眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

遠くへ

2013-10-30 08:51:30 | 夢追い
 ボタンはAとB。どちらがジャンプでどちらが攻撃か、まずは自分で決めて設定しなければならない。コントローラーを分け合った僕らはどちらがどちらの主人公を操るかが理解できておらず、とても下手だ。だからみんなに笑われてしまう。谷底に落ちないように必死でジャンプするが、その動作は上級者が操る安定感のある跳躍と違って、どこか滑稽に見える。困った時にはジャンプ。
 ジャンプ! ジャンプ!
 ジャンプは地を蹴って飛ぶものだ。けれども、困った時にはそんな理屈は通らない。とにかく、
 ジャーンプ! ジャーンプ! するのだ。
 強く念じれば、水の上でも、風の中でも、まるで足がかりがない場所からだって、ジャンプすることができた。ジャンプ、ジャンプ、生き抜くためには、とにかく、
 ジャーンプ! ジャーンプ! して粘っているとついに地面が現れる。ようやく地に足を着けると、呼吸が少し楽になる。
 泡、風船、突起のないぼんやりしたものが漂ってくるが、それらは当たったところで死にはしない。それらは殺傷力を持たない存在だから、背景にある壁や風景にすぎない。自分の倍以上もある風船だって、なんてことない。
 突然、前方から邪悪な存在が姿を見せる。口を開けて、邪悪な煙を吐き出すとそれはゆっくりとこちらに向かって漂ってくる。単なる煙だが、出所が邪悪なだけそれは殺傷力を持っている。
 ジャンプ! ジャンプ!
「もう燃料切れだよ」
 上級者が言うには、もはやジャンプの燃料が底をついたと言う。
「しゃがめ!」
 姿勢を低くして邪悪な煙を避けようとするが、どうしても主人公は動かない。別売りのコントローラーがないからだ。とうとう邪悪な煙に突き飛ばれて、主人公は死んでしまった。

 主人公が死んだので、新しい主人公を招いて上映会が始まった。けれども、友達のお兄さんが電気シェーバーを持ち出して、顎を剃り始めたので、音声が聞こえなくなってしまった。
「おい! おい!」
 声を上げて誰かが文句を言った。
「台詞が聞こえないよ!」
 その声さえも、爆音の中に呑み込まれてしまう。



 おばあさんは、箱にぎっしりと詰まった箱入りほうれん草をくれる。
「ちゃんと早起きした人に配るんだよ」
 早起きは偉いので、それだけでプレゼントを受け取ることができる。
「またおいで」
 早起きして褒められる上に、ほうれん草もくれるので、僕は大きなしあわせを感じる。またくるとも。必ずくるぞ。僕はおばあさんのおかげで、早起き人間になることができるだろう。ここまでの道筋を忘れないように、注意深く周りの風景を観察して、記憶する。ここに信用金庫、向こうには整骨院、その先にはセブンイレブン、曲がり角には古本屋……。
 狭い壁と壁の間をすり抜けなければならない。箱を傾けなければならず、あふれるほうれん草が零れないように輪ゴムで束ねる。縦方向に束ねると、流石に耐えられずに切れてしまった。今度は逆にして、束ねる。
 壁を抜けると海の匂いがした。



 冷やすべきかどうか瓶を回して隅々を見た。冷暗所に保存。冷暗所? それは行ったことのない場所だった。わからないのでみんなの意見を聞いてみることにする。
「冷やしたらいける!」
 普通だとそうでもなかったが、冷やすと……というコメントを見つけて、冷蔵庫に入れることを決意すると猫が下りてきた。
 ピンクのまだら猫、小さな瞳がきらきらと輝いている。
「どこから来たの?」
 猫を撫でながら、訊いた。
「いつ来たの?」
 答を待たずに次々と質問を浴びせた。僕の声が弾むのとは逆に、母は沈んでいくようだった。何も答えようとしない。
「お前かわいいな」
 今度は猫に向かって話すと猫はそれに気づいたように小さな顔を僕の顔に近づけた。返事をするように、口を開けて声を出した。
「日本語ってどうやって話すの?」
 あっ。
「何か、人みたいなこと話すよ」
 こっちが話すからかな。 
 何か語ろうとして、母は場を離れた。

 遠くへ……。

 失われたものたちのことを思い出したのだ。
 ガラン。何もなさすぎる、床々。
 この子がかわいければかわいいほど、あの猫のことが思い出される。
 見失わない内に、追いかける。
「わかるよ」
 母は何もない世界の端っこにいた。
「部屋が広すぎるんでしょ」
 色あせた柱には、無数の引っ搔き傷がついている。


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