マモンハン・シン首相、インド世界問題評議会(ICWA)理事長テヴアレ氏、メノン国家安全保障顧問、アドバニBJP議会団長、アントニー国防大臣、クマール科学技術担当大臣、インド商工会、邦人記者、他多数の方々との意見交換、懇談会であっという間に訪印日程を終えた。社交辞令的なものから、かなり突っ込んだ議論等非常に幅広い感触。斎木インド大使を始め、外務省の方々には本当にお世話になった。
全体の印象としては、安全保障問題、特に対中政策に対する危機感とも云うべき議論、原子力発電に関する議論、人的交流の議論が中心であった。そもそも、この訪印計画は、我々に国家基本問題研究所の皆さんが、インドの中国に対する危機感の高まりについて、国会議員は是非体感するべきとの提案から始まった。インド商工会の皆さんとの議論を除き、ほぼ全ての会合において話題の中心は安全保障問題であった事に予想していた事ではあるにせよ、正直いって驚きを感じた。同時に、認識の甘さを痛感した。北部にはカシミール地方、北西部にはパキスタン、北東部には中国、南部はインド洋である。120万人の軍隊の7割はパキスタンシフト、3割は中国シフト。核は北京を向いているという印象を受けた。戦後ロシアとの関係を余儀なくされ、兵器の7割はロシア製。徴兵制はなく志願兵で安全保障に臨んでいる。与党議員は私が唯一の参加者で、いろいろと気を使って頂いたものの、インド洋給油作戦からの撤退については厳しい評価を頂いていると確信した。生命線とも云うべきインド洋のシーレーン確保については、対海賊対策も含め更なる日本としての形ある結果が問われていると確信した。中国という国はどの国に対しても、まずは、国家としての意志を示し、これを何年も継続して言い続ける。国内法を都合の良いように改正し、たった一つの既成事実を何としてでも作り上げる。ひとつでも突破口が見いだせれば、それを呼び水に一気に攻め上げる。1960年、中国のインド侵攻に対するインド国民のトラウマは染み付いて色褪せる事はない。親中派と呼ばれる勢力の存在は皆無であろうと推測する。所謂「真珠の首飾り」についての危機感。これらは、我が国こそが特に共有するべきと思う。
インドは、第一次産業から、第二次産業を飛越えて、第三次産業が華々しく栄えたという特殊な歴史的経過がある。確かに人口動態を見れば日本と真逆で、奇麗な正三角形を描いている。生産年齢人口は世界的規模で増え続けると予測され、市場としても、生産拠点としても期待されるところだが、深刻な問題点がある。それは、増え続けるであろう「人財」としての労働人口のすべてを第三次産業で受け入れる事は出来ないという現実である。所謂、サービス業、IT産業に従事し、いまインドのみならず世界を牽引している勢力がインドだが、正確には印僑。これは割合としては一握りの世界。カースト制度を表面では否定しているものの、リアルな生活の場面ではこれを否定できず、あらゆる世の中の成り立ちがこの上に存在している。前述したように、第二次産業、つまり製造業、つまり学歴がなくとも従事できるプラットホームそのものが存在していないのである。第二次産業が、膨大な生産年齢人口の受け皿となる事が出来るかどうかが、インドの経済発展、いや国策として大きな課題となっているのである。製造業が根付かなかった理由は幾つか挙げられるが、とにもかくにもインフラの脆弱性である。道路、鉄道、電力など未整備が製造業の繁栄を阻んでいる。今回はニューデリーから一歩も外に出る事なく出張を終えたが、道路事情の劣悪度合いは想像を絶するという。鉄道網も分断されており、複数の鉄道において軌道の幅がバラバラ。いちいち荷物を積み替えなければ次の鉄道網に乗せられない。これでは、資材も製品も運べない。また、終日10%程度の電力不足が続いており、一年中計画停電が行われている。停電は日常茶飯事。これでは、精密部品等の製造は不可能。それでも、SUZUKI自動車をはじめとする日本企業が自家発電などの確保等あらゆる手段を尽くし根付いて入るのだが、共産党主導の激しい労働運動が経営者として悩みの種。世界最大の民主主義国家であるが故の現象でもある。
