眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

コンビニ消失

2022-09-13 00:32:00 | ナノノベル
 歩くことの目的は、自分を自分から引き離すことだ。知識を吸収したいわけでも、歩数を稼ぎたいわけでもない。いっそあらゆる意味から解放されたかった。(テロップをつけて意味を押しつけられるのはうんざり)喧噪は言葉から意味を奪い去ってくれる。意識はゆっくりと薄れ、歩いているのではなく大地に運ばれていく感覚に切り替わると、懐かしい揺りかごの中にいる。口の中を魚が泳ぎ始めた瞬間は、猫になることもあった。

 箱の中に手を差し入れた瞬間、恐怖が感情の上に立っている。初めての瞬間は、最も警戒を要する。不測の事態に備えて、進むよりも引き上げることを主に考えて、ゆっくり、ゆっくり……。何もしてこない。どうやら敵対するものではないらしい。警戒が薄れるにつれて徐々に大胆に深く広く、触れる。これはきっといつかの。指先の運動が輪郭をとらえ始める。想像を記憶と照らし合わせて、結論を導き出す。理解できたらもう手を引いてもいい。理解は体験よりも大きな意味を持っていた。震えているのは声だ。ああ、ここにいたんだね。傷ついたものが翼を休めている。

「息を呑む瞬間にも私は傷ついていた。生きることは傷つくことと背中合わせで、私は助けられてばかりだから恩返しがやめられない。助けられた分だけは働かなければ、だってアートに終わりなんてないんだから。だけど、本当は私のことをもっと見てほしかった。個展だって開きたい。それくらいの作品はあるのだから。けれども、伝統と民意がそれを許さなかった。私はいつでも慎ましい存在であって表に立ってはならない。寂しさは外側にあるのではなく、私の中にあるのだ。たった1つの自分が、私が私を追いつめてかなしくさせるのだ。根元が自身にあるのだとわかって私はどうにかなりそうだった」
「前向きになれたのね」
「……」
「ねえ、根こそぎ王の話知ってる?」


 信号を待つ間に夜が以前よりも随分暗くなったことに気がついた。この大地に戻ってきたのは久しぶりのことだった。
 客が多くはないと思っていたが、まさか本当になくなるとは……。コンビニは突然消えて、大きな明かりを放つものは他になかった。突然というのは思い込みで、本当は長い時間をかけてゆっくりと消えていったのかもしれない。長い間、あの場所にいた人たちは(きっと生活の一部だった)どこへ行ってしまったのだろう。吉本さん、原田さん、横山さん、中西さん、樋口さん、田中さん、みんな何処へ……。ある時にはこの街の中心だと信じられた場所が、今では何もない空き地になってしまった。僕はこれからどこで煙草を買えばいい。違う。僕はもうやめたのだ。それはずっと昔の話だった。すっかり闇に包まれた街に着信の光が届く。

「店長の吉原です」
「どうも。お久しぶりです」
「お久しぶりです。私たちは別の支店にいます」

 私たち……。そうだ。コンビニがあるのはこの街だけではない。闇が嫌ならば、光ある方に向いて歩いて行くことができるのだ。

「地球はワニのお腹の中に入りました。おかげでみんな無事ですよ。君も頃合いをみてこちらに来るといい」

 頃合い……。
 僕は曖昧な返事をして電話を切った。
 方法もわからないのに、どうやって時をみるというのだ。やはり店長はどこまでも遠く、無責任な存在に思えてくる。心配は突如みんなのことから自身のことへと切り替わった。
 消えたのは僕の方か。
 僕は帰る場所を間違えたのだ。


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