眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

砂の旅路

2012-06-07 00:59:24 | 夢追い
 僕たちは迷いながら四階の通路を彷徨った。
「あっちもあるよ」
 薄暗い店よりも、より明るい店の方を選んだ。大きな窓から外の光が入り込んで伸びている、その光に誘い込まれるようにして、入ったのだ。
「あっちもあるよ」
 僕は窓辺の席の方を指して言ったけれど、実際にはそこにはもう既に別の家族が存在していて、ちょうど今だけ全員一斉に席を外しているだけなのだった。入り口に近い席に散らばって、メニューを開いた。僕はクリームーソーダを、他のみんなは紅茶を注文した。

 三匹も集まるとその存在感はいよいよ増してきて、もう無視のできない集団的な脅威、一つの勢力として意識せずにはいられなくなる。天井の白い明かりの周辺には、カナブン、クワガタムシ、カブトムシがくっついていた。何をするでもなくただくっついている彼らの中で僕が最も恐れを抱くのはクワガタムシで、その挟みの部分がギザギザに尖っているようで恐ろしかったのだ。どういう原理でくっついているのかはわからなかったが、いつ間違って自分の顔の上に落ちてくるかわからない。どこかにいなくなってくれることを願いながら、時々目を開けてみた。微妙に動くことはあっても、彼らは依然としてそこにくっついていた。けれども、しばらく経って目を開けた時には、カナブンとクワガタムシの位置が入れ替わっていて、その位置関係の変化が少しだけ僕を安心させてくれたのだった。

 朝、猫はいなくなっていた。どこを見回してもいない。猫の好む器の中、猫の好む隙間を覗いてみてもいなかったので、声に出して呼んでみた。返事はない。最後に猫といたのはいつだったか……。記憶をたどってみたが、はっきりとした最後の記憶はなかった。途方にくれて部屋の片づけをしようとした頃、絨毯のある部分が妙に膨らんでいることに気づき、近寄って触れてみた。それは波打ちながら部屋の隅々を走り抜けた。鳴き声と一緒に、猫は戻ってきた。

 砂の道を通って久しぶりに訪れることに決めた。道の真ん中で車椅子の老婆は無表情だった。誰かが来るのを待っているのだろうか。日向ぼっこをしているのかもしれない。自分でも驚くほど道を覚えていた。少しも迷うことなく歩き続けて、病室の前まできた。別人の名前。父はもうそこにはいないのだから。誰も僕の存在を気に留める人はいない、僕は何をしに来たのだろうか。他人の部屋を離れて待合所へと歩く。誰もいない、待合所。僕が泣いた、待合所。塗装の落ちた壁には、紙で作った白い花びらがくっついている。

 明日は父の運動会だった。あまり応援はしないよと母が言った。応援には行くけれど、大げさな応援はしない。風がいよいよ強くなって砂を舞い上がらせていた。立ち並ぶ大木の枝々は一斉にそよいで、遠い過去からの旋律を運んできた。
「傘が破れてしまうから」
 母が、もう一つ、理由を付け足した。
 
 大通りの前で猫は消えた。最悪のことを考えたけれど、亡くなったという跡もなく、そこで待つことにした。青になり、赤になり、青になり、赤になった。猫は帰ってこなかった。青になり、赤になり、青になって、知らない人々が渡り終えるのをただ眺めていた。急ぐ者、語り合う者、微笑む者、静かな者たちが通り過ぎるが、猫は歩いてこなかった。赤になり、青になり、そして、おばあさんがやってきて、僕を停止線のようにして立ち止まった。
「これをもらってください」
 淡い期待を抱いて、籠の中を覗き込むと、そこにいたのは小さな子犬。
「おじいさんがかわいがっていたの」

コメント
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