長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

「疑わしきも片っ端から罰する」風潮

2017-07-31 07:52:01 | 政治信条
特定秘密保護法とテロ等準備罪処罰法で報道が萎縮すると悲痛に叫んでおられましたが、連日一部のマスコミは絶好調です!まさに日々、報道の自由を謳歌され、報道しない自由も加わり、飛ばし捲っております。 この現象が、当時のご懸念が払拭されたということの証明となれば、何よりのことで御座います。

決して皮肉ではなく、今後も立法府の一員としてのフォローアップしていく所存です。 ついでに申し上げれば、平和安全法制により徴兵制も実施されておりませんし、我が国が地球の裏側にまで行って戦争に関わることも現実にはなく、当時のご懸念が指摘として全く当たらなかったことだということも申し添えたいと思います。

さて、連日の一部マスコミ報道のあり方に関して、ノンフィクションライターの窪田順生氏が興味深いことを指摘しておられます。
http://diamond.jp/articles/-/136478

以下私流に要旨をまとめますと、
-----
確たる証拠もないのに、「怪しい企業」の汚名を着せられる企業がある。 安倍首相が加計理事長に便宜を図ったという「証拠」は、今のところ出てきていない。 それを証拠に「水掛け論」となっている。

これを前提に、
1.「争点」を変えていくことで「消耗戦」に持ち込む
「安倍総理が1月20日に知ったという発言は本当か」ということだが、「加計疑惑」の本当のポイントは、安倍首相が総理大臣という立場を使って、加計学園に便宜をはかったのか否かである。 このような争点を繰り返し繰り返し変えていくことで議論を終わらせず、消耗戦に持ち込む。

2.「発言の矛盾」を追及して、「嘘つき」のイメージをつける
言葉尻を捉え、「説明が理にかなっていない」→「安倍首相は嘘つきだ」→「加計学園に便宜を図った」という三段論法に持っていく。

3.「納得のいく説明がされていない」と食い下がる
どんなに説明を重ねて「それは違いますよ」と否定をしても、「納得いかない」と、繰り返す。 これが、世の中的には「納得できる回答をしていない方が悪い」という印象となる。
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納得のいく分析です。

これが一部マスコミの手口なのですね。

それにしても、一部マスコミは、
「疑わしきも片っ端から罰する」
ことを是とするのでしょうか?

民進党代表を辞任した蓮舫参議院議員の二重国籍問題には、これを事実として裏付ける根拠が存在し、事実である事が客観的に証明されています。 そして、この事実は明らかに国籍法に抵触しています。

一方、加計学園に対し安倍総理が便宜を図ったのか?という疑惑については、お友達であるということしか根拠は示されておらず、客観的根拠に基づく証明ではなく、一部野党がどれだけ騒いでも疑惑の領域を出ません。

事実と疑惑。

疑惑への喰いつきが激しいというのも法治国家として如何なものでしょうか?

追求されるべきは前者ではないかと思うのですが、報道の自由、報道しない自由を標榜される一部マスコミの世界では、どうもそうではなさそうです。 勿論、一部マスコミのご主張も国民の声の「一部」として謙虚に受け止めて参りますが、、、。

最後に、一言申し上げたいと思います。 戯言としてご笑読ください。

安倍政権崩壊をお望みの方々へ。

安倍政権の疑惑、議員スキャンダル等々を報道するなとは申しません。 疑い、有るまじきことなどは、当然、批判を含み報道されて当然だと思います。 私も只管、律していく覚悟です。

同時に、そのような国内問題とは全く無関係に、周辺事態はますます深刻かつ予断を許さぬ状況となっていることを認識して頂きたいと思います。 特に安全保障、災害に関することに一瞬の停滞などあってはならぬ事態なのです。

打倒は結構、はい、理解します。 しかし、その行動の根拠として、この事態を乗り切り、国益に資する政権の誕生を確信していらっしゃいますか??教えてください。 よろしくお願い致します。

無駄と思えることがあり正しい方向性が見出せる。

2017-03-13 18:03:23 | 政治信条
寸暇を惜しんで100の準備をして、その内、陽の目を見るのは1くらい、そしてその1が実になるかどうかは、また別の話。 しかし、仮に実となったことが全体の0.001%であったとしても、それが与える影響は日本全体に行き渡る。

国会での仕事は準備が重要であり、まぁ、労働効率と言いましょうか、そのような概念をあえて当てはめるとすれば、霞ヶ関永田町の手続きとは、非常に効率の悪いものだと思います。

法律は世の中を幸せにものにしていく事がその使命ですが、方向性を誤ると世の中を不幸にしてしまいます。 だから、失敗が許されません。よって、あらゆることを想定するのです。

