超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

変身(メタモルフォーゼ)

2014-05-29 22:56:36 | 書籍
息子甘辛がまだ3歳そこそこの時にスーパーの魚売り場で舌足らずに「かあちゃん、へんしんだよ、へんしん。。。」と指差して嬉しそうに叫んだそうだ。「刺身」という文字に反応したらしい。漢字自体が分かるはずもないが、テレ番や絵本を眺めて「変身」という文字の読み方と意味を「画像」として理解していたらしい。これまで十数年、最近ウルトラ戦士はテレビ番組的には一息ついているところもあり、高校生になっても最新の仮面ライダー鎧武まで平成ライダーを毎週欠かさずにチェックしている。「変身」と言えば仮面ライダーである。ウルトラヒーローも一応は「変身能力」としているが、元々の宇宙人が地球人の「仮の姿」から元に戻るだけなので、自分になかった能力を身につける、という前向きな意味があまりない。私は「力と技の風車が回る」仮面ライダーV3の変身ポーズが最も美しいと思う。。。ってついつい変身談義に熱くなってしまったが、今回は別の話。

以前も記事にしたありがたい「本のつながり」でひょんなことからとあるお嬢様から師匠を通じて、一冊の本を奨めてもらった。東野圭吾さんの「変身」という著書である。ヒーローの変身ではなく、書物の「変身」と言ったら「カフカ」の有名な著書しか思いつかなかった。確か「ある朝起きたら何故か自分が大きな虫に変身していて・・・」一家を支えていて重圧が重なったあげく「虫」に変身したことで、皮肉にも一家は勤勉さを取り戻し、最後は自分は害悪をもたらすものとして見捨てられ、結果家族は解放感を得る・・・確かそんないかにもやり切れない顛末だったと思うが、この本には色々な解釈、感想を持つ人が多数いたのがすごいところだと思う。読んだ者ほぼ全てが同じような感想をもち、同様に感動する分かり易い著書も嫌いではないが、「何が言いたいのか諸説別れる」作品に古来から名作と言われるものが多い。

さて一方、東野圭吾さんの「変身」は、ずばり前回も話題にした「脳」の話である。脳と心、人格などを巧みに結びつけた正直言ってすごい話だ。お嬢様は確か息子甘辛よりもいくつか年下のようだから、多感な年齢であの書物をガッツリ読めるというのは強靭な好奇心と感受性をお持ちだと思われる。何せ後半には「こりゃー、ちょっと子供に読ませるのは・・・」という猟奇的なシーンも出てくるのである。映画にもなったらしいが、ストーリーは少し違うらしい。東野圭吾さんの著書というのはシーンを想像しやすいのかどんどん読み進められてしまう。何となく展開が読めそうな、それでいて微妙に意表を突かれたり・・・最後にハッピーエンドの期待に一矢報いるような救われるところがあるが、必ず少し何らかの禍根を残すような巧みなモノが多いと思う。

主人公は大人しく優しい画家志望の青年なのだが、ある日事件に巻き込まれ不幸にも銃で頭を打たれて脳に損傷を受けてしまう。世界初の「脳移植」という出術によって彼の命は助かり、順調に回復して退院までに至る。世界初の手術は人体実験のような「研究対象」でもあったが、そのままでは被害者の死亡が間違いないこと、手術の成功や被害者のプライバシーや入院費用などには絶大な黒幕がサポートする背景などがあり、世間の注目を浴びながらも極秘のうちに実現した。退院してからしばらくして、主人公の青年に少しずつ人格の変化が現れるのである。平凡で優しい人格が過激で直情的、ともすると凶暴とも思える性格が出現してくる。彼は嗜好や感性、五感の変化などに戸惑い、やがて移植した脳の影響ではないかという考えに行きつき、ドナーの関係者と接触しようとする。しかし、それは内密に教えられていたドナーとは直感的に異なると感じ、逆に全身が硬直するほどの反応に確信した本当のドナーとは意外な人物だった。

   

やがて、主人公の人格はどんどん乗っ取られつつあることを自覚し恋人とも別れるが、研究の進捗を何よりも優先する医療スタッフはそれを認めようとしない。気が付いたら殺意を持ってナイフを持ち出していたとか、諍いのあった相手を本気で焼き殺そうとしたり・・・自分ではない他人に「心」を支配されつつあるのを自覚する主人公の懊悩がまざまざと伝わってくる。後半などは半ばストーリー展開が予想できてどんどんスピードアップしていくが、再び読み返す気にはなれないようなシーンにも行きつく。恐ろしくおぞましく切ない話だが、恋人が「パンドラの箱」に最後に残った「希望」のような役割を果たし、少しだけ救われた気持ちになった。「・・・生きているというのは、単に呼吸をしているとか、心臓が動いているとかってことじゃない。脳波が出ているってことでもない。それは足跡を残すってことなんだ。後ろにある足跡を見て、たしかに自分がつけたものだとわかるのが、生きているということなんだ・・・」この図書で最も印象が強かったところだ。主人公の叫びがこの物語の多くを語っていると思われた。

しかし私は医学知識があるわけではないが、「これは遠い先の物語かフィクションである」という考えに達した。例えば脳に「人格を支配する部分」があるとする。「変身」ではこの部分を主人公が不幸にも損傷し、移植された部分がキモとなるが、脳も細胞・分子レベルでは代謝しているとすれば、組織そのものではなく神経細胞が形どる生体信号の伝達パターンとか伝達回路の構造が人の感情や人格を司ると仮定できる。だとすると決定的なのはドナーの脳は「これまでのように回路を増やすことはない」と導かれる。なんせ死んじゃってるんだから。。。。一方、主人公は脳を移植されて、その影響が出ていることはちゃんと自覚して(恐怖もして)いる。人格が特定の脳の神経回路とその信号伝達パターンに依存しているとすれば、自分の周囲にいる恋人や家族、同僚などにこれまで同様のつながりを重ねていくオリジナルの脳の主が死んだ後「時が止まっている」脳破片などに支配されるはずがない。元あった脳が「外来部」に影響を受けながらも、次第に飲み込まれると考えるのが自然だろう・・・(あんまり読書感想文になってないですねー)

私はこれを読んだ時、ふとブラックジャックの「絵が死んでいる」という物語を思い出した。南海の楽園のような島で自然に囲まれゴギャンは絵を描いていたが、ある国の核爆発実験により島は壮絶に死に絶えた。彼は放射線生涯、ケロイド、腫瘍などどこから手掛けてよいか分からないほど症状だったが、「どうしてもあの地獄を絵に残したい」という願いに、ブラックジャックはできた絵を手術代にあてるという約束で手術に踏み切った。それは直前に心臓麻痺で死亡した肉体にそのまま脳を移植する方法だったのだ。肉体は脳(精神)に支配され、新たなゴーギャンとなって絵を描き続けほとんど完成しブラックジャックは満足する。しかしゴーギャンは放射能症に苦しみながらでなければあの惨状は描けない、つまり「絵が死んでいる」と言って筆を投げてしまう。ブラックジャックは約束通り絵をもらっていくが、売らずにとっておいたところ、いよいよ放射線により脳を冒され始めた彼がやってきて、最後に絵は完成する。ブラックジャックが最後に「いや、手遅れではなかった・・・」満足そうな死に顔を見てつぶやく。

この物語の最後にゴーギャンの言った言葉が「変身」と強力に結びついたのだ。「先生、今度はボクの脳を取り換えるというんじゃないでしょうね。この脳はボクのもんですよ。死ぬまでボクが使いますからね」つまりは肉体は脳に支配され、脳が宿る器が「自分」という人格である。「変身」ではそれが中途半端だったため、他人の人格に乗っ取られそうになるという現象を招いたが、もしブラックジャック方式だとしたら、青年は全くドナーそのものになってしまったろう。脳の病気になったり手術を受けたりすると「性格が変わってしまう」ということは現実にあるそうだ。他人の移植脳が作用して人格が変わってしまうのはいかにも恐いことだが、そういうイレギュラーなことなしに自分に別の人格が現れたら、その方向によっては歓迎すべき時だってあると思われる。行動パターンが一つしかないより、多様性があった方が何事も有利のような気がするから(分裂は困るが)。

