当地に来てしばらくしたころ岳母が「今からひつけに行ってくっけん」といって出かけて行きました。かなりの衝撃を受けたことを思い出します。「ひつけ」と聞けば思い出すのが「火付盗賊改方」、まさか放火に行くわけでもあるまいにと訝しがったものでした。
「ひつけ」とは「燈(灯)付け」と書くようです。当地区では、8月16日のお地蔵さんの火付けに始まり、お観音様、お大師様、妙見神社と灯付けなる行事が行われております。
当初は、「ひつけ」という言葉に少々穏やかではないような印象を受けておりましたが、慣れればそれほど違和感を感じなくなりました。
筑後では「とうみょう」と言っていたような気がします。というのも若かりし頃はあまり関心が無かったので、正直よく憶えておりません。ただ、近くの水田天満宮に「千灯明」という行事が行われていたのは良く憶えております。毎年8月25日に行われておりました。当日は花火大会も開催されて、たいそうな賑わいでした。
「千灯明」は筑後弁では「せんとみょ」となります。「おとうみょさん」とも言っていたような記憶があります。小さい頃は、毎年のように参拝に行っておりました。夏の終わりの楽しみといったところです。これが終わると夏休みも終わりだなーと溜まった宿題に取り掛かる時期でもありました。
水田天満宮の「水田」は「みった」という具合に詰まります。これも筑後弁の特長です。もちろん「筑後」も「ちっご」です。それはそうとして水田天満宮は由緒ある神社です。祭神は菅原道真公です。先に挙げた「千灯明」は福岡県の無形文化財に指定されております。
また、幕末の勤皇の志士であり、久留米の水天宮の神職でもあった真木和泉守が、水田天満宮の神職である弟の大鳥居家の一隅(山梔窩)に一時期蟄居謹慎していたことでも知られています。