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お父さんのマリポタ日記。
マリノスのこと、ポタリングのこと。最近忘れっぽくなってきたので、書いておかないと・・・
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※村山由佳(1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。1993年「天使の卵 エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2003年「星々の舟」で直木賞、09年「ダブル・ファンタジー」で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞、21年「風よあらしよ」で吉川英治文学賞を受賞。「おいしいコーヒーの入れ方」シリーズ、「ミルク・アンド・ハニー」「ある愛の寓話」「Row&Row」「二人キリ」など)



●ところで、この作品は直木賞候補になった?

 天羽(あもう)カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。なのに、直木賞が取れない。文壇から正当に評価されない。何としてでも、認めさせてやる…。業界震撼の〝作家〟小説! 『オール讀物』連載を単行本化。

 直木賞作家が書き、直木賞を事実上共催する文藝春秋が出版する「直木賞」どりの物語。それだけに編集者の生態や選考過程などはここまで書いていいのというぐらい、内幕がかなり赤裸々に描かれているのは非常に興味深い(ホントかどうかは分からないけどね)。

 そして喉から手が出るほど「どうしても直木賞が欲しい」と熱望するモンスター作家の描写は、これでもかと人間がかかれていて面白過ぎる。誰にでも承認欲求はあるだろうけど、自らこんなにあからさまにしていいのか。本音言いすぎ(^_^; でも逆に共感しかないし、気持ちいい。恥ずかしい部分をこれだけさらけ出す作家ってそうそういないよねぇ。素晴らしい。

 ところで、この作品は直木賞候補になった?

 文春のインタビューによると、村山由佳さんも10年間、賞に縁がなく「直木賞欲しい」と腹の中では思っていたそうだ。その思いもちりばめられている。やっぱ、言わないけど、みんな欲しいのね。そりゃ欲しいよね。「直木賞作家」と一生、いや死んでも言われるからねぇ。ちなみに直木賞となった「星々の舟」は文春から出版されている。あれ?

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※下村敦史(1981年京都府生まれ。2014年「闇に香る噓」で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補、「生還者」が第69回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門候補、「黙過」が第21回大藪春彦賞候補となる。ほかの著書に「真実の檻」「告白の余白」「同姓同名」「ヴィクトリアン・ホテル」「逆転正義」「そして誰かいなくなる」「生還者」「黙過」など)



●やられた感はあるね

 社長の死体が見つかり、それに「関わる」メンバーが7人、廃墟に集められる。「48時間後に毒ガスが充満し、“犯人”だけが助かる」と音声が流れ、7人は自白合戦を繰り広げるが…。『小説幻冬』連載に加筆・修正。

 プロローグで「あれ?」と不審に思った1行が、最終章で「なるほど、そういうことか。ちょっとずるいけどねぇ」とうなずいた。タイトル通り、「全員犯人、だけど被害者、しかも探偵」にこだわり、趣向を凝らしたミステリー。350ページを一気読みの面白さだった。ただ「ヴィクトリアン・ホテル」と同じで映像化は難しいね(^_^;

 次々と現れる傍点と「〝〟」は当然ながら伏線やヒントだけど、それでもこの展開は読めなかった。おかしいと矛盾を感じつつ、それがどう繋がるのかは想像できなかった。やられた感はあるね。もう一度読めば、違う意味で面白いかな。

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※佐々涼子(1968年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業。日本語教師を経てフリーライターに。2012年「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」で第10回開高健ノンフィクション賞受賞。14年に上梓した「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」は紀伊國屋書店キノベス!第1位、ダ・ヴィンチ ブック・オブ・ザ・イヤー第1位、新風賞特別賞などに、20年「エンド・オブ・ライフ」はYahoo!ニュース 本屋大賞フィクション本大賞に輝く。他に「ボーダー 移民と難民」など)



●まさに「事実は小説よりも奇なり」

 家族、病、看取り、移民、宗教。読む者の心を揺さぶる数々のノンフィクションの原点は、作家の人生そのものにあった…。生と死を見つめ続けてきた作家のエッセイ&ルポルタージュ作品集。