先の「脳を鍛える」編でも書いたように、脳であっても分子・細胞レベルでは新陳代謝があるのであれば、組織そのものもある必要はなく、神経回路のパターンや信号の進み具合が解明されればそれだけコピーすれば脳そのものもなくても「人格」を作れることになる。生命は無理でも思考パターンくらいはいずれ作れそうな気がするから、改めて二つともすごい話だなーと感じる。しかしウルトラコンピューターがある人格を形成できたとしても、元の脳を超えることはないというのは日常で体験している。私などしょっちゅうだ。同じようなシチュエーションでも時によって「何となく」判断や表す感情を変えてしまう「気紛れ」が人間にはあるからだ。神経回路のパターンが思考を表すとしたら、その組み合わせはほぼ無限にあるはずだ。性格や行動パターンはただその傾向が高いというだけだ。実はそういう話は実に50年も前にルパン3世の「先手必勝コンピューター作戦」に登場するのである。ルパンの言葉「人間のきまぐれってヤツさ・・・」さすがの万能コンピューターも無限の気紛れは予想できないだろう。

脳や人間の身体というのは不思議なものだ。生命の尊厳や魂の存在などと言う話は得意ではないが、これからも未知の分野はなくならないとしても、次々と色々なことが解明されてくると思う。息子甘辛に「ブラックジャックで一番の名作は何だと思う?」と問うと、迷わずに「本間血腫!」と答える。ブラックジャックの尊敬する恩師本間丈太郎が発見した謎の疾患で、本間は治る確信のないのに行った手術を咎められ引退に追い込まれる。本間の「原因が分かるまで手術は厳禁」というメッセージをあえて破りブラックジャックは人工心臓を使用して手術にい挑む。しかし「医学の限界を知る」と予言された通り、疾患の原因は精巧に作られた人工心臓の故障によるものだったのだ。本間医師お死に際の言葉「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは…お、思わんかね……」
いずれ現実のものになるかもしれないが、「変身」はこれに真っ向から挑戦した話だと思えた。

脳を鍛える

2014-05-25 07:36:18 | 出来事
最近、偶然にも「脳の力」という話題に触れることが多い。東京ビッグサイトで開催されている「教育ITソリューションEXPO」で「速読」に関するセミナーや教材を紹介するブースで立ち止まった。仕事上、直接関連性は薄いのだが、前に立てかけてあった看板に目が釘付けになってしまったのだ。
「10秒で読むことができますか?」
「人間の能力は、天才と凡人を比べてもじつは大差ないということがわかってきました。同じように勉強しているのに成果が上がる人と上がらない人がいるのは「頭の出来」だと思っている人も多いようですが、そうではないのです。ではなぜ、成果を出せる人と出せない人に分かれるのでしょうか。その差は能力の違いではなく、脳の使い方によって生じるものだから、ということはもはやいうまでもありません・・・」ここまでで4割くらいだ。「速読トレーニング」というブースだから意識的に全速力で読み取って約20秒弱、私は「いいスピード」の分類に入った。ちなみに10秒以内が「すばらしい」、1分以内だと「普通」、2分以上かかると「めざせスピードアップ」ということになる。

「脳をトレーニングする」というのは色々な分野で話題になっている。それも「目」と関係するものが多い、甘辛が持っているDSのゲームも基本的に視覚と記憶に関するものが多い。会場で速読トレーニング体験をさせてもらったが、モニターに縦・横の順に現れるマークを目だけ動かして追いかけたり、縦横無尽に現れる単語を両目でできるだけたくさん補足したり、高速でスクロールする文章を中央を睨みながら読んだり・・・つまりは「眼力を養う」種類のもののようだ。私が生まれて50年近く経ても裸眼でいられるのは、(視力検査の前だけだが)「マジック・アイ」という絵本を使って、「目から入る情報を脳内で象に作り上げる」トレーニングをしているからで、近眼でないとか目自体がよいわけではないと思っている。

「人間の脳は入力される情報の大部分を視覚優先で処理している」とANAの「ヒューマンエラー防止研修」でまざまざと見せつけられた。
「最後にちょっと簡単なテストに協力してください。私の言った通りにして答えてもらうだけです。
この研修を受けていただいて、エラー発生のメカニズムが少しは理解できたと思った方、右手を胸に当ててください」
私を含めて会場全員が講師がした通りに右手を胸にあて、ちょっとした拍手も起こった。
「ではヒューマンエラーを防ぐ効果のある取り組みを明日から行ってみようと思った方、右手を頭に持って行ってください」
全員ではないが、大半の人が右手を顎に持って行き、しばらくして大きなどよめきが起こった。そう、講師は自分の右手を「顎」に持って行ったのである。つまり我々は「明日から取り組む?」という問いに反応し、その回答方法は講師の動作につられてしまったのである。いかに「目」が大事ということか!

また先日、KICKPOP師匠のサイトに久々にお邪魔して記事を拝見したとき、思わず扇子で膝を打った。それは「脳も筋肉と一緒で「使った部分がどんどん鍛えられていく」ということだった。怒ってばかりいる人は脳の怒る部分が鍛えられ・・・いつも楽しいことを考えている人は脳の楽しみを感じる部分が鍛えられ・・・悲しみ、慈しみ、心配、リラックス、妬みや恨み、優しさなど、心の働きと関係する脳の部分があり「そればっか」していると当該部が鍛えられる(てしまう)ということなのだ。私は目の覚める思いだったが、1日6万回もの考え事をしていると言われる人の頭で、自分はどこを鍛えているのか考え込んでしまった。慈しみや優しさを持とうと鍛えたいところだが、そのような聖人君主ではない。かと言っていつも怒っているわけではないし、心配事は人並みにあるが妬んだり恨んだりしてばかりいるわけでもない。人間だからバランスよく鍛えるか、リラックスしてどこも鍛えずにぼーっとしているかでいいんじゃないかと思う。

確か仙台だっただろうか、新年度にあたってどんな仕事上の目標をもつか、挨拶もかねてお話し申し上げた時に、どこかの記事で見つけ印象に残っていた「脳」の特性を取り上げた。色々な角度から研究されているようだがその記事では「脳はインプットよりもアウトプットにより活性化する。」というものだった。ここで言うインプットとは学習すなわち「知識の習得や詰め込み」であり、アウトプットとは「形にして外部に表す」ということである。「失敗しても後フォローはしてあげるから、考えてばかりいないでどんどんアウトプット出そうぜ」などと熱血社員みたいに締めくくっていた。どこで見た記事なのか忘れてしまったがとある脳科学者の談話にあったもので、「未知のスワヒリ語を40単語記憶する」というものだ。

全問被験者グループを4つに分け、スワヒリ語の単語を40語学習して覚えたかどうか試験することを全問正解するまで繰り返す。
Aグループ:試験を行って間違いがあったら、再び40語全部を学習し、40語全部を試験する。
Bグループ:試験を行って間違いがあったら、間違った単語のみを学習し、40語全部試験する。
Cグループ:試験を行って間違いがあったら、40語全部学習し、間違った単語のみ試験する。
Dグループ:試験を行って間違いがあったら、間違った単語のも学習し、間違った単語のみ試験する。
誰が見てもわかるように、Aグループが一番真面目で、Dグループが一番手抜きである。ところが全問正解までに至る時間はどのグループもほぼ同じだったと言うのだ。ちなみに私が社会人になって様々なe‐ラーニングを行ったが、ほぼ全てがDグループのスタイルである。手抜きのように見えるが全問正解までの時間が同じようなものなら「効率はよい」とも言える。

ところがこの実験の主題はここからなのだ。数週間たって、再び同グループに40語の単語テストを行ったところ・・・Aグループの正解率は81%、Dグループの正解率は36%だった。これは何となく理解できる。入試勉強など長期間にわたるものに「一夜漬け」は効かないのは経験的に知っているから。問題は似たような手間暇をかけているBグループとCグループだ。何とBグループはAグループと同じ81%、CグループはDグループは36%だったのだ!「学習」は脳にとってみれば「入力」、「テスト」は脳にとってみれば「出力」、つまり脳は「出力」を基準にしてそのパフォーマンスが変化するというのである。詰め込むだけでは鍛えられず、「使ったもん勝ち」ということだ。進学塾などではやたら小テストが多いのはこの脳の特質を知ってか知らずか、かなり合理的なもののようだ。先程のKICK師匠の逸話にも通じるものがあるだろう。