正しい方向性を導き出す為の「膨大な無駄」とも思えるような手続きがあって、それが漸く実現されるのです。

毎日そんな感環境の中で、もがいております。

日本の領土を守るため行動する議員連盟のSNSアカウント取得いたしました。

2016-11-09 09:59:39 | 政治信条
表題の件、「フォロー」、「いいね! 」よろしくお願いいたします。

この度、「日本の領土を守るため行動する議員連盟」では、以下のとおり、議連広報活動のプラットホームとして、SNSアカウントを取得いたしました。主旨としては、領土議連のFacebookページ、並びにtwitterアカウントを取得し、議連での、意見交換、イベントの告知、議連決議、視察報告、関連資料(日本語・英語・韓国語等訳)の紹介等を広報するというものです。

領土議連twitter
https://twitter.com/GirenRyoudo

領土議連Facebookページ
https://www.facebook.com/日本の領土を守るため行動する議員連盟領土議連-1690789724569850/

国家の意思を貫くための命

2016-08-15 08:34:03 | 政治信条
今年も8月15日がやってきました。

英霊達のおかげで今日があることに感謝し、全国戦没者の御霊に鎮魂の気持ちを捧げたいと思います。

国家の意思を貫かなければ、国家存亡の危機に関わるという局面において、いかなる犠牲を払ってでもそれを貫けるかどうかは、指揮を取る政治の責任です。万策尽きて、これ以上譲れない場合に、「普通の国」の国民や世論ならば、軍事行動を許す筈です。相手国や自国の兵士の犠牲等、何らかの犠牲の回避を優先し国家の意思を放棄するようでは国家を守れないことをわかっているからです。

このままでは負ける、一歩でも譲れば国家は危ういと感じた瞬間に、勝機を見出せるかが問われるのです。

我が国は法治国家、法律的根拠のない軍事行動は認められません。万策尽きて、崖っぷちに立っても、軍事行動を認める法律がありません。加えて我国は、国家の意思を放棄してでも、何らかの犠牲・紛争を回避することを最優先優先する国家です。国民世論も同じです。沖縄基地反対運動問題、尖閣諸島周辺海域の現状、竹島領土問題などへの対処がそれを証明しています。

自衛隊の防衛出動において、命令を下す政治の側は重大な責任を負うことになります。その命令には、国家としての意思を最優先にするがゆえ、自衛官の命を危険に晒し、場合によっては命を落とす可能性もあることも含まれ、すべての責任を政治が背負うのです。当然、自衛艦の命を守れる法整備が整っていることが前提です。その覚悟を持てる政治文化が継承されているかと問えば、甚だ疑問です。戦前にはその政治文化あったのでしょうが、日本国憲法により断裂させられています。一方の現場は覚悟ができています。何よりも命を大切にするからこそ、命のために自らの命を捧げるのが自衛官であり、軍人なのです。

ただ、災害派遣においては、政治もこの概念が根付いています。加えて、トリアージという命に優先順位をつけることにも対応できています。ところがいざ、議論を国防に移した瞬間に思考回路が止まってしまい、政治も国民世論もこの議論を避けて今日に至っているのです。

相手や自身の命を落としてでも守るべきものがあるということの議論。

例えば、不当に拘束された3名の要救出者全員奪還の為に、部隊側に10名程度の犠牲者を想定した上で、15名で突入させる特殊部隊の存在を認めるのかという議論など一度も行われたことがありません。拉致事件解決の為に議論されても良さそうな筈ですが、「命の犠牲」を考えると前へ進めない、残念ながら政治も世論も「それ」を許さない程度の成熟度です。

危機に対峙する国家の意思の示し方があまりにも幼すぎるのです。

議論を避け続けて、今日があります。先日8月6日、尖閣諸島接続水域に約230隻の中国漁船が入り込み、外務省が「現場の緊張をさらに高める一方的な行動であり、決して受け入れられない」などと二度にわたって中国大使館の郭燕公使に抗議しました。日本側は中国公船の接続水域からの退去を求めているだけです。公船6隻のうち3隻には機関砲のような武器が確認されているにもかかわらずです。

いつものことです。抗議で終わりです。これが繰り返されているので、抗議以上のことはしないというメッセージが定着してしまい、事態は更に悪化していくのです。

では中国漁船にどう対処すればいいのか??単純な話です。接続水域はEEZの内側ですから臨検をやって違反があれば逮捕すればいいのです。その命令すら出ていないのが、政府の現状です。 何故でしょう?? 現場の混乱、更に大きな紛争への展開、日中外交の混乱を避けたいからです。避けることを最優先にするからです。

「普通の対処」をした事例があります。2001年12月22日、東シナ海で発生した九州南西海域工作船事件です。相手が漁船ではなく、「不審船」だったので、今回の尖閣諸島情勢と単純に比較することは出来ないところに悩ましさがあります。

