眠れない夜の言葉遊び

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【将棋ウォーズ自戦記】1秒将棋 ~突然迷子

2022-01-28 01:31:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 戦いが始まって1秒が経っても相手はなかなか指さなかった。きっとお茶でも飲んでいるに違いない。だとしたら落ち着いた相手だ。3分切れ負けであっても、自分には余裕があると言っているも同然だからだ。後手番である以上、相手が指すまで指すことはできない。因みにアプリの中では禁じ手を指すことはできない仕様になっている。それは便利ではあるが、疑問に思うこともある。(本当の実戦だったら……)

 僕はウォーズの中で時間に追われて二歩を打ってしまうことがある。実際は操作不能になって打ってはいないのだが、僕の指は確かにそこに二歩を打ったのだ。「あっ、そうか……」一瞬はっとして、恥ずかしくなって、そこで潔く投了ボタンを押すことはよくある。(だいたい負け将棋の時)勝っている将棋では、何食わぬ顔で指し続けることが多い。だが、それってどうなのだろうか。反則を自分の胸にこっそりと仕舞って、何事もなかったように勝ってしまうなんて。操作ミスは容赦なく反映されて、待ったは勿論許されない。なのに禁じ手は水面下でかき消され、みえない待ったを許して平然と続行される。少し考えすぎだろうか。ゲーム(アプリ)なのだから、禁じ手が指せないようにできているのは当然とも考えられる。もしも仕様が変わり、禁じ手が盤上に反映されてその瞬間に反則負けとなるようになったら、それもまた緊張感があっていいかも。(開発者関連の方、そんなゲームって可能ですか?)

 相手がお茶を飲んでいる間、僕は作戦も立てずに余計なことばかり考えていた。ともかく、相手の初手が決まらない限り、将棋というものは始まらないのだ。初形が最も美しいと言う人もいる。一段金は飛車の打ち込みに強く、香は下段にいた方が強いとされる。居玉のまま戦うシステムも存在する。動いていくということは、よくなっていく面ばかりではないのだ。美しいところから離れていくことであり、乱れていくことでもある。それはどこか生きることにも通じるのではないか。何もせずに留まっていれば安全であるかもしれない。だけど、それだけでは魂が安らがない。僕らは何のためにこの星にやってきたのだろう? 質問に答えられる者などいるのだろうか。僕は時々こう思う。隅っこに残っている香だって、本当は踊りたいのだと。そう。僕らはいつだってアスリートなんだ。

「走る、踊る、指す」乱れてこそ生きる。さあ、お前が先手だ!

 1秒が過ぎて、相手はまだ初手を指さなかった。通信の不調なんかではない。ただお茶を飲んでいるのだ。きっと魂がお茶を呼んでいるのだろう。お茶によって気を鎮め、あらゆる邪念を追い払う。目の前の自分に打ち勝てさえすれば、簡単に負ける相手などいないのだ。そう言い聞かせて一局の行方を占っているのではないか。はじまりのお茶があるなら、中盤の難所にもそれはあるだろう。だが、相手の最大の望みは勝利の余韻に浸りながらゆっくりと飲むお茶ではないだろうか。この一局は、玉よりもお茶を中心として回るのかもしれない。

 対局開始から3秒が経過して、ようやく相手は角道を開いた。いよいよ戦いの開始だ。僕は角道を開けた。すると相手は飛車先を突いてきた。居飛車戦法だ。僕は角道を止めないまま四間飛車に振った。角交換歓迎型振り飛車だ。互いの角がにらみ合ったまま、僕は端の香を上がった。穴熊戦法だ! 相手は角を換えてきた。僕はそれを桂で取る。銀はまだ1つも動いていない。相手は壁銀を作って玉形を整えた。僕は穴熊に入った。しかし、これは流石に危険だったろう。(居飛車の飛車先が無防備である上に、玉頭に隙ができてしまう)隙が同時にあっちにもこっちにもあれば、だいたい手にされるとしたものだ。先に向かい飛車にして備えるか、少なくとも金を上がるなどして囲いを強くしておくべきだった。

 相手は飛車先を突破してきた。僕は向かい飛車にして飛車をぶつけた。この一手が指したくて、あえて無防備にしておいたのだ。(だが、なかなか単純な仕掛けを決行してくる相手は少ない)歩で押さえる指し方もあるが、相手は強く飛車交換に応じてきた。気合いと気合いが激しくぶつかる。お互いに1秒未満ノンストップの応酬だ。自信があるわけではないが、ノンストップのリズムに乗ったら、先に降りたくはないという意地みたいなものもある。銀で飛車を取り返すと、相手は中段に筋違い角を打ってきた。同時に2つの成りが受からない。強気で指すならそれに対して中段に飛車を打ち返すという手は有力だった。(流れとして筋が通っている)だが、玉頭の隙を突かれたことで、僕はもう少し弱気になっていたのだ。遅れながら金を上がり、受けの手を選択した。相手は桂の横に馬を作ってきた。この辺りから僕は局面の焦点を見失い始める。(もうノータイムではない)正しくは自陣から飛車を打って攻めるところを、敵陣に角を打ち込んで中段に馬を作った。特に狙いはなかった。相手はぼんやりと馬を寄った。特に狙いがあるように思えなかった。指し手のスピードも最初ほどじゃない。

 僕は自陣の歩をぼんやりと突いて、馬筋を自陣に通しつつ遠く敵玉のこびんを目指した。(我ながら緩い手だ)相手の指し手が止まる。僕らは特急券をどこかに置いてきたのだ。わからない。何もわからない。相手は馬の横に飛車を打ち込んできた。「見落としたか?」僕は思わず投了のボタンに指を置きそうになる。いや待て待て。角金両取りの厳しい一手にみえたが、角には桂の紐がついていた。思い直して僕は金の方をかわした。相手の指し手が止まる。特にプランはなかったようだ。しばらくして相手は壁銀を直して玉形を整えた。落ち着いた一手だ。きっとお茶を飲んでいたのだろう。

「ここはどこなんだ?」あの激しい序盤戦が、遠い前世のことのようだった。いきなり終盤戦に突入したはずが、互いにたいした戦力もなく、自陣に手を入れたりしている。ここは序盤なのか、中盤なのか……。ゴールはいったいどこにあるのだ。僕はずっと放置されたままになっていた銀頭の傷をケアしながら、銀頭に自陣飛車を打ち遠く敵陣を狙った。すると相手はグイッと馬を入り金に当ててきた。角金交換の駒得で、二段目に竜がいるとは言え、馬つきの穴熊に寄りはない。

 急激に時間が切迫したのか、突然ノンストップ将棋が復活した。僕はと金を作り、遅いけれど確実な飛車先突破を実現させていった。相手は竜の力を頼りに手を作ろうとするが、と金さえ作らせなければ脅威にはなり得なかった。ばたばたと進む内に敵陣に竜ができ、銀頭の歩が刺さったところで相手の投了となった。(やはり馬の手厚さは心強いものだ)
 序盤から激しく、だけど中盤は夢のようにぼんやりとしていた。一手も緩みなく指すことなどできるだろうか……。迷子になった中盤のことを振り返りながら、僕はゆっくりとお茶を飲んだ。



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