葉室麟が得意とする心情交感の世界が巧みに描き出されているという思いを強くする一冊である。
まず主な登場人物を挙げておく。
栗屋清吾 媛野藩6万2000石馬廻り役150石栗屋家三男 28歳で部屋住みの身の上
片山流若杉道場で随一の使い手。秘技<磯之波>を伝授されている
剣技を誇ることは性に合わず剣技以外に特に取り柄なし。小心な律儀者
百姓娘で栗山家の女中となった<みつ>と深い仲になり妻とした
みつ 清吾の妻。白木屋の遠縁という縁で栗屋家に女中奉公することになった
山倉伊八郎 勘定方180石山倉兵蔵の五男。清吾と同い年で幼馴染み
幼い頃は餓鬼大将。豪放な性格だが部屋住みの身の上
若杉道場で清吾とともに師範代を務める
栗屋嘉一郎 栗屋家の嫡男。藩校の秀才で将来を嘱望される。三岡派に属する
栗屋家当主として清吾を支配する
国東武左衞門 元筆頭家老。国東派の領袖だったが山辺監物に一旦派閥を讓る
三岡政右衛門 次席家老。国東派に対立する三岡派の領袖
菖庵 茶道頭。家中の噂に目ざとく、噂を流すのも巧み。藩の内情を知悉する
梶尾 奥女中取締。黒錘組の頭領
小萩 梶尾の配下。黒錘組の小頭
白木屋四郎兵衛 酒造と金貸しを営む大店。清吾の妻みつの遠縁
菅野新右衛門 菅野刑部の嫡男。刑部は家老昇格が決まりながら下城時に斬殺された
新右衛門は武左衞門が引退後に国東派に属している
武左衛門は新右衛門を山辺監物の後を継承する力量の男と評価する
花田昇平 一刀流の使い手。馬廻り役。小萩は従妹にあたる。三岡派に属する。
このストーリー、ある秋の夜更け、屋敷の裏口からこっそり帰宅した清吾が妻のみつと語らう場面から始まる。冒頭で清吾とみつ、並びに当主栗屋嘉一郎との間の人間関係が明確にわかる。嘉一郎は清吾がみつと一緒になることをしぶしぶ許すが、栗屋家の世間体を重視する。みつは部屋住みである清吾の妾にしかすぎないこと。みつは今までどおり女中働きをすること。子供を生まないこと、もし生まれれば即座に里子に出すこと。清吾に養子縁組の話でもあれば、みつを屋敷から出すと厳命する。部屋住みで小心な律儀者の清吾はその言に抗えない。しかし、心中ではみつを妻とし、いずれ子を持てる立場を夢見ている。
そんな清吾が戻ったあと、みつの村の者が竹籠に入れて届けた虫の鳴き声がする。それを聞きつけた清吾が、みつから草雲雀の鳴き声だと聞く。鳴くのは雄で、離れ離れの雌を恋い慕って鳴くのだと村の年よりが話していたとみつは語る。清吾は即座に草雲雀を竹籠から庭に放ってやりたいと言う。みつは清吾の心中を察したのである。
本書のタイトルはこの草雲雀から名づけられたと言える。兄の命により、妾に位置づけられ、今まで通り栗屋家の女中身分でこきつかわれるみつの姿と境遇に清吾は忸怩たる思いを抱きつづける。清吾がみつを真の妻の立場にしようとすべく、藩の派閥抗争の中で友である伊八郎の約束を信じて行動するプロセスを描くストーリーである。清吾が雄の草雲雀である。
兄嘉一郎から妾と言われようと、既に一緒に居るのに、なぜ清吾が雄の草雲雀となるのか? それはこのストーリーの展開から一つの成り行きとして清吾が追い込まれていく過程である。どうなることかと読者に気を持たせる種にもなる。そこに著者の心情世界を描写する真骨頂が発揮されていく。
さて、このストーリーは、ロシアのマトリョーシカ人形の如く、何重にも重ねられた姿の奧に真の姿が隠されていたという筋立てになっていて、そこが読ませどころ言える。
伊八郎が若杉道場の師範代として道場に出て来なくなり、1ヵ月ほど経過する。それを心配して清吾が山倉家を訪れる。その清吾に伊八郎が事実を告げる。
