゃんの想い出話。

2008-12-16 16:57:10 | 思い出

この季節になって 山茶花の花を見ると

垣根の 垣根の 曲がり角~

焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き~

という 唱歌を思い出す。

山茶花の木を植えようと毎年思うのだけど

どこに植えようか…と思ううちに時期がずれてしまう。

 

今年の11月は祖母の17回忌をすることになっていたが

その日に 兄嫁のお母さんが亡くなり

お寺さんにお経をあげていただき

あわただしく 兄嫁の実家のお通夜に駆けつける

という状態だった。

母は「おばあちゃん ごめんね」と言っていたが

しょうがない。

その代り 葬儀が終わってから

母 姉 兄と一緒のとき

おばあちゃんの元気だったころの話をした。

 

「たまご酒」がすきだったよね~

風邪気味だといって たまご酒を造って飲んでいた。

私も 時々味見をしていたけど 砂糖を入れるので

アルコールの度数が上がるみたいだった。

いまから36年くらい前 旅行に姉と私と3人で行った時には

夜中に トイレに行き(国民宿舎なので部屋になかった)

ドアのかぎが掛かって 締め出しになった。

その時 目が覚めそうなわたしの名前を

廊下で読んでいたよね~

などと昔話でおばあちゃんのことを懐かしんだ。

嫁 姑の関係で 子供の私たちが

やばい!と思うことも少しはあったけど

寝たきりになったも 我が家で

母の介護を受け 最期をみとられたことは

幸せだと思っている。

私たちの世代から見ると うらやましい最期かも。


なかなか治らない癖

2008-07-23 08:45:47 | 思い出

一昨日の昼の我が家

たまと保護者である娘のお昼寝風景。

 

暑いのにくっつかなくても‥毛皮も着ているのに‥。

娘によると 夜もこの状態で 寝返りをする娘の足元で

上手に 空間を確保して寝ているそうだ。

 

昨夜は老人に関する (といってもその“老人”が

今の時代には まだ若いと思ったけど)テレビ番組に

思わず笑ってしまった。

「たけしの‥家庭の医学」ですが、その中で

老人の心の病気を取り上げていた。

 

病気になる恐れのある人を調べる中で

家庭の中を見せてもらうというのがあった。

レポーターの東海林のり子さんが

ペーパーの 問診では

危ない点だったが 家庭の調査で

大丈夫といわれた。

 

それは 冷蔵庫のなかのチェックを受けて。

思わず 笑ってしまったけど 冷蔵庫の

ドアをあけると 中のものが崩れ落ちそうだった。

 

たけしさんに

「東海林さん 奥の物は腐っているのじゃない?」 

なんて、からかわれていた。

 

いっぱい詰め込まれた冷蔵庫

私もそんなことをするタイプなんです。

 

仕事をしていた時 

いつも買い物ができるとは限られないので

つい、買い置きをしていた。

そして 買い置きがあるのを忘れて また買って~

なんてことをして いつも いっぱいだったし

記憶になくなった古いものがあったりして。

 

几帳面な近所の主婦のお宅に行き 

彼女がドアを開けた冷蔵庫を

チラッと見ると 空間がある

 

“空間のある冷蔵庫”を心がけていますが

31年勤め その間についた ストック癖が

なかなか治りません。

以前よりは 多少よくなりましたが‥。

 

そんなことで、私も 東海林さんと同じく

落ち込むことはあるけど 

几帳面でないということで

病気から逃れています。

 

いいこともあるものです

 


昨夜のプロフェッショナル

2008-06-25 10:56:47 | 思い出

少し前に 娘から聞いてはいたが‥

昨日の夕方 ニュースを見ていたら 

アイスランドにいないはずの白熊が現れた。

それも 雌雄 二頭。

どうも 何百キロも流氷に乗ったり 泳いだりして

たどり着いたらしい。

雄は若くやせていた、雌は長い間泳いだためか

足が青くなっていて 弱っていた。

突然 現れたので保護する施設もなく

危ないので 処分された

というニュースで 地球のこれからを考え

暗い気持ちになった。

 

それで どうかと思ったのだけど

気になったので 22時から

NHKの“プロェッショナル 仕事の流儀”をみた。

 

 

淀川キリスト教病院ホスピス棟担当の

看護師長さんの仕事に対する

気持ち 気遣い 等々を番組で見た。

 

その中で 挙式間近の娘を持つお父さんの

闘病の様子を写していた。

 

ひと月後の娘の結婚式に出席するのは難しい

病状であることをどのように本人に伝えるか 

家族が悩む様子が映されていた。

看護師長さんの気配りで、前撮り写真を撮ることになり

お父さんは病院にある礼拝堂で ウェディングドレスを着た

娘さんと写真を撮ってもらっていた。

 

お父さんの口元に 喜びがみえた。

 

どんな状況になっても

「希望は必ずみつかる」

「自分らしい人生を生きる」

ということを看護師長さんは、

何度か話されていた。

 

このお父さんは、写真撮影の二日後に

亡くなられたそうだ。

 

この番組の放送を見たご家族、お父さんの

嬉しそうな口元に気づかれたと思う。

 

辛いとは思うけど

お父さんの映像が残っていて 

少しうらやましいと思った。

 

そして、高齢の末期がんの患者さんが

「私のことを 忘れないでね」と話す

ところも、心に残った。

 

番組を見ながら、夫の闘病時のことを思い出した。

 

 

 

 


麦藁帽子

2008-06-22 07:57:50 | 思い出

昨日の午後 懐かしい映画の再放送を見た。

「人間の証明」

1977年の、当時全盛時代だった角川映画だ。

 

1977には 私はもう結婚していて、この年の

12月に上の娘が生まれた。

この映画 映画館に見に行ったのか

何年か後にテレビで見たのか 覚えていない。

 

当時 「お母さん ぼくのあの麦藁帽子 

どうなったんでしょうね‥(だったか?)」という

映画の中のせりふが

「mama~、Do you remember me‥ 」

だったか? ジョー・山中さんの唄とともに流行った。

 

約30年前の映画なので 私の記憶では

つい、昨日のように思えても 映像で見ると

やはり 昔だな~と思った。

 

アメリカでの捜査で 日本への報告を作るのに

タイプを打っていた。

アメリカでの犯人を追うカーチェイスの場面で

車が やけに大きく(燃費が悪そ~)

今ではめったにお目にかからない型。

私が若い頃 親が見ていた戦後の映画を

「ふる~い」といったように、私も

「お母さん こんなんだったん」と、娘が一緒に見ていれば

言われそうだと思った。

 

映画に出演している俳優さんも 30年前のものとなると

亡くなっている人も多かった。

 

 

今の パソコン メール 携帯

どれも自分たちが使うようになるとは

思いもしなかった時代。

 

30年の間の変化を感じつつ これからのことを

ふと思った。

これから 30年後には私も86才

人生にして 夫の元に行っているか

それとも‥どうなるのかな?


昔の思い出 ‥ 子供の宿題

2008-06-21 09:16:33 | 思い出

 

先週の 夫の命日に姉が来てくれて

その後我が家の娘たちと一緒に久しぶりに

居酒屋に行って来ました。

夫の命日に 居酒屋に‥どうかと思いますが

夫の写真を入れた ロケットをつけ

行きました

きっと 夫も 彼が元気だった頃にはなかった店なので

「なかなかいいじゃ~」と、思ったはず。

 

食べながら話していると つい 姉と昔話になった。

子供の頃の話に。

娘たちは ちょっと興味ありげに聞いていた。

それは 宿題の話。

夏休みの宿題のことだけど

(前に この話は載せたことがある)

「日本地図に、山の高さに応じて色分けしたのを

お父ちゃんが作ったよね。

私のときは三番目なので、お姉ちゃんのを

持っていけといったよ。」

「そんなのいやじゃ~、というと しぶしぶ3作目を作ったよ」

と私が言うと、姉が

「あれは 自分がやりたかったんよ」といい、

私が知らなかった話を聞かせてくれた。

「○○(兄の名)が2年くらいの時、作文を

お父ちゃんが書いて なんかの賞を

もらったことがあったんよ」と。

兄が2年ということは 姉は3年 私は保育所

知らなかったな~。

 

東京であった事件の容疑者の家庭で

親が宿題や感想文を手伝っていたと

テレビの番組で言っていた。

 

我が家も似ている

 

しかし、時代が違うからか、我が家の

きょうだいは 

「お父ちゃんも ようやったね~」と笑って話せる。

 

地図の時は“父親作”でしたが

卵の殻でモザイク調に絵を描く宿題のとき

作りかけたのを置いていたら

母が仕上げていたと 姉が言っていました(笑)。