そして私は「考えてばかりいる当該部位が鍛えられる」という師匠の説と「出力を基準にしてパフォーマンスを発揮する」という実験結果をつなぎ合わせ、画期的なことを思い付いた。これも6万個の考え事の一つなんだが、「よくないことはアウトプットしない」ということである。
怒った時や悲しみにくれた時はそういう顔をしたり言葉を発しない。後先の心配をあまりしない。誰かや何かを妬んだり、恨んだりする時もそんな気配をつゆと見せず・・・・逆に楽しいことは常に「あれやるべ、これやるべ」と騒ぎたてる。満員電車では年寄りに席をゆずり、海岸でゴミを見つけたら拾ってゴミ箱へ捨てる。リラックスした時は「あ~、極楽、極楽」と口に出す・・・なーんだ、良識ある人なら普段からそうじゃん。

人間の細胞は約60兆、組織などによるが大体数年で入れ替わると聞いている。あくまで細胞・分子レベルの話しだろうが、脳の細胞も新陳代謝しているということになる。そのサイクルは色々あろうが、先程の「・・・してばかりいる脳の部位」は新陳代謝が激しく、神経細胞の回路がより強固なものになっていく、と仮定すれば「鍛えられる」というのも説明できるのではないか。目を使って考えて脳を鍛える。。。私が最も得意(というか好きなだけ)とするトレーニング方法がごく身近にあった。「まちがいさがし」である。みなさん、10個発見できますか?
今度のもかなり手強いよ~。
(しかしこの取りとめもない記事を読み返すと私の脳はあまり鍛えられてはいないことがわかってしまう・・・)
  
    


朋あり遠方からビーチバレーに来たる

2014-05-21 22:41:19 | スポーツ・健康
週末、絶好の海日和の中、約1年ぶりに元勤務地の群馬やお隣の埼玉から若手たちがビーチバレーにやってきた。その後我が家で大宴会を行うことになっている。「湘南でビーチバレー&飲み会」ツアーはこれで2度目になるが、きっかけは初回のさらに半年前、海辺を散歩していた我々がばったり元同僚のじろーくんと出会った時だと思う。「埼玉の友人たちとビーチバレーに来る」と言っていたのは「あんな遠くからわざわざ遊びには来ねえだろ」と聞き流していたのだが、暇つぶしにぶらぶら歩いていたらホントに来ていたのだ。確かその日は季節外れの江の島花火大会の日だった(記事にしたような気がする・・・)。その後、サーフボードを抱えて海辺を再び歩いてきた私を見て「ホントにやってるんですか?!」と驚いたものだ。

それから半年くらいして私の知人でも有数の活動派であるじろーくんは、同僚やルーキーズたちに声をかけ、早朝に高崎を出立し、湘南新宿ラインで実に2時間45分もかけサーフビレッジにやってくるのである。同僚の若者たちが我が庭でビーチバレーするのに黙ってみている私ではない。いつもボードを抱えて横を通り過ぎるばかりで、ビーチバレーとはあまりやったことはないが、高校時代から対組競技でバレーボールなら、得意にならしていたからできるはずだ。自分は早朝に「ひと乗り」してしまった後だったが、「もしかして若い人は珍しがってやってみるかも」とサーフボードを持って東城した。すると二人のルーキーズが果敢に挑戦し、初めての「波乗り」体験を果たして大喜びだったのだ。ビーチバレーも大いに盛り上がり、「じゃー、オレんちで打ち上げでもやっか」と我が家に招待したのだった。

たまたま遊びに寄っていたお友達夫婦のパパの方が何とじろーくんの元同僚!それに埼玉から駆けつけていた「しぶやん」も入社時に世話になったらしいのだ。思わぬサプライズに妻も腕を振るっての大宴会となって盛り上がった。体力の限界に挑戦のようなツアーになってしまい、皆帰宅したのは深夜になったようだが、すごく喜んでくれたのが嬉しく「また来ないかなー」と思っていた。昨年11月に再びじろーくんが企画して予定していたのだが、あいにく台風来襲に合ってしまい、高崎駅で解散。。。昨年と同様のこの時期にじろーくんが幹事活動に大活躍しリベンジとなったのだった。前回は「せっかく近所に来たんだから寄ってきなよ」レベルだったのだが、たまたま買っておいた生しらすが大好評だったので、今回はもう少しちゃんとした「おもてなし」をしようかと考えた。

「今回はサーフィン講座は有でしょうか?」というじろーくんのさりげない「フリ」には「あいつ、プレッシャーかけやがって・・・」と重責を感じたものだ。念のため前日も午後から海岸に繰り出したら、たまたま初心者用スクールを開催していたので(やっているであろう時間を狙ったんだけど)すぐ横でストレッチするふりをして聞き耳を立てていた。「目をつむってリラックスして直立し、そっと後ろから肩を押してあげたときに、つんのめって出す側の足が前」だそうだ。左足が前ならレギュラースタンス、右足が前ならグーフィスタンスとなる。(これはスノボでも同じらしい)上手な人のスタイルを見ることはあるが、サーフィンなんて自己流にやるものだから「初めて」という人にどうレクチャーするかなどわかるはずがない。取りあえず陸地でスクールが行っていた「基本形」をやり、後は我々が初心者の時にしてもらったように、「あらかじめボードに腹ばいにさせて、波が来たらスピードに合わせて押してあげる」ということにした。

妻は前日から買い出しにでかけ、色々と仕込みを行っている。知り合いの酒屋に連絡して生ビールサーバーも配達してもらった。私の役目は「生しらす」の調達である。HPでいくつかの直売店を見ると「漁の結果によるので予約したほうが確実」と書いてあるので、何軒か電話してみると「当日にならなければ分からない。何時に上がるか約束できない。少ない場合は一人1パック・・・」人気メニューだから高飛車なのか、単に漁師の店だからぶっきらぼうなのか・・・昨年じろーくん達がやってきた時は「試しにあるかどうか」見に行っただけなので、不漁ということで1パックしか売ってもらえなかった。当日の朝になってその店に電話してみると「上がってますよー。ただ少ないからお早目にね」というおばさんの答えだ。開店までは30分あるが、予約ができないというから行ってみて「無い」と困るからポインター号にクーラーを搭載して出動した。戸の閉まった店の前でクーラーBOXの上に座っていると「まあまあ早くから・・・さっきの方ですね。少し早いけどいいですよ。」おばさんは笑って店に入れてくれた。

  

すぐ後に夫婦連れの客が入ってきたのを見て奥にいた主人は「今日は一人2パックかなあ・・・」そこへ私は拝むように「朝早くから電車でこっちに向かってくる客があるんです。海のない群馬から来るんで何とかもう少し・・・」「何人くらいくるの?」「20人ですけど。。。4つくらいは頂けませんか?」「へーえ。遠くからくるんだね。他に言っちゃだめだよ」おばさんは冷蔵庫から4つパックを取り出してすばやく包んでくれた。うーむ。。。電話は無愛想だが中々話のわかる親切なおばさんだ。これでミッションの一つはクリア!1kgもあるから、前回よりは腹を満たすことができよう。私は一旦帰宅して戦利品を冷蔵庫に入れると再びポインター号で海岸線をいつもの散歩の終点、片瀬漁港に向かった。朝水揚げされた魚をGETするためである。「アジとかだったら思い切ってたくさん買わないと足りないよ」妻にクギを刺されていた。

毎週日曜日は直売所で朝一が開かれ、生きてる魚まで購入できるが、大体はすごーく早くから並んでいる(列の場所取りをしている)飲食店などに持っていかれ、目を見張るような魚は無くなっているのが普通だ。(向こうも商売だからね)あんまり人がいないので不思議に思っていたら、何と会場時間が1時間ずれていたのだ。魚を入れるかごを渡されて入場すると大きい魚はないものの、まだ結構残っているようだ。色んな魚があったが人によって食べる魚が違うのも妙だから、全部アジに統一した。私自身が下すことができるし、新鮮なヤツは高級魚に負けないくらい美味しく、そして安いからだ。中くらいのアジだったが20匹、それに小型のスルメイカ1袋(20匹入り)を購入しクーラーBOXに入りきらなかったので、蓋を開けたまま抱えてポインター号に乗った。

      