不審船が排他的経済水域で無許可漁業等を行っている疑いがあったとして、漁業法により、停船を命令、巡視船による立ち入り検査を試みました。しかし、不審船はこれを無視して逃走したのです。これを受けて、巡視船は強制捜査のために上空や海面への威嚇射撃。それでも逃走を繰り返したので、機関砲による船体砲撃を行いました。ところが不審船が火器やロケット砲などによる攻撃を始めたため、巡視船も正当防衛により応射。銃撃戦の末、不審船は自爆し沈没しました。

この対応に何ら問題もありません。不審船の背景にある北朝鮮が相手だったからでしょうか??世論はこの対応を支持し世論の混乱も起きませんでした。国家の意思を貫くことがあるべき状況へ修復していくのです。

しかし、相手が中国となると話は別???普通の対応ができない。これが我が国の現状です。命の重さ、危機に際して命の関わりに関して、その意味を履き違えた国家の情けない現状なのです。

沖縄の辺野古ゲート前や高江ゲート前では、様々な法律違反に対して何ら対応されていない状況です。現場の混乱、ケガ人の発生を回避することが最優先だからです。しかし、昔も今も、現場はその覚悟が出来ています。覚悟できていないのは、政治と世論です。譲れぬ国家の意思が存在しないが故、混乱回避を優先することで、空も海も陸も、事態はますます悪化しているのです。

命の大切さ、平和の尊さを理解すればするほど、命令を出す側の覚悟と死生観が問われます。何とかしたい、何とかせねばならぬと、もがく毎日です。

選ばれる責任と選ぶ責任

2016-06-21 07:27:03 | 政治信条
▽選ばれる責任と選ぶ責任

舛添東京都知事が辞任します。

一連の政治とカネの問題が原因ですが、ロッキード事件、リクルート事件と比べますと、公用車を別荘まで往復させた、スイートルームの宿泊、家族同伴公務に対する支出など、あまりにも対象となる問題がセコイ。 政治家の活動も、ゴシップも、そして世論も、寛容でダイナミックな時代と比べるとあまりにもセコイという感じもいたします。

政治家が不適切な事を激しく糾弾される事は当然の事です。 大きな問題小さな問題を問わずそのような対象であるという事は政治家の宿命です。 世論にとって興味の対象であるという背景からか、芸能人にプライバーシーが認められないのと同様の事かもしれませんね。 更に政治家は厳正なる選挙によって選ばれた代表者であり、税金で雇われている公僕ですから。

しかし、一連のムードに関して私は違和感を感じていました。 決して舛添知事を庇うものではありません。 電波や紙面をとおし、他の話題や問題に優先してここまで最優先報道することなのか? 他にも関心とするべきニュースはなかったのか? と、セコイ問題にばかり喰いつくムードが理解できませんでした。

世間の騒ぎに乗じ、「糾弾エンターテイメント」として視聴率を稼ぐ者が出てきますと、もう止まりません。 どのチャンネルを、番組を選択しても同じテーマ、同じ内容、同じコメント。 番組制作は楽なんじゃないかなぁと勘ぐってしまいたくなります。 加えて、我々視聴者も野次を飛ばしながら観客になってしまうものです。 参議院選挙という重要な局面にあって、地元でも「舛添はあかんなぁ」というお声に接しない日はありません。 「東京都民が選んだ都知事の事ですから静観しましょう」と皮肉ってもみるのですが、行く先々で同じ話になります。

私の違和感が抵抗感に変化した瞬間があります。 次の候補者は?と、ある番組の街角インタビューに答える人々。
「マツコデラックス~ぅ」
「北野武しかいないんじゃねぇ??」
「石原良純なんか面白そう」

ドン引きしました。

またまた「所謂・有名人」を論う。

インタビューに答えた方が東京都民であるならば、「懲りていない」ことの証です。 この展開には抵抗感を感じます。 こういう悪文化こそ日本を蝕む病巣です。 くれぐれも関わらぬよう自身を戒めたいものです。

当然の事ながら、政党が候補者の推薦に関して、かつてないほど慎重に対応する必要が有ります。 東京都知事選挙ともなれば知名度ある候補者を擁立したいという気持ちが先走ります。 仮に政策通であったとしても人口13,600,000人の分母にどう浸透していくのかを考えれば、ある程度の知名度は優先される必要があります。

また、都知事選挙は国政選挙ではありません。 議員を選ぶのではなく、首長を選ぶ選挙です。 首長は議員とは違い行政に対して圧倒的な権力を持つ立場にあります。 行政手腕を発揮できるか否かが最大争点だと思います。

折しも18歳以上にまで選挙年齢が引き下げられました。 それぞれの候補者がどんな政策を掲げ選挙戦に臨んでいるのかという事を、有権者が情報の目利きとなり、責任を行使してほしいと思います。

