暮らしの差し色

慢性腎臓病の夫と二人、静かな生活です

同窓会に行きますか

2016-01-31 20:47:27 | 日記
還暦を機に、高校の学年の同窓会が開かれる。

直接、幹事から通知が来たのではなく、みなさんに送られた案内の中に、学年の住所不明者のリストがあり、その中に私が載っていると、あちらこちらから知らされた。

実は私は、今の住まいに移った時に、一応、新住所を高校に知らせて、同窓会事務局にお伝え願いますと電話したのだ。

事務の職員のかたは、こころよく対応してくれた。


だが結局、同窓会事務局に伝わらなかったのか、同期の幹事にまでは伝わらなかったのか、それはわからないが、今幹事が把握していないのは事実のようなので、友人を通じて、連絡してもらった。

その後、幹事から案内が届いた。


私は、どうしようかな、と考えていた。

そんな折り、伸ばしている髪をカットするために久しぶりに20年以上通っている美容院に行った。

店長さんは、ずっとなじみなので、髪をカットしてくれている間、雑談をした。

そして、聞いてみた。


「高校の同窓会で、還暦を祝って学年の同窓会があるんだけど、そういうのあったら行きますか?」

店長さんは、

「行きますね、高校の学年のでしょ。 中学のは、先生が嫌いだったから行かないけど、高校の同窓会だったら、行きますね。」

という。

「そうですか・・・」


着ていく服がないなあ。

やめておくか。

友人にメールで、「欠席しようかな」と、送った。


しかし、時間がたってみると、そうだ、服をこの際、買っちゃおうかな。

「やっぱり、行こうかと思う」


夫に、服 買おうかな、と話した。



夫は、

「服を買うのも構わないし、同窓会に行くなとは言わないけど、同窓会に行って、会いたくない人にたまたま会って、嫌な思いをして帰ってくることになるなら、行かないほうがいいんじゃないの?」

