眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

約束のない街

2023-09-07 03:42:00 | 夢の語り手
 テレビのチャンネルが変わらない。リモコンの電池が切れたのだ。部屋の中のどこかに未使用の乾電池があるだろう。しかし、いったいどこに。部屋中をひっくり返さなければそれは見つかるまい。大掃除をするならば引っ越しの時だ。今はまだその時ではない。電池1つのためにいかにもそれは大げさすぎる。俺はここだ! どこかで叫ぶ声があるにしても、僕にはそれを聞く能力が備わっていない。プラスでもマイナスでも同じこと。どこかにあるとしても出会える機会がないならば、乾電池は宇宙人と同じようなものだった。未知との遭遇を望むならただ静観しているだけでは駄目だ。宇宙は広い。待っているだけで突然誰かが訪ねてくるだろうか。自分から探しに行けば道は開かれる。見つけられるよりも見つける方が、この宇宙では遙かに簡単だ。僕は部屋を飛び出してコンビニを目指す。この街ではない。遠いどこかだ。電車のドアは自らの手で開けねばならなかった。着いた駅は見知らぬ街だった。

 僕は駅員に次の列車についてたずねた。
「今日は大変な事故あってんから動かんけつかるとんねん、全力でべったらしゃんもろへいやーてんぱってしょーがよ」
「もしも平時だったとしたら」
「いやは平時のやっつ全くけっちゃるけんのームリですばっとんちゃあ」
「明日には?」
「ふん明日はうごーとんさあほんでんぺっぺけさあちょげんさあ決まってまっさんげがな。ぱっとんしゃあ。ぱっとんしゃよー始発接続むちょ」
 細部までは理解できないがいずれにせよ今夜はこの街に泊まる以外ない。Wi-Fiはあるかな。

「コスモポリタンを」
「あんちゃんもう看板じゃね」
「えっ、こんなに早く」
「この街じゃ21には皆おやすみじゃね。花火だってすぐに終わるっけん」

 ネオンの消えた街の空に星が浮かんでいた。
「ねえ、おじいちゃんは元気?」
 星は無言で微笑みだけを返した。遠く離れたように見えて2つの星は兄弟だという。星にとっての距離感は車とも人ともかけ離れている。未知との遭遇を望むなら、旅を恐れてはならない。狭い部屋の中で考えたことを僕はもう一度思い出す。
「この街の夜は旅人には長すぎる。人生もじゃ」
 すべての星は滅ぶ運命にある。生き残っているものがあるならば、それはまさに奇跡の一瞬なのかもしれない。

「ご一泊でよろしいでごっつぁんさあ」
 それ以上の延長は一切お断りと言う。
 一日町長を中心に作られた約束のない街。花火大会も5分で終わってしまうショートショート。幕開けと幕引きが同居した街。
 寂しい部屋の中には小さなテレビがあった。

「夕べからライターが風邪を引いておりまして、やむなく今日は私の言葉で本音を語ろうと思っております。もう棒読みとは言わせません。(これについてというテーマ)(絶対に言うべきこと)(数字の部分)そうしたメモだけを持ってここに立っております。ですから今日は皆さんと本音で向き合って参ろうと思います。ライターが書いたものを丸々読むだけならば、ライブである意味はあるのか。そういう声をいただきました。ありがとうございます。メールでいいじゃないか。そういう声もいただきました。ありがとうございます。哲学を語って欲しい。そういう意見もいただきました。ありがとうございます。今日はそうした様々な声を踏まえて私なりに精一杯の言葉を尽くしてお話ししたい。お話がしたい。私のお話です。わざわざ足を運んでくださいまして感謝しております。このように思います。さて、これから始めようと思います」

 僕は大臣の顔にリモコンを向け連射した。
 消されたのは僕の方だった。


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