 第1章のエッセイ33本はひとつひとつの完成度が高く、テーマがテーマだけにずしりと心に響くものばかり。

 心に残った言葉をいくつか。

 「人は死に方を知らないが、体はきっと知っている」
 「我々はみなどこからか来て、そしてどこかへ行く途中なのだ」
 「どんなに大切な人を失っても一緒に死んだりしないように作られているのだ。だから人類は滅亡せずに生き延びた」
 「誰も死んだことがないから、この世に生きている人はみな死について分からないのだ」

 佐々さんと同様、自分も生きるのが楽になった気がする。

 「早稲田大学法学部卒業。日本語教師を経てフリーライターに」という、たった27文字の間にはいくつものドラマがあった。

 ルポルタージュの「ダブルリミテッド」。初めて聞く言葉だったが、バイリンガルの裏にはこういう事も起こるのかと、驚きを覚えた。

 そして「あとがき」にさらに衝撃を受ける。

 希少がんの「グリオーマ」が22年11月に発病したことを自ら明かした。あろうことか自分自身が終末期の当事者となったのだ。「あと数ヶ月で認知機能がおとろえ、意識が喪失し、あの世へ行くらしいのだ」。それなのに冷静に「誰もが通る道」と受け止める姿には心が震えた。そして10ヶ月後の翌年9月、結果的に遺作となる本書を出版する。

 まさに「事実は小説よりも奇なり」。

 佐々さんは発病から21ヶ月後の24年9月1日に56歳で旅立たれた。このあとがきを読んだ誰もが感じるであろう、「ああ、楽しかった」で終われた人生に違いない。

 佐々涼子さんという名前を本書で初めて知り、題名だけ知ってた「エンジェルフライト」を書いたのはこの人だったんだと繋がった時、佐々さんはこの世にいなかった。残念でならないが、佐々さんがこの世に残したものを読んでいきたい。まずは「エンジェルフライト」から。

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※谷川直子(1960年神戸市生まれ。2012年「おしかくさま」で第49回文藝賞を受賞。他の著書に「断貧サロン」「四月は少しつめたくて」「世界一ありふれた答え」「私が誰かわかりますか」「愛という名の切り札」など)



●老衰介護看取り小説なんてジャンルは初めて聞いた

 認知症の96歳の父を看取るまでの20日間、家族と介護士、看護師はどうかかわるか。誰もが迎える最期には何が必要? 一茶の句が持つ庶民のリズムと見捨てない暖かさに包まれた、老衰介護看取り小説。

 トイレへ行くのも、ご飯を食べるのも、お風呂に入るのも一大事業。それに認知症が加わる。そしてだんだんとできなくなっていく。

 自分も娘が2人。迷惑をかけず、綺麗に死んでいくのが理想だが、こればかりは自分でコントロールすることはできない。死ぬのは大変である。寝たきりになってしまえば、死ぬまでにお金と労働力がかかり、娘たちの時間も奪ってしまう。23年前に母、13年前に妻、5年前に父を亡くしているので、ひとつひとつが「うんうん、そうだね」とうなずけるような、共感の持てる作品だった。死へ向かう悲壮感がないのも良かった。

 「ママ、延命治療はせんでええんよね」
 「せんでええよ。点滴だけで」
 「いや、点滴も延命治療やし」
 「ちがうよ、水分補給やん。水分取らな、死んでしまう」

 「自然にまかせる」。そう決めていても、明らかに矛盾しているこの気持ちはよく分かる。

 ところで、老衰介護看取り小説なんてジャンルは初めて聞いた。

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※間宮改衣(1992年大分県大分市生まれ。本作でハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞し、デビュー)



●「死」があるから人間は人間らしく生きられるのか

 2123年、九州の山奥に1人住む、おしゃべりが大好きな「わたし」は、人生と家族について振り返るため、家族史を書き始める。それは約100年前、身体が永遠に老化しなくなる手術を受けるときに提案されたことだった…。

 ひながらだらけで句読(「、」=てん)もなく、読みづらいったらありゃしない。おまけに急に話が飛ぶし……最後までもたないんじゃね、と思ったが、少しすると違和感がなくなり、123ページだったこともあって一気読みだった。

 設定が近未来で「融合手術」「安楽死措置」など冒頭で出てきて、ハヤカワSFコンテスト特別賞なのでがちがちのSF小説なのかなと思いきや、父親の虐待や搾取、きょうだいとの軋轢、道ならぬ恋と純文学ぽくなり、ひらがなだらけで喋りかけるような表現にもどんどん引き込まれていった。そして、最後にSFの世界ならではの選択肢を迫られた主人公。その判断は……。「死」があるから人間は人間らしく生きられるのか。

