超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

変身(メタモルフォーゼ)

2014-05-29 22:56:36 | 書籍
息子甘辛がまだ3歳そこそこの時にスーパーの魚売り場で舌足らずに「かあちゃん、へんしんだよ、へんしん。。。」と指差して嬉しそうに叫んだそうだ。「刺身」という文字に反応したらしい。漢字自体が分かるはずもないが、テレ番や絵本を眺めて「変身」という文字の読み方と意味を「画像」として理解していたらしい。これまで十数年、最近ウルトラ戦士はテレビ番組的には一息ついているところもあり、高校生になっても最新の仮面ライダー鎧武まで平成ライダーを毎週欠かさずにチェックしている。「変身」と言えば仮面ライダーである。ウルトラヒーローも一応は「変身能力」としているが、元々の宇宙人が地球人の「仮の姿」から元に戻るだけなので、自分になかった能力を身につける、という前向きな意味があまりない。私は「力と技の風車が回る」仮面ライダーV3の変身ポーズが最も美しいと思う。。。ってついつい変身談義に熱くなってしまったが、今回は別の話。

以前も記事にしたありがたい「本のつながり」でひょんなことからとあるお嬢様から師匠を通じて、一冊の本を奨めてもらった。東野圭吾さんの「変身」という著書である。ヒーローの変身ではなく、書物の「変身」と言ったら「カフカ」の有名な著書しか思いつかなかった。確か「ある朝起きたら何故か自分が大きな虫に変身していて・・・」一家を支えていて重圧が重なったあげく「虫」に変身したことで、皮肉にも一家は勤勉さを取り戻し、最後は自分は害悪をもたらすものとして見捨てられ、結果家族は解放感を得る・・・確かそんないかにもやり切れない顛末だったと思うが、この本には色々な解釈、感想を持つ人が多数いたのがすごいところだと思う。読んだ者ほぼ全てが同じような感想をもち、同様に感動する分かり易い著書も嫌いではないが、「何が言いたいのか諸説別れる」作品に古来から名作と言われるものが多い。

さて一方、東野圭吾さんの「変身」は、ずばり前回も話題にした「脳」の話である。脳と心、人格などを巧みに結びつけた正直言ってすごい話だ。お嬢様は確か息子甘辛よりもいくつか年下のようだから、多感な年齢であの書物をガッツリ読めるというのは強靭な好奇心と感受性をお持ちだと思われる。何せ後半には「こりゃー、ちょっと子供に読ませるのは・・・」という猟奇的なシーンも出てくるのである。映画にもなったらしいが、ストーリーは少し違うらしい。東野圭吾さんの著書というのはシーンを想像しやすいのかどんどん読み進められてしまう。何となく展開が読めそうな、それでいて微妙に意表を突かれたり・・・最後にハッピーエンドの期待に一矢報いるような救われるところがあるが、必ず少し何らかの禍根を残すような巧みなモノが多いと思う。

主人公は大人しく優しい画家志望の青年なのだが、ある日事件に巻き込まれ不幸にも銃で頭を打たれて脳に損傷を受けてしまう。世界初の「脳移植」という出術によって彼の命は助かり、順調に回復して退院までに至る。世界初の手術は人体実験のような「研究対象」でもあったが、そのままでは被害者の死亡が間違いないこと、手術の成功や被害者のプライバシーや入院費用などには絶大な黒幕がサポートする背景などがあり、世間の注目を浴びながらも極秘のうちに実現した。退院してからしばらくして、主人公の青年に少しずつ人格の変化が現れるのである。平凡で優しい人格が過激で直情的、ともすると凶暴とも思える性格が出現してくる。彼は嗜好や感性、五感の変化などに戸惑い、やがて移植した脳の影響ではないかという考えに行きつき、ドナーの関係者と接触しようとする。しかし、それは内密に教えられていたドナーとは直感的に異なると感じ、逆に全身が硬直するほどの反応に確信した本当のドナーとは意外な人物だった。

   

やがて、主人公の人格はどんどん乗っ取られつつあることを自覚し恋人とも別れるが、研究の進捗を何よりも優先する医療スタッフはそれを認めようとしない。気が付いたら殺意を持ってナイフを持ち出していたとか、諍いのあった相手を本気で焼き殺そうとしたり・・・自分ではない他人に「心」を支配されつつあるのを自覚する主人公の懊悩がまざまざと伝わってくる。後半などは半ばストーリー展開が予想できてどんどんスピードアップしていくが、再び読み返す気にはなれないようなシーンにも行きつく。恐ろしくおぞましく切ない話だが、恋人が「パンドラの箱」に最後に残った「希望」のような役割を果たし、少しだけ救われた気持ちになった。「・・・生きているというのは、単に呼吸をしているとか、心臓が動いているとかってことじゃない。脳波が出ているってことでもない。それは足跡を残すってことなんだ。後ろにある足跡を見て、たしかに自分がつけたものだとわかるのが、生きているということなんだ・・・」この図書で最も印象が強かったところだ。主人公の叫びがこの物語の多くを語っていると思われた。