伊八郎は山倉兵蔵の五男ではなかったのだ。国東武左衛門が妾に生ませた子で、山倉兵蔵が利害意識も働き己の実子として引き受けたという。国東家の嫡男・彦右衛門は病弱だったので、派閥争いには耐えられないと判断し、武左衞門は山辺監物に派閥を継承させた。ところが、その後に彦右衛門に子がないままに病没してしまった。そこで、国東家では新たに養子を迎える算段を始める。だがその時に、隠居していた武左衛門が、伊八郎がわが子であることを持ち出す。山辺監物に継承させた国東派が三岡派に押され気味の実態も見られるなかで、伊八郎を国東家に戻し家督を継がせるとともに、派閥を取り戻すという企てに出たのだ。
山倉家五男の部屋住みとして苦い思いで生きてきた伊八郎は、父とも思わない国東武左衛門であるが、国東家に入り込み、派閥も引き継ぎ、己の生き様を新しい立場で築いて行く決心をする。そのために、清吾に用心棒になれという。伊八郎が筆頭家老になった暁には、清吾に別家を立てさせ、藩の剣術指南役に取り立てられるようにすると約束するのである。清吾はみつを己の真の妻とし、二人の間に子供をもうけていける身分になるというささやかな夢を実現させるために、用心棒を引き受ける。
このストーリーは、伊八郎が国東家を引き継ぐ立場になることにより、媛野藩内の派閥抗争の渦中に飛び込んでいくところから動き始める。伊八郎は三岡派ばかりでなく、国東派を一旦継承した山辺監物をも敵に回す立場になる。
武左衛門と親子の対面をした伊八郎は、武左衛門から当面の最小限の情報を知らされるだけで己の裁量と能力で事態を切り開けと言わんばかりの対応を迫られる。伊八郎にとり、武左衞門もまた、ある意味で敵同然になる。伊八郎を利用しようとしているに過ぎないとみて間違いがないようなのだから。
最初に武左衛門が伊八郎に言ったことは、菖庵と梶尾に百両ずつ渡して、まず己の味方に引き入れることが必要だということ。その二百両もまた伊八郎自身の裁量で確保できねば、国東家を引き継ぐ力はないと突き放した形で告げる。その金の工面について清吾にお鉢が回ってくる。みつの遠縁になる白木屋から二百両でなく三百両を借り出すことを清吾は伊八郎から頼まれる羽目になる。藩の藩政事情にも聡い金貸しの白木屋は、みつを借金の担保代わりに預り、白木屋で働かせることを条件にして、清吾に三百両を用立てる。そこには、白木屋の思惑が潜んでいた。みつを白木屋に預ける身になることで、清吾は雄の草雲雀と同じ立場になる。
このストーリーは、何本かの糸がもつれあい、解き放ちがたくなっている状態をどうときほぐしていくかというストーリー展開になる。その解きほぐしに伊八郎が頭を働かせ、清吾がそれを剣技と行動でサポートするという二人三脚的な行動プロセスとなっていく。あたかもマトリョーシカ人形の如く、一つの人形の殻を取り除くと、その下には別の姿の人形が潜んでいる。その下にも別の人形の姿が・・・・・。という風に別の姿が見え、事態が変貌をみせ始める。読者はそこに引きつけられていくことになる。
国東家に入り、思わぬ経緯から己の出世の機会を得たことで、清濁併せのんで、己の生き様を切り開くという目的に目覚めた伊八郎と、みつとの家庭を築くというささやかな夢の実現のために友の用心棒を引き受けた清吾がこの先どのように立ちはだかる障壁を乗り越えて行動して行くか。あることが契機で伊八郎に信頼感を抱き、清吾の為には白木屋に担保として預けられても、清吾を信じ切るみつの生き方は酬われるのか? みつに危機が迫ることはないのか?
このストーリーの面白さは、糸のもつれ具合が様々な登場人物の心情と意図に深く関わっていくことから生み出されてくる。
*伊八郎と清吾の友としての間柄は事態が変転する中で変わらず継続できるのか?
*伊八郎は派閥争いの渦中に飛び込んで、うまく立ち回っていけるのか?
*隠居した国東武左衛門が、伊八郎を迎え入れて、真に意図していることは何か?
