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講座「緑泥片岩製石造物の多様性 ~大聖寺六面幢を中心に~」

2024年03月09日 | 講演会・講座


国指定史跡「下里・青山板碑製作遺跡」普及・啓発講座
演 題「緑泥片岩製石造物の多様性 ~大聖寺六面幢を中心に~」
講 師:村 山 卓 氏 (埼玉県埋蔵文化財調査事業団) 
日 時:令和6年(2024)3月9日(土)13:30~15:40 
場 所:小川町立図書館 2階視聴覚ホール
主 催:小川町教育委員会

を聴講してきました。

埼玉県小川町にある国指定史跡「下里・青山板碑製作遺跡」の普及・啓発事業の一環として、板碑製作遺
跡や板碑に関連した講座。今回は上記演題で、
 1 緑泥片岩製の中世石造物は板碑だけではない!
 2 緑泥片岩の石幢とは?
 3 石幢とは何だろうか?
 4 おわりに ~その後の石幢~
についてお話を頂きました。

講座の主題であるところの「大聖寺六面幢」は、緑泥片岩板石6枚を台石にさして立て六角形にし、笠石
と宝珠(欠失)を乗せた供養塔です。
この大聖寺六面幢は、『石造法華経供養塔』の名称で国重要文化財に指定されています(指定:昭和54年
(1979)6月6日)が、旧法では国宝(指定:大正2年8月20日)でした。
こうした緑泥片岩板石6枚を台石にさして立て六角形にした石幢で形をとどめているのは、この大聖寺の
ものと、普済寺(東京都立川市)・宿谷(埼玉県毛呂山町)・正法寺(埼玉県東松山市)の4例しかなく、
笠石や台石の部材しか残っていないものを含めるとその分布は石材採掘地の近くに集中している傾向があ
るとのことです。



会場はいつもの2階の視聴覚ホールです。
大聖寺六面幢を初めとして、各地の石造物が紹介されました。講座の写真撮影、録画等は禁止されてい
ましたので、紹介された中で自身が過去に実際に訪ねた際に撮ってきた写真を何枚か載せておきます。
さすがに四国や九州地方といった遠方の石造物は訪ねておりませんが・・・



大聖寺の国指定重要文化財石造法華経供養塔、板碑の保存庫「法華院」(埼玉県小川町下里)


左:国宝時代の標柱 「國寶 大正二年八月・・・」と刻まれています
右:石造法華経供養塔(写真)
《小川町合併50周年記念 小川町のあゆみ 小川町の歴史 普及版》から引用
予約すれば実物を拝観可能(志納金200円)  但し写真撮影は不可です


説明板  写真では読める状態ではありませんので内容を転記します
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国指定重要文化財
   石造法華経供養塔・板碑
                             埼玉県比企郡小川町大字下里字観音山1857
この供養塔は、もと本堂裏の斜面中腹のわずかな平坦地にありましたが、風化が進んできたので、昭和五十四年に
保存庫(法華院)を建設して移設しました。
供養塔は、台座上に長方形の六枚の緑泥片岩(下里石)を六角筒形に組み立て、その上に六角と八角形の大小二枚
の笠石を乗せています。本来は笠石の上に宝珠が乗せられていたと考えられますが、現在は欠損しています。
六角の各面には、蓮台上にキリーク(阿弥陀)の種子と、「開山希融」をはじめ五十一名の名前が刻まれています。
正面には「開山希融平貞義 祐仙 奉読誦法華経一千部供養・・・」とあり、その他の面には、「・・・康永三年
甲申(一三四四)三月十七日 一結之諸衆 敬白」の銘文が読みとれます。
昭和五十四年に追加指定された板碑によると、この六角塔婆の供養塔は、鎌倉幕府滅亡に際し亡くなった主君・北
陸使君禅儀の十三回忌に当り、大聖寺の開山希融や開基の平(源)貞義らが法華経一千部を読誦し、供養した歳に
建てたと考えられます。銘文中の「平貞義」の平については源を改刻した可能性が高いようです。
平成三年三月
                            埼玉県教育委員会  小川町教育委員会 大聖寺

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東京都立川市柴崎町 「普済寺」の  国宝 六面石幢  指定:昭和28年(1953)11月14日
延文六年(1361)銘  
阿金剛・吽金剛の仁王像と、持国天・増長天・多聞天・広目天の四天王像を、それぞれ緑泥片岩の板石に
刻んである。
複雑な場所にあったため探すのに苦労しましたし、写真も非常に撮りにくい覆屋でした。
現在は、保存修理と新保存庫への移設を行うため、令和6年度(予定)まで拝観を停止しています。



『国宝 六面石幢』碑
あいにくの雨で文字が読めません
右側にちょっとだけ写っているのが覆屋です



埼玉県東毛呂山町宿谷の 埼玉県指定史跡 山根六角塔  指定:昭和6年(1931)3月27日


山根六角塔 説明版


埼玉県東松山市岩殿 「正法寺」の 埼玉県指定史跡 正法寺六面幢 指定:昭和5年(1930)3月31日


正法寺六面幢 説明版


埼玉県秩父郡長瀞町矢那瀬 埼玉県指定有形文化財 矢那瀬の石幢  指定:昭和30年(1955)11月1日
※指定名称は "矢那瀬の石どう" となっています


矢那瀬の石幢 説明版


群馬県太田市別所町 別所茶臼山古墳の墳頂の 別所円福寺・石幢
これは緑泥石片岩ではなく安山岩の石幢ですが、石幢つながりで講義の中で紹介されたものです。



別所円福寺・石幢 説明版

聴講日:令和6年(2024)3月9日(土)

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