思わぬ会場時間のずれのために昼近くになってしまい、合流するつもりの時間が近づいてきてしまった。妻は料理系は全部自分でさばくつもりだったらしいが、他にも色々メニューがあるらしいのに20匹ものアジを下ろさせるわけにもいかぬ。私がサーフィンするところなどは珍しがって見物に来るだろうから、かっこよく滑るために隠れて練習しておこうと思っていたが、時間がないので諦めた・・・とりあえず3枚に下ろして、私の不得意な肋骨?部と皮部の切除は共同作業にし、小骨を棘抜きで除去する作業に入った。シニアグラスをして隣で魚を捌く妻を見て「(年は取りたくねーもんだ)」と思ったが、透明で小さな小骨めがけて棘抜きをかまえた時「あっ、あれ?」目のピントが中々ぴったり合わないのである。もしやいよいよ私にも・・・?!隣で妻が「おいでおいで」をしているような気がした。しかし20匹分40枚の山積みされた切り身の小骨抜きは想像を絶する絶望的な苦行であった。キッチンの高さが妻の身長に合わせてあるため、5センチ高い私は中途半端に屈むことになり、みるみる腰が痛くなってきた

  

1時間の苦行を何とか乗り越えた時はとても運動するような状態でなくなったが、後を妻に任せ無理矢理ストレッチして出掛ける準備をした。最高気温は25度で雲一つない最高の陽気だが、午後になって風が出てくると海上がりは意外に寒いものなので着替え用ラッシュガードを何枚か用意してリュックに詰めた。ピンククルーザー号にサーフボードを搭載し、凝り固まった腰をトントンしながらサーフビレッジに着いたのは1時を回ったところだった。前回同様「しぶやん」が持参した「マイ・ビーチバレー・セット」を使って彼らは一戦終えたところなのか、まったりと休憩しているところだった。分からなかったらそのまま横をスルーして、少し海で慣らそうと思っていたが、前回初めて会った「かなりん」と同僚の初登場「ユッキー」が気付いたらしく2人で走って出迎えてくれた。

「やあ、こんにちは」とあいさつすると新たな仲間もかなり加わっていた。お馴染みの「じろーくん」に「しぶやん」、「この日のために1年ビーチバレーの練習をしてきた」という「いっけい」だが実はこの3人はスポーツに関しては万能選手ではないかと踏んでいる。前回サーフィンに初挑戦した「しげちゃん」、同じ若手の兄貴分として人気の「うっしー」も恐らくバリバリの体育会系だ。駐屯地のソルジャーの後任としてやってきた「とんちゃん」はどちらかというと「出川路線」でいいキャラをしていた。年の差ついに四半世紀!今年のルーキーズからは3人、「しばちゃん」「はるちゃん」「こーちゃん」である。それぞれゴリ系、ミニモニ系、チョイケメン系である。はるちゃんは一見「ビーチバレーならお父さんが肩車してあげよう」と言いたくなるノリだが、サーブの鋭さ、動きの敏捷性からみて侮れない運動能力と見たがマラソンを走るという。

ユッキーは埼玉からの合流組で初参加だが、初めて会ったとは思えないような気さくなキャラでずーっと前から仲良しだったような気がした。しげちゃんと同期のこれまた初登場「あやぴん」もミニモニ系だが好奇心旺盛でなんとしげちゃんとしばちゃん(紛らわしいからゴリさんと改称)と3人で果敢にサーフィンにチャレンジし、完全に初めてなのにもう少しでテイクオフというところまでできた。男子のように余計な筋肉に力が入らず、浮力が使える分上達は早いようだ。皆でビーチバレーで盛り上がったが、いっけいとは異なり不覚にも1年ぶりのプレーとなってしまった私は腰痛にも襲われ「オレってこんなにバレー下手だったっけ?」などと凡プレーを連発したのが悔やまれる。

  

「早めにおいで」と言って若干の買い物を残っていた私は先にサーフビレッジを後にした。帰宅すると仲良し夫婦がやってきていて、すっかり大宴会の準備は出来上がっていた。結構社員数の多い会社のはずなんだが、こんな人数でも色々なところでつながっている。今回のメンバーは半分以上が初登場だったのだが、初めて会った気が全くしない連中だ。肝心の仕事のことはよく知らないが、誰とでも仲良しになれるコミュニケーション能力、運動神経とチャレンジ精神、そして何よりも回遊魚系の香り・・・よくよく我が方は「デキるヤツ」が多いらしい。
ビールサーバから生をたらふく飲み、パパのお土産日本酒を堪能して珍しい湘南の生シラスにアジや妻のメニューに皆喜んでもらえてよかった。

翌日、仕事だったから早くお開きにしてやるべきだったが、あまりの楽しさに夜は更けていき気が付くと私は撃沈・・・じろーくんたちは再び湘南新宿ラインで帰って行ったようだが、高崎に着いたのは日付が変わる頃だったという。もう同僚ではないから友である。「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」慣れ親しんだ庭のようなたかが砂浜だが、こうして集まって遊びに来てくれるのは誇らしくて嬉しいものだ。あの連中を見ていると宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長になった気分になる。「完結編」で水惑星に20回目のワープを許してしまい、地球水没の危機に見舞われた時に彼が長官に放つ言葉「だが私は絶望はせぬ。この若者たちと『ヤマト』のある限り・・・」
絶望なんていう大袈裟なことでもないが「この若者たちある限り」というのはよく感じるのだ。
皆さん、お疲れ様でした。またおいでねー。

ラーメン王国の一部を制覇

2014-05-17 16:49:34 | 食べ物
現職に着任以来、主に仙台・札幌には頻繁に足を運ぶようになった。今年になって既に搭乗回数も二桁に達し、この調子で行けば先日航空会社から送られてきた一番格下の「何とか」いう特典カードからアップグレードとなるのもそう遠くないだろう。先日、前泊のためだけに午後のフライトで札幌に向かったが、時間がかなり余裕があったのでクーポンを使って「空港ラウンジ」というものに初めて入ったが、サッポロ、キリン、アサヒとちゃんと3種類ある生ビールやウィスキーは飲み放題、つまみもあって中々快適な空間だった。ただ朝早い便を使用することが多いので、出発前のひと時としては中々利用する機会がない。新千歳空港までの飛行時間は1時間30分くらいだが、法人契約している旅行会社を通してチケットを発行してもらうことになっており、空いていればエコノミーよりワンランク上の席を取ってもらえるから楽チンだ。

地方出張が多いとお土産や土地の名物メニューなどが楽しみの一つになるはずだが回遊魚系(というか実はお化けが大嫌い)の私はホテルに宿泊する出張をあまり好まないため、必然的に「夜の部」は少なくなってしまい、名産物は限られることになる。仙台などでは「牛タン」以外はほとんど社員食堂で済ませてしまうが(他に色々おいしいものはあるだろうけれど、札幌では空港を初めJRタワービル、すすきのなど昼休みの時間を果敢に利用して名物を追いかけている。それでも北海海産物、ジンギスカンなどはどうしても夜の部中心になってしまうから、昼のターゲットは「札幌ラーメン」に集中してしまう。かの国の「制覇計画」を立てたことは「ラーメンの王国への進撃」編で書いた。狙い処は空港の「ラーメン道場」と駅ビルの「ラーメン共和国」、入った店のテーブルの下には群馬勤務時代の手に入れた「エジサンシール」を張って進出の目印にしていたが、途中で通過する位置にあるので、かなりのペースで制覇することができた。そして、まずは「ラーメン道場」を制覇する日がやってくるのである。

先日、札幌へ出張したとき、米大統領来日の影響を見てかなり早い便を利用したが、予想外に順調にほぼ定刻に新千歳空港に着陸してしまった。時間は朝の9時過ぎで、札幌までの移動時間を抜いても1時間以上余裕がある。試しに空港の「札幌ラーメン道場」に行ってみると薄暗い回廊の中で2軒くらいの店が開いているようだ。私はあと2軒で制覇というところまで来ていたが、幸い残った2軒のうち、「雪あかり」という店がやっていたので、いつもの「味噌ラーメン」を注文した。朝飯は食っていなかったからその日の朝ラーである。札幌駅まで行って打合せを行うビルのロビーで待ち合わせ、無事に会合を終えて札幌オフィスの「うえさん」と出てきたのが11時半、我々のビルまでは20分かかるが陽気もいいし、一本道だから散歩がてらてくてく歩くことにした。オフィスの近くまで来ると昼前くらいの時間となり、うえさんは「今なら『千寿』入れると思いますよ。行ってみましょう」千寿というのは周辺ではかなり人気の老舗のラーメン屋で昼を過ぎて訪れると店の外にいつも長い行列ができていて、入れたことがない。

