ここからは決勝の模様をお送りするわけですが、この年の日本選手権ではちょっと変わった趣向がこらされました。
舞台後方はこのように黒い幕が張られて、真ん中の選手が登場する部分だけが開かれていました。
そしてそこには階段が設けられて、各選手はこのように高いところから登場する形になっています。
そして階段を下りて、ステージに立つという流れになっています。
これは決勝で大澤選手が登場したところですが、開会式の選手入場のときにもこのようなスタイルでした。
舞台後方はこのように黒い幕が張られて、真ん中の選手が登場する部分だけが開かれていました。
そしてそこには階段が設けられて、各選手はこのように高いところから登場する形になっています。
そして階段を下りて、ステージに立つという流れになっています。
これは決勝で大澤選手が登場したところですが、開会式の選手入場のときにもこのようなスタイルでした。
そしてこちらは、「サイドトライセップス」のポーズですね。
この年の日本選手権は、女子は30人ものエントリーがあったため(1人欠場がありましたが)、ピックアップ審査も2回行われました。
まず一次ピックアップで20人に絞り、さらに二次ピックアップで12人に絞り込んだのです。
この年の日本選手権は、女子は30人ものエントリーがあったため(1人欠場がありましたが)、ピックアップ審査も2回行われました。
まず一次ピックアップで20人に絞り、さらに二次ピックアップで12人に絞り込んだのです。
さらに、「バックダブルバイセップス」のポーズをいってみましょう。
このとき私は当日券で入場したのですが、すでに1階席は満席で2階席からの観戦・撮影となりました。
そのため、ステージを左上から見下ろすような感じになって、あまりきれいに撮れていないかもしれないことを、お詫びいたします。
このとき私は当日券で入場したのですが、すでに1階席は満席で2階席からの観戦・撮影となりました。
そのため、ステージを左上から見下ろすような感じになって、あまりきれいに撮れていないかもしれないことを、お詫びいたします。
次は、「サイドチェスト」のポーズです。
この2008年の日本選手権は、大阪市の厚生年金会館で行われました。
この頃は私もこのブログを開設していたこともあって、大阪まで出向いて撮影いたしました。
なにしろこの年の7月には、香港までアジア選手権を見にいっちゃいましたからねえ(爆)。
この2008年の日本選手権は、大阪市の厚生年金会館で行われました。
この頃は私もこのブログを開設していたこともあって、大阪まで出向いて撮影いたしました。
なにしろこの年の7月には、香港までアジア選手権を見にいっちゃいましたからねえ(爆)。
続いては定番、「ダブルバイセップス」のポーズをご覧いただきましょう。
ピックアップ審査により、すでに12人に絞られた後の予選の模様ですが、白いビキニの6番が大澤選手です。
大澤選手の右隣の5番は惠良律子選手(東京)、左隣の7番は日本選手権優勝6回を誇る水間詠子選手(東京)、そして左端に一部写っている15番は山野内里子選手(愛知)です。
ピックアップ審査により、すでに12人に絞られた後の予選の模様ですが、白いビキニの6番が大澤選手です。
大澤選手の右隣の5番は惠良律子選手(東京)、左隣の7番は日本選手権優勝6回を誇る水間詠子選手(東京)、そして左端に一部写っている15番は山野内里子選手(愛知)です。
こんばんは。
今夜はまず最初にお詫びを申し上げなくてはいけません。
昨日、今日は2008年の日本クラス別をと申し上げましたが、この年の日本クラス別は福岡県飯塚市で開催されており、このとき私は同じ日に開催された東京クラス別を見に行っていたのでした(爆)。
したがって、日本クラス別での大澤選手の活躍を残念ながら見ておりません。
そういうわけで、今日は2008年で唯一大澤選手を見ることのできた、日本選手権の模様をお送りさせていただきます。
まずは予選(ピックアップ終了後)の模様からですが、「フロントリラックス」のポーズをお届けいたしましょう。
今夜はまず最初にお詫びを申し上げなくてはいけません。
昨日、今日は2008年の日本クラス別をと申し上げましたが、この年の日本クラス別は福岡県飯塚市で開催されており、このとき私は同じ日に開催された東京クラス別を見に行っていたのでした(爆)。
したがって、日本クラス別での大澤選手の活躍を残念ながら見ておりません。
そういうわけで、今日は2008年で唯一大澤選手を見ることのできた、日本選手権の模様をお送りさせていただきます。
まずは予選(ピックアップ終了後)の模様からですが、「フロントリラックス」のポーズをお届けいたしましょう。
そしてこれが、フリーポーズのフィニッシュのポーズでした。
この後当然、日本選手権に出場するものと思っていたのですが、この年大澤選手の姿を日本選手権で見かけることはありませんでした。
したがって、この2007年に日本で大澤選手が出場した大会は、この日本クラス別だけだったというわけです。
月刊ボディビルディングの今年11月号の特集記事によれば、このときすでに大澤選手の体は限界を越してしまっていたようですが、それでも2008年にはまた復活して、日本クラス別に戻ってきたのです。
明日は、その2008年の日本クラス別での活躍を、お送りしようと思います。
この後当然、日本選手権に出場するものと思っていたのですが、この年大澤選手の姿を日本選手権で見かけることはありませんでした。
したがって、この2007年に日本で大澤選手が出場した大会は、この日本クラス別だけだったというわけです。
月刊ボディビルディングの今年11月号の特集記事によれば、このときすでに大澤選手の体は限界を越してしまっていたようですが、それでも2008年にはまた復活して、日本クラス別に戻ってきたのです。
明日は、その2008年の日本クラス別での活躍を、お送りしようと思います。
こちらは、大澤選手の笑顔がよく出ているショットを選んでみました。
大澤選手はこの46kg級を優勝し、9月初頭には中国の上海で開催されたアジア選手権にも出場しています。
私も2005年の韓国でのアジア選手権を見に行っているくらいですから、当然見に行きたかったのですが、仕事の関係で月末から月頭にかけては休むわけにはいかなかったので、涙を呑んであきらめたのでした。
結果的には、2006年5月のシンガポール招待大会とこの2007年のアジア選手権が、大澤選手が世界の舞台で活躍した機会のすべてでした。
大澤選手はこの46kg級を優勝し、9月初頭には中国の上海で開催されたアジア選手権にも出場しています。
私も2005年の韓国でのアジア選手権を見に行っているくらいですから、当然見に行きたかったのですが、仕事の関係で月末から月頭にかけては休むわけにはいかなかったので、涙を呑んであきらめたのでした。
結果的には、2006年5月のシンガポール招待大会とこの2007年のアジア選手権が、大澤選手が世界の舞台で活躍した機会のすべてでした。