眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

さよなら、マンボウ

2021-04-24 10:37:00 | ナノノベル
 動いているのはこちらか、あちらか。互いに動くものだから、それを見極めるには時がかかる。似たもの同士が向き合っている間は、鏡を見ているのと同じで、何も新しい発見がない。長い列車が謎解きを遅延させている。プライスダウンの矢印が「それ」が指すものを探して回り始める。問題の誤りは例文の中にあるのだとしても、先生が手を加えることを躊躇っている間に、ワゴンの中から未知の生き物が目を覚まそうとしている。

「掘り出させてなるものか。お前如きに」



「今日は誰もきませんね」
(これはどうしましょう?)

 行き場を失ったおもてなしがテーブルの上で泣いていた。
 たった1つのマンボウに、私たちは勝つことができなかった。人間は無力なものだ。忍耐、工夫、計画。あれはいったい何だったのだろう。ずっと長い時間をかけて、私たちは準備を進めてきた。訪れるゲストのために、国をまわってお宝を仕入れてきた。部屋を一層広くし、テーブルに板をかました。シェフは腕に磨きをかけ、髭を現代風に整えた。子供たちを少しも退屈させないように、千の小話を作っておいた。すべては私たちを選んでくれるゲストのためだった。


「塩はまだか?」
 約束の時刻はとうにすぎ、大将軍の顔には焦りの色が濃く浮かんでいた。塩は交渉の切り札として、大きな期待を背負っていた。そして、期限はもう目前まで迫っていた。
 土埃を上げて戻ってきたのは偵察兵の馬だ。

「強奪されました!」
「何だと? 私たちの(期待の塩が)」

 大将軍は言葉を失ってその場に崩れ落ちた。
 このままでは覇権がマンボウの手に渡ってしまうことになる。大将軍の息子は有力な後継者として期待されていたが、先の戦闘で足を負傷してしまった。回復のためには手術が必要だったが、命に別状はないためずっと先延ばしにされているのだった。

 ついに来るべき時が来た。
 正体がばれてしまうリスクがあったとしても、このまま何もしないというわけにはいかない。私はリュックの中から、捨てずに取っておいたポテトチップスの袋を取り出すと大将軍に差し出した。

「プチ将軍、これは?」
「1つ食べてみてください」

「食べられるのか?」
 大将軍は驚いて目を丸くした。

「大丈夫です」

「これは……、うすしおだ!」

 草木が揺れ、強い光が辺りを覆った。奴らがやってくる。

「そうです。うすしおです」
「これで交渉ができるかもしれん」

 大将軍は覇気を取り戻して立ち上がった。うすしおの入った袋の口を閉じ、しっかりと輪ゴムでとめた。
 宇宙船が着陸すると馬が嘶いた。

「さあ、大将軍」


 
 Gがかかる。景色が動き始めた。動かぬものが動き出したということは、動いているのは私だ。あの列車はもう反対の方へ消えてしまった。そして私は運ばれていく。心地よい振動が私のまぶたを閉じさせた。多忙を極めた日々の喧噪が、ガタンゴトンの波に交錯する。高みを目指しすぎて迷子になったレシピ、探究の先に煮詰まったソース、一斉にがたつき始めたテーブル、破れかぶれのソファーに当てたガムテープ、名前も知らない人々の笑顔、途切れることを知らないオーダー、打ち消しに走る店長、床に零れて弾けるソーダ……。意識はまぶしい過去の映像にしがみつこうとしていたけれど、私の体が運ばれて行くのは未来でしかない。この世界に存在する限り、決して逆走することはないだろう。
 約束のない未来のために、私は別れを告げた。

「さよなら、マンボウ」


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