「空港で既に1杯食ってきて・・・」と言い出せずに、そのまま暖簾をわけて店に入ってしまった。小さな古い店でメニューは醤油と味噌しかない。名店にありがちなシンプルでこじんまりしたところだった。朝ラーが味噌だったのだが、せっかく札幌だからここでもやっぱり味噌を注文した。その日2杯目だがなかなかコクがあって、人気が出るというのがわかるような独特な風味があった。自分たちのオフィスで数社と複数回に分けて意見交換会を行い15時過ぎにすべての予定が終了した。帰りの便は17時、あまり余裕はないので急いでオフィスを出ようとしたが、最後の打合せを行った協力会社が札幌の駅ビルにオフィスがあるので送ってくれるという。駅から相当離れているのでいつもは時間がかかるのだが、その日はすんなり駅まで送ってもらえ、快速エアポートも2本も早い列車に乗ることができた。新千歳空港に着いてもまだ16時前だった。

私は考え込んでしまった。ラーメン道場はあと1軒「あじさい」という店に入れば全店制覇だ。お腹は空いていないが、あと1杯くらい食べられないこともない。最初に昼夕と連続した時はもたれにもたれて後苦しんだが、だいぶ胃が鍛えられてきたのか、がんばればたぶんいけそうだった。そう遠くないうちにまたここには足を運ぶだろうが、いつになるかまだ予定はたてていない。。。私はふらふら〜っと2Fグルメワールドに向かうエスカレーターに乗りこんでしまった。2Fまで上って道場入口のほうへ歩いて行こうとすると、頭の中にウルトラセブン最終回に唯一登場したセブンの上司が大きく手を開いて現れた。「やめろっ、今度こそ本当に死んでしまうぞ!」まあ、死ぬことはないと思うが、そんな心境だったのである。それでもかまわず変身したモロボシ・ダンと同様、とうとう「あじさい」に足を踏み入れてしまった。朝昼夜と札幌味噌ラーメンを食べ重ね、ラーメン道場は制覇し天を仰いで「老師っ、とうとうボクはやってしまいましたぁ!」3食全てサッポロ味噌ラーメンというのはゲテモノ好きを通り越して狂気のなせる業である。こんなこと続けてるとやばいな・・・

一応、新千歳空港「サッポロラーメン道場」は制覇したので、各店舗の写真と感想を掲載しよう。ってあれれ?!一軒分だけ画像がどこにも残ってないぞ。「王華」という店があったはずなのだが。。。全部残してあったはずなのだが、とりあえずあるだけの画像と感想を掲載しよう。左から順番に

              

1. 一幻
群馬の「じろーくん」から、美味しいと奨められた入口付近にいつも長い行列のできているお店。「えびそば」という独自のメニューが大人気だ。中央にエビの凝縮顆粒のような赤い粒子が乗っていて、強烈なインパクトと香りとコクが充満し、「やみつきになる」というじろーくんの予言にも頷けた。ただし途中で「この香りどこかで・・・?」と思いつくのにそうは時間がかからなかった。浮フカセ釣りで使う「コマセ」である。そう気づくと、ラーメンに乗っている赤い結晶が「オキアミ」に見えてしまい、どうしてもそのイメージをぬぐえずに食べ終えた。
2. 白樺山荘
入口からだと一番奥にあった店。白みそをブレンドしてこだわっているのがよくわかり、アツアツでかなりのボリュームが感じられる。この道場で初めて食べた札幌味噌ラーメンだが、後から出てくる「けやき」と並び、一番好きな味かもしれない。これを食すともう1食どこかでという気にはらないくらい、すごく濃厚でガッツリ麺である。ゆで卵が確か食べ放題というのも魅力的だ。
3. 銀波露
醤油豚骨系が代表らしいが、あくまで味噌ラーメンを所望。スープに出汁の香りが濃く出ているが、それでいてしつこくはなく麺のちぢれ具合も混ざり合ってよい感じがする。ただし「ぱいくぅ麺」(排骨?)のようにゲテモノ系が多いのと、麺の上にどさーっとかけられたゴマがちょっと邪魔化もしれない。
4. 次郎長
濃厚な白みそだがそんなにボリューム感がない、「おやつ感覚」で食べられるラーメンだだった。札幌ラーメンでは珍しく麺が太麺だが量が少し少な目なのかもしれない。空港限定という「北海道スペシャル」という全のせ系メニューがあった。ホタテ、コーン、バター、きくらげがどっかり乗っているが1260円。食べている人を見たことはない。
5. 梅光軒
旭川出身という某マネージャーが絶賛していたという老舗。旭川は醤油ラーメンが代表的らしいが、味噌味も動物、魚介両方の風味があるスープが独特な味わいを出していた。ただ私がどうしても馴染めなかったのが麺で、細くちぢれているのはよいが、歯触りがまるで「まるちゃん正麺」で柔らかい輪ゴムのようにインスタント感がぬぐえなかった。。。

ここまでで半分、結構辛口でそのまま感想を書いてしまったが、どこもラーメン激戦エリアで行列が並ぶ名店揃いだから、それぞれの味は全般的にどっしりと主張が強く、アイディアや工夫が多く見られ印象的だ。第一弾は味噌ラーメンだが、他にも空港限定、ゲテモノ系、醤油・塩系とまだまだ領域を広げられそうだ。では続いて

                  
6. 開高
十勝ホエー豚をふんだんに乗せた「十勝豚麺」が名物らしいが、味噌ラーメンは赤・白選べる他、これといって特徴は感じられない。味噌ラーメン専門店らしいが、特徴を出すためにゲテモノ系に走ってしみあったような気がする。「豚」をウリにしているので、豚骨や魚介、色々煮込んであるスープだと思われる。
7. けやき
「すすきの」にある本店?もいつもすごい行列らしいが、さすがの味、ここが一番好きかなー。スープはごってりと濃厚なわけではないが、すごいコクがでていて色々な食材の旨みがぎゅーっと凝縮された感じ、全体的に正統派王道を行くバランス感がピカイチのメニューだと思った。でも入口から一番奥の方にあるので、いつもそれほど混んではいない。本店の待ち時間を考えると、ここで軽く食べられるのはかなりお得だ。
8. あじさい
白みそとバターの味がするスープは少し甘めのこってり系で次郎長のような「おやつ」感覚だ。ラーメンどんぶりがお茶漬けみたいな形で量も少ないのでそれほど腹に残らない。この店は昆布だしの効いた透き通ったスープに特製ストレート麺を使った塩ラーメンが代表メニューらしい。これを「味菜塩ラーメン」といい、次はこれを試す予定である。
9. 雪あかり
赤味噌を使ったごくごく普通のラーメンのようだった。スープはたぶん鶏がら系だと思うが、他のように複雑に旨味が凝縮されている風でもなく、割とあっさりしていてそれも単純な感じがする。スーパーで売っている「行列のできる店」とかいう生ラーメンのノリだ。ただこの店と「次郎長」だけは朝の9時に到着してしまった時も開店していて、朝ラーができたのはよかった。

あまり食通みたいに慣れない評論はしないものだ。他に海鮮丼、カウンターで一人鍋で食べる「ジンギスカン」、札幌で流行り?ときくスープカレーも早速挑戦してみたが、北関東のゲテモノ群の濃い味に慣れて舌がバカになってしまったのか「なんだこれ?!味がしねえぞ・・・」(早く元に戻さないとまずい?!)
「秘密のケンミンShow」で紹介された?「美唄やきとり」入り蕎麦などもおいしく頂いた。鶏の臓物等を余すことなく使った栄養満点の美唄やきとりで一杯呑み、〆にかけそばを食べる時に余った肉を串から外して丼に入れるスタイルが大流行して、番組で紹介したところさらに人気が沸騰し、とうとう「やきとり入り蕎麦」が昼食の定番メニューになってしまったという。隠れた名物はまだまだありそうだが、限られた時間で中々領域を拡大することができないな。まずはラーメン王国の一部(味噌領域)を制覇したことに続き、他味を一つ一つ試していくことにしよう。

          

