眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

将棋の時間ですが

2020-06-04 00:19:53 | オフサイドトラップ
 手を上げてオフサイドをアピールするが、星は流れを止めなかった。
 眠い、眠い、と男は繰り返し願っている。

ニュースの時間ですが、高校野球を続けます。

 酷い雨が降ってきても、高校野球は中止にならなかったけれど、町中の家で雨漏りがしてとにかくどこからでもバケツを持って来いという話になっていたのだ。漫画が並ぶ天井からも雨が落ちてきて、ここは何階なんだとみなは思ったけれど、とにかく雨は落ちてきたので、そこにもバケツは必要だった。特に大事な本はビニール袋で覆われて、もう何人も読めなくなった。

天気予報の時間ですが、高校野球を続けます。

「これはスーパーの買い物籠じゃないか!」
 バケツとあればどこへでもすぐに持ち去れるような状態だったので、本来バケツであったものが、バケツでないものにすり替えられている。魚から滴り落ちる水が、階段を上り下りする間にも籠の隙間から零れてしまうが、仕方のない状況だ。なるべく落ちないようにと最初の頃は急ぎ足で駆けていたが、それもだんだん面倒になって、もうどうにでもなれという心境に行き着く。

 天井からの光を受けて、植物的な壁飾りが影を作り出している。抽象的な影は、心のありようによってあらゆるものの姿を作り出し、容易く雨に猫に魚になって生息することができた。何でもないと思ったものが、ある瞬間にそれ以外の何者でもないものに化け、それ以外に考えられないと思ったものが、ある時突然に姿を消して、何者でもなくなってしまう、そのようなものを見つめていると、つい自分自身が吸い込まれて、捕らえられてしまいそうだ。フライが、落ちてくる。

今日の料理の時間ですが、高校野球を続けます。

「おまえさんこれを持っていきなさい」
「ありがとう。さんをつけて呼んでくれて」
「忙しい中にも礼儀ありって言うでしょう」
「これは何ですか?」
「サラダを食べるのに必要でしょう」

 窓を伝わる雨粒に交じって、蛙が意気揚々としている。
 正規の皿はすべて足りなくなって、小皿は大皿で茶碗は丼でまかなわなければならかった。バケツの代わりになり得るもは、当然のように持ち出されて、洗い物を溜めておく大きな容器などもなくなっていた。
 足止めされた人々が大挙して押し寄せたせいで、いつもにも増して働き手が足りず少しも回収ができない食器返却口がすべての段においていっぱいとなり、ついには床に直接置かれ始めたのだった。

 人々はサラダを食べるのに少し大きめの槍を使わなければならなかった。ハムを刺すには繊細な槍先のコントロールを必要としたが、キャベツを運ぶのにはみな苦労している様子だった。器に残るキャベツの量から見ても、途中であきらめて槍を置いた人の数が窺える。フォークのようには無難に納まらず、槍は食器返却口の傍の壁に立てかけられる形で返却された。日曜日ということもあって、押し寄せる人の勢いは留まるところを知らなかった。

将棋の時間ですが、高校野球を続けます。

 対局が中止になったらしくプロ棋士が机を挟んでパンを食べていた。食べ終わると早速将棋盤に向かう。練習を怠っていると腕が鈍って若手の勢いに呑まれてしまうのだという。すべての駒を並べ終わると小駒の一つが見当たらない。箱の中に残っているものがあるようだったが、確かめてみるとどれもこれも歩ばかりで役に立たない。
「桂馬はないですか?」
 棋士が尋ねるが、今はそれどころではない。
「桂馬が一つ足りませんが」
 もう一人の対局者が更に大きな声で言った。
 その時、隣のテーブルから飛び移ってきた蛙が盤上に飛び乗ってふさわしいポジションに着いた。無事に対局が始まり、二人の指先は盤上に広がる銀河の中で、それぞれに新しい星座の創造と破壊を繰り返した。緑色した桂馬は、何度も星の海を跳ね回り、二つの勢力の間で寝返りの跳躍を繰り返してみせた。最終的に着地したのは、別の惑星だった。

火星着陸の時間ですが、高校野球を続けます。

 異星人の体が映っていると言った。
「ありがとう」
 外交的な礼儀を尽くさなければならない。
 微笑さえ浮かべてそうした。四割の笑みを、満足と受け止めているようだった。
(次元が違うのだから。何も言うことはない)
 生まれた頃から、他者からの接触を恐れた。
 大きな大人が、微笑みながら見下ろしながら頭を撫でてくる。
 いたわるように接してくる、かわいがるように触れてくる。
(やめてくれと言いたかった)
 宇宙人からの贈り物を断ることはできない。
 彼らなりの好意の表現としての、それを。
(次元が違うのだから話して通じないこともあるのだから)
 宇宙人に対する一切の意見を封じることに決めた。
 呑み込んだ言葉は、人間たちに向けよう。心ある人たちへ。