徹底して支援するのでなく、突き放したような対応で臨むのはなぜか?
*彦右衛門が病没し養子を迎える話が進み始めた時に、伊八郎の存在を明かした
武左衛門の心中には、彦右衛門の死因との関連で何か思うところがあるのか?
*国東派を継承し今また派閥を取り上げられようとしている山辺監物はどう出るか?
*三岡政右衛門は、伊八郎の出現に対して、どう対応してくるか?
*栗屋嘉一郎は三岡派に属するのだが、清吾が伊八郎の用心棒となり、国東派に居る
ということがどう影響するのか?
*嘉一郎と清吾の関係は今後どのようになるのか?
*黒錘組という存在は何か?
*ストーリー展開の半ばで登場する花田昇平がどういう役割を担っていくのか?
清吾は三岡派に属する花田と死闘をする羽目になるのか? なるなら、何時か?
*菅野新右衛門が国東派に属していることに意味があるのか?
*菅野刑部が家老になる直前に斬殺されたという過去の事実は、現在の派閥争いと
何らかの関係を秘めているのか? それはなぜか?
*菖庵と梶尾は藩内で本当のところはどのような機能を担っているのか?
この二人の名前を最初に伊八郎に語った武左衛門の狙いは何か?
*白木屋がみつを担保として、白木屋で働かせる形で預かった意図は何か?
*白木屋は金貸しとして、媛野藩の藩政にどういう関わりを持っているのか?
*みつの運命はどう変転するのか?
もつれて絡まり合った糸(意図)がうまく解きほぐれていくのか? 解きほぐれるとしたら、その因はどこに潜んでいるのか?
このストーリーを別の視点で眺めると、上記した主な登場人物のそれぞれが抱く心情の織りなす世界が確執を生み出す姿がそこにある。著者が描き出したかったのは、その心情の綾であり、心情のきらめきとも言える。それぞれの欲望や夢や怒りなど、様々な心情が、それぞれの意図に結実して行動を生み出していく。相異なる意図と目的の行動がぶつかり合って確執を生み出す。それが外見的には派閥抗争に収斂し、そこで渦巻いていく。
そして、遂に国東武左衞門が己の心情を伊八郎に語る場に追い込められる。
最後に伊八郎が語る言葉をご紹介しておこう。
*ひとは日々の務めを懸命に果たしたうえで、生きたいと願っておるはずでございます。されば、それがしは生きたいと願う皆の気持を旨とした家老になります。家老がいつでも死ぬと物騒な覚悟をしていては、家中の者や領民も安心して生きることはできますまい。それがしはいのちが大事と心がける、臆病未練な家老になろうと存じます。 p286
*わたしも国東家の家督を継ぐまでは草雲雀のごとく小さい者として生きておりました。しかし、此度、家督を継ぎ、派閥を率い、家老になる身になってあらためて思い知ったのは、ひとが何事かをなすのは、大きな器量を持つゆえではなく、草雲雀のごとく小さくとも、おのれもひとも裏切らぬ誠によってだということでございます。 p289
この先はストーリーを読み進めて、楽しんでいただくとよい。
ご一読ありがとうございます。
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一つだけ調べてみた。一覧にしておきたい。
クサヒバリ(草雲雀):「トッコス爺の身近な花・虫・鳥 撮り」
草雲雀 :「コトバンク」
季語 草雲雀 :「きごさい歳時記」
草雲雀 の俳句 :「575筆まか勢」
クサヒバリ :「音の標本箱」
鳴き声が聞けるサイトです。
クサヒバリ 鳴き声 :YouTube
クサヒバリ :「ほくせつの生き物」
クサヒバリ :「昆虫エクスプローラ」
クサヒバリ(草雲雀) :「自然観察雑記帳」
昆虫の草雲雀/クサヒバリを調べてみて、少し戸惑いが・・・・・残っています。
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『日本人の肖像』 聞き手・矢部明洋 講談社
『草笛物語』 祥伝社