これら事情を理解すれば、原子力発電技術における、インドの日本への期待感が高まっている事も必然と云える。今回の訪問団としては、軽水炉加圧式型の原子炉に、電源の確保、事故発生時の緊急避難誘導マニュアル(作業員・周辺住民に対する)をパッケージにして技術提供をすることをイメージしながらの議論を進めた。日本国内に原発についてのいろいろな議論があるという事を先方は当然承知していた。それでも、福島で事故が発生して尚、世界で最も安全な日本製の原子力発電技術がどうしても欲しいという事なのだ。我が国が原子力発電技術提供をストップしたとしよう。ならば、日本製よりも信用度が格段に低い原子力発電所が世界各国に出来上がってしまう事にもなりかねず、これは地球規模の危機監理の問題としてこれを許してよい筈もない。我が国が、インドを名実共に世界一の経済大国として支えていく為には、インフラ整備に対する貢献、電力の安定供給への貢献、ひいては製造業の定着への貢献しかないと確信した。
今回の参加者は、安倍晋三、下村博文、衛藤晟一、山谷えり子、加藤勝信、長尾敬の各国会議員、国家基本問題研究所から櫻井よしこ、田久保忠衛、冨山泰、石川弘修、島田洋一各氏。当初、長島昭久、渡辺周、笠浩史、北神圭朗各議員も参加予定たったが、政府要職就任で欠席。与党では私一人の参加となり、新人として光栄極まる思い。党派を超え、永田町を超え、いろいろとご指導頂いた。まだまだ記したい事も沢山あるのだが、これは折に触れて記す事とし、今後の私の議員活動に結果を出す為の財産として役立てていきたいと思う。今回6名の国会議員が訪印したが、これは4年振りだと云う。ビックリした。これも世界最大の民主主義国家にして世界最大の親日国家に対し、非常に恥ずべき事だと思った。中国も大切であるが、彼ら程似て非なる民族はない。民間人も含む更なる積極的な人的交流を大切にするべきと痛感。
「あるべき友」を見間違う事なく精進して参りたい。
全体の印象としては、安全保障問題、特に対中政策に対する危機感とも云うべき議論、原子力発電に関する議論、人的交流の議論が中心であった。そもそも、この訪印計画は、我々に国家基本問題研究所の皆さんが、インドの中国に対する危機感の高まりについて、国会議員は是非体感するべきとの提案から始まった。インド商工会の皆さんとの議論を除き、ほぼ全ての会合において話題の中心は安全保障問題であった事に予想していた事ではあるにせよ、正直いって驚きを感じた。同時に、認識の甘さを痛感した。北部にはカシミール地方、北西部にはパキスタン、北東部には中国、南部はインド洋である。120万人の軍隊の7割はパキスタンシフト、3割は中国シフト。核は北京を向いているという印象を受けた。戦後ロシアとの関係を余儀なくされ、兵器の7割はロシア製。徴兵制はなく志願兵で安全保障に臨んでいる。与党議員は私が唯一の参加者で、いろいろと気を使って頂いたものの、インド洋給油作戦からの撤退については厳しい評価を頂いていると確信した。生命線とも云うべきインド洋のシーレーン確保については、対海賊対策も含め更なる日本としての形ある結果が問われていると確信した。中国という国はどの国に対しても、まずは、国家としての意志を示し、これを何年も継続して言い続ける。国内法を都合の良いように改正し、たった一つの既成事実を何としてでも作り上げる。ひとつでも突破口が見いだせれば、それを呼び水に一気に攻め上げる。1960年、中国のインド侵攻に対するインド国民のトラウマは染み付いて色褪せる事はない。親中派と呼ばれる勢力の存在は皆無であろうと推測する。所謂「真珠の首飾り」についての危機感。これらは、我が国こそが特に共有するべきと思う。
