遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『日本人の肖像』 葉室 麟  聞き手・矢部明洋  講談社

2018-04-16 12:28:44 | レビュー
 葉室麟作品群の背後にある作家葉室麟の肉声、歴史の見方や考え方に触れることができる本である。作家葉室麟が逝去した現在、彼の考え方の視点や思考について知ることが出来る貴重な1冊になったと思う。
 本書が編まれたソースは、毎日新聞(西部版)に月1回連載された「ニッポンの肖像 葉室麟のロマン史談」である。2014年の1年間は、当新聞社西部本社学芸部の矢部明洋記者が聞き手となり、葉室麟が古代から近代までの歴史人物たちについて語った史談が、本書の第一部となっている。そこに書き下ろしを追加してまとめられた史談集である。2015年の1年間は、各分野の専門家との対談が連載され、そのまとめが本書の第二部になり、対談集として収録されている。
 歴史上の人物あるは歴史の一時代、一局面を取り上げることから、歴史上の人物たちについて語り、それがニッポンという国を考える素材になっている。逆に言えば、葉室麟が歴史上の人物をどのようにとらえていたか、ニッポンをどのように眺めているかを浮彫にしてくれる。今まで葉室麟の作品群を読み継いで来ているだけだったので、葉室麟の素顔を垣間見ることに繋がるこの史談集・対談集を興味深く読めた。

 第一部の史談集で俎上に上った歴史上の人物を列挙してみよう。
 黒田官兵衛/宮本武蔵/坂本龍馬/織田信長・豊臣秀吉・徳川家康/女帝の世紀(注記:持統・元明・元正の女帝時代と孝謙・称徳天皇を語る)/新選組/西郷隆盛/北条政子/天皇と近代/真田幸村(信繁)/千利休/忠臣蔵である。この最後の3項目は史談形式にまとめた書き下ろしと奥書に記されている。

 第二部は専門家との対談集である。連載されたときのテーマが本書の章立ての見出しになっているのだと思う。どんなテーマで誰と対談したのか。対談相手をご紹介する。併せて、どういう内容なのか、その観点などを多少付記しておきたい。
 第1章 大坂の陣四百年     福田千鶴(九州大学基幹教育院教授)
   秀頼の実像と家康の反応。淀殿とその周辺。北政所との関係など。
 第2章 朝鮮出兵の時代     中野等(九州大学比較社会文化研究院教授)
   秀吉の人材登用法。朝鮮出兵における加藤清正と小西行長の関係。秀吉の意図。
 第3章 対外交流からみた中世  伊藤幸司(九州大学比較社会文化研究院准教授)
   遣唐使中止後の中世、民間交流に果たした博多の役割。禅宗と博多の関係。
   宗教と貿易の関係性。戦国大名・大内氏のあまり知られていない実像。
 第4章 国家と宗教       山口輝臣(東京大学総合文化研究科准教授)
   明治以降の天皇と宗教との関係。宗教を個人の信仰問題にした政府の選択。
   日本とキリスト教の関係。道徳的な規範の意義。
 第5章 柳川藩 立花家     植野かおり(立花家史料館館長)
   立花宗茂の甲冑。絵巻について。初代藩主宗茂の人間像。藩主と正室の有りよう
 第6章 日本人と憲法      南野森(九州大学法学部教授)
   日本国憲法の構成。憲法九条と改憲論。constitutionを憲法と訳した不幸。
   平和ボケの定義。日本にふさわしい天皇の在り方。

 第一部・第二部は以上のような構成になっている。
 そこで本書の読後印象を箇条書き風にまとめてみたい。印象の背景となった史談・対談本文中の事例の一部を⇒の箇所で要約し、例示する。
*対談の中で、著者自身の読書経験から過去の著名作家の作品を取り上げて、作家視点からそれらの作品に対する当該作家のスタンスや背後にある著者のコンセプトに対して所見を述べている点が興味深い。歴史関連書にも言及していて、関心の方向がわかる。
 ⇒司馬遼太郎『竜馬がゆく』、山田風太郎『妖説太閤記』、山岡荘八『徳川家康』
  網野善彦『東と西の語る日本の歴史』、吉田茂『日本を決定した百年』  
  山本兼一『利休にたずねよ』