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※宮島未奈(1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞を受賞(宮島ムー名義)。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、左近賞をトリプル受賞。同作を含む「成瀬は天下を取りにいく」がデビュー作で、2024年本屋大賞を始め15冠受賞)



●成瀬は滋賀の天下を取った

 中2の夏休みの始まりに幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍、閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るという。さらにはM-1に挑み、実験のため坊主頭に…。『小説新潮』に掲載した「ありがとう西武大津店」、「階段は走らない」に加え、書き下ろしの「膳所から来ました」「線がつながる」「レッツゴーミシガン」「ときめき江州音頭」の4作を加え書籍化。

 「島崎、私はこの夏を西武に捧げようと思う」

 まるで大名が老中に語りかけるような口調で、この物語は始まる。この大名口調のまま、物語は進んで行くが、これがもう最高(^o^)

 「島崎、私はお笑いの頂点を目指そうと思う」

 なんやねん、これ。もう面白過ぎ。だけど決してふざけているわけではなく、成瀬はまじめなのだ。そして地元愛にあふれている。これがなお一層の笑いを誘う。そして、それを突き放すどことか、つき合っていく島崎みゆきも、またいい。ホームズのワトソン、御手洗の石岡といったところか。

 最後の「ときめき江州音頭」では成瀬目線で語られるが、端から見ると堂々としていた成瀬の戸惑い驚く姿もまたいい。

 「それはよかった」という成瀬の台詞は、ぜひ将軍のように「それは重畳(ちょうじょう)」と言って欲しかった。

 作者の宮島未奈さんはベルーナドームの西武ライオンズ戦でセレモニアルピッチを務め、成瀬あかりはびわ湖大津観光大使となり、京阪電車は沿線スタンプラリーを開催し、ラッピング電車も運行。当然、びわ湖ミシガンクルーズともコラボ。滋賀県は「成瀬と天下を取りにいくスタンプラリー」を実施。さらに2025年3月9日に行われるびわ湖マラソンではメインビジュアルとなり成瀬あかりTシャツが販売されるという。

 成瀬は滋賀の天下を取った。ぜひ200歳まで生きて、本当の天下を取ってほしい。自分にはそれは確認できないのは残念だけど(^_^;

 次作は「成瀬は信じた道をいく」。図書館で予約したが231人待ち。一体いつ読めることやら。ちなみに「成瀬は天下を取りにいく」は8ヶ月待ったよ(^_^;

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※小川哲(1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年「ユートロニカのこちら側」でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。17年「ゲームの王国」で第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。22年「地図と拳」で第168回直木賞受賞



●エンゲルスもびっくり

 非常に質の高いSFを中心とした、これぞ小川哲という6篇の作品集。すべてが面白かった。いや、面白過ぎる。

 「魔術師」…片道切符のタイムマシンで人生を賭け、時空を超えた大魔術に挑む。こういう発想もあったか。

 「ひとすじの光」…死ぬ前に周到に相続手続きを終えた父。なのに、なんで駄馬をそのまま残したのか。血統でさぐる感動のファミリーヒストリー。

 「時の扉」…未来は変えられないが、過去は変えられる。よく理解できなかったが、最後に意表を突かれた。

 「ムジカ・ムンダーナ」…音楽が貨幣の島。一番高価な音楽はこれまでに一度も演奏されたことがない。いや、そんなバカな…。構成が素晴らしい。

 「最後の不良」…「流行」が消え、「虚無」が流行する近未来に特攻服と改造単車で殴り込む。なんとなく筒井康隆チックな世界。

 「嘘と正典」…表題作。未来から過去への通信で歴史を変え、共産主義をなかったことにしようとするCIA工作員。これ最高。エンゲルスもびっくりしてるだろうね。

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※柴田哲孝(1957年東京都武蔵野市生まれ。日本大学芸術学部写真学科中退。フリーのカメラマンから作家に転身し、フィクションとノンフィクションの両分野で活動。2006年「下山事件」で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、日本冒険小説協会大賞(実録賞)、07年「TENGU」で大藪春彦賞を受賞。「下山事件 暗殺者たちの夏」「GEQ 大地震」「リベンジ」「殺し屋商会」など。1986年から1990年のパリ・ダカールラリーにドライバーとして参戦したほか、南米のアマゾン川に世界最大の淡水魚ピラルクーを釣りに行った冒険旅行記なども出版している。モータージャーナリストとしても活動