しかし私は医学知識があるわけではないが、「これは遠い先の物語かフィクションである」という考えに達した。例えば脳に「人格を支配する部分」があるとする。「変身」ではこの部分を主人公が不幸にも損傷し、移植された部分がキモとなるが、脳も細胞・分子レベルでは代謝しているとすれば、組織そのものではなく神経細胞が形どる生体信号の伝達パターンとか伝達回路の構造が人の感情や人格を司ると仮定できる。だとすると決定的なのはドナーの脳は「これまでのように回路を増やすことはない」と導かれる。なんせ死んじゃってるんだから。。。。一方、主人公は脳を移植されて、その影響が出ていることはちゃんと自覚して(恐怖もして)いる。人格が特定の脳の神経回路とその信号伝達パターンに依存しているとすれば、自分の周囲にいる恋人や家族、同僚などにこれまで同様のつながりを重ねていくオリジナルの脳の主が死んだ後「時が止まっている」脳破片などに支配されるはずがない。元あった脳が「外来部」に影響を受けながらも、次第に飲み込まれると考えるのが自然だろう・・・(あんまり読書感想文になってないですねー)

私はこれを読んだ時、ふとブラックジャックの「絵が死んでいる」という物語を思い出した。南海の楽園のような島で自然に囲まれゴギャンは絵を描いていたが、ある国の核爆発実験により島は壮絶に死に絶えた。彼は放射線生涯、ケロイド、腫瘍などどこから手掛けてよいか分からないほど症状だったが、「どうしてもあの地獄を絵に残したい」という願いに、ブラックジャックはできた絵を手術代にあてるという約束で手術に踏み切った。それは直前に心臓麻痺で死亡した肉体にそのまま脳を移植する方法だったのだ。肉体は脳(精神)に支配され、新たなゴーギャンとなって絵を描き続けほとんど完成しブラックジャックは満足する。しかしゴーギャンは放射能症に苦しみながらでなければあの惨状は描けない、つまり「絵が死んでいる」と言って筆を投げてしまう。ブラックジャックは約束通り絵をもらっていくが、売らずにとっておいたところ、いよいよ放射線により脳を冒され始めた彼がやってきて、最後に絵は完成する。ブラックジャックが最後に「いや、手遅れではなかった・・・」満足そうな死に顔を見てつぶやく。

この物語の最後にゴーギャンの言った言葉が「変身」と強力に結びついたのだ。「先生、今度はボクの脳を取り換えるというんじゃないでしょうね。この脳はボクのもんですよ。死ぬまでボクが使いますからね」つまりは肉体は脳に支配され、脳が宿る器が「自分」という人格である。「変身」ではそれが中途半端だったため、他人の人格に乗っ取られそうになるという現象を招いたが、もしブラックジャック方式だとしたら、青年は全くドナーそのものになってしまったろう。脳の病気になったり手術を受けたりすると「性格が変わってしまう」ということは現実にあるそうだ。他人の移植脳が作用して人格が変わってしまうのはいかにも恐いことだが、そういうイレギュラーなことなしに自分に別の人格が現れたら、その方向によっては歓迎すべき時だってあると思われる。行動パターンが一つしかないより、多様性があった方が何事も有利のような気がするから(分裂は困るが)。

先の「脳を鍛える」編でも書いたように、脳であっても分子・細胞レベルでは新陳代謝があるのであれば、組織そのものもある必要はなく、神経回路のパターンや信号の進み具合が解明されればそれだけコピーすれば脳そのものもなくても「人格」を作れることになる。生命は無理でも思考パターンくらいはいずれ作れそうな気がするから、改めて二つともすごい話だなーと感じる。しかしウルトラコンピューターがある人格を形成できたとしても、元の脳を超えることはないというのは日常で体験している。私などしょっちゅうだ。同じようなシチュエーションでも時によって「何となく」判断や表す感情を変えてしまう「気紛れ」が人間にはあるからだ。神経回路のパターンが思考を表すとしたら、その組み合わせはほぼ無限にあるはずだ。性格や行動パターンはただその傾向が高いというだけだ。実はそういう話は実に50年も前にルパン3世の「先手必勝コンピューター作戦」に登場するのである。ルパンの言葉「人間のきまぐれってヤツさ・・・」さすがの万能コンピューターも無限の気紛れは予想できないだろう。

脳や人間の身体というのは不思議なものだ。生命の尊厳や魂の存在などと言う話は得意ではないが、これからも未知の分野はなくならないとしても、次々と色々なことが解明されてくると思う。息子甘辛に「ブラックジャックで一番の名作は何だと思う?」と問うと、迷わずに「本間血腫!」と答える。ブラックジャックの尊敬する恩師本間丈太郎が発見した謎の疾患で、本間は治る確信のないのに行った手術を咎められ引退に追い込まれる。本間の「原因が分かるまで手術は厳禁」というメッセージをあえて破りブラックジャックは人工心臓を使用して手術にい挑む。しかし「医学の限界を知る」と予言された通り、疾患の原因は精巧に作られた人工心臓の故障によるものだったのだ。本間医師お死に際の言葉「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは…お、思わんかね……」
いずれ現実のものになるかもしれないが、「変身」はこれに真っ向から挑戦した話だと思えた。


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