今の東京都には行政手腕が必要です。 多少の知名度劣勢でも、行政手腕を発揮できる人。 個人的には、今回の東京都知事には元官僚が相応しいと思います。

選ばれる責任と選ぶ責任。

この責任分担があらためて確認される必要があります。 立候補者陣営に課せられる責任は特に重い。 あらゆる事に優先して最大の責任があります。 候補者の個人的な「身体検査」は勿論、公約に対する経過・結果説明が必ずしも十分ではない事を、不断の努力で解決しなければなりません。 そして、選ぶ有権者もまた、これらに対して一蓮托生で緊張感を持ちつつ、厳しく監視しながら、常に伴走するぞという覚悟をお持ち下されば、世の中は確実に変わると思います。

激しくも冷静な判断が求められる時代です。 都知事選挙の前には参議院通常選挙。 我が陣営も6月22日から選挙戦に突入します。

矛盾の中にあるオバマ大統領の姿に感ずるコト

2016-05-30 10:22:21 | 政治信条
平成28年5月27日は歴史的な一日でした。

「71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変した。 閃光と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはっきりと示された」

初めて現職米国大統領として広島平和記念公園を訪れたオバマ大統領の演説は、まるで叙情小説を読んでいるかのように始まり、全世界の人々の心を揺さぶったに違いありません。

国際法違反である米国による広島・長崎への原爆投下が、戦後公の場で批判されることはありませんでした。 恐らく今後もそうなのでしょう。 広島平和記念公園にある「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」の碑文の主語をめぐっては、私も何度も触れてきたテーマ。 「主語は、米国であるから、核使用国は謝罪をすべきである」という主張を続けてきました。

この日オバマ大統領は、以下のように述べました。

「この空に立ち上ったキノコ雲の映像を見た時、私たちは人間の中核に矛盾があることを非常にくっきりとした形で思い起こした」

「私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。 選択をすることができます。 子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。 人類の共通性、戦争が起こらない世界、残虐性を容易く受け入れない世界を作っていくことができます。 物語は、被爆者の方たちが語ってくださっています。 原爆を落としたパイロットに会った女性がいました。 殺されたそのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。 アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています」

過ちを犯したのは、人類であると。

正直申し上げて、広島訪問に際して、私は、米国による謝罪が予定されていないことに疑問符を打つ一人でした。 日米同盟という名の下、そして戦後71年という時間が経過してしまったことで、なんとか自分自身を言い聞かせているような状態でした。 ところがオバマ大統領の言葉である種の納得がいきました。

主語は「人類」だと。

これは私の中にある矛盾です。

しかし、オバマ大統領も矛盾の中にいたのです。
・先住民を虐殺し建国した歴史
・黒人奴隷制度を持った歴史
・唯一の核使用国であるという歴史
これらは歴代米国大統領のタブーでした。

恐らく米国大統領としてはこれらに対する謝罪はできないのでしょう。

しかし、唯一の核兵器使用国に関しては、一人の人間、人類として、あの佇まいからは、矛盾の中にあるオバマ大統領のもがき苦しみながら滲み出る謝罪の気持ちが伝わってきたのです。

「私の国のように核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しなければなりません。 私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。 しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。 このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この死の道具が狂信的な者たちに渡らないようにしなくてはなりません」

もはやこの言葉で、私は納得したいと思います。

矛盾と言えばもう一つあります。 核廃絶を訴えながら「核のフットボール」を会場に持ち込んでいたという事実です。 ゼロハリバートン(実は私も愛用)のフレームを黒い革が覆っており、大統領が持つ認証コードで身元を確認、大統領が米軍最高司令官として核攻撃をいつでもどこでも承認でき、2分以内の核攻撃が可能な装置が入っているのです。 この鞄が、演説中のオバマ大統領の半径10メートル以内に存在していたのです。

米国大統領としてこの状況を拒否することはできません。

オバマ大統領の内面にある明らかなる矛盾です。

米国としての謝罪は許されず、立ち振舞から伝わる気は限りなくそれに近く、核廃絶を訴えながら、「核のフットボール」を手放す事も許されないその姿が印象的でした。

我国も矛盾を避けてきて今日があると考えるならば、矛盾に苦しむ姿こそ、必要な時代なのだと確信しました。 もう矛盾を避けていく時代ではありません。

私も矛盾に苦しむ政治家でありたいと思いました。

政治的中立

2015-10-07 11:59:33 | 政治信条
「政治の話はご遠慮ください」と、極稀に、講演やスピーチの事前打ち合わせで、お願いされることがあります。せっかくのお声がけですのでオーダーに合わせてお話しさせて頂いております。

政治と宗教の話はタブー。それが意図とすることは理解できるのですが、政治と宗教ほど私たちの生活に密接したテーマはありません。自身の立場、宗教観だけを主張するという場合、これは歓迎されることではありません。おそらく、歓迎されない事例があちらこちらであるが故、主催者としては危惧するところなのだと思います。

選挙権が18歳以上に引き下げられたことで高校3年生の一部にも選挙権が付与されます。政治的中立とは何かが問われる時代。巷でこのテーマを避けることは出来なくなります。身近なテーマであるからこそ、それらを話し合う、主張することについてはお互いが気をつけていきたいものです。

八尾市は抜けるような青空!!!!いい天気です!!!!