●なるほどと思わせる〝陰謀論〟

 2022年7月に起きた安倍晋三元首相銃撃事件をモチーフにしたサスペンス。至近距離にいてすぐに逮捕された男の単独犯ではなく、〝組織〟が周到に準備し、その命を受けた影のスナイパーが放った特殊な銃弾が元首相の息の根を止めた。男はジョン・F・ケネディ大統領を暗殺したオズワルドの役割を果たしていただけだった。

 実在の人名が次々と出てくるのでどこがノンフィクション(真実)で、どこがフィクション(妄想)なのか分からなくなる。逆にすべてが真実にも思えてくる。後方の警備が甘すぎたこと、救命医と司法解剖の結果に大きな齟齬(そご)があったこと、特に後者の謎解きは興味深い。なるほどと思わせる〝陰謀論〟だった。

 面白く読み進めたが、後半の雑誌記者が真相に迫っていくシーンはちょっとすごみが足りない気がした。スクープを狙う契約記者では迫力が足りない。何というか、追及にもっと義憤とか正義感といったインパクトが欲しかったかな。同僚の女性記者の身体を張った取材は逆に意外な感じがした。

 「安倍元首相撃たれ死亡」。翌日の全国紙朝刊のメイン見出しが一言一句同じだったことが話題となった。各社申し合わせがあったり、どこからか指示があったのか。暗殺、テロ、銃殺をなぜ見出しに取らないのかなどという声があった。新聞整理の経験からいうと見出しに申し合わせや外部から云々ということはない。これだけ衝撃的なニュースをどう分かりやすく伝えるか。独自性を出す必要もこねくり回す必要もない。暗殺、テロに関しては事件直後でその背景も動機も不明だったため選ぶことはできない。「撃たれ死亡」はまさに直球ど真ん中で、これしかない見出しだったと思う。

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※湊かなえ(1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。同作を収録したデビュー作「告白」はベストセラーとなり、09年本屋大賞を受賞。12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞(短編部門)、16年「ユートピア」で第29回山本周五郎賞。18年「贖罪」がエドガー賞(ベスト・ペーパーバック・オリジナル部門)にノミネート。著書に「未来」「落日」「カケラ」「ドキュメント」など)



●登山描写がリアルすぎる

 日々の思いを嚙み締めながら、1歩1歩、山を登る女たち。通過したつらい日々は、つらかったと認めればいい。山頂から見える景色は、これから行くべき道を教えてくれる。全4編を収録した書き下ろし連作小説。

 え? 湊かなえさんて山女だったのか。登山描写がリアルすぎる。

 朝日新聞のインタビューによると、学生の頃から山に親しんできたが結婚を機に遠ざかる。そしてデビュー作「告白」がベストセラーとなると「外出すらままならない生活でした」。そこで考えたのが「山を舞台にした作品の取材」を名目にすること。編集者に掛け合い、11年に北アルプスの白馬岳で再開。以来、執筆の合間を縫って山行を重ねてきたという。なるほど。うまくやったね。

 これを読むと山に上って山頂からの絶景を拝みたい気持ちが湧いてくるけど、ガレ場も鎖場もいやだし、垂直に近い岸壁にへばりつくことも、つま先が数センチひっかかるだけのわずかなくぼみに足を乗せることも、カニのタテバイ(何のことだか分からないが)もできるはずがない。もう66歳だもんね。指先の力もないし、体力も続きそうもない。でも、五竜岳も槍ヶ岳も剣岳も上ったような気分になった。「続」から読み始めてしまったが、NHKでテレビドラマ化もされた最初の「山女日記」も読んでみたいね。「山ガール」じゃなくて「山女」ってものいい。

 4編の中では表題作ではなく、「立山・剣岳」が良かった。きっとこうだろうなと思う展開そのままに話が続くけど、それが逆に共感を覚える。そして意外性たっぷりだけど「いや、そうだね。これしかないよね」というラストシーン。泣けるね。

 山は標高が上がるにつれていろんな意味で別世界になっていくんだろうね。下界のことなんか忘れちゃえって(^o^) まあ、それは自転車のヒルクライムも同じだけど。だからその楽しさは分かるよ。