『墨龍賦』 PHP
『大獄 西郷青嵐賦』 文藝春秋
『嵯峨野花譜』 文藝春秋
『潮騒はるか』 幻冬舎
『風のかたみ』 朝日新聞出版
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新5版(46+4冊)2017.7.26
まず主な登場人物を挙げておく。
栗屋清吾 媛野藩6万2000石馬廻り役150石栗屋家三男 28歳で部屋住みの身の上
片山流若杉道場で随一の使い手。秘技<磯之波>を伝授されている
剣技を誇ることは性に合わず剣技以外に特に取り柄なし。小心な律儀者
百姓娘で栗山家の女中となった<みつ>と深い仲になり妻とした
みつ 清吾の妻。白木屋の遠縁という縁で栗屋家に女中奉公することになった
山倉伊八郎 勘定方180石山倉兵蔵の五男。清吾と同い年で幼馴染み
幼い頃は餓鬼大将。豪放な性格だが部屋住みの身の上
若杉道場で清吾とともに師範代を務める
栗屋嘉一郎 栗屋家の嫡男。藩校の秀才で将来を嘱望される。三岡派に属する
栗屋家当主として清吾を支配する
国東武左衞門 元筆頭家老。国東派の領袖だったが山辺監物に一旦派閥を讓る
三岡政右衛門 次席家老。国東派に対立する三岡派の領袖
菖庵 茶道頭。家中の噂に目ざとく、噂を流すのも巧み。藩の内情を知悉する
梶尾 奥女中取締。黒錘組の頭領
小萩 梶尾の配下。黒錘組の小頭
白木屋四郎兵衛 酒造と金貸しを営む大店。清吾の妻みつの遠縁
菅野新右衛門 菅野刑部の嫡男。刑部は家老昇格が決まりながら下城時に斬殺された
新右衛門は武左衞門が引退後に国東派に属している
武左衛門は新右衛門を山辺監物の後を継承する力量の男と評価する
花田昇平 一刀流の使い手。馬廻り役。小萩は従妹にあたる。三岡派に属する。
このストーリー、ある秋の夜更け、屋敷の裏口からこっそり帰宅した清吾が妻のみつと語らう場面から始まる。冒頭で清吾とみつ、並びに当主栗屋嘉一郎との間の人間関係が明確にわかる。嘉一郎は清吾がみつと一緒になることをしぶしぶ許すが、栗屋家の世間体を重視する。みつは部屋住みである清吾の妾にしかすぎないこと。みつは今までどおり女中働きをすること。子供を生まないこと、もし生まれれば即座に里子に出すこと。清吾に養子縁組の話でもあれば、みつを屋敷から出すと厳命する。部屋住みで小心な律儀者の清吾はその言に抗えない。しかし、心中ではみつを妻とし、いずれ子を持てる立場を夢見ている。
そんな清吾が戻ったあと、みつの村の者が竹籠に入れて届けた虫の鳴き声がする。それを聞きつけた清吾が、みつから草雲雀の鳴き声だと聞く。鳴くのは雄で、離れ離れの雌を恋い慕って鳴くのだと村の年よりが話していたとみつは語る。清吾は即座に草雲雀を竹籠から庭に放ってやりたいと言う。みつは清吾の心中を察したのである。
本書のタイトルはこの草雲雀から名づけられたと言える。兄の命により、妾に位置づけられ、今まで通り栗屋家の女中身分でこきつかわれるみつの姿と境遇に清吾は忸怩たる思いを抱きつづける。清吾がみつを真の妻の立場にしようとすべく、藩の派閥抗争の中で友である伊八郎の約束を信じて行動するプロセスを描くストーリーである。清吾が雄の草雲雀である。
兄嘉一郎から妾と言われようと、既に一緒に居るのに、なぜ清吾が雄の草雲雀となるのか? それはこのストーリーの展開から一つの成り行きとして清吾が追い込まれていく過程である。どうなることかと読者に気を持たせる種にもなる。そこに著者の心情世界を描写する真骨頂が発揮されていく。
さて、このストーリーは、ロシアのマトリョーシカ人形の如く、何重にも重ねられた姿の奧に真の姿が隠されていたという筋立てになっていて、そこが読ませどころ言える。
伊八郎が若杉道場の師範代として道場に出て来なくなり、1ヵ月ほど経過する。それを心配して清吾が山倉家を訪れる。その清吾に伊八郎が事実を告げる。