長尾たかしは革新勢力に魂を売ったのかっ!!!

2015-05-19 11:27:30 | 政治信条
こういうあらぬ疑念は、細かく打ち返していこうと思います。

「長尾たかしは革新勢力に魂を売ったのかっぁ!!!」

大阪都構想に関する住民投票が終わった途端、この様な抗議メールや書き込み、直接お電話を下さる方々が急増。
「何を根拠に?」
とお聞きしますと、
「共産党と一緒に街宣活動やったやないかぁ」

私が共産党の議員と一緒に街宣活動をした事実はありません。

某日行われた自民党と共産党合同の街宣活動に関しては、計画が決定したのちこれを知らされ、官房長官同様「個人的には全く理解できない」とお伝えし、当然参加しませんでした。

また、これら決定は自民党大阪府連の機関決定ではないということを申し上げたいと思います。この事実は大阪府連のガバナンスな関することですので事後のこととはいえ、総括において避けて通ることはできない問題と認識しています。

様々な任意団体が主催し、各政党にお声がけをされ、各議員事務所の判断で参加の是非を決定し、特定の場所で一同に会し、同じ方向へ向けて運動することはあったと思います。

ただ時に、協定書に反対する論点とは違う幟旗やチラシを持ち込む団体がありました。例えば、「戦争反対」や「原発反対」などです。これに対しては主催者に「あれは筋違いじゃないか」とはなし、主催者から遠慮していただくよう対応していただきました。

協定書の是非には、保守主義や革新・共産主義などの概念をによって議論が分断するようなことは何も記されていません。既得権益や労働組合運動の問題点についても記されていません。これらは、別のステージで議論されるべき論点であり、私も危惧する事ばかりです。

協定書に記されていないことについては各政党全く違う部分があろうかと思います。記されていることについての是非において、非と意思統一することで、なぜ私が特定勢力に魂を売ったことになるのでしょうか????

国会の審議で「全会一致」という採決が多々あります。党派を超えて全員一致するのです。党派を超えて一致する事は自然にあります、「革新勢力に魂を売った」というご指摘は全く当たるものではありません。

関連する抗議やご指摘の中には、ここに記したような事実をご存知なく私に対する誤解がある部分もあると思います。これは言葉を尽くしお話します。どうぞ、遠慮なくご連絡ください。お待ちしております。一方では、協定書の内容に触れず、闇雲に批判に徹する、全てではありませんが何某かの意図を感じるメッセージも寄せられています。

はっきり申し上げます、私の保守主義的主義主張は今後も微動だに致しません。それに矛盾するような発言があったならばご提示ください。よろしくお願いいたします。

ご案内「衆議院議員 長尾たかし君と日本の未来をつくる会」を開催します!!!

2015-05-12 10:18:48 | 政治信条


「衆議院議員 長尾たかし君と日本の未来をつくる会」を下記のとおり開催いたします。

日時 平成27年6月11日(木)
   18:00~(開場17:30)
会場 ホテル日航大阪 大阪市中央区西心斎橋1-3-3
基調講演 櫻井よしこ氏・・ジャーナリスト
会費 2万円
※この催物は政治資金規正法第8条の2に規定する政治資金パーティーです。

ご希望の方は、tnagao.j@gmail.com長尾たかし事務所へご連絡ください。チケットを送付させていただきます。
よろしくお願いいたします。

「永遠の嘘」

2015-02-12 10:04:14 | 政治信条
「永遠の嘘」

2月8日、自由民主党大阪府第十四選挙区支部・長尾たかし事務所、神事・開所式を執り行いました。 私にとって2年振り、地元自民党にとっては2年5ヶ月振りにお城をお預かりすることとなりました。

恩智神社新海宮司のお取り計らいで神事。 120人を超える方々にご参列頂きました。 当初、決して広くない事務所にどれほどの方々がお越し下さるかわからぬままでしたので、万一定員を大幅に超えたらどうしようという心配があり、別部屋を確保しておりましたが、当日は雨模様で事務所スペースに大変な混雑ではありましたが、ギリギリご迷惑のかからぬ程度のご来場。 これは神懸かりでした。

不肖・私選挙区支部長ほか、各行政区支部長、地元各市長、業界団体、支援者、事務局各代表による玉串奉奠。 恙無く神事が終了し、開所式。 当選以来、初めて「ほっとした感」のある節目を迎えさせていただきました。

