眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

キャップ    

2013-09-18 21:48:06 | 夢追い
 町の外れに長々と作られた休憩所。それはどこにも行くことのない列車だった。何をするというわけでもなく、見知らぬ人同士が身を寄せ合って座っている。入り口付近は外から風が吹き込んで寒いというわけか、比較的空いている場所が多かった。ギタリストは誰も座っていない座席の中央に腰掛けて、早速胸にギターを構えた。隣の小柄な男はマンドリンを持っている。ギタリストは勢いよく玄を弾いた。人前で演奏する自信があるのだろう。見ているとすぐに影響を受けて、これからギターの練習を始める自分、猛特訓を重ねる自分を想像してみた。こっそりと上達して、ある日、突然に兄の前で披露するのだ。驚く兄を想像する。悪くない。
(あっ、ギターの先生がやってきた)
 同じ車両で鉢合わせて、玄を弾く勢いが弱まった。いつの間にか前の座席中がギター仲間で占められていた。よく見ると道の向こう側にも列車が止まっている。
(動いた!)
 動いたのは前の列車ではなく、僕たちの乗った列車だ。23時。どこかに行くと、もう戻れなくなってしまう。
「次は駅。次は駅。各鉄道が乗り換えです」
 長いトンネルを抜けるとまた見慣れた町のネオンが目に入ってきた。どこかに行くようで、結局どこにも行かず元の場所に戻ってくるだけなのだ。端に一箇所だけある門が開くと、皆が一斉に福男を目指してスタートするのだ。
(狭い!)
 どうして降りていいかわからない狭き門だった。皆はどうして降りていくかと思うと皆は宙返りしながら勢いよく降りていくのだった。一歩も助走が取れず僕は上手く宙返りができなかった。そうしている間に踏み台にされ、次々と後ろの車両からやってくる者たちにまで抜かされてしまう。最初のポジションはよかったのだが、ここまで出遅れてしまうともはや今年のレースにチャンスはない。犬の鳴き声が聞こえる。
(散歩はまだ行かないの?)

 無益な投入を繰り返しても、その度に百円玉は落ちてくるだけだった。
「おかえり。また戻ってきたんだね」
「ごめんよ。正しいルートを見つけることができなかったよ」
「もう1度行ってらっしゃい」
「行ってきます。今度が最後になるといいね」
 頑なな機械は、すべての別れの儀式を無駄に終わらせてしまった。ちょうどその頃、古びた車がたくさんのお菓子や飲料を積み込んで道を下りてきて止まったのだった。扉が開くと、冷蔵庫に中にはよく冷えたファンタグレープがあった。
「瓶?」
「4リットルの瓶だからちょうど400円だね」
「1つください」
 ずっしりと重い。

 怪我に強いとされるピッチに足を踏み入れると足は深く沈んだ。しっかりと練習をして慣れなければならない。流れたパスを必死で追いかけて、蹴り返した。
「中から蹴って!」
「今、外だった?」
 ぎりぎり追いついたと思ったが、追いついていなかったか。今度は僕の蹴ったボールが大きく逸れて逆サイドまで飛んでしまった。
「蹴ってくれ!」
 敵チームの奴が、蹴り返したが届かない。ボールは長い芝に呑まれて、勢いを失ってしまった。止まるんだ。この感じ、この感触。ずっと昔、僕はここに来たことがあるのでは……。10年前、代表に呼ばれた時に。そうか。なあヒデ……。
 みんなはゴールマウスを取りに倉庫へ向かったところだった。今がチャンスだ。家に上がり込んでキッチンの冷蔵庫を開けた。ファンタはしっかりと蓋がしてある。誰も開けることはできまい。そこでファンタはキープしておいて、別のオレンジを持っていくことに決めた。
 倉庫から子供たちが帰ってきた。錆びのついた柵や、茶色がかったロープを持っている。
「今使わないでどうするんだ!」
 リーダー格の少年が叫ぶ。
 女の子は犬を抱えていた。
「この子かわいそうなの」
 犬は、胸の中で小さくくしゃみをした。
「普通の犬は、周りの犬に向かって吼えるけど、この子はひとりなの。保険がないなら私の保険を半分分けてあげるからね」
 深い芝をまったく苦にすることもなく、ピッチのいたるところで犬はボールに絡んだ。そして、間もなくキャプテンマークを巻くことになった。


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