暮らしの差し色

慢性腎臓病の夫と二人、静かな生活です

半流動食を作る

2016-02-29 21:54:42 | 料理
夫が2016/2/25の昼から体調を崩した。

お腹の風邪に書いた。


お腹になにもはいってないのに、胆汁らしく茶色い吐瀉物で、トイレも周囲を汚してしまっている。


26日になって、内科のクリニックに行くことにして、午後のすいた時間に近所のLPGステーションに来たタクシーに乗せてもらって行ってきた。

整腸剤と、吐き気止めと、頓服の解熱剤を出してもらった。

初めから数えて、30数回吐いた。

症状は、吐き気止めが効かないのと、下痢、微熱が続く。

夜遅くになって、ようやく眠っていた。


食べても吐いてしまうので、スポーツドリンクくらいしか口にしない。


翌朝、薬が効いたのか、玉子がゆを1/2パックずつ、朝昼晩と食べた。

翌日の自分の献立を、夫が昼はパスタ、夜は親子丼、と食欲がでてきたようで、そのようなメニューを立てた。


28日(日)昼のパスタを用意すると、ゆっくりとしか食べられず、休憩を入れて、ようやく食べ終わった。

しかし、パスタは、その体には無理のようだった。

午後、ずっと、胸痛を訴えた。

吐いたことで、食道が痛むのではないだろうか。

夕方になって、とても翌日までは耐えられない、と市のダイヤル相談と、市民病院に相談し、市民病院の救急が対応してくれるとのことで、急きょ行くことになった。

電話でタクシーを呼ぶ。

救急センターで、トリアージでは、一番下の軽い病人となったらしく、長く待つ。

結局、心電図、血液検査、放射線で調べてくれて、心電図では異常はなく、血液検査では、相当脱水がひどい、と言われた。

放射線では、肺が傷ついてはいないと診断され、しゃっくりをしたとき、胸が痛む、ということから、しゃっくりを止める薬が出された。

帰る前に、今度は、細菌の感染がないか、培養するので、便を取ってください、と言われる。

平日の消化器内科の予約を取ってくれた。

結果を聞くのだ。


待合室にいるあいだも、胸が痛むときは本当に苦しい表情をする。

60代後半になると、病気は簡単には治ってくれないようだ。


2/29の月曜になって、微熱はあるが、玉子がゆが食べられるようになった。

昼は、はんぺんを甘辛く煮たら、玉子がゆ1/2パックとともに、ぺろりと食いらげた。

夕食は、何にしようと考えて、炒り豆腐と、真だらの煮付けを作り、玉子がゆ1/2パックと、ごはん80グラム。

美味しいと、食べた。

すりおろしりんごも何回かした。


私が子どものころ、風邪を引いて寝ていると、母がすりおろしりんごをやってくれた。

熱があると、白身の魚の煮付けを出してくれた。

おかゆも炊いてくれて、卵を落としてくれた。

夫の氷枕を替えたり、熱を測ったりしていると、母に看病してもらった子供の頃を思い出す。


「何が食べたい?」

と、聞いてくれたっけ。

こどものころ貴重なバナナを所望したこともあった。


今日、バナナを買って、間食に出した。

おかゆはうちで炊けばたくさん作れるのだが、味の素の「玉子がゆ」がいいと言うのだ。


常備しておいたが、今回、何度も買った。

うちで作る白がゆとは違って、こくがあって、私も好きだ。


明日は、今日の真だらの煮付けがもう一人分あるのを夕食に出す。

朝は玉子がゆ。

昼は、かき玉うどん。

夕食は、玉子がゆと、ごはん80グラム、真だらの煮付け、青菜と豆腐の煮浸し。