インドは、第一次産業から、第二次産業を飛越えて、第三次産業が華々しく栄えたという特殊な歴史的経過がある。確かに人口動態を見れば日本と真逆で、奇麗な正三角形を描いている。生産年齢人口は世界的規模で増え続けると予測され、市場としても、生産拠点としても期待されるところだが、深刻な問題点がある。それは、増え続けるであろう「人財」としての労働人口のすべてを第三次産業で受け入れる事は出来ないという現実である。所謂、サービス業、IT産業に従事し、いまインドのみならず世界を牽引している勢力がインドだが、正確には印僑。これは割合としては一握りの世界。カースト制度を表面では否定しているものの、リアルな生活の場面ではこれを否定できず、あらゆる世の中の成り立ちがこの上に存在している。前述したように、第二次産業、つまり製造業、つまり学歴がなくとも従事できるプラットホームそのものが存在していないのである。第二次産業が、膨大な生産年齢人口の受け皿となる事が出来るかどうかが、インドの経済発展、いや国策として大きな課題となっているのである。製造業が根付かなかった理由は幾つか挙げられるが、とにもかくにもインフラの脆弱性である。道路、鉄道、電力など未整備が製造業の繁栄を阻んでいる。今回はニューデリーから一歩も外に出る事なく出張を終えたが、道路事情の劣悪度合いは想像を絶するという。鉄道網も分断されており、複数の鉄道において軌道の幅がバラバラ。いちいち荷物を積み替えなければ次の鉄道網に乗せられない。これでは、資材も製品も運べない。また、終日10%程度の電力不足が続いており、一年中計画停電が行われている。停電は日常茶飯事。これでは、精密部品等の製造は不可能。それでも、SUZUKI自動車をはじめとする日本企業が自家発電などの確保等あらゆる手段を尽くし根付いて入るのだが、共産党主導の激しい労働運動が経営者として悩みの種。世界最大の民主主義国家であるが故の現象でもある。
これら事情を理解すれば、原子力発電技術における、インドの日本への期待感が高まっている事も必然と云える。今回の訪問団としては、軽水炉加圧式型の原子炉に、電源の確保、事故発生時の緊急避難誘導マニュアル(作業員・周辺住民に対する)をパッケージにして技術提供をすることをイメージしながらの議論を進めた。日本国内に原発についてのいろいろな議論があるという事を先方は当然承知していた。それでも、福島で事故が発生して尚、世界で最も安全な日本製の原子力発電技術がどうしても欲しいという事なのだ。我が国が原子力発電技術提供をストップしたとしよう。ならば、日本製よりも信用度が格段に低い原子力発電所が世界各国に出来上がってしまう事にもなりかねず、これは地球規模の危機監理の問題としてこれを許してよい筈もない。我が国が、インドを名実共に世界一の経済大国として支えていく為には、インフラ整備に対する貢献、電力の安定供給への貢献、ひいては製造業の定着への貢献しかないと確信した。
今回の参加者は、安倍晋三、下村博文、衛藤晟一、山谷えり子、加藤勝信、長尾敬の各国会議員、国家基本問題研究所から櫻井よしこ、田久保忠衛、冨山泰、石川弘修、島田洋一各氏。当初、長島昭久、渡辺周、笠浩史、北神圭朗各議員も参加予定たったが、政府要職就任で欠席。与党では私一人の参加となり、新人として光栄極まる思い。党派を超え、永田町を超え、いろいろとご指導頂いた。まだまだ記したい事も沢山あるのだが、これは折に触れて記す事とし、今後の私の議員活動に結果を出す為の財産として役立てていきたいと思う。今回6名の国会議員が訪印したが、これは4年振りだと云う。ビックリした。これも世界最大の民主主義国家にして世界最大の親日国家に対し、非常に恥ずべき事だと思った。中国も大切であるが、彼ら程似て非なる民族はない。民間人も含む更なる積極的な人的交流を大切にするべきと痛感。
「あるべき友」を見間違う事なく精進して参りたい。