思い起こせば、13年前、何の、縁もゆかりもない八尾の地に、妻と3歳の娘、1歳の息子を連れ引っ越してきて、
どこへ住もうか?
どこに事務所を構えようか?
どこで街宣活動をしようか?
という程度のことから始め、6坪の事務所を借りた所から私の政治活動が始まりました。

2年前落選し、その翌月に事務所を閉鎖。 月半分の東京での会社員生活と、月半分の大阪での政治活動。 出口が見えない中で、それこそ手探りであるものの、政治活動を続けることができたのも、全国から「長尾たかし頑張れ」と激励や、浄財を頂けたからに他なりません。

支部長として事務所を預かることの素晴らしさ、有り難さ、責任の大きさ。 恥ずかしながら、これは一度失った者であるからこそ感じ取ることのできる感覚だと思います。

事務所とは当たり前に頂けもの、存在するものではなく、必然性と資格があることをもって存在するもの。 そして、その城を生かすも殺すも関わる者の働き次第。 心の底から身が引き締まる思いでした。

祭司である新海宮司の祝詞奏上には感極まりました。 新海宮司は10年前から私の活動をご存知で、節目節目にはいつもご相談していたお方です。 政治と有権者は斯くあるべしを祝詞に込めてくださり、毎回毎回、前回を超え、グッとくる「言の葉」で祈りを込めてくださいます。 私のことを特によく知る方々のお一人ですから、宮司のお気持ちが神々しく伝わります。 妻も私の隣で感極まっておりました。

初当選までの7年間と、この2年間を比べた時、精神的には後者の方が辛いものがありました。 先ほども記しましたが、先が見えなかったからです。

中島みゆきさんが作詞作曲をし、吉田拓郎さんが歌っている「永遠の嘘をついてくれ」という楽曲があります。 夢を追い求める者たちの挫折とその心情、見守る者たちの期待を歌った歌です。 夢を見せてくれている者に対して種明かし、つまり「本当は挫けたいという本音」を見せることなく、永遠に嘘をつき続けてくれという応援歌です。

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傷ついた獣たちは最後の力で牙をむく
放っておいてくれと最後の力で嘘をつく
嘘をつけ 永遠のさよならのかわりに
やりきれない事実の代わりに

たとえ繰り返し なぜと尋ねても
振り払え 風のようにあざやかに
人は皆 望む答えだけを
聞けるまで 尋ね続けてしまう ものだから

君よ 永遠の嘘をついてくれ
いつまでも 種明かしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
出会わなければ良かった人などないと言ってくれ
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この「やりきれない事実」を突きつけられ、何度挫けそうになったことか。 何度「種明かしをしたくなった」ことかわかりません。

ただ、仮に「永遠の嘘」になったとしても、とことんやり続けようという気持ちに一点の曇りもなく2年間を過ごすことができました。 そして、2年で国政復帰を果たすことができ、嘘ではなく、事実として、自身の生き様を示すことができたことは、まさに奇跡であるということを、昨日の開所式で新たに認識した次第です。

大阪と東京事務所の秘書が初めて一堂に会しました。 全く景色も仕事内容も相異なる双方の事務所の秘書たちが、私同様、「頂いたこの奇跡」をどれだけ共有できるかどうか? そして、衆議院事務所というある種の「権力に対する畏れ」をどれだけ共有できるか?

全ては私次第です。
その覚悟を持って長尾たかし働きます。

今週は安倍総理の所信演説、対する代表質問、予算委員会などが目白押し。 領土議連も再スタート、厚生労働部会もいよいよ法案の審議に入ります。 長尾たかしの活動に是非ともご注目くださいますよう、よろしくお願いいたします。

政治家の心の中

2014-10-06 11:15:17 | 政治信条
上から見たので、丸に見えるという事実。
横から見たので、三角に見えるという事実。
それぞれの事実は、永遠に平行線。
これが多分、多くの「浅い世論」。

ところが、
斜めから見たら、実は円錐だった。
これが真実。

それが永田町・霞ヶ関、官邸です。

そして、良きにつけ悪しきにつけ、
政治家の心の中、、、かも知れません。

純粋過ぎる保守運動

2014-10-02 16:42:22 | 政治信条
一部の保守運動の短気な行動に、左翼勢力から照準が当てられています。

私もTPPには反対、移民も反対、河野談話も破棄して欲しいし、第三の矢はこの時に射るべきではなく、消費税引き上げにも反対。一貫して主張しています。対して、政府のそうではない方向性に対して危惧していますし、物申し続けています。

しかし、一気に打倒安倍内閣!!!なんて短気は起こしません。
ましてや、この重要な局面でヘイトスピーチで揚げ足を取られるようなことをしてはなりません。

喜ぶのは左翼共です。

保守運動の幼さは「毒を飲む」経験の浅さです。毒を飲みながら、味方をも欺き、粛々と成すべきことを必ず成す。周辺も、毒を何故飲んでいるかを忖度できる大人の振る舞いが欲しいところですね。安倍晋三≠安倍総理という部分も、ね。

よく云えば、保守運動は純粋過ぎる、というところでしょうか。

左翼は清濁併せ持ち、善人面して悪事を成す。保守は純粋な戦(いくさ)知らずと見られています。

今あらためて、保守主義とは何か?を考える。

2014-09-22 16:26:29 | 政治信条
保守主義とは何か?

