秋の虫が鳴き始めたからもう秋だ、なんて人間の声が聞こえてきます。わしら虫というのは、何も好き勝手に鳴いているのとちゃいます。ちゃんと班毎に分かれて規律に沿って正しく奏で合っとるんですわ。それはともかく古来人間というものは、やたらと虫を目の敵のようにするんですな。何とかなりませんやろか。
「ひー出たー!」
いやいや旦那は自分のスリッパが作った影に驚いてる様子だ。
「やっぱり出たー!」
出たといってもまだ子供でっしゃろ。それに虫の立場から言わせてもらうなら、出るのは主に人間さまの方でっしゃろ。
さて、虫と鉢合わせたといって旦那は恐ろしい勢いで引き上げていくわけですわ。どこ行くねん。
チャカチャンチャンチャン♪
「あー、危なかったー」
「かったじゃない。またくるでー。人間はしつこいからな」
「きっと武器を持ってくるわね」
「僕が何をしたっていうんだよ」
「人間の抱えた闇が私たちを敵にみせるのよ」
「何だか面倒くさい生き物だな」
「ああ、そうさ。あいつら顔がでかいからな」
人間一人が帰った後で虫たちの家族会議が開かれるわけですな。とはいえ、これは虫独特の周波数で交わされとるわけですから、仮に人間の耳に入ったとしても何のこっちゃわからへん。その辺の茂みから漏れるポップな歌声とはまた別物ゆーことですわ。それにしても、人が帰ったからいうてすぐに安心しないとこが虫のすごいとこですわ。だいたい人間いうもんは、虫のすごいとこばっかり真似しよんでしょ。科学? ふん。文明? ふん。元々わしら虫から盗んでまっしゃろ。飛び方、隠れ方、乾き方、頑張り方……。数えたらきりがおまへんで。勝手に使うだけ使った上で、何を向けてきはるんや。何やそのスプレーは何ですの。撃退? ふん。何や。なんやねん。なんやねーん!
チャカチャンチャンチャン♪
「ここにいようよ。ちょっとかかったくらいじゃ死なないし」
「ここは俺らの庭だしな」
「いいえ。死ななくても害は害なの」
「どうしてその霧を僕たちに向けるの?」
「存在を消したいからよ」
「あいつらだいたい身勝手だからな」
「私たちが出て行く方がしあわせだわ」
子供虫にも親虫にもそれぞれに言い分はありまんねんな。しかし相手が人間となると、どうにも理屈が通じるわけがおまへん。だいたい人間という生き物は問答無用でかかってくるもんやさかい、わしら虫の正論なんか蹴散らされることが目にみえとるんやで。そうなる前に、虫は動かなあきまへん。夏やろうが秋やろうが同じ事や。わしら虫は1秒を大事にせなあきまへん。そこいらの人間みたいにだらけとる余裕はありまへん。ほんまやで。そりゃほんまでっせー!
チャカチャンチャンチャン♪
「でも、母さん。ここは僕たちの庭なのに」
「人間はすべて自分の家のように思うのよ」
「あいつら思い上がりが激しいからな」
「すぐに行くの?」
「そうよ。支度しなさい」
「父さん、起きて。もう行くんだって」
「全く、面倒な奴らよのー」
「行くでー!」
「さあ、行きましょう。人間のように意地汚くなることもないのよ」
さて、武器を手に早速戻ってきた人間はシューッと一噴き「いなくなれー!」と眉間に皺を寄せながら念じるわけであります。そんな雑念からは既に離れたところで、虫の一家は新しい演奏会に加わる手始めに軽く挨拶をしてみせる。殺気と一線隔てたところで実に風流なものでございます。虫に意志あり。
チャカチャンチャンチャン♪
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