という。


たしかに、人と会って、嫌な思いをしたら、あとからそれを思い出しては、私は夫に グジュグジュ言うだろう。

私は人間関係に弱いのだ。


高校の同窓生なら、なにかと集まっては、騒いで楽しく過ごす仲間がいる。

男女5人から8人くらいの決まったメンバーだが、ここ最近は集まりがあっても、欠席のメールをしていた。

じつは、今日は、そのメンバーの会食があって、楽しい時間を過ごして帰ってきたところなのだ。


学年の同窓会には、参加しなくても、いいような、いや、行かないほうがいいかもしれないと思い、先日、すでに欠席通知を送っていた。



今日の集まりに出てみて、やっぱり還暦同窓会には行かなくていいな、と改めて思った。

こんなふうに、苦手なことからは逃げてやり過ごしているが、苦手な所に、自分から首を突っ込むのは、得策ではないなと結論が出ている。



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マンション管理組合の懐ぐあい

2016-01-30 21:23:10 | 日記
今年度、マンションの管理組合の理事をしている。

今日は、理事会だった。


去年の前半、初めての大規模修繕をした。

これには、修繕積立金は、マンションが建ってから居住者が積み立ててきた預金のほとんどを使った。

大規模修繕が終わったところで、私たちが新理事になり引き継いだ。


大規模修繕には、予算が不足していたため、次の機会に延ばせるものは延ばすことにして、今回の修繕からは除いた。

せっかく足場を組んだこの時にすべきことを優先したという。


というわけで、足場がなくても工事できる部分が残っている。

そのひとつは、マンションじゅうにぐるぐるとある外廊下のコンクリートの上に貼ってあるシートの補修だ。

1600万はかかる。


機械式の駐車場の寿命も来ており、事故があっては危険なので、優先順位は一番高い。

大がかりな修理を毎年しているが、500万、年にかかっているとのことだ。

すべて新しくしなければいけない。

3000万はかかるだろう。

工事期間中、ほかへ車を置く駐車場を確保し、その費用も含めなければならないので、それでおさまるかどうかもわからない。


このマンションは駐車場代が0円が売りだった。1戸に1台の駐車場が割り当てられているのだ。

これを有償化しなければ、おそらく費用は捻出できない。

有償化には反発も多いかもしれない。


マンションのインターホンをエントランス、管理人室、全戸の玄関前と室内の個別のインターホン、これらすべてを交換すると、1000万超だ。


緊急ではないものの、エレベーター2基の新規に交換するときも遠くない将来にやってくる。

それはまだ先でも1400万くらいは、かかるかもしれない。いや、もっとか。



そうこうしているうちには、次の大規模修繕の時が来てしまう。


このように、工事すべきところがこんなにあるとは、理事になるまで知らなかった。

修繕積立金はマンションの販売時に、低く抑えて提示され、居住者の毎月の負担が軽いまま、しばらくその時期が長かった。

それがいけなかった面もある。


そんなわけで、マンションを維持するのには、こんなにも費用がかかると、いまさらながら、気づかされて、暗くなって部屋に戻った。
 



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平成27年度 NHK全国短歌大会

2016-01-28 18:00:22 | 短歌
平成27年度NHK全国短歌大会の 入選作品集が 届いた。

一次選考を通過の「入選」で、その先には進めず、入選作品集に掲載された。



    亡き母の軌跡をたどり出会いたるブログの主は九十二歳




平成25年(2013年)に亡くなった母が戦時中、学徒動員で海軍の技術研究所で働いていたことがあり、そのことをネットで調べていた。

同じ時期に、そちらに勤務していた女性のブログに出会い、見てみると、その方は母より1歳上のかたで、ブログにはパソコンで描いたたいへん上手な絵も毎回掲載していた。


母はパソコンはしなかったので、この年齢の女性がそのようにネットを使われていることに驚いてしまった。

いまもなお、更新をされている。


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NHKハートネットTVは いいです

2016-01-27 18:34:27 | テレビ
NHKのEテレの夜、週に4回も放映のある、ハートネットTVを録画してよく観ている。

高齢者の介護、リハビリのことや、障害者のこと、社会福祉のこと、社会的弱者のこと・・・など、社会で私たちが注視して皆で考えていくべき事象や問題点にスポットを当て、映像での紹介や討論、ゲストを招いてお話をうかがったりしている番組だ。


きょうは、2016年1月6日放送のパラリンピックの競泳の山田拓朗選手、きのうは、2016年1月5日放送のパラリンピックのバスケットボールの藤澤 潔選手の録画を観た。

パラリンピックに出場する選手は、まわりの健常者でもできないハードな練習をしていることにおどろいてしまうが、選手たちは日中、普通に働いていて早朝や夜に練習しており、努力と強い精神力と体力は、健常者以上の並々ならないものだと思う。


さらに、感じることは、インタビューに答える選手たちが、しっかりとしたお考えを持ち、そして、なにより、話し方が控えめで感心する。

お若くても、ご苦労の積み重ねから、そうした言葉のひとつひとつに表れてくるのだろうと想像する。



年金受給の年齢になって、自分は働いていた現役の年代のころ、何をしていただろうと振り返る。

だいたい働くことでいっぱいいっぱいで、多少の趣味と資格の勉強をしていたくらいで、崇高な目標もなく、目指していたものも挫折したら、はい終わり、と 易きに流れてきたのだと思う。


社会の問題点に注目して、自分になにかできることはないかなどと、思ったことがあっただろうか。

思い起こせば、市民病院の病院ボランティアで半年くらいお手伝いしていたことはあったが、それも、仕事が忙しくなったら、離れてしまった。


夫の食事療法も、夫自身が料理をするようになったのは、私の努力不足からだ。

自分がいまだに一人前になっていないことと不甲斐なさに、恥じ入るばかりである。
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写真の保存はどうしていますか

2016-01-26 19:43:54 | 日記
パソコンは使っている間に、写真が増え続けてくる。

今使っているノートパソコンも6年目になり、寿命ももうじきやってくるかもしれない。

USBメモリーやHDDにバックアップで保存することも、ときどき行っているが、写真はボリュームが大きい。

突然、パソコンが動かなくなる事態も起こりうる。


写真をクラウドに保存しておこうと思った。



Googleフォトに保存することを試みた。

無料で、容量も無制限に保存できるようだ。


1日目に見たときは、やり方を考えるのも頭が痛くなりそうだったが、次の日にヘルプやほかの方の記事を読んで、実行してみると、多数の写真を一気にアップロードするのにも時間がかからず、サクサクとアルバムが作れ、思いのほか片付いていく。


アルバム内は、写真の作成日時の順に並べ替えてくれている。


アルバムを作成した翌日、自動で、アルバム内の写真からストーリーができていたり、ムービーになったものはBGMを流して、GPSから地図が添えられていたり、写真にある名所に名前を提示してくれていたりする。

保存したくなければ、閉じてしまえばよいようだ。


今のところ、パソコンの写真は消していないが、まさかのときには、ここに写真を置いているのは安心だ。

パソコンにある写真は、残しておきたい写真ばかりではなく、クラウドにアップしようと考えてみると、取っておきたい写真はそれほど多くはないのがわかる。


Amebaのピグともで知り合ったかたが、言っていたのだが、写真は、自分が死んでから遺しても、だれも要らないのだから、パソコンで自分が画面で見て楽しめばそれでいいのだ、という。

実際、同居されたお舅さん、お姑さんが亡くなったときも、孫たちは誰も写真を欲しがらなかった、と言っていた。


私の実家を処分するときに、姉と実家に泊まりこんで、家の中の物を丁寧に見ていったが、写真を全部引き取るわけにはいかなかった。

もらっていきたい写真は自分のうちに引き取ったが、それでも、アルバムは何冊も廃棄した。


まして、うちには子供がいないので、残しても、最後に住まいを処分する人が迷惑するだけだ。

終活では、自分で写真を始末することになるだろう。


できる限り、身の回りの物を少なくして過ごしていかなければと思う。

Googleフォトは・・・・終活になっているかな??

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