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「紅梅」 津村節子

2013-03-04 | 読書

世に闘病気はたくさんあるけれど、夫婦のどちらもが作家の場合、文章で人の心を表す職業であるだけに、お互いの気持ちがわかりすぎて辛いことがあるのでは。この作品を読んだ感想である。

作家の夫が舌癌になり、その過程ですい臓がんがわかり、手術、抗がん剤治療などをするけれど、1年7か月後に亡くなる。言ってみればそれだけの話だけど、その時々で夫の心に寄り添い、また本人の意思を尊重しつつ尊厳を持って死に向かわせるその書き方が、とても冷静で、却って作者の悲しみと病気の辛さが際立つ。

ああ、癌にだけはなりたくないなあというのが素直な感想。でも日本人の二人に一人は癌で死ぬ現状を思ったら、病への心構えはしていてもいいとは思った。何よりもうろたえないことかな。免疫力を高めて、最後まで前向きに生きることかな。

でも不安なのは、癌患者のだれもがこの作品の語り手、育子のような冷静で賢くて愛情深い身内に恵まれているとは限らないこと。この痛み、辛さに耐えられるだろうかということ。この世のすべての愛したもの、身内、友人、仕事、懐かしい景色などと別れる寂しさに耐えられるかなということ。

生まれて育ち、仕事をはじめ、人と出会って家庭を持ち、子供に恵まれ、という人生の前半が希望に満ちていたのに比べ、後半はこんな辛さ、寂しさが次々襲ってくるなんて、嫌だなあと思う。が、しかし、ものは思いよう、そういう場面で初めて、人生の深淵を見ることができるのかもしれない。先人の言っていてことが腑に落ちるのかもしれない。

人は必ず死ぬ。が、その死に方はいろいろ。そしてそれをそばで克明に記したものって案外少ないように思う。重い読後感があるが、読んで無駄にはならない良書。

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