伊八郎は山倉兵蔵の五男ではなかったのだ。国東武左衛門が妾に生ませた子で、山倉兵蔵が利害意識も働き己の実子として引き受けたという。国東家の嫡男・彦右衛門は病弱だったので、派閥争いには耐えられないと判断し、武左衞門は山辺監物に派閥を継承させた。ところが、その後に彦右衛門に子がないままに病没してしまった。そこで、国東家では新たに養子を迎える算段を始める。だがその時に、隠居していた武左衛門が、伊八郎がわが子であることを持ち出す。山辺監物に継承させた国東派が三岡派に押され気味の実態も見られるなかで、伊八郎を国東家に戻し家督を継がせるとともに、派閥を取り戻すという企てに出たのだ。
山倉家五男の部屋住みとして苦い思いで生きてきた伊八郎は、父とも思わない国東武左衛門であるが、国東家に入り込み、派閥も引き継ぎ、己の生き様を新しい立場で築いて行く決心をする。そのために、清吾に用心棒になれという。伊八郎が筆頭家老になった暁には、清吾に別家を立てさせ、藩の剣術指南役に取り立てられるようにすると約束するのである。清吾はみつを己の真の妻とし、二人の間に子供をもうけていける身分になるというささやかな夢を実現させるために、用心棒を引き受ける。
このストーリーは、伊八郎が国東家を引き継ぐ立場になることにより、媛野藩内の派閥抗争の渦中に飛び込んでいくところから動き始める。伊八郎は三岡派ばかりでなく、国東派を一旦継承した山辺監物をも敵に回す立場になる。
武左衛門と親子の対面をした伊八郎は、武左衛門から当面の最小限の情報を知らされるだけで己の裁量と能力で事態を切り開けと言わんばかりの対応を迫られる。伊八郎にとり、武左衞門もまた、ある意味で敵同然になる。伊八郎を利用しようとしているに過ぎないとみて間違いがないようなのだから。
最初に武左衛門が伊八郎に言ったことは、菖庵と梶尾に百両ずつ渡して、まず己の味方に引き入れることが必要だということ。その二百両もまた伊八郎自身の裁量で確保できねば、国東家を引き継ぐ力はないと突き放した形で告げる。その金の工面について清吾にお鉢が回ってくる。みつの遠縁になる白木屋から二百両でなく三百両を借り出すことを清吾は伊八郎から頼まれる羽目になる。藩の藩政事情にも聡い金貸しの白木屋は、みつを借金の担保代わりに預り、白木屋で働かせることを条件にして、清吾に三百両を用立てる。そこには、白木屋の思惑が潜んでいた。みつを白木屋に預ける身になることで、清吾は雄の草雲雀と同じ立場になる。
このストーリーは、何本かの糸がもつれあい、解き放ちがたくなっている状態をどうときほぐしていくかというストーリー展開になる。その解きほぐしに伊八郎が頭を働かせ、清吾がそれを剣技と行動でサポートするという二人三脚的な行動プロセスとなっていく。あたかもマトリョーシカ人形の如く、一つの人形の殻を取り除くと、その下には別の姿の人形が潜んでいる。その下にも別の人形の姿が・・・・・。という風に別の姿が見え、事態が変貌をみせ始める。読者はそこに引きつけられていくことになる。
国東家に入り、思わぬ経緯から己の出世の機会を得たことで、清濁併せのんで、己の生き様を切り開くという目的に目覚めた伊八郎と、みつとの家庭を築くというささやかな夢の実現のために友の用心棒を引き受けた清吾がこの先どのように立ちはだかる障壁を乗り越えて行動して行くか。あることが契機で伊八郎に信頼感を抱き、清吾の為には白木屋に担保として預けられても、清吾を信じ切るみつの生き方は酬われるのか? みつに危機が迫ることはないのか?
このストーリーの面白さは、糸のもつれ具合が様々な登場人物の心情と意図に深く関わっていくことから生み出されてくる。
*伊八郎と清吾の友としての間柄は事態が変転する中で変わらず継続できるのか?
*伊八郎は派閥争いの渦中に飛び込んで、うまく立ち回っていけるのか?
*隠居した国東武左衛門が、伊八郎を迎え入れて、真に意図していることは何か?