「私は何も押しつけられたくはなかった」
何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も、

 円盤は砂埃一つ立てず、静かに星を離れる。

オリンピックの時間ですが、高校野球を続けます。

 窓の向こうの選手と対しているようだった。回り込むこともできない。止めようとして足を出しても彼女はそこにはいないのだ。独特のリズムが彼女の全身を包んで、守りのリズムを混乱に陥れた。マークにつくはずだった者はキーが幾つも違うことに気がついてから動きに精彩を欠いた。ついには彼女が前を通る度に耳を塞いで、弱気な態度を見せるようになった。誰も彼女のドリブルを止めることができず、ただあきらめて見過ごすだけになったのだ。
(壁なんてないのだから決まるはずだよ)
 彼女にはほんの僅かな時と場所さえあればよかったのだ。彼女はそうした小さなものを見つけ出すのが生まれながらに得意だった。彼女だけの世界を見つけるとあたかもそこに壁があるかのような演技で、ボールを浮かせた。

(そうだっけ)疑問が遅れて、緑の上で跳ねる。
 世界の片隅に向けて、球体は吸い込まれてゆく。
 気づいた時には、もう何もかも手遅れだ。
 主人公のあまりに早すぎる歩みに、みんなついてはいけないのだから。
 世界が眠りに落ちる頃、もう一度だけ彼女はみんなの前に現れた。

放送終了の時間ですが、高校野球を続けます。

 真夏でも長袖を来ていた。
「つけてもいい?」
 男は扇風機の前に立っていて、今更のように言う。
「どうぞ」
「寒くない?」
「大丈夫です」
 温度差があるのは仕方がない。
 大丈夫の中にあったのは強がり。多少のことは平気ということだった。
 夏が終わるまで、そう時間はかからない。
「眠くないの?」
 幾度となく繰り返される「眠い」によって睡魔に呑まれていても不思議ではなかった。
「いいえ」
 もっと大きな願い事を持っていた。


 ・


「決心の方はしていただけましたでしょうか?」
「うーん、まだそこまではいってないですね」
「なかなか、慎重な方ですね。悪いことではないと思いますが」
「まあどちらかというと慎重な方です。子供の頃から」
「しかし、あなたは選ばれたわけですから。選んだ方としても、責任がありますので」

「責任ですか?」
「選んでおいて何もしないというのは、あまりにも無責任ですので、こうしてお話しているわけです」
「選んでいただいてありがとうございました。それだけで少し満足です」
「おめでとうございます。しかし、満足というのは、少し早過ぎるように思いますね」
「まあ、正直なところです。少しお腹いっぱいです」
「もっと上を目指しませんか? 選ばれたあなただからこそ言わせていただきますが、もっと野心的になられてもいいかと思います。もったいないと思いますね。満足などとおっしゃるのは」

「何か話がとんとん拍子で流れてゆくようで、そういうのが私は苦手なのかもしれません。よく考えてみると」
「いいじゃないですか。とても順調でよろしいかと。逆に何が不安ですか? 不安があれば、私たちが1つ1つ解消させていただきますし、全面的にバックアップさせていただきます」

「不安と言えば、不安はいっぱいです。それに、リスクも」
「おっしゃりたいこともわかりますが、世の中にノーリスクということはありません。リスクがあって、その分だけの見返りも望めるのです。それは勇気と言ってもいいでしょう。あなたは最初に、他でもないあなたの意志によって行動を起こされました。応募という決断によって、あなたは最初のリスクを冒しているのです。そしてあなたは見事に私たちに選ばれて、最初の報酬も手にされました。だからこそ、あなたはその先に進むべきではないでしょうか。あなたは多くの中から選ばれて、その先へ進むことができる権利を手にされたのですから」

「選ばれたんですもんね」
「そうです。あなたは選ばれたのですよ。私たちは選ばれたあなたを更に先へと押し進める責任があります。それと同じように、あなたにもあなた以外の多くの人たち、選ばれなかった人たちへの責任があると思うのです。進むことを許されたあなたは、進めなかった人たちの分まで進むべきです。それが選ばれたあなたの進むべき道だと思います。進もうではないですか。もっと広い世界に向けて、力を合わせて進みましょう」

「そうですよね。私は少し考えが甘いのかもしれません。どうも頭が、鈍くて」
「いえいえ。気づいた時が、チャンスですよ。今、確実にチャンスが到来していますよ」
「チャンスですよね。今なんですよね」
「そうですよ。何と言っても、あなたは選ばれた人なんですから」
「ありがとうございます。前向きに考えたいです」


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