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※島田荘司(1948年10月広島県生まれ。武蔵野美術大学卒業。1981年「占星術殺人事件」でデビュー。「斜め屋敷の犯罪」「異邦の騎士」などに登場する名探偵・御手洗潔シリーズや「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」「奇想、天を動かす 」などの刑事・吉敷竹史シリーズで人気を博す。1984年「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」、85年「夏、19歳の肖像」で直木賞候補



●ちょっとフェアじゃないかな

 ナチの収容所で生まれ育った世界的なバレリーナ、フランチェスカ・クレスパンが「スカボロゥの祭り」の公演中、前半を終えた休憩時間に控え室で殺害された。ところが死亡したはずのバレリーナは額から血を流しながらも後半も観客の前で踊り続けた。控え室はセキュリティが見張っており、クレスパン以外に出入りはなく、密室状態。頭を殴打した凶器も見つからない。一体何が起こったのか。20年経っても解決しない、奇妙奇天烈な謎に御手洗潔が挑む。

 久々の御手洗潔シリーズは600ページを超える超大作。単なる「密室」ものだけでなく、そこに「死者の踊り」という、とんでもなく魅惑的な謎が加わる。そしてナチ、ユダヤ、日本人。おとぎ話。まったく無関係にみえる事象が最後に繋がるなど、数多くのエピソードも読ませる。本筋に関係なさそうな物語やうんちくが今回もあるけど、それだけでも面白い。このあたりはさすがと思うのだけど、ただねぇ、ちょっと強引過ぎるというか、フェアじゃないかな。最大の謎が、そんなことだったの、それでいいのかいって感じ。だったらそれらしい伏線を張って欲しかった。

 「出エジプト」「バビロン捕囚」など受験勉強以来に出会う歴史用語もあって、懐かしさを覚えながらもこれが謎解きに繋がるのかとメモを取ったり、もしかして日本人とユダヤ人の繋がりが鍵になるのかと期待したんだけどね。「死者の踊り」にも科学的な解明がなされるとばかり思っていた。まあ、これは読者の勝手な思いなんだから裏切られてもいいんだけど、島田さんらしい切れ味がなかった気がする。ちょっとモヤモヤな感じですな。

 御手洗潔がストックホルム大学の教授というのは驚いたが、石岡役がハインリッヒさんになっていて、いっそう驚いた。

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※小川哲(1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。17年「ゲームの王国」で第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。19年「嘘と正典」で第162回直木賞候補。22年「地図と拳」で第13回山田風太郎賞、第168回直木賞を受賞)



●面白過ぎて、いや凄すぎる

 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家……。著者自身を彷彿とさせる小説家の「僕」が、怪しげな人物たちと遭遇する連作短篇集。2019年から22年に小説新潮に掲載された短編5作(「プロローグ」「三月十日」「小説家の鏡」「気味が手にするはずだった黄金について」「受賞エッセイ」)に書き下ろしの1作(「偽物」)を加えた。

 図書館の貸し出し予約をした時はどういう内容か分かっているのだけど、延々と待っているうちにすっかり忘れ、何の予備知識もないまま読み始めた。「プロローグ」は哲学的で今ひとつ理解しずらく、これがこのまま続くとしんどいなと思ったが、それは全くの杞憂。それどころか面白過ぎて、いや凄すぎてあっという間に小川哲ワールドに引きずり込まれた。読みやすい文章にも好感。「プロローグ」はこの作品のプロローグではなく、小説家としてのプロローグだったんだね。

 私小説のようにみえて、そこから妄想を膨らませ、エッセイのようにみえてどうもそうではない。巧いなぁ。やっぱり小説家は才能がなきゃできないよ。読み終わるのが残念で、もっともっと読みたかった。こんな気持ちはこれまで感じたことがない。何度も言うけど、凄すぎる。

 「受賞エッセイ」の「どちらの小川さまですか?」には笑った。「偽物」にあった野球の不可解だというネーミング、「ストライク」「ボール」「アウト」。長年野球をやり「ショート」を守ったこともあり、野球関連の仕事もしてきたが、そんなこと考えたこともなかった。

 ちなみに「三月十日」。まだ会社員だったので普通に仕事をしていたのは間違いない。その週末にブルベを控えていたので自転車通勤もしていない。特に何もない平凡な1日だったはず。11日は会社から自宅までの40キロを歩いて帰ったが、気になったのは週末のブルベが開催されるかどうかということ。スノボ旅行を案じる彼らと変わりなかったね。もちろんブルベは中止になった。