乗って測り、撮って測る

2014-05-13 05:28:52 | 出来事
新たな会計年度が始まって早1ヶ月、その年度はどんな目標をたてて何に重点的に取り組んでいくか、いくつかある拠点を巡ってプレゼン・意見交換するのが習わし?である。大体夜の部がセットになっていて年度当初のKICK-OFFとして(我が社はこういう催しが好きだ)弾みをつける。この会は通常の懇親会ではなく、誰でも都合のよい人は参加するオープンなものだが、職場のプロモーションビデオや若手の選手宣誓?のようにいくつかのイベントも盛り込まれている。前年度功績大だった人などが幹部の名において表彰されるのが普通だ。いつもは社外からの派遣協力者も含め従業員等だけで行うのだが、協力会社からも差し入れを頂いたりする。この職場は特にそういった社外からの協力が中心で成り立っているところがあるから、今回は別途協力会社とも意見交換を行うことにした。

東京近辺はできるだけこちらから足を運ぶようにスケジューリングし、地方拠点はそうもいかぬので、1社ずつまたは数社ごとに分けて行うようにした。連休前で珍しく普段とは異なって色々と仕事があり、週末に仙台・札幌を連日出張することとなった。時間をフル活用するために両日とも早朝から出発して日帰りすることにした。仙台ではたまたま例のKICK-OFF会の時にシフト勤務の関係で表彰できなかった3人にもぜひ手渡ししてほしいと言われ快く引き受けた。どうせなら皆が集う前でお渡しした方が盛り上がるだろうと言ったが、いわゆる現場で皆が一同に会すのは朝の合同ミーティングの時だけだ。(群馬県勤務の時もそうだった)フロントのスタッフは朝早いことに恐縮していたようだが、
「全然、平気ですよ。ボク、毎日6時発の列車で通勤してたんです。開始時間に着ける電車があればねー」
さすが仙台は遠く、一本だけぎりぎり間に合うのは東海道線始発電車で東京駅6時4分発の新幹線である。

「間に合う列車さえあれば行く」と言い切ってしまった手前、後には引けなくなってしまった。同行する予定だったヒデさんは小田急線利用だがやはり始発電車ぎりぎりで涙顔になっていた。スキーにでも行かない限り、そんな早い時間の新幹線に乗ることなどないのだろう。早朝新幹線など乗り慣れた私は東京駅で飲み物だけ買って、以前と同じように家から持ってきたおにぎりに噛り付いた。東海道線でぐっすり寝てきたので、おにぎりを頬張りながら外の景色を見てぼーっとしていたらふとあることに気が付いた。新幹線なのに東京から大宮まではやけにノロいのである。でも並行になる区間では明らかに抜き去っているから、明らかに在来線よりは速い。一体、時速何キロくらいで走っているのだろうか?いつぞや、小夏師匠の「新幹線の中でジャンプしてもなぜ列車だけ先に行ってしまわないのか?」という疑問の答えを考えたように「新幹線の中でその列車の速度を知るには?」という命題で色々思案に耽ってみた。

こういう(あまり意味もないような)思索を確かフェルミ推定という。直接的に測定したり知識として調べたりせずに、手持ちの情報と仮説だけで論理展開を進め、正確ではなくとも大体のレンジで正解にたどり着くことを言う。昔、「こだま号」のビュッフェには速度メーターがあったが、こういうのを見に行ったり車掌に聞いたりするのは「なし」である。速度は実にシンプルで「時間と距離」があればよい。例えば線路にある架線用柱を何本か通過する時間を測ってもよいが、肝心の柱間の距離がわからない。高速道路と並行した時にその相対速度を使えるかと思ったが、やはり距離の測定がうまくいかない。しばらく考えて上り電車とすれ違った時、「ヘウレーカ」と閃いた。上りも下りも同じ速度で運転していると仮定すれば列車の長さが推定できればすれ違い終わる時間を測って速度を算出できる。新幹線1両の長さは約25m(知らなければ歩幅で測ればよい)すれ違った上り電車は16両で、すれ違い終わるまで約6秒。。。つまり二つの列車は400メートルを6秒間ですれ違う、つまり相対時速240kmで進んでいるからこちらは時速120kmということになる・・・朝のミーティングではこの話を自慢げにしてみせた。(ちなみに正解は知らない)

その翌日もまた早朝、羽田7時半の札幌行きのフライトだ。この日は11時からいくつか連続した打合せだったから時間の余裕はあったのだが、米国大統領が来日中ということで持ち物検査がやたら厳しくなりそうで、遅れるといけないからと言って念のため2本早い便を予約したのだった。前日よりは約1時間ゆっくりだが、乗車したのは群馬に勤務していた時と同じ列車だった。朝の羽田空港の滑走路までは首都高速並みに渋滞していてどの並びがどの順番かさっぱり分からぬ(早いもん勝ちでないことは確かだが)。どこかにエアフォース・ワンが置いてないか、きょろきょろ探してみたが見当たらなかった(当たり前か!)。滑走路まで移動し「さあ何が起こっても覚悟はできてるよね」という「少しの間」をおいてボーイング777は離陸し、その後すぐに急旋回した。おーっ、未だ通ったことはないが「ゲートブリッジ」が真下に見えるぞ。

今回は機体前方に対して右窓側だから、いつか田沢湖旅行を決めた航空写真とは反対側(つまり海側)だ。この日は少し霞んでいたが天気はよく地表の様子も上空からそれなりにはよく見えるコンディションだった。ちょうど太平洋側はあまり地形に変化がないところらしく、どこを飛んでいるのかよくわからない。しばらくすると真下に上の方を雪に覆われた山系が見えてきた。水平飛行となり電波を発しない電子機器は使ってよいので以前同様、窓の外の風景を撮り始めた。上空から見た山の形などよく知らないから、やはりどの山なのか分からなかったがすぐ後に海側に薄く半島らしきものが見えてきた。私は慌てて機内誌の後ろについている航空路と地図を出してみると、形からして牡鹿半島と松島湾のようだ。震災時やコンクール、そして仙台拠点のある私にとっては所縁の多い地である。とすると少し前に見えた山系は航空ルートと地図をにらめっこするとどうやら「蔵王山」のようだ。

    

私はカメラを首に下げ、機内誌の地図を持って窓の外をずーっと眺めていた。そして同時に前日の「新幹線に乗って列車の速度を算出した」ことを思い出していた。さて航空機の場合はどうだろうか・・・?この場合、新幹線のようにきれいに真っ直ぐすれ違うなんてことはありえない(それでは大変なニアミスである)。時間を測定する基準も作れなければ距離を仮定する目印もない。高度を変えずに飛行している間は巡航速度一定として、地図上にあるランドマークと眼下に見える景色を合わせ、時間を測定するくらいしか術はないのか?!私はもう少し正確に測る方法がないか考えたあげく、写真画像を使用する方法を考え付いた。カメラを窓際に固定してできるだけ直下の地表を撮影し、数秒後に同様に撮影して画像のずれを利用するのである。問題はそのずれがどのくらいの距離になるのか推定できるかどうかだが、格好の的が見えてきた。(たぶん)岩手山のカルデラである。確かどこかの観光記事で見た記憶があるのだが、このカルデラは周囲を30分程度で歩くことができるという。ほぼ円に近いから山道の速度を考慮して周囲の長さは約1.5km、直径は500mというところか。画面のど真ん中に白いクレーターが来たときにシャッターを押し、ぴったり5秒後にもう一度シャッターを押して二つの画像を比べると、直径の二つ分くらいずれていた。乱暴に推定すると5秒間に1000m移動したことになり、秒速に直すと200mだから時速720km。。。

  

そんなことをしながら窓の外の風景を撮り続けた。あの窪みは「あまちゃん」の舞台となった久慈ではなかろうか?またさらに北上して滑らかになった海岸線がくいっと一旦窪んで見えるのが八戸、三沢基地を過ぎて海岸付近に見える大きな湖が小川原湖、下北半島の付け根には大小たくさんの沼があるようだ。とんがった尻屋崎上空を通過した時に突如前方に小さな飛行物体が見えた。すいぶん遠くなので機種や会社はわからないが航空機である。新幹線のようではないが、向こうは反対方向に飛んでいるのでものすごいスピードだ。あっと言う間に視界から消えてしまった。福岡からの帰りの便でもう少し近くをすれ違う飛行機を見たが、あのスピードとタイミングで姿を補足するにはよほど注意してずーっと窓の外にカメラを向けていなければならないなー。

          