*歴史上の人物について、異なる作家が創作した作品の違いを対比的に取り上げて、所見を述べている部分がなるほど、そういう比較・分析視点があるのかと楽しめる。
 ⇒吉川英治『黒田如水』と司馬遼太郎『播磨灘物語』(p10)
  吉川英治『宮本武蔵』・山本周五郎「よじょう」・司馬遼太郎『真説宮本武蔵』と
  井上雄彦の漫画『バガボンド』
  司馬遼太郎『新選組血風録』『燃えよ剣』・子母澤寬『新選組始末記』と大佛次郎
  『鞍馬天狗』

*歴史上の人物の考え方や行動を、現代社会の会社組織における組織人に見立てて著者が説明するところは、実感しやすくわかりやすい。そういう見立て意識が著者の創作した時代小説に逆にテーマとして採り入れられているのかもしれないと思った。現代の世相を江戸時代という設定の中で描くことにより、時代を超えた人間像を描くという意味で。
  
*自作について、その創作への立ち位置を述べている箇所があって参考になる。
 ⇒官兵衛は棄教したといわれるが、それは違うと思う(p11)
  西郷隆盛が廃藩置県に踏み切れたのは、天皇が德で治める国を実現する理想があっ
  た からである。(p51)
  西郷の政治意識には、徳による統治の復古型革命を隣国(朝鮮・中国)に輸出する
  考えがあったと思う。(p51)
  真田幸村と立花宗茂は、対照的な生き方をしたが、前時代的な懐かしみと反体制的
  なロマンティシズムを内包し、伊達に生きる男の典型がそこにある。(p92)
  ある。
  小堀遠州について執筆する動機に、「利休がつとに好んだ黒楽茶碗は果たして美し
  いのだろうか?」という疑問がある。 (p97)
  『はだれ雪』を新聞に連載していた時は、実際の季節の移ろいに合わせて書いてい
  た。(そのことを誰も気付いてくれなかったとのオチつき。愉快!)(p103)

 最後に、著者の歴史への立ち位置がわかるパラグラフを引用しておきたい。この立ち位置からの作品群をもっと書き継いでほしかった。
「見たいものだけ見て、それ以外は排除して歴史を見るのではなく、自分たちがやってきたことを素直に評価していくことが大事だと思います。ごまかさず、捏造せず、正しく知ろうとする努力を続けていけば、自分たちが生きていく道が浮かび上がると思います。それが歴史に対する自分たちの誠実さであるし、親や祖父、先祖、過去の人への真摯な向き合い方だと思います」(p89)。
 そして、葉室麟は「世の中を変えたければ、人間そのものの考え方を変えなければならない」と言う。理論で社会を変えられない。「何が人間そのものを変えるのか。本居宣長がいう『もののあはれ』というのがひとつの答えではないか」(p216)と。「やはり心が動く、感動することが大事」なのだと。感動することが、世の中を日本を変えていく原動力と確信していた。この視点でもっと作品を生み出して欲しかった。嗚呼!

 葉室麟とその作品を論じる上では、今後貴重な資料的位置づけの一冊になるのではないかと思う。

 ご一読ありがとうございます。


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吉川英治  :ウィキペディア
子母澤寬  :ウィキペディア
子母沢寬  :「コトバンク」
司馬遼太郎記念館 ホームページ
  司馬遼太郎の世界
初めての司馬遼太郎!代表作おすすめランキングベスト10! :「ホンシェルジュ」
山岡荘八  :「コトバンク」

福田千鶴 ← 日本史学研究室 部局組織・運営:「九州大学文学部・大学院人文科学府・大学院人文科学研究院」
中野 等 :「KAKEN」
伊藤幸司 :「研究者情報」
山口輝臣 教員詳細 :「東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部」
立花家資料館 立花財団  ホームページ
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有馬家文書  :「久留米市」
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『草笛物語』  祥伝社
『墨龍賦』 PHP
『大獄 西郷青嵐賦』   文藝春秋
『嵯峨野花譜』  文藝春秋
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