眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

モデル・チェンジ

2021-07-15 04:16:00 | 短い話、短い歌
 行きつけの店に任せれば75点から80点の出来が約束されている。何の不満もないはずだった。

(もっと突き抜けたい)

 季節の変わり目に湧き出てくる冒険心を抑えきることは難しい。私は新しい扉を探して歩き始める。未知のドアノブに触れる瞬間、私の手は微かに震えている。ドアの向こうには、自分のことを何も知らない人たち。でも、もう後戻りはできない。

「今日はどのように……」
 彼はゼロから私を創ろうとしている。
「トップに5Gを飛ばして、サイドにブルートゥースを飛ばして、全体をベッカム調に」 

「ちょっと、ちょっとお待ちを」
 美容師は慌てた様子で駆けて行った。

「もしもし、初めてのお客様で……、ちょっとこちらでは……、先生の方でみてもらっても……」
 電話を終えて帰ってくるとどうやら別の席に案内されるようだ。

「お客様、申し訳ありません。ちょっと別館の方へ」
「別館?」
「はい。こちらから出て壁沿いに行くと屋上へ続く階段がございまして……」
 指示された通りに屋上へ行った。ドアは開いていた。

「ああ、先ほどの」
「お願いします」
 部屋の中にはベレー帽の男が一人、他に従業員の姿は見当たらなかった。
「では、こちらにイメージを描いてみてください」
 男は色鉛筆とスケッチブックを渡し言った。奇妙なシステムに戸惑いながら、私は色鉛筆を走らせた。どう努力しても、人の顔にならない。長い間、人間を描いたことがなかったのだ。

「どれどれ、ほー、これは空ですか?」
 男は頷きながら続きを描くように言った。
 部屋の中には鏡一つ見当たらず、絵の具の匂いが満ちていた。
(先生?)
 美容師が電話で言っていた言葉を思い出して、私は少しだけ不安になった。




こめかみにBluetoothを走らせてハートをつかむ夏のカリスマ


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