帰りは夕暮れ時、新千歳空港も日本各地へ向かう便で結構混み合っていた。羽田ほどではないが、滑走路に向かう機が何機か並んでいる状態だった。ちょうど私が座った窓側が滑走路で、LCCの旅客機が轟音とともに離陸するのがすぐ目の前で見えた。ものすごい迫力に私はそこで一つ閃いたことがあった。「旅客機を最も迫力ある画像に撮ることができるのは旅客機の中からである」何せ誰も近寄れない滑走路の真横にいるのだから、角度とタイミングさえあれば車輪に書かれた番号すら判別できるはずである。問題はその時間は離陸直前で「全ての電子機器」は使用禁止になっていることだ。そういうわけで仮に羽田空港にエアフォース・ワンがあったとしても撮影はできなかったのである。離陸してデジカメ使用可になった時にはもう見えたとしてもはるか彼方だ。(間近ですれ違うなんて恐ろしいことは体験したくない)

デジカメはいかにも電子機器だが、昔の35mm一眼レフだったらどうだろうか?シャッターはメカニカルだが、どうもシャッタースピードや絞りなどが電池を使う電子制御になっていてダメなような気がする。そこで考えたのが(まだ売ってる?)「写ルンです」を使用する作戦である。メカニカル部品だけでできた「レンズ付きフィルム」なら電子機器ではないのではないか?望遠機能をもった製品もあったようだが、もはや売っていないようだ。普通の倍率では迫力がないから、無理やり望遠撮影とするには小型の望遠鏡や双眼鏡をレンズの前に置く必要があるな。また検査場を通過したゲート内の店で購入しないとX線検査で感光してしまうかもしれぬ。中々難しいものだが、次に旅客機に乗る際には試してみよう。

と、ここまで書いて忘れてしまったので時間的にだいぶ過去の話なのだが、この話しには後日談があるのだ。生真面目な私はJALに使っても良いかどうか問合せ確認したのである。
「平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。お問い合わせいただきました、機内でのカメラのご利用につきまして、弊社のサービス全般をあずかりますお客さまサポートセンターより返信申し上げます。
機内での電子機器のご使用は安全運航に影響を与える可能性があるため、ご使用の制限を設けており、デジタルカメラにつきましては電子機器に含まれますので、ドア開放中と飛行中のみのご利用となります。
しかしながら、お問い合わせいただきましたフィルムカメラや使い捨てカメラにつきましては、作動時に電波を発信しないものであれば、滑走路走行中や離発着時を含め常時機内でご使用いただけます。
なお、カメラをご使用の際は、客室乗務員が安全確認をさせていただく場合がございます。恐れ入りますが、その際はご協力くださいますようお願い申し上げます。あらかじめフィルムカメラである旨を乗務員にお申し出いただければ幸いに存じます。・・・・」

どーだね。35mmカメラはOKだそうだ。うちに天体撮影用に200mm望遠をつけた大昔のフィルムカメラがあったはずだ。探してみないとわからないが、可能性は低いもののとりあえず正常に撮れれば(確かに機会部分ばかりだからマニュアル操作で使えばいけるような気がする。)機内からのド迫力航空機離陸シーンも収められるかもしれない。

ライトタックル五目船(後編)

2014-05-10 05:37:35 | 食べ物
GWに妻と来たLT(ライトタックル)五目船、親子釣れや我々のような初心者ペアなどを乗せてしばらくは烏帽子岩周辺の比較的浅場のポイントを探っていた。従来のガラっぱちで怖いイメージのある釣り船の船頭さんのイメージを覆し、船長は気さくな明るく面倒見のよい若者だった。老練な元船長っぽい年輩の人も乗船しており、初心者同士が危険なことにならないように目を配り、オマツリなどしているとすかさずほぐしに来てくれる。FM横浜で紹介していたように親切丁寧なサービスで、釣り船もずいぶん変わったものだと思う。景色もよいし、気温も適度、海の様子も穏やかでコンディションはかなりよいのだが、肝心の魚があまり食ってこない。船全体を見渡してもあまり上がっていない様子だった。船長は意を決したようにアタリ待ちしている客の仕掛けを揚げさせ、烏帽子岩をはるか岸側に臨むかなり沖合いのほうに船を走らせた。

「ちょっと深いけど、ここなら釣れるからねー」沖合に出て水深100mのポイントに来た時、ようやく「ぐわっ」というアタリとともに40センチ弱のサバが食いついてきた。「棚は底から10メートルくらい、アタリ出始めたよー」何かプレッシャーをかけるようなバーゲンの「今を逃したらもうチャンスなし!」みたいな口ぶりで船長はマイクで煽る。「わーっ、初めてアジが釣れたー!」と妻にも待望のアタリがきて、私にはダブルでアジがきた。この調子ならすぐに我が家の小さなクーラーなど一杯になるなと思いきや・・・しばらくしてパタっとアタリが途絶えてしまった。何せ初心者の集まりだから水深が大きいと巻き上げた時に隣と絡まっている確率が高い。中には4人の仕掛けが複雑に絡まりあう火曜サスペンスのような惨事に見舞われることも度々あった。そこそこ釣れているが「このままではいかぬ!」と思ったのか、船長はポイントを変えることにしたようだ。その時の江ノ島沖のようだったが、「30分くらい船を走らすので少し休んでいてくださいねー」とすごいスピードで船首を西に向け、あっという間に湘南平、そして大磯プリンスホテルが見えてきた。  

    

隣の女の子と「おマツリ」に苦戦したあげく「あれれっ?何かついてる!」と妻の仕掛けには小さなメバルが釣れていた。小さいけど今日はどうも魚の喰いがよくないようだから、貴重な高級魚としてバケツに泳がしておいた。「あれっ?また変な魚がついてる・・・」「ぎゃーはっはっは!キミの釣るのはゲテモノばっかじゃんか。まるで口紅してるツインテールだぞ。」
水族館にいそうなケバい魚だがトラギスの一種で天ぷらにして食べられるらしい。操舵室では船長が他の釣り船と盛んに連絡を取り合っているが「今日は全然だめだねえ」という無線が漏れ聞こえてくる。確かに天気も凪具合も絶好のコンディションだが、他の乗客の釣果もさっぱりだ・・・「えーっ?今、仕掛けを投入したばっかなのにぃ・・・」船長は盛んに船を移動させポイントを探るが魚探に反応はあっても魚が食って来ないらしい。。。

  

「このままだと、一匹数千円のアジになっちゃうなー。ま、こういう時もあるさ」と二人で苦笑いしていたが、二ノ宮沖での何か所目で船の後の方に陣取っていたベテランっぽいおじさんの竿をしならせ、大きな魚を釣り上げた。40㎝くらいあったがどうやらカレイらしい。どうも倦怠感が漂っていた船内に俄然活気が漲ってきた。すぐ後に今度は船の先端で構えていたこれまたベテランが大きな魚をタモアミで釣り上げたがなんとアマダイ!すげえ、高級魚のオンパレードだ。左隣りの男の子は親子おマツリで苦戦している。(やっぱ、不調の時でも釣れるのはベテランなのかなー)と竿先をぼーっと眺めていたら「ガクンっ」と底の方に引き込まれる手応えがあった。「んっ?」慌てて少しアワせて巻き上げてみるとかなり重たい感触だ。ワクワク勇んでリールを巻き上げるが何せ100メートル近い水深だから巻いても巻いても上がってこず、すごい重労働だった。「こりゃー、何か大きいのが釣れてるぞー」とひたすらリールを巻き続けた。「カメラ出そうか?」と隣りの妻は声を掛けてきたが「そういうナメたことをするとバラしちゃうから上がってからでいいよ」

疲れて少しだけ巻き上げ速度を緩めるとすごい勢いで魚が引いているのが分かったが、もう少しというところで急に竿が軽くなった。。。「やっぱ反対側の人とひっ絡まっただけかな・・・」絡まるとお互いに「釣れた!」と思ってリールを巻き続けるからすごい魚の引きに感じるのである。もう天秤が竿先に近づくほど巻き上げているが、仕掛けはどこに行ったかわからない・・・がっかりして見えている道糸を追っていくと、何と船のドテッ腹近くにピンクの大きな魚が漂っているではないか・・・!画像では見たことがあるが、実物を見るのは初めてのまさしくそれは高級魚アマダイであった。「すごいねー。ここアマダイの巣なのかな。めったにこんなたて続けては上がらないよ。切れちゃうからそーっと上げてね」船長はマイクで声をかけてきた。竿を立てて幹糸を手繰り寄せるのにさすがに緊張のあまり手が震えた。無事に手元に引き上げると、周囲から拍手が起こり、この手の催しで主役になったことのない私にも奇跡の時がやってきたのだった。

  

