初恋が成就することは希だ。若さ故の未熟さ、思い上がり、空間と感情のすれ違いに阻まれて、純粋であったはずのものはいつしか無惨に砕かれてしまうのが世の常だ。すれ違いは世の中の至る所に存在する。街のちっぽけな酒場だって例外じゃない。
どうして自分だけ……。多くの者が同じように思う。思うものは思う時に手に入らないものなのだ。本命はかなわなくてもそれに似たものならまだ存在する。笑顔で迎え入れれば上手く事は運ぶだろうに、現実はそう甘くもない。
スプライトか……。(本当はサイダーがよかったけどな)私の顔に少しの陰が現れてしまったことは事実だろう。
「じゃあそれで……」
とにかく私は泡の出るものを口にしたかったのだ。
「断る!」
マスターはきっぱりとした口調で言った。
こ、ことわる…… そんな言葉をここで聞くだろうか……
「えっ? あるんですよね。スプライト」
「じゃあそれで?
はいわかりましたと出す店がどこにある?
客はお前さんだけじゃない!」
やっぱりそこか。
いるんだよな。その辺に食いついてくる人は。
わかってはいたが、客という立場で私は少し気を抜いてしまっていた。こうなったら注文が通るまで低姿勢を貫かねばなるまい。
「ごめんなさい。
言い方を少し間違えました。
ください。スプライトを飲ませてください」
「少し?
こっちも客商売だ。
だがな、
あんたに飲ませるスプライトはない。
帰ってくれ!」
些細な行き違いから口にできなくなるドリンクもある。
私はまだまだ勉強しなければならないようだ。
「話はみんな聞かせてもらいましたよ」
突然、カウンターの隅から老人の声がした。
「師匠……。お久しぶりです」
どうやらマスターの師匠らしい。
徳のある人が間に入ってくれれば事態は逆転できるかもしれない。私が淡い期待を抱いたのは自然なことだった。
「何年だ?」
「15年です」
「そうか。もうすぐ20年か。昔から曲がったことが大嫌いな青年だったが。その性格、少しも変わっておらぬようだな」
「お恥ずかしい限りです」
「それでこそわしの弟子。そこでわしからも一言いいか」
そして老人は私の方に向き直った。
「お前さんの負けじゃな」
「えー?」
「はよ帰れー!」
「えっ?」
「ゴー・ホーム!」
「金はいらねえー!」
財布を開こうとする私にマスターは言い放った。
突き刺さる二つの視線をあびながら、私は逃げるように店の外に飛び出した。できることなら、泡となって消えてしまい。
ほろ苦い失言の夜だった。
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