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※村木嵐(1967年京都市生まれ。京都大学法学部卒業。会社勤務を経て95年より司馬遼太郎家の家事手伝いとなり、後に司馬夫人である福田みどり氏の個人秘書を務める。2010年「マルガリータ」第17回松本清張賞受賞。近著に「せきれいの詩」「にべ屋往来記」「阿茶」など)



●爽やかな読後感

 病のため片手片足は動かず、口をきくこともできない9代将軍吉宗の嫡男・家重(幼名長福丸)。歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、かたつむり(まいまい)が這った葉のようだとして「まいまいつぶろ」と呼ばれ蔑まれていた。ところが、誰も聞き取れなかった家重の言葉を唯一、解するものが現れた。大岡越前守忠相の遠縁にあたる大岡忠光(幼名兵庫)だった。「口となるも、目や耳になってはならぬ」。そう忠相に戒めを受け、忠光は将軍の小姓となり、通詞を務めることになった。第170回直木賞候補。第12回日本歴史作家協会賞作品賞、第13回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞。

 家重といえば、23年にNHKで放送されたドラマ10「大奥」を思い出す。よしながふみさん原作のドラマで、恥ずかしながらそこで初めて家重の病を知った。冨永愛さんの吉宗はカッコ良かったが、家重を演じた三浦透子さんの演技には驚かされた。あの表情はすごい。まさに名演。この作品を読んで、もう一度見てみたい気になった。再放送してくれませんかねぇ。

 将軍の言葉をそのまま伝えているのだが、当然そこには「ほんまかいな。脚色してない?」という疑惑が生じる。第5章「本丸」では家重の将軍襲職をめぐり老中が反旗を翻す。ここが一番面白い。そして最終章の家重の言葉。「もう一度生まれても、私はこの身体でよい。忠光に会えるのであれば」。30年間の2人の孤独な闘い。「不如意な身体で、まいまいつぶろの如く、のろのろと。ですが大きな殻を見事、背負いきって歩かれました」と忠光。2人にとって悔いのない人生であっただろう。家重と比宮が愛し合っていく姿もぐっとくる。爽やかな読後感だった。

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※青山美智子(1970年愛知県生まれ。横浜市在住。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務の後、出版社で雑誌編集者をしながら執筆活動に入る。2017年「木曜日にはココアを」で小説家デビュー。同作は第1回未来屋小説大賞受賞、第1回宮崎本大賞受賞。21年「猫のお告げの中で」で第13回天竜文学賞受賞。同年「お探し物は図書館で」が本屋大賞第2位。22年「赤と青のエスキース」が本屋大賞第2位。23年「月の立つ林で」が本屋大賞第5位)



●「ああ、いい作品だ」 この一言

 「エスキースとは『下絵』のこと。本番を描く前に、構図を取るデッサンみたいなものだよ。それを見ながら、あらためてじっくり完成させるって。だから1日…半日でもいいよ」。メルボルンに短期留学中で帰国直前だったレイ。「期間限定」で恋愛中のブーに頼まれ、画家の卵のモデルとなる。「青」と「赤」だけで描かれたその絵画が語り出す30年間の物語とは…。書き下ろし連作短篇集。

 ああ、いい作品だ。この一言に尽きる。

 まったく無関係に見えて、全てが見事に繋がっている素晴らしい恋愛の物語。最後の最後に「仕掛け」にようやく気がつかされるが、とっても幸せな気分になれた。清々しい読後感。「赤と青とエスキース」のタイトルはまさに「うんうんその通り」としっくりくる。すべてが分かった上で、もう一度読みたい。

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※西加奈子(1977年、イラン・テヘラン市生まれ。エジプト・カイロ、大阪育ち。2004年に「あおい」でデビュー。「通天閣」で織田作之助賞受賞。「ふくわらい」で河合隼雄物語賞受賞。15年「サラバ!」で直木賞受賞。ほかに「さくら」「きいろいゾウ」「円卓」「舞台」「漁港の肉子ちゃん」「ふる」「i」「おまじない」「夜が明ける」など)



