ネットのクチコミに踊らされたりはしない。私は自分の目を信じる。店の暖簾を見ればそれがどんな店かは、だいたいわかる。見過ごすべきか踏み込むべきか、真っ直ぐ暖簾を見ればわかるのだ。
「いらっしゃい」
感じのいい大将だ。
壁を見ればその店の歴史がわかる。どんな人が訪れ、どれだけ人々に愛されてきたか、誰に聞かずともすべては壁が語ってくれる。大物俳優のKが何度も足を運んでいるのがわかる。
「マグロお待ち」
美味い! こんな美味いマグロを食べたのは初めてだ。
人気があるのも当然だろう。JリーガーのY、お笑い芸人のIのサインもある。噂を聞いて広い世界から人が集まってくる。名店とはこういう店のことを言う。
「大将、甘エビといくらをお願いします」
「お断りだい!」
「えーっ」
私は耳を疑った。断るにしても言葉がきつすぎる。
「追加の注文はお断りだよ」(テンション下がります)
「どうしてです……」
「壁をよく見な!」
大将は真っ直ぐ壁を指した。
(注文は一度っ切り!)
しまった!
私は古びたサインに気を取られ、重要な貼り紙を見落としていた。この街では誰よりも壁が偉いのだ。壁に書いてあるからには、それは絶対の意味を持つ。
「さあ、食ったらとっとと帰ってくれ!」(次がお待ちです)
味は最高。だが、何か落ち着かない店だ。
「ごちそうさん!」(二度と来ません)
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