老師、ついにボクはやりましたぁ!こんなことはもうないかもしれない・・・改めてIXYで記念写真を撮ってもらった上、「写メ撮って『しん公』に送ってやんな」とこれ以上ない「どや顔」をしてみせたものだ。送り先は以前よくメジナ釣りにご一緒した「しんさん」である。早速、奥方から「最近の画像合成技術はすごいねえ」と返事が返ってきた。(口のへらねえヤツ・・・)と思ったが、クーラーに横たわる大きなアマダイを見ると「金持ち喧嘩せず」の心境になった。「fbに載せたいから」と言って、船長も写真を撮っていったが、全体この日は絶不調でトータルで5枚、アマダイが上がらなかったらとてもHPで報告できない散々な釣果だったと言えよう。その後何か所か小田原付近まで足を伸ばしたようだが、出目金のような妙な魚が一匹釣れた以外はさっぱりだ。「あなたが放った赤い魚、鳥が食べてるよ」
いつもより少しは粘ってくれたようだが、2時を過ぎて船長は船を茅ヶ崎港に向けた。山ほど釣れたらお友達のSちゃん家族を読んで刺身パーティしようか?と言っていたのだが、念のため声を掛けなくてよかったぁ。妻は大きなアマダイを持っている写メを友達と遊びに行っている息子甘辛にも送ったが「問題は量だよ、量!」と返ってきたようだ。

        

ささやかな釣果だったが家に帰ると「あんまり釣れた気がしないなー」と愚痴っていた妻の独壇場となった。ケバいトラギスと小さなチヌみたいな魚は天ぷらに、アジ4匹は余すことなくたたきにし、小さなメバルは煮つけに、最初に釣れたサバは塩を振って軽く酢で締めていた。(先日、カワハギ船にご一緒した同僚は釣ったサバの刺身を食ってアニサキスにやられ1週間入院したことで有名だ)そしてメインディッシュのアマダイは塩を振ってしばらく酒につけ、ネギと昆布、マイタケを添えて酒蒸しに・・・超絶美味に酔いしれた。。。刺身でもよいが、身がふわーっと柔らかいので酒蒸しが一番美味いらしいのだ。今回は釣果としてはさっぱりだったので、近いうちにリベンジすることとなった。クーラーBOX以外に何も準備せずに行く初心者船、妻との共通の趣味になるかは今後の釣果次第かもしれない。

        

          


ライトタックル五目船(前編)

2014-05-07 22:30:50 | 旅行お出かけ
ゴールデンウィークの前半はアニバーサリー週間だったが、後半はこれと言った予定がなかった。連休はどこに行っても(特に自家用車移動は)混んでいるのでいつも自転車や徒歩圏にお出かけするのが常だったが、甘辛も中高生になって部活も忙しく、家族で出掛けるよりも友達と遊ぶようになってきたので、昨年あたりから夫婦2人でできることとを探してきた。散歩以外にこれといった共通の趣味もない我々だが、昨年は試しに船釣りに行ってみた。赤いライオン号が来てから、「車が臭くなるから」と言ってコマセを使用した南熱海まで移動してのメジナ釣りは禁止になってしまった。腕の問題もあるのだが、江ノ島周辺の岩場では何度行ってもろくな魚が釣れたことがない私にとっては趣味の一つを犠牲にされたようなものだが、それではつまらぬので新しく「船釣り」をレパートリーにしようとしたのだ。

息子甘辛は中学生の時、職場体験授業あり色々な職業種が選択しにあった。女子は母性本能くすぐる?幼稚園やいかにもな洋菓子店、いずれバイトするための予行演習からかマクドナルドなど接客業に人気が集中、男子はどうでもよく色々散り散りになったようだが、甘辛が選んだのは「釣り船」だった。私は我が息子ながら「ナイス着眼点!」と思ったものだ。朝は超早く、手伝いも「初めの一歩」並の重労働だったらしいが、何よりも準備完了後乗船して、他の釣り客の混じって船釣りをさせてもらえるらしいのである。家に釣って帰ったのはアジやサバ、ソウダカツオなど総勢10数匹!なんとよい選択だと思ったものだ。しかし彼の職業としての釣船屋の印象はあまりよくなく、感想文には「楽しかったが、この職業につくのは止めようと思った・・・」と綴ってあった。現場ならどんな職業でもそうだが、特に「海を生業とする人」特有の乱暴な面に湘南地方特有のガラっぱち言葉が「綺麗な言葉」しか習ってなかった彼らには良い意味とは言えない衝撃があったらしいのだ。

かく言う私は生まれも育ちもこの地方なので(SMAPの中居さんが時折使うが)、イントネーションは標準語だが漁師特有のあまりエレガントでない言葉使いが多い。それでも以前、悪友達と茅ヶ崎港から乗った釣り船の船長の言葉使いには少なからず傷付き、初心者としては引いてしまったものだ。それ以来、船釣りとは独特な「常連」が幅を利かす世界であり、同じ釣りを嗜む者としても足は遠のいていた。ところが最近はそうした釣り船も「釣りガール」や「ファミリー」をターゲットとしてずいぶん手軽なものとなり、船長も言葉優しくなったと「FM横浜」で聞いた。それが茅ヶ崎港「●ごうの丸」である。特定の船船だけでなく全体的に「誰でも手軽に楽しめるように」という方向にはあるようだが、「試しにやってみる」をテーマとした昨年はラジオで取り上げられたくだんの船に申し込んだのである。

    

昨年の今頃・・・GWだから乗船者は女性や子供をはじめ超初心者ばかりのファミリーテイストの乗合船で、時間も余裕をもって出船は午前10時頃である。ショートキス船というまるでカップル向けのネームである。投げ釣りでは絶対釣れないような大型のキスがそれなりの数が釣れ、二人で楽しむことができた。ただエサのアオイソメは妻は触れないので、いちいち私がつけてやった(こと自体、全然負担でもないのに)ことに負い目を感じたのと、キスという魚は基本、天ぷらなので帰宅してから10数匹を下ろして調理するのが「疲れてキツイ」とこぼしていた。そこで今年は「刺身で食べられる魚」を釣れる船を探した。こうして選んだのがFM横浜の取材でもLT船の楽しさを紹介していた「LT(ライトタックル)五目船」である。通常、船釣りではテレ東の「釣りロマンを求めて」みたいな、100メートルを超す水深、80号の錘を使って釣りモノは1キロ以上ということも多いので、ロッドやリール(電動が主流)がえらいごつい玄人向けのタックルがイメージにあったが、LTというのは「軽いロッド&リール」ということで何よりも手軽なのが特徴らしいのだ。

ライトタックルにシンプルな仕掛け、船は色々なポイントに移動して様々な釣りモノを期待できるから「五目船」というわけだ。ただし五目と言っても「鯛やヒラメのオンパレード」というわけではなく、基本は「アジ」だが、海釣りの醍醐味?として思いもしない魚が釣れるときもあるから初心者にも十分楽しめる。HPを見ると最近は「金アジ」という魚が好調でカサゴやメバルなどが混じる状況らしい。「アジ」という魚は何度か釣り船で釣りに行ったが、群れにあたると、クーラーBOXに入りきらないほどひっきりなしに釣れる。しかもいかにも大衆魚だが妻が「神奈川の『県魚』である」(これは都市伝説だった)と信じたように、新鮮な魚は他の高級魚に全然負けないくらい美味い。「アジが山ほど釣れたらオレが下ろすから、他の魚の調理は頼むよ」ということで、昨年よりはグレードアップした「LT五目船」に乗り込むことになったのだ。出船は6時20分、カップル(ファミリー)向けのショートキス船に比べると倍以上の釣行時間である。

      

5時過ぎに自宅を出発し、茅ヶ崎港に着いた時はGWということもあり駐車場が一杯になるほど混んでいた。早朝で風が冷たかったが天気もよく海も凪いでおり、釣りコンディションとしてはかなり恵まれたほうだ。(まあ、我々はかなり強力な晴れファミリーだから)前日、甘辛の試合日で朝4時起きだった妻に「基本、オレが下ろすからキミは帰って寝てていいよ」と自信満々に茅ヶ崎港を後にしたのだった。冬だったらもっとくっきり見えるのだが、この時期が富士山もぼーっとして見える。ショートキス船もそうだったがまずまっしぐらに烏帽子岩周辺に向かう。日の出の早い季節なのでもうまぶしいくらいに太陽が昇っていて、大きな烏帽子