思いがけないコメントをいただいて(こちらの記事)、
久々にアカコヤグアやエスクイントラのことを思い出しました。
このところ、過去のアルバムを見てみようという気が起こらずに
ずっと日々の小ネタでしのいでましたが、
今日はまた久し振りにエスクイントラの写真。
と言っても、大きなネタはだいたい書き尽くしているので、
相変わらず小ネタです。
上にリンクした記事、エスクイントラや周辺の町で非常に尊敬されていた
太田ドクトルの記念碑を見に行ったときのものですが、
トリシクロ(人力三輪タクシー)で辿りついた「大頌徳塔」で、
ひとしきり感慨にふけり、写真も撮って、
それでもなお、シマちゃんとその場を離れがたくおしゃべりしながら
塔を眺めていたんですが。
子供用の自転車に乗った女の子が行ったり来たりして、
なにやらおかしな言葉でクチャクチャとしゃべってる私たちふたりを
好奇心丸出しで眺めていたほかに、
暑い日中に舌をハッハッと垂らしたワンコが一匹、
これまたなぜだか、行ったりきたりしてるんですよね。
三度目か四度目に、とうとう私、そのワンコに声をかけました。
日本語だったかスペイン語だったか覚えてませんが。
そしたらそのワンコ、立ち止まって、こちらを見上げる。
「なんですか?」という顔なので、手を差し出したら、
ものすご~~く慎重に匂いを嗅いで……いきなり、
あくしゅ~~。
シマちゃんが、「待って待って、そのまま待って!」と言うので、
私とワンコ、フリーズ状態で、この写真を撮ってもらいました。
ワンコが握手(いや、普通は「お手」っていうんでしょうが)したとき、
私たちが爆笑したので、ワンコ、
ちょっと視線を逸らして「そんなに笑わんでも~」という感じ?
野良犬とどこかの飼い犬との区別がほとんどない
のんびりすべて(犬に限らず)放し飼いの町のことで、
このワンコもどういう素性かはわかりませんが、
もしかしたらいつもこの辺りを縄張りに、
太田ドクトルの記念碑の日陰で普段休んだりしているワンコだったのかも。
怪しいヤツが記念碑を壊したりしないよう見張ってた、
ってのは考えすぎでしょうか
でも握手してもらったので、誤解は解けたようです。
◆
これだけではあんまりなので、もうひとつ。
「日墨親善の架け橋 明治の日本人達」
これは、シマちゃんが当時下宿していたところの
「おばちゃん」さん所有の資料です。
私は、帰る日の朝に見せていただいたので、
じっくり読むことは叶わず、残念でした。
ここにも、太田ドクトルの名前が載っています。
右の真ん中に写っているのは、ドクトルの記念碑の一部ですね。
いつの日かまたアカコヤグアを訪れて、
こういった貴重な資料をじっくりと読ませていただける日がくればなあ、
と夢見る日々です。
久々にアカコヤグアやエスクイントラのことを思い出しました。
このところ、過去のアルバムを見てみようという気が起こらずに
ずっと日々の小ネタでしのいでましたが、
今日はまた久し振りにエスクイントラの写真。
と言っても、大きなネタはだいたい書き尽くしているので、
相変わらず小ネタです。
上にリンクした記事、エスクイントラや周辺の町で非常に尊敬されていた
太田ドクトルの記念碑を見に行ったときのものですが、
トリシクロ(人力三輪タクシー)で辿りついた「大頌徳塔」で、
ひとしきり感慨にふけり、写真も撮って、
それでもなお、シマちゃんとその場を離れがたくおしゃべりしながら
塔を眺めていたんですが。
子供用の自転車に乗った女の子が行ったり来たりして、
なにやらおかしな言葉でクチャクチャとしゃべってる私たちふたりを
好奇心丸出しで眺めていたほかに、
暑い日中に舌をハッハッと垂らしたワンコが一匹、
これまたなぜだか、行ったりきたりしてるんですよね。
三度目か四度目に、とうとう私、そのワンコに声をかけました。
日本語だったかスペイン語だったか覚えてませんが。
そしたらそのワンコ、立ち止まって、こちらを見上げる。
「なんですか?」という顔なので、手を差し出したら、
ものすご~~く慎重に匂いを嗅いで……いきなり、
あくしゅ~~。
シマちゃんが、「待って待って、そのまま待って!」と言うので、
私とワンコ、フリーズ状態で、この写真を撮ってもらいました。
ワンコが握手(いや、普通は「お手」っていうんでしょうが)したとき、
私たちが爆笑したので、ワンコ、
ちょっと視線を逸らして「そんなに笑わんでも~」という感じ?
