花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

宮下規久朗氏講演会「知られざる静物画の魅力」(1)

2008-08-17 06:46:50 | 西洋絵画
国立新美術館で開催中のウィーン美術史美術館所蔵「静物画の秘密展」記念講演会、宮下規久朗氏による「知られざる静物画の魅力」を聴講した。展覧会チラシで講演会を知り、楽しみにしていたのだ。

宮下氏は日本におけるカラヴァッジョ研究者として有名であるし、私も氏の著作物・論文等から多くのことを学ばせていただいている。今までご尊顔を拝したことが無いので、どんな先生なのだろう?とミーハー心も含めて会場に赴いた(^^;;

今回の「静物画の秘密展」では静物画としての食材を描いた作品が多く展示されていたので、『食べる西洋美術史』(光文社刊)を書かれた宮下氏にはぴったりの講演テーマだったかもしれない。しかし、私的にはなんてったってカラヴァッジョの静物画にスポットを当てて欲しかった(笑)。

さて、講演内容をサックリと自分用のメモとしてまとめながら(勝手な要約なので文責は花耀亭にある)、ちょっとばかり道草もしてみたい。

■静物画は西洋アカデミズムのヒエラルキーにおいて、歴史画や肖像画などよりも下位に位置していた。すなわち、当時の絵画は「何が描かれているか」が問題であり、「どのように描かれているか」ではなかった。

■静物画の意味と機能
静物画は初め再現描写の誇示から始まったが、そのイリュージョニズムから、描かれる物を使って抽象概念(宗教・道徳)を表わすようになって行く。更にモノは口実になって芸術家の実験舞台になって行き(ピカソやブラックのキュービズムなど)、モノ自体が作品の隠喩になっていく(デュシャン《泉》など)。

■静物画の歴史 
静物画の起源を辿ると古代のモザイク画「クセニア」に遡る。当時、客に土地の名物品(魚とか果物とか)をお土産(クセニア)として渡す習慣があったが、その品物を絵に描いて渡すようになったことから「クセニア」と言うようになったとのこと。

その後、後期ゴシックの写実傾向からフランドルでは細密描写へ進み(ヤン・ファン・エイクの流れだよね)、16世紀にはヤン・ブリューゲルの花卉画がもてはやされる。
一方、イタリアでは風俗画から静物描写だけが切り離された静物画が成立する。


さて、静物画の成立と言えばカラヴァッジョ《果物籠》と確信しているのだが、なんとその前に立ちはだかる作品があったのだ!

1枚はフランドルのハンス・メムリンク(1440-1494)《花の絵》(1490年)


Hans Memling《Flower Still-life》(1490) 29,2 x 22,5 cm
Museo Thyssen-Bornemisza, Madrid

この花の絵はトリプティック(三連祭壇画)左作品《若い男》(寄進者)の裏に描かれている。メムリンクのトリプティックってリバーシブル仕立てが多いのだよね。
この作品がまだまだ宗教色が抜け切れないのは敷物に十字架模様があることで、白百合も聖母の純潔の象徴だし、ある意味純粋な静物画とはまだ言えないかもしれない。でも、確かに静物画である。

そして、カラヴァッジョと同じミラノのジョヴァンニ・アンブロージョ・フィジーノ(1551-1608)《桃図》(1590)。ちなみにフィジーノはカラヴァッジョと同じシモーネ・ペテルツァーノ工房出身らしい。


Giovanni Ambrogio Figino《Still-life with Peaches and Fig-leaves》1590s
Private collection

メトロポリタン美術館「Painters of Reality」展(2004年)でも展示されていたが、この明暗による立体感を重視した表現に、ダ・ヴィンチからの影響とカラヴァッジョのリアリズムに対する直接的影響が示唆されていた。同じミラノのフェーデ・ガリツィア(Fede Galizia 1578-1630)への影響も見逃せない。

桃と葡萄の葉、この明暗表現など観ているとまさしくカラヴァッジョの登場を予告しているように思える。確かに《果物籠》(1597)に先行する独立した静物画だが、印象はかなり違う。

カラヴァッジョ《果物籠》はしっかりとした構成で、白い背景に「堂々とした」(←宮下氏曰く)存在感を放つ。宮下氏は背景が白く…と言っておられたが、実際は明黄褐色のマットな質感だし、私的には中間色効果だと思っている。いずれにせよ、果物籠だけで観る者を唸らせる力量はカラヴァッジョならではのものだと思う。やはりイタリアの静物画成立は《果物籠》だと信じたい(希望?)(^^;;;


CARAVAGGIO《Basket of Fruit》(1597)31 x 47 cm
Pinacoteca Ambrosiana, Milan

この作品はミラノのアンブロジアーナ絵画館に展示されており、隣の部屋にはヤン・ブリューゲルの静物画やら風景画やらが並んでいる。ミラノ大司教フェデリーコ・ボッロメーオ枢機卿は静物画愛好家だったようだ。ちなみに、宮下氏のお話の中でエルミタージュ《リュート奏者》のガラス花瓶の花はヤンの影響を受けているのではないかということだった。


カラヴァッジョ《リュート奏者》(1596) 94 x 119 cm
エルミタージュ美術館(ペテルブルグ)

そう!確かに《リュート奏者》の花々は精緻で美しい。ヤンの影響もあるかもしれない。映画「カラヴァッジョ」ではローマで会う場面も登場していたほどだし(笑)。更にテーブルの上の果物も瑞々しく、カストラートの潤んだ眼差し、濡れた口元とともにこの作品をしっとりと彩っている。メトロポリタン作品よりも断然素敵なのだ。

カラヴァッジョの静物画」については拙サイトで以前扱ったことがある。拙くて酷い内容だけど、読み返すとなんだか懐かしい(^^ゞ


さて、スペインではボデゴン、17世紀はオランダ絵画の黄金時代、静物画も隆盛を極める。それは次回と言うことで…続く?(^^;;;