●「死ぬまで生きる」 そんな思いが

 カナダで、がんになった。2021年コロナ禍の最中、滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、乳がん発覚から寛解までの約8ケ月間を克明に描く。祈りと決意に満ちた初のノンフィクション。

 バンクーバーって大阪弁やったんか! ということにまず驚いた。いや、そんなことはないのだが、大阪弁の人は英語も大阪弁に訳すんかい!というのは、よく考えれば当たり前かもね。そのツッコミどころ満載の大阪弁が、がん闘病という重いストーリーの深刻さを笑いに替え、安心感さえ与えてくれる。大阪弁って便利やね。

 途中で山本文緒さんが亡くなられたことがでてきたことにも驚いた。山本さんは2021年10月13日に永眠。そうか、同じ時期だったのか。山本さんはがんで余命宣告をされ抗がん剤治療を続けたが、副作用のあまりのひどさに緩和ケアを決断した。その様子を遺作となった「無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記」に書き綴った。まさに命をかけた作品だった。

 「人はいつか死ぬ」。健康だとつい忘れてしまう。がん宣告はそのことを唐突に、しかし揺るぎない現実として突きつけてくる。「まさか私が」「なんで私が」。生活が一変し、始まる闘病。それもコロナ禍の上、言葉が通じず、文化も違う海外。書かれていない、もっともっと酷く辛いことがあったに違いない。そして寛解で終わりではなく、治療は続き、人生も続いていく。「本当にこれで終わりなのか」。日常を取り戻したけど「幸せすぎて怖い」。すさまじい。

 「死にたくない。少なくとも『もう死んでいいか』と納得できる日なんて、私には来ない気がする。きっと死ぬ瞬間、最後の最後まで、それはもう、本当にみっともなく、恐がり続けるだろう」。

 「がんになって良かったことは『それの何が悪いねん』、そう思えるようになったことだ。みっともなく震えている自分に『分かるで、めっちゃ怖いよな』、そう言って手を繋ぎ、肩を叩きたくなる」。

 がんになることで見えなかったものが見えてくる。「死ぬまで生きる」。闘病記を読むといつもこう思い知らされる。幸いにしてがんは宣告された翌日に死ぬことはなく、猶予期間が少なからずある。そこで何をするか。どう生きるか。自分の身体のボスは自分。自分で決められる状態なら自分で決めていきたい。先のことは神のみぞ知る。今日と同じ明日が来るとは限らないのだ。

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※川上未映子(大阪府生まれ。2008年「乳と卵」で芥川賞、09年詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」で中原中也賞、10年「ヘヴン」で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年「愛の夢とか」で谷崎潤一郎賞を受賞。19年「夏物語」で毎日出版文化賞。同作は40カ国以上で刊行が進み、「ベヴン」の英訳は22年ブッカー国際賞の最終候補に選出された。23年「すべて真夜中の恋人たち」の英訳が全米批評家協会の最終候補にノミネート)




●ラストシーンではモヤモヤ感

 惣菜店に勤める花は、ニュース記事で黄美子が若い女性の監禁・傷害の罪に問われているのを見つけた。20年前花は、黄美子と少女たち2人と疑似家族のように暮らしていて…。『読売新聞』連載を書籍化。2024年本屋大賞6位。謳い文句は「善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作」。

 600ページ近い大作。比喩がちょっと分かりづらく、くどい部分もあったが、独特の語り口調とあまりの物語の凄さに引き込まれた。ただねぇ、ラストシーンではモヤモヤ感も残ったかなぁ。黄美子さんの事件がすっきりこない。

 「私がいないと生きられない」(と花が思っている)黄美子さんや、同じように親ガチャで住むところや居場所のない蘭や桃子を支え、彼女ら疑似家族と生きていくため、懸命にもがき苦しみながらカード詐欺で金を稼いでいく主人公の花には共感を覚えた。というより、あまり悪には感じなかった。善のための悪だったからかな。奪ったのは富裕層からだし、貯めたお金も結局、吐き出す羽目になるしね。

 冒頭に出てきて花を救った黄美子さんが、あれこんな人だっけ? と頼りなくなっていくのは何となく違和感を感じたが、「おまえの人生どうなんだって訊かれたら」と苦悩する花に対し、「誰がそんなこと訊くの? 誰も訊かなくない? じゃあいいじゃんか」と答えるのは、目から鱗。肩の荷が下りるね。とらえどころのないような、いい味出してる。

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