戦後民主主義とは、
現行憲法の三大原理である、
・国民主権、
・基本的人権、
・戦争放棄
にカモフラージュされた、
本質的には、
・無機質
・無国籍を理想とする究極の個人主義
だと理解しています。

いわば、
日本人の日本人たる所以を骨抜きにすることを主義とする概念なのだと思います。

永年、自民党政権は一党で政権を担いながらも、党内左派勢力を抱え身動きができず、憲法改正が出来きなかった。

この現実に対する、保守主義者からの反発と抗議があるなかで、
・政権交代により自民党は下野し、
・政権を奪還し、
・もう一度、真の保守政党として原点に立ち返る
きっかけをつかもうとしています。

日本国家の使命は、
・日本の領土領海を守り、
・その上に住む日本人が、
・国体を守り、
・先祖を敬い、
・日本の伝統と文化を継承しながら、
・子孫の為に生き残ってゆく道を担保すること
です。

これを第一主義とすることを、保守主義と理解しています。

私は一点の曇りなく、どのステージにあろうとも、
愚直にこれを実行していく覚悟です。

議員の本分とは?有権者の見極めとは?

2014-09-01 19:13:08 | 政治信条
以下、有料メルマガのこの号が「ちょい見せまぐ」に紹介されましたので、以下、ブログにても掲載いたします。

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【議員の本分とは?有権者の見極めとは?】

 広島市土砂災害で命を落とされた方々、ご遺族へは、心からご冥福をお祈りいたします。また、被害者の方々には心からお見舞いを申し上げ、一刻も早く日常生活が取り戻せるよう心から祈念いたします。

 そんな中、災害対策に便乗し、一部の野党議員がパフォーマンスに走るという情報を得ました。野党にとってみれば災害の対応不足を粗探しし、来るべき秋の臨時国会への攻撃材料を確保しようという魂胆だと思います。因に自民党は本日朝、政調会長名で現地視察への自粛命令を出しています。

 現場が最も混乱しているときの国会議員の視察ほど迷惑なものはありません。行くならば、バッチを外して、一人の国民、ボランティアとして参加すべきです。

 国会議員の本分とは何なのか?法律を作ることです。ならば、「今、現場に行くこと」が最も必要なことなのかと言えばそうではありません。しかし、マスコミはそのような見方をしませんので、きっと「誰が何処に駆けつけたか?」「誰々は被災地に行かず、◯◯◯をしていた」という報道が飛び交うんでしょうね。

 繰り返します。 国会議員の本分とは何なのか?法律を作ることです。そして、与党としてもう少し踏込めば、その法律が円滑に運用出来ているかどうかをチェックすることです。

 こんな当り前のことが、議員の側も、有権者の側も、理解出来ていないケースについて、考えてみたいと思います。

 地元からの陳情は、落選した今でも頂戴しています 頼りにされているというとは、たいへん有り難いことです。基本的にどんな陳情でも、最初のお話はお聴きすることにしています。

 しかし、出来ることもあれば、出来ないこともあります。難しいけれど、何とかして差し上げたいこともありますし、これはお世話したくない、全く出来ないということなど様々です。

 行政の規定や、営業努力を省いて、口利きで何とかして欲しいというものが主流ですね。流石に、交通違反を何とかしてくれ、公務員試験をパスさせてくれという陳情は寄せられなくなりましたが、基本的に議員の使い方を間違っているというケースが多いのです。

 固定資産税を10年間近く滞納して、加算税が3桁程請求されているので何とかして欲しい。これを丁重にお断りし、暫くしたら、「◯◯議員に頼んだら上手くやってくれた。 あんたはもう応援せぇへんで」とのこと。

 ヘェー、何とかなってしまうのが地方公共団体のようです。

 これでは、真面目に税金を払っている市民が馬鹿を見ているような気がしてなりません。頼む方も頼む方、受ける方も受ける方、そして、何とかしてしまう行政も行政です。こんなことには関わりたくないと思う私の方が間違いで、何とかする方が政治家としての正道なのでしょうか?