徹底して支援するのでなく、突き放したような対応で臨むのはなぜか?
*彦右衛門が病没し養子を迎える話が進み始めた時に、伊八郎の存在を明かした
武左衛門の心中には、彦右衛門の死因との関連で何か思うところがあるのか?
*国東派を継承し今また派閥を取り上げられようとしている山辺監物はどう出るか?
*三岡政右衛門は、伊八郎の出現に対して、どう対応してくるか?
*栗屋嘉一郎は三岡派に属するのだが、清吾が伊八郎の用心棒となり、国東派に居る
ということがどう影響するのか?
*嘉一郎と清吾の関係は今後どのようになるのか?
*黒錘組という存在は何か?
*ストーリー展開の半ばで登場する花田昇平がどういう役割を担っていくのか?
清吾は三岡派に属する花田と死闘をする羽目になるのか? なるなら、何時か?
*菅野新右衛門が国東派に属していることに意味があるのか?
*菅野刑部が家老になる直前に斬殺されたという過去の事実は、現在の派閥争いと
何らかの関係を秘めているのか? それはなぜか?
*菖庵と梶尾は藩内で本当のところはどのような機能を担っているのか?
この二人の名前を最初に伊八郎に語った武左衛門の狙いは何か?
*白木屋がみつを担保として、白木屋で働かせる形で預かった意図は何か?
*白木屋は金貸しとして、媛野藩の藩政にどういう関わりを持っているのか?
*みつの運命はどう変転するのか?
もつれて絡まり合った糸(意図)がうまく解きほぐれていくのか? 解きほぐれるとしたら、その因はどこに潜んでいるのか?
このストーリーを別の視点で眺めると、上記した主な登場人物のそれぞれが抱く心情の織りなす世界が確執を生み出す姿がそこにある。著者が描き出したかったのは、その心情の綾であり、心情のきらめきとも言える。それぞれの欲望や夢や怒りなど、様々な心情が、それぞれの意図に結実して行動を生み出していく。相異なる意図と目的の行動がぶつかり合って確執を生み出す。それが外見的には派閥抗争に収斂し、そこで渦巻いていく。
そして、遂に国東武左衞門が己の心情を伊八郎に語る場に追い込められる。
最後に伊八郎が語る言葉をご紹介しておこう。
*ひとは日々の務めを懸命に果たしたうえで、生きたいと願っておるはずでございます。されば、それがしは生きたいと願う皆の気持を旨とした家老になります。家老がいつでも死ぬと物騒な覚悟をしていては、家中の者や領民も安心して生きることはできますまい。それがしはいのちが大事と心がける、臆病未練な家老になろうと存じます。 p286
*わたしも国東家の家督を継ぐまでは草雲雀のごとく小さい者として生きておりました。しかし、此度、家督を継ぎ、派閥を率い、家老になる身になってあらためて思い知ったのは、ひとが何事かをなすのは、大きな器量を持つゆえではなく、草雲雀のごとく小さくとも、おのれもひとも裏切らぬ誠によってだということでございます。 p289
この先はストーリーを読み進めて、楽しんでいただくとよい。
ご一読ありがとうございます。
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一つだけ調べてみた。一覧にしておきたい。
クサヒバリ(草雲雀):「トッコス爺の身近な花・虫・鳥 撮り」
草雲雀 :「コトバンク」
季語 草雲雀 :「きごさい歳時記」
草雲雀 の俳句 :「575筆まか勢」
クサヒバリ :「音の標本箱」
鳴き声が聞けるサイトです。
クサヒバリ 鳴き声 :YouTube
クサヒバリ :「ほくせつの生き物」
クサヒバリ :「昆虫エクスプローラ」
クサヒバリ(草雲雀) :「自然観察雑記帳」
昆虫の草雲雀/クサヒバリを調べてみて、少し戸惑いが・・・・・残っています。
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『日本人の肖像』 聞き手・矢部明洋 講談社
『草笛物語』 祥伝社
『墨龍賦』 PHP
『大獄 西郷青嵐賦』 文藝春秋
『嵯峨野花譜』 文藝春秋
『潮騒はるか』 幻冬舎
『風のかたみ』 朝日新聞出版
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新5版(46+4冊)2017.7.26
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