「矢倉がお好きなんですね」
「ええ、まあ……」
年中矢倉戦法を採用しておいて、嫌いとは言えない。勝率だって悪くはなかったが、私が本当に好きなのは四間飛車だった。振り飛車のさばきに昔から強い憧れを持っていた。囲いだって美濃囲いが堅いと思うし、銀冠は何よりも優れていると思う。
(あの先生のようにさばけたら……)
華麗なさばきで飛車や角や左桂を自在に操る。守っても粘り強く戦って美濃囲いを維持する。
私も憧れから振ってみたことはある。
しかし、どうにもさばけなかった。何度やっても飛車角は押さえ込まれてしまう。粘り強く指そうとしても、美濃囲いは脆く崩れ去ってしまう。私が指すことによって、どんどん(好きな振り飛車)のイメージから離れて行ってしまう。私はそれには耐えられなかった。
さばく才能はないけれど、矢倉に構えてじっくりと戦うことはできる。少しずつポイントを上げたり、陣形を組み立てることはできる。
生きて行くために、私は一番好きなものを封じなければならなかった。
(きっと誰だってそうではないだろうか)
来月は矢倉党の党首選挙がある。
どうか誰も私を推さないでもらいたいものだ。
仕方なく勝っているけれど……、
「本当に好きなものは違うんだよ」