 議員と地元との関係。これは永遠の課題です。

 国会議員は、会期中、土日に地元へ戻り地元の挨拶に余念がありません。地域の代表者ですから、あらゆる式典にお招きを頂くことになるのですが、その全てに出席することはなかなか不可能です。

 というのは、会期中はスケジュールをこなすことが精一杯で、「考える」「学ぶ」時間がほとんどないのです。時には土日を使ってじっくりと本分である立法に精神を集中させるべきところだと思いますが、時に、地元活動はそれを許さないことがあります。本分である立法、その為の立法調査活動よりも、地元の挨拶回りの方が大切なのです。有権者がそれを求ますので、議員自身も段々考え方が麻痺してきます。

 よって、国会会期中であっても、地元に帰り地元活動をする議員が少なくありません。国会の委員会は「差し替え」という院部の正式な手続きを経れば可能ですので、理事を仰せつかっている委員会以外はいくらでも欠席が出来てしまいます。本会議はこれが出来ませんので必ず出席。しかし、委員会には殆ど出席せず地元ばかり帰っている議員は少なくありません。

 私は国会を欠席し地元に帰ってことはありませんでした。土日に地元に戻らず、東北の被災地へ行って現場を見たり、尖閣諸島へ赴き現場の様子を体感したり等しました。

 しかし、そんな時、「東北に行ったって何の役に立つのか?地元を回れ」「沖縄選出の議員でもないのに、バカンスにでも行っているのか?」と、誤解あるお叱りを何度も受けたことがあります。

 しかし私は、「震災被害、明日は我が身です。大阪がその危機に晒された時の為に視察に行きます」「沖縄は我国の生命線です。沖縄の問題は日本全体の問題ですから、沖縄を嶺必要があります」と説明しましたが、必ずしも通じる有権者ばかりではありません。通じなければ、「アイツはダメな議員だ」のレッテルを貼られます。

 どれだけ地元のことを思いながら議員活動をしていたとしても、地元が選んで下さらなければ選挙に勝ち上がることは出来ません。

 国会活動よりも地元。国益よりも挨拶回り。沖縄、尖閣諸島よりも、地元。

 これが現実です。 しかし、最近地元を歩いていて潮目が変わってきたことを感じます。外交安全保障に関心を持つ方々が増えてきたと感じるのです。それは世論調査にも現れています。「外交安全保障は票にならない」・・・これは定説でした。

 あんたは俺の為に何をしてくれるんだ?地方であれば、土木建築予算を地元に引っ張ってくる。都会であれば、高齢者福祉に手厚い予算を引っ張ってくる。 口利きをしてくれる。すこし進歩的なところであれば、年金制度を何とかしてくれ、といったところが、投票する祭の最大ポイント。

 外交?んなもの、直接関係ないわ。っと言う時代でしたが、時代は確実に変わってきています。

 少々書き過ぎである程に有権者批判をしてみました。ただ、受け手としての議員の側が筋のとおらないことに手を染めてしまったが故、有権者が議員の本分を考えなくなってしまったのです。

 潮目が変わってきたのは、議員の側が本分を弁えたからではありません。「時代がそれを許さなくなった」と考えるべきです。

 今、在野にいてそれが手に取る様にわかります。

 国会議員のみならず、地方議員に対する視線も厳しくなってきました。しかし、それは議員としての本分が焦点であるというよりは、社会人としてどうなんでしょうか?という大変レベルの低い部分の話しです。政務活動費、LINEのやり取り、セクハラ発言、暴言等々、間違いなく避難されるべきことですが、議員を選んだのは政治家ではありません。

 有権者が候補者に何を望んでいるのか?望んでいることに対して答えてくれる候補者なのかどうか?有権者が、私的な望みで議員利用するのか?有権者が、国益に叶うものとして議員を利用するのか?

 政治家も有権者も崖っぷちです。今が正念場です。災害対策ひとつを取ってみても、パフォーマンスの場と考え行動する議員なのか?立法を本分と弁えた行動する議員なのか?あらゆる局面で、議員の本分とは何かという観点から、我々有権者はもっと厳しく政治家を見極めていく必要があると思います。
コメント (5)

集団的自衛権の基本は正当防衛です!!!!

2014-07-14 10:17:59 | 政治信条
反戦平和を唱える者ほど自らと意を同じくしない者に攻撃的で、平等を唱える者ほど自らと意を同じくしない者に差別的です。
そして、全く関係のない筋道に則して持論を唱えるので、議論が噛み合いません。

集団的自衛権容認の閣議決定文章を読みますと、要は「集団的自衛権の基本は正当防衛」なのです。
普通に読めばそうなのですが、読んでしまうとそうなってしまうので、反対派は困ってしまうんですね、きっと。

地球の裏側にまで行って戦争をしたがっているのは、むしろ左翼勢力の方なのではないでしょうか?


以下、閣議決定抜粋・・・
>自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという 急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが、憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、昭和 47 年 10 月 14 日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法と の関係」に明確に示されているところである。

以下、抜粋・・・
>我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国 と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国 の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を 全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度 の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛 のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断する に至った。