半流動食の献立はそこまで作ったので、また明日その先を作る。

なにしろ、慢性腎臓病なので、カロリー、たんぱく質、食塩、カリウムの計算をすべて出さないと、提供できない。

これが大仕事なのだ。


まだ、微熱が取れないので、しばらく体調は戻らないだろう。

私たち、引退していて良かった。



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こんにちは赤ちゃん

2016-02-27 19:51:48 | 日記
2016/2/25 に テレビ東京 木曜8時のコンサートで、懐かしい歌が流れてきた。

パソコンから飛んで行ってテレビを観た。

梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」だった。

昭和38年のヒット曲だ。


こんにちは赤ちゃん  梓みちよ


この歌は、私が小学2年生の時に流行った歌で、このころ うちでは、年の離れた弟が生まれた。

私の家族は、嫁姑や父の弟(叔父)、父の妹(叔母)も同居していて、諍いが絶えなかった。

子供の私は家庭のいざこざにいつも胸がふさがる思いをしていた。

だが、弟が生まれる、というので、そのような家族の中でも、喜びに満ちていた。

本当にうれしかった。

この曲を聞くと、「お母さんに赤ちゃんが生まれる」と、楽しみで楽しみで生まれる日を待ち望んでいた日を思い出す。


当時だから、生まれてから男の子だと知った。

女系家族の中に、男の子が生まれた。

いつも赤ちゃんのそばにいた。

こおりの中に、お布団を敷いて、赤ちゃんを寝かせていた。

おしめを変えたり、哺乳瓶でミルクを作るのを手伝った。

この歌は、父がドーナツ盤のレコードを買ってきたので聴いていた(ような気がする)。

(テレビで流れていたのを聞いていただけかもしれない)


うちには子どもがいないが、赤ちゃんが生まれる、というのは、幸せの絶頂なのだろうなと、想像がつく。

赤ちゃんのときに手がかかるだけでなく、幼児期になればお弁当を毎日作り、食べさせたり、着せたりの、日々の成長とともに、その時々にどんどん育児が増えていく。

だが、子どものころより、青少年になれば なったで、進学や学生生活に伴う様々なことに親は心を砕く。

身近なご家庭の、お子さんの成長を見ていると、私が学生の頃や、大人になって病気をした時の頃に、私の親もずいぶん心配してくれたのだろうな、とありがたく思う。

もうその親も今はいないが、感謝のことばなどほとんど伝えたことがない。

嫁入りのときの挨拶もあらたまってはしなかった。

親不孝な娘だったなと、もう遅いことだが、還暦のいまになって思うのだ。

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お腹の風邪

2016-02-25 20:58:01 | 日記
日頃、風邪をひかない夫が、昼から調子が悪い。


午前は、ふたてに別れて、スーパーの買い物に9時台に出かけた。

買い物の値段の連絡を取り合って、どちらで買うかなどを決める。


私はスーパーの買い物が終わってから、Seriaの100均を見に行って、買い物をした。

バルコニーの溝を掃き掃除する幅せまの、ほうき&ちりとりのセットを見つけ、年金の受給が始まるので年金関係の書類を収納するクリアファイルを選び、化粧水を顔に吹き付けるための霧吹きの3点を買った。

