眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ミラー・エントランス

2022-01-13 21:49:00 | ナノノベル
 硝子の向こうに近づく影を感じて足を止めた。出て行く者と入って来る者では、どちらが優先されるべきだろうか。もしも電車だったら……。あとから入って来た者が出ようとする者の道を阻むようなことになってはまずい。上手く入れ替わるためには出る者が出てスペースを空けるべきだろう。
 1VS1ならさほど差はない。そしてここは電車の中ではない。団子になった自転車が先の通路を狭くしている。スペースならばこちらの方が広い。俺が中で待ち、先を譲るべきではないだろうか。

 俺は男がエントランスに入って来るのを待った。しかし、彼も同じようなことを思っているのか、ちょうど同じようなタイミングで足を止めた。どこにでも同じような奴はいるものだ。誰だって自分を特別のように思いたい。だけど、鏡に映るみたいにそこら中に似たような幻想と躊躇いが満ちているのではないか。そうだ。お前は俺なのだ。
(だから遠慮はいらないのに)
 自分から動き出さない限り、硝子の向こうのあいつも一寸だって動かないのだ。俺は人間。それくらいの理屈は学んできた。

 仕事は少ない。急ぐ必要はないじゃないか。仕事がない仕事もきついものだ。抱え込んだ仕事よりも奪われた時間の方に焦点が当たってしまう。手が動かない分だけ思いを巡らせることができる。
(何やってんだろう? 俺はこんなところで……)
 この時間、誰の時間? 何のため? お金のため? 食べるため?
 食べるって何? 生きるって……
 本当ならば今頃俺は…… 
 タイム・トリップ、パラレルワールド……

 俺はずっと硝子の内に留まっていた。
 躊躇いは躊躇いを応援する。
 俺には進まない自由もある。ここから引き返すという選択もあるはずだ。エレベーターを上って、終わりのない大河ドラマの中に埋もれてみてもいい。ちっぽけな勇者に名前をつけて、新しい冒険を始めてみるのもいい。無理して先を急ぐ必要がどこにあるのか。俺はずっと本心から歩いてなどいなかったのだ……。

 その時、向こうの俺が自ら進んで歩いて来るのが見えた。
(そんなはずはないのに……)
 俺は引きつけられて前進する。
 オリジナルは俺じゃなかったのか。
 ドアが開く。

「こんにちは」
 ワークキャップを被った俺が小さな声で言った。

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終盤のもやもや、終盤の一押し

2022-01-13 20:19:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 詰めチャレをやっていてAIが余詰めの方に逃げて「あれっ?」となることはないだろうか。(実戦詰将棋には最善の応手という概念は存在しない)難しい詰み筋を読み切ったはずが、読みを外されたことによって動揺し簡単な詰み筋をうっかり逃してしまう。技術とは別に、油断や心の揺れの問題だ。
 勝ち切れない将棋はどこかもやもやする。

「いいところまで行ってるんだけど……」

 ドラマの最終回の展開に何かひっかかっているような感じ。

「これにてよし」

 客観的検討を打ち切った先に、実戦の難しさはある。
(粘り、勝負手、まやかし……)色んな要素が潜んでいる。
 普通に受けがなくなったら、だいたいは大駒を自陣に打ってきたり、上部脱出の望みを託そうとする。(攻防の変化が絡むと実戦の終盤特有の複雑さが生じる)そういう抵抗手段を読んでおく。落ち着いて当たることが大切だ。
 一番難しいのは、楽観しないことかもしれない。

「もう勝った」

 そう思った瞬間から、目の前にある勝負/将棋が過去のものになってしまう。だから本気で向き合う必要はなく、頭の中は空っぽになってしまう恐れさえある。相手も同じようにしていれば大丈夫かもしれない。しかし、劣勢にも心折れずに必死の勝負手を繰り出してきた場合はどうだろうか。「まだ」だと気づいた時には手遅れになっているかもしれない。

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チェックアウト・ペンシル

2022-01-13 02:32:00 | 短い話、短い歌
 誰かをどこかへつれていくためには、自分から動き出さなければならない。そう思って自宅を出てから随分と時が経った。本当のところはよくわからない。ここに流れる時間は以前の時間とは何か違うのだ。私はずっとここにいる。それでいてずっと遠くへ運ばれていくのだ。「誰だ?」私を持って行くのは……。この指か、それとも他の……。おかしい。黒く滲むものが何も見られない。インクはとっくに切れているのかもしれない。才能も物語も何も出ていないのかもしれない。だけど私はプロなんだ。止められない。今止まったら、二度と動き出せない。「お客さま、お客さまー……」


かすれても
書き止まらない
民宿の
一夜を泳ぐ
焦燥の筆

(折句「鏡石」短歌)

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