野良犬とどこかの飼い犬との区別がほとんどない
のんびりすべて(犬に限らず)放し飼いの町のことで、
このワンコもどういう素性かはわかりませんが、
もしかしたらいつもこの辺りを縄張りに、
太田ドクトルの記念碑の日陰で普段休んだりしているワンコだったのかも。
怪しいヤツが記念碑を壊したりしないよう見張ってた、
ってのは考えすぎでしょうか
でも握手してもらったので、誤解は解けたようです。
◆
これだけではあんまりなので、もうひとつ。
「日墨親善の架け橋 明治の日本人達」
これは、シマちゃんが当時下宿していたところの
「おばちゃん」さん所有の資料です。
私は、帰る日の朝に見せていただいたので、
じっくり読むことは叶わず、残念でした。
ここにも、太田ドクトルの名前が載っています。
右の真ん中に写っているのは、ドクトルの記念碑の一部ですね。
いつの日かまたアカコヤグアを訪れて、
こういった貴重な資料をじっくりと読ませていただける日がくればなあ、
と夢見る日々です。
亀さんのことだから、抜かりないとは思いますけど、シマちゃんを紹介してあげたらと思いました。
話はそれますけど、シマちゃんのブログ、今でも覗いてんですけど、ちょっと可哀そう。 アカコヤグアのときのブログは輝いていたのにねぇ。
お墓の写真ファイルUPしていただきありがとうございました。感謝いたします。
「日墨親善の架け橋 明治の日本人達」という黄色の本のことですが、実は私の実家にもあります。中学生の時、一度読んだままたぶん今は書棚のどこかにしまってあります。
その本は、私の親戚にあたる物が自主出版で作成したものだったと思います。また、読もうと思います。
連二の孫にあたる者が5年前までメキシコで文房具店を営んでおり、そこを経由してシマさんが下宿していたところの「おばちゃん」さんに渡ったのではと思います。
ご縁を感じる次第です。
ありがとうごさいました!!
シマちゃんのことは私も真っ先に思いました。
このごろ忙しそうですけど、連絡取ってみますね。
シマちゃんも早くメキシコに戻ってこれたらいいのに……
なんて言うだけは簡単ですけど……。
私も寂しいです。
にしても本当に、ネットでこんなにいろいろなかたとのお付き合いが広がるなんて、
始めたころは予想もしてなかったんですよね~。
ほんとに感慨深いです。
>大田ドクトルのひ孫さま
すみません、私、普段は「さま」っての、よそよそしい気がして好きじゃなくて、
どんなにお年上のかたにでも一律「さん」で通してるんですけど、
ひ孫さまにだけはドクトルオオタへの敬意を込めて、ってことで例外として勘弁してください>他の皆さま
写真、無事に見ていただけたようでよかったです。
「日墨親善の架け橋」、そういう経緯でできたものだったんですね。
シマちゃん下宿の「おばちゃん」さんも榎本移民にゆかりの深いかたですので、
その文房具店のかたともご懇意だったのでしょうね。
シマちゃんのブログはもうごらんになっておられるでしょうか?
http://blog.livedoor.jp/cimachang/
こちらですので、もしもまだでしたら是非。
シマちゃんはJICAから派遣されてアカコヤグアに住んでいたので、
エスクイントラにも知人友人、たくさんいます。
ひ孫さまがこちらへいらっしゃる際には、
私もご協力できることがあるかと思いますが、
シマちゃんももっと具体的な情報や人脈を提供してくれると思います。
メキシコの日本人ネットワーク、私のところではひ弱なものではありますが、
たぐっていけばしっかりしたところへつながると思います。
どこかでお役に立てればと願っております。
凄いです!本当に凄い!!
こうして、いろんなところで、いろんなタイミングで
運命的なものも、ぜーんぶひっくるめて、人と人って
繋がってるんだ・・・って、本当に感激しちゃった!です。
この前の記事を拝見した時も、ほんとに素晴らしいなぁって
感動したのですが、今回は、それ以上に、
なんかドキドキしちゃったです♪
ひ孫さんも、ひ孫さんにかかわる方々も、きっと
喜ばれているでしょうね♪♪
いやー・・・さすがは亀さんだわさっ!!(うるうるっ)
私にしてみたら遠い遠い日本の仙台の話も、
現実にドクトルのゆかりの方のお言葉を聞いたら、
おかげで一気に身近に、現実に感じられてしまいますよね……。
本当に、こういう出会いに感謝するばかりです。
でももちろん、こういった特別な出会いももちろんですけど、
個々のブログでつながって、九州やアメリカ各地やスペインや……
私の一生ではとても行けない世界のあちこちを、
身近に感じさせてもらえるネットの中の付き合いって、
何なんだろうな……としみじみ考えてしまいますね。