うろうろと物色して品物を選んでレジに行ったので、私が帰宅する前に、夫が当然早く帰っていると思っていた。

マンションの駐輪場に着くと、夫の自転車はまだ帰ってなかった。


帰宅して、食品を冷蔵庫に入れていると、夫が帰ってきた。


私は、買ってきたクリアファイルに、年金に関する私の大事な書類を納めて片づけて、ダイニングに行くと、夫は

    「なんか疲れたから、お昼支度してくれる?」

と、録画のカラオケバトルを観ている。

夫の今日の昼ごはんは、腎臓食のレトルトのカレーだ。

自分でそのくらいだと、用意してしまう人だが、疲れた、だるい、という。

    「ご飯できるまで、寝ていたら?」

と言ったら、

    「このカラオケ観たいから。」

と待っている。

すぐ用意して、食べた後、番組が終わると、

   「寝てくる」

と、ベッドに行った。



夕方、だるいのが続いて、夕食を摂ると、具合が悪そうなので、熱を計りにいくと、37.4℃ある。

おなかも壊している。


   「インフルエンザの症状と風邪の違いを知りたいから印刷してきて」

というので、症状の違いを出力した。

そのうち、トイレに来て吐いた。


2014年10月にも、おなかを壊して、微熱が出て、吐いた。

夜遅くだったので、夜間診療所へタクシーで行ったことがある。


氷枕をした。

腎臓が悪いので、やたらに解熱剤など飲めないので、頭を冷やすくらいのことしかできない。

3時間くらいしてから、また熱を計ると、37.6℃ある。


2014年のときと、症状が同じなので、インフルエンザではなく、お腹の風邪だと思う。

しばらく様子を見て、もし熱が上がったら、診療所に連れて行こうかと思っていたが、本人は、

   「大丈夫だよ、明日には治る」

と言っている。

濡れタオルを持って行って渡した。

これで、今夜は眠るようだ。


夫は日頃、寝込むことがだいたいない。

元は丈夫だった。

早く元気になってほしい。

自分が病気になるほうが、よっぽどいい。


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換気孔から吸い込む

2016-02-24 18:39:54 | 掃除
バルコニー側の壁にある換気孔から、キッチンで換気扇を回すと、ビュービュー 風を吸い込む。

と、同時に、外の塵を吸い込んで、換気孔の周囲に菱形に黒いあとができた。

下の写真は、壁紙の黒い汚れはマイペットで拭き取って掃除をしたあとなのだが、まだ薄汚れた感じは取りきれてない。(私は掃除が苦手)



            


掃除が好きな人はうらやましい。

私の実家では、母が片づけや掃除が苦手で、家族は同様で、荷物がやたらに多い家だった。


夫はものすごい近眼だが、独身の時、メガネをかけずに生活していた。

初めて私の家に来てくれた時、その見えづらい目でも、茶の間の荷物がスゴイと強烈な印象だったらしい。

結婚してから聞いた話だが。

それくらい、荷物だらけの家だった。


と、弁解はそのくらいにして、外の車の排気ガスのせいか、まさかPM2.5でもないとは思うが、真っ黒な塵で白い壁紙はバルコニー側だけが汚れている。


まず、このマンションは、角に建っている。

つまり交差点なのだ。

四ツ辻ではなく、丁字路なのだ。

どちらから来た車も減速して曲がったら、かならずアクセルをふかして加速していくわけだ。

そのせいで、窓を開けていると、車の音で、テレビの音声が聞こえにくくなる。

うちは、2階でバルコニーは車道に面している。

だから、窓を開けて、風を入れたい季節にも、ほとんど窓は閉めている。

そういうわけで、排気ガスがこの部屋には吸い込まれてくるのではないかと思っている。

そして、マンションは、気密性が高いので、換気扇を回すと、その換気孔からぐんぐんと風が吹き込んでくるのだ。



あまりに言い訳がましいので、またそのうち、壁紙の掃除しますわ  


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眼鏡市場でメガネ買いました

2016-02-23 20:33:31 | 日記
2011年11月以来、久しぶりに遠近両用メガネを作りました。

いやいや これも若造りのアイテムでしょうか。


   



いつもメタルフレームが多いのですが、今回のメガネは、セルです。

セルですが、鼻あてはメタルフレームについているような、鼻パッドのついたもので、セルの本体を成形した鼻あてではないので、これにしました。

もうひとつの利点は、以前CMでやっていた、弦(つる)の部分をぐにゃっと曲げても大丈夫な素材になっていることです。

メガネをかけたまま眠ってしまっても、弦が歪んだりしないので、テレビを観てるうちにいつのまにか眠っていた、という状況に陥りやすい私めは、とても都合がよいメガネです。


セルのメガネは何度か作りましたが、眼と鼻と耳の位置関係の問題なのか、鼻めがね状態になって、遠藤周作さんのようなメガネの位置におさまってしまうので、あまり作りませんでした。


遠藤周作さんのメガネのお顔というのは、ご存じの無い方のために、ネットからお写真借りて参りました。


      

          遠藤周作さん
  

こうなってしまうという位置関係はこういう感じです。

高校の頃、「遠藤周作か!」と言われたことがありました。


でも、今回購入したセルのメガネは鼻あてが鼻パッドを取り付けたタイプなので、メガネのフレームの上縁部分はそれほど下に下がらずに、眼、鼻、耳との位置関係も違和感なく顔におさまっています。

最近、黒ぶちのメガネをかけたかたをテレビでよく見ますが、はやっていると、店内にはそのような商品が多いもので、店員さんに、「これは?」と差し出され、掛けてみて、突拍子もない違和感のものでなかったので、これにしました。


というわけで、顔は出しませんが、このメガネをかけているのが、このブログの管理人です。




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