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経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

【お節介焼き情報】 『まねぶ』は実力養成の第一歩

2025-02-26 12:03:00 | 【話材】 お節介焼き参考情報

 

  【お節介焼き情報】 『まねぶ』は実力養成の第一歩 

 

実力を活かせるプロフェッショナルをめざそう
 1970年代から、半世紀にわたり「経営コンサルタントとはお節介焼き」「当たり前のことが当たり前にできる企業作り」「現場を重視」「管理とは温かいもの」をモットーとして経営コンサルタントという職業に就いてきました。
 経営コンサルタントになってから、いろいろな人から「なぜ経営コンサルタントになったの?」「経営コンサルタントになるにはどうするの」あるいはすでに経営コンサルタントになっている人からは「経営コンサルタントとして成功するこつは」などと聞かれてきました。

 コンサルタント・士業としての成功だけではなく、ビジネスパーソンにも通じることです。お役に立つかどうかはわかりませんが、独断と偏見をお許しいただき、まとめてみました。

■「枕草子に登場する『まねぶ』は実力養成の第一歩」を貫く
 「まねぶ」は、「まねる」と「まなぶ」の合成語として紹介しています。
 私自身が、経営コンサルタントになりたての頃、「コンサルティングはどのようにするの」「コンサルタントとしてなにをやるのだろうか」と考えたときに、先輩から学ぼうとしました。ところが、コンサルティングというのは、先生それぞれがノウハウを持ち、それを武器に仕事をしていますので、30才そこそこの若造の私には、それを開示してくれるわけはありません。
 私は、自分で受注したコンサルティングの仕事を先輩の鞄持ちをしながら盗み取ることにしました。コンサルティング受注は、1970年代の当時でも難しかったですから、先輩にとっても、私にとってもメリットがあるウィン・ウィンのことだったのです。
 先輩のなさることを全て吸収しようと、必死で学び、それをもとにまねるようにしました。その体験から、冒頭にありますように「まねる+まなぶ=まねぶ」という言葉にしたのです。

 1990年代に入りますと、パソコン通信から、インターネットへと利用手段が変化してきますと、経営コンサルタントとしての差異化(差別化)を図るためにFAXを通じた情報発信からメーリングリストへ、メーリングリストからSNSへと変化して来ました。
 その過程で、日本語の難しさを痛感し、古典を読み返したり、現代国語文法を学び直したり、聴き手の理解を得るための表現力を養成したりということを始めました。やがて、「コンサルタントのためのコンサルタント」と呼ばれるようになり、偉そうに「実力養成の第一歩は〃まねぶ〃である」というようなことを書いたり、話したりする機会が多くなってきました。
 ところが、枕草子を読み返していたあるときに、「まねぶ」という言葉を発見して多きなるショックを受けました。自分が作った合成語だと思っていたら、純然たる日本語として「まねぶ」が存在していたのです。それも枕草子の時代ですから平安時代にはすでに、この言葉が日常使われていたと考えられます。
 それを知ったときにはショックでしたが、私が作った合成語とは語源も意味合いも異なりますので、いまだに「まねぶ」の話を続けています。
 ちなみに、古語辞典(学研全訳古語辞典)によりますと、「まねぶ」は次のような意味合いを持った言葉であるそうです。
  ①まねる。まねて言う。
  ②そのまま伝える。
  ③勉強する。教えてもらって身につける。
 私の言っている「まねぶ」と通じることがあるのですから、私の合成語も悪くはないとニンマリとしました。


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■【経営コンサルタントのつぶやき】 「あたりまえ経営のすすめ」への読者コメント紹介

2025-02-26 10:03:00 | 【心 de 経営】 生意気言ってすみません

 

  ■【経営コンサルタントのつぶやき】 「あたりまえ経営のすすめ」への読者コメント紹介 

 

 経営コンサルタントとして感じたことを「つぶやき」として、毎日複数のブログでお届けしています。
 本日は、次のようなことをつぶやきました。
■「あたりまえ経営のすすめ」への読者コメント紹介
 私は、半世紀の長年にわたって経営コンサルタント業をやってきていますが、その基本は「あたり前のことがあたり前にできる企業創り」です。
 「高い金を出して〃あたり前〃のことを教えてもらうために、コンサルタントに依頼するつもりはない」というお叱りをしばしば受けます。それでも「あたり前は〃廻っている〃」とガリレオのごとく言い続けています。
 そのような、私の言葉に反応してくださった、経営士・コンサルタントであり、行政書士のW先生が、Facebookで下記のようなコメントを下さいました。私が言い足りないことを補足してくださっていますので、ご紹介します。

◇「あたり前のことがあたり前にできる企業は成長する」!
 これこそ究極の真理と思います。トリセツがなぜ存在するのか。なぜ新入社員に基本を教えるのか。なぜ取締役になっても勉強をし続けないといけないのか。なぜ職場が乱雑だと生産性が落ちるのか。なぜ挨拶やマナーが出来ていないと売上が伸びないのか。何から何まで、キチーット出来ているでしょうか?
 案件獲得に成功したからといって褒めるだけで良いのか?
 なぜ成功方法を皆で共有し「まねぶ」しないのか。なぜ早急に「まねぶ」するだけでなく、もっと良い事例事案を社員自ら作っていく活動にならないのか?
 いくらでも、なぜ、なぜ、なぜ・・・はあります。
 頭では「やってあたり前」なのに、なぜやらないのか?
 あたり前を馬鹿にする人は、あたり前がわかっていないし、あたり前をやっていないと思います。
 あたり前が出来る人は、自分自身を見つめて、常に他の人の良いところを盗み、自分は出来ているかを反省し、他の人があたり前に出来ている様に努力します。
 でも、本当に大事なのは、他の人の良い処ばかりに踊らされるのではなく、自分が本当にすべきことやらなければいけないことをしっかり出来ているかを自分でチェックし、自分で改善すること。
 「自社の強みはー」や「戦略はー」ばかりが目立ちますがいくらでも身の回りを見れば、やっていないこと、できていないことが山積みです。
 建設現場や各種専門工事で事務所の改修工事であっても工事をする現場の職員は、「職人であり、かつ営業マン、広告物」ですよと、私は伝えています。
 元請けから、他の工事会社の親方から見られています。一般のお客様から見られています。それもニーズ(需要)のある所が見ています。だからこそ、言葉遣い、態度、綺麗な仕上がり、ゴミの少なさ・・・、あたり前にすべきことをやらないといけません。コミュニケーションは挨拶や言葉遣いから始まります。
 AIの先端技術を開発する事業じゃないからといっておろそかにできないのが現実の一つ一つの仕事です。
 こんなの低レベルで、あったりまえじゃん、と小馬鹿にする人に大きな仕事を任せられません。
 人の行動や態度が、即、ブランドに直結します。
 社員は人的資本という棚卸資産ではなく、しっかり稼働する組織の手足です。学者的な理屈もわかりますが、それでは中小企業経営者には理解できません。
 抽象的な世界の概念や観念は理解しづらいのが経営者でもあります。だからこそ、コンサルが?み砕いて話さないといけないと思います。
 あたり前経営という重要概念を理解してもらうためにも日本最古の経営コンサルタント団体は努力すべきかと思います。
 なぜこんなに自分は熱くなってしまうのでしょうか・・・。
 お恥ずかしい・・・・。 
 【カシャリ! ひとり旅】を映像にして紹介しています。
   ユーチューブで見
  バックナンバー
 

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■【小説風老いぼれコンサルタントの日記】 2月25日 ◆乾燥対策の加湿器がまさかの・・・ ◇江戸っ子の「御御御汁」??? ◇夕刊紙を購読しない人が多い

2025-02-26 08:03:00 | 【老いぼれコンサルタントのひとり言】

 

  ■【小説風老いぼれコンサルタントの日記】 2月25日 ◆乾燥対策の加湿器がまさかの・・・ ◇江戸っ子の「御御御汁」??? ◇夕刊紙を購読しない人が多い 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

2月25日 乾燥対策の加湿器がまさかの・・・

 乾燥対策として多くの人が加湿器を利用します。
 ところが、加湿器のタンク内のカビや細菌により、『アレルギー性肺炎(加湿器肺)』という病気を引き起こすそうです。
 症状は、痰は出ないものの咳や発熱など、一見すると風邪と似た症状です。肺全体にカビが広がり、抗菌薬では、効果がみられないそうです。怖いことに、重症化すると呼吸不全をおこし、ひどい場合には命にも関わります。
 毎日、水を交換するのは当然ですが、こまめなメンテナンスが不可欠です。取説をもとに、正しい手入れが必要ですね。

 かねてから興味を持っていた江戸庶民の生活、江戸から学ぶことが多く、時々気分転換に、江戸に関する書籍を手に取ります。
 とりわけ故杉浦日向子女史の本は、江戸風物詩を手に取るように語ってくれます。

 

◆ 江戸っ子の「御御御汁」??? 4

 江戸では、汁物はご飯の時にしか付きません。ご飯は、炊きたての銀しゃりのことで、朝食にしか食べません。すなわち汁物は、朝だけで昼夜に付かないのです。最も昼はほうじ茶で冷や飯を食べ、夜はお茶漬けですので知るものはなくても済んだのです。

 「汁物」、すなわち「お味噌汁」ですが、江戸では「おみおつけ」と言いました。もともとは「つけ」すなわち「汁」と言っていたのです。それを丁寧に表現しようと「御汁(おつけ)」と言うようになりました。その「御汁」をさらに丁寧に表現しようと「御汁」に「御」をつけます。御汁に御をつけるので、これを「みおつ汁」すなわち「御御汁」というようになりました。これでもかという江戸っ子気質で、「御御汁」に「お」を重ねて「御御御汁」すなわち「おみおつけ」となったのです。

 では、なぜ江戸っ子は、このように丁寧な表現にしたのでしょうか。ひとつには、江戸っ子の負けず嫌いが言葉にも出て来たといえます。ご飯だけではやはり不充分で、一日の活力を御御御汁に求めたので、具は二種類以上を入れました。

 具だくさんな御御御汁ですので、どちらかというとけんちん汁のような汁物だったのです。どんぶりというか大きなお椀で御御御汁を食べたのです。

 江戸では、すまし汁はあまり食べなかったようです。すまし汁は、明治以降の汁物のようです。

■ 「杉浦日向子の江戸塾」バックナンバー ←クリック

 杉浦日向子女史の江戸塾は、江戸時代のエコ生活から飽食時代を迎えている我々に大きな示唆を与えてくれます。

■【今日のおすすめ】

 【経営コンサルタントへの道】6. 経営コンサルタントになるための資格取得 3 特別推薦制度の活用で近道

 コンサルタント・士業として独立起業することは勇気が要ることです。
 どの様な資質を備えている人が、成功する確率が高いのでしょうか、経営コンサルタント歴半世紀の経験からお話しています。

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】などをご紹介します。
   https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/7c95cf6be2a48538c0855431edba1930

■【知り得情報】
 政府や自治体も、経営環境に応じて中小企業対策をしています。その情報が中小企業に伝わっていないことが多いです。その弊害除去に、重複することもありますが、お届けしています。

◇《調査》価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果
 エネルギー価格や原材料費、労務費などが上昇する中、中小企業が適切に価格転嫁をしやすい環境を作るため、毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」として設定されています。政府は、業界団体を通じた価格転嫁の要請等を実施しています。
 来月3月を前に、折衝準備をしてはいかがでしょうか。
 https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/follow-up/index.html
   出典:e-中小企業庁ネットマガジン

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

 

  夕刊紙を購読しない人が多い 225

 近年、新聞を購読しない人が増えています。

 スマホで用が足りてしまうからです。

 夕刊を取らない人も増えています。

 2月25日は、「夕刊紙の日」でした。

 夕刊のメリットのひとつが、朝刊に比較して、海外の記事が新鮮であるということです。

 海外と時差があるために、海外からニュースが入っても朝刊発行に間に合わないからです。

 それと夕食後、ゆったりとした気分の時に、政治・経済といった硬い記事や三面欄よりは家庭欄のような記事を見る方に適しているのです。


 なぜ、夕刊を取らない人が増えてきたのかという理由のひとつが、夕刊の記事欄のスペースが減り、読むところが少なくなってきているからではないでしょうか。

 上述のようにゆったりした気分で読む記事がないのです。

 その上、夕刊の記事と朝刊の記事がダブってしまっていて、夕刊で読んだ記事がまた朝刊に載っているということがしばしばあります。

 テレビが普及し、夕刊のニュースの速さは当然のこと色あせてしまっています。

 さらに年寄りには、紙の薄さが難儀です。

 髪が薄くてページをめくれないのです。

 このままでは、海外と同様に夕刊は廃れてしまいます。

 内容にもっと工夫が必要ではないでしょうか。

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/3dde0a1805c131c75e920de76ec26532

 

(ドアノブ)

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

 明細リストからだけではなく、下記の総合URLからもご覧いただけます。
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17

 

  >> もっと見る

■【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記 バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db

 

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■【きょうの人】 0226 徳川吉宗の享保の改革 成功か失敗か?

2025-02-26 06:33:00 | 【話材】 きょうの人02月

 

  【きょうの人】 0226 徳川吉宗の享保の改革 成功か失敗か?

 

 本日、ゆかりの人をご紹介します。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取っていただけると幸いです。

 

 徳川吉宗の享保の改革 226
 

 カシオのPRページを見ていたら、吉宗の名前に目がとまりました。徳川吉宗といえば、徳川御三家のひとつである紀州藩に生まれ、第8代将軍になった人です。また、享保の改革で幕政立て直しをした人としても知られています。

 吉宗は、幕政の聖域といわれる幕臣の数を減らし、合理化を推進させることに努力をしたと言います。当時9万人もの幕臣がおり、そこにメスを入れたのです。また、自分自身が率先して素食に甘んじ、木綿の着物を着たりして御役人にも倹約をさせました。

 大岡裁判で有名な越前守もこの時代の人で、今日の貨幣に相当する米価の下落、すなわち貨幣価値が下落したので物価が高騰していましたが、積極的な取り組みで財政も安定化の方向に移ってきました。

 

 一方で、吉宗の享保の改革は、必ずしも成功したとは言えない面がありました。

 質素倹約が行きすぎますと、民衆の反感は増大します。

 力での押しつけは、永くは続かないのですね。

 

◆ バックナンバー

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

 


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■【今日は何の日】 2月26日 ■ 2.26事件の日 ■ 咸臨丸の日  スクリューの付いた洋式軍艦

2025-02-26 00:03:00 | 【今日は何の日02月】

 

  【今日は何の日】 2月26日 ■ 2.26事件の日 ■ 咸臨丸の日 スクリューの付いた洋式軍艦

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 2.26事件の日

 1936(昭和11)年2月26日に、陸軍の皇道派の青年将校が、首相官邸等を襲撃したクーデター未遂事件です。日本にもクーデターもどきのことがあったとは、なんとなく信じがたいことです。

 若さ故の純粋さから起こったことなのか、若さ故の軽挙なのか、見方はそれぞれ異なると思います。

「ペンは剣よりも強し」といいますが、言葉だけで通じない人が多くなっている昨今ですね。
 

【Wikipedia】

大日本帝国陸軍内の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校ら(20歳代の隊付の大尉から少尉が中心)は、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し、彼らが政治腐敗と考える政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた。彼らは、この考えの下1936年(昭和11年)2月26日未明に決起し、近衛歩兵第3連隊歩兵第1連隊歩兵第3連隊野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して

 岡田啓介内閣総理大臣

 鈴木貫太郎侍従長

 斎藤實内大臣

 高橋是清大蔵大臣

 渡辺錠太郎陸軍教育総監

 牧野伸顕(前内大臣)

の殺害を図り、斎藤内大臣、高橋蔵相、及び渡辺教育総監を殺害。また岡田総理も殺害と発表された(但し誤認)。

 

■ 咸臨丸の日 スクリューの付いた洋式軍艦

 1860(万延元)年1月13日(18日・19日説あり)、勝海舟や福澤諭吉らを乗せた軍艦「咸臨丸」が、江戸幕府の遣米使節として品川沖を出航しました。

 全長163フィートの木造で3本のマストを持つ蒸気機関を備えた船です。1857年(安政4)江戸幕府がオランダに発注・購入した軍艦で、原名ヤパン号です。

 1860(万延元)年2月26日に、37日間の太平洋横断航海を終えてサンフランシスコに到着しました。

【Wikipedia】

洋式の軍艦としては、観光丸(外輪船)に次ぐ2番艦であるが、洋式のスクリューを装備する船としては初の軍艦である(スクリューは入出航時に主に使用され、航海中は抵抗を減らすため水線上に引き上げる構造になっていた)。

幕府の船として初めて太平洋を往復したことから名を知られる。幕府の練習艦として用いられた後、戊辰戦争に参加するものの、軍艦としての機能は他艦に劣り、既に運送船の役割を担っていた咸臨丸は新政府軍によって拿捕される。明治政府に接収された後、開拓使の輸送船となった。
 

■ その他
◇ 福井勝山左義長祭  
◇ 良忍上人忌
◇ 大念佛寺御忌法要

(ドアノブ)

【経営者・管理職の皆様へお勧めブログ】 

 ◇ 心 de 経営

 ◇ 経営マガジン 

 ◇ 経営コンサルタントの独り言

 ◇ 経営四字熟語

 ◇ 経営コンサルタントの使い方                 

 ◇ 経営コンサルタントからのメッセージ

 ◇ 経営トップ十五訓

 ◇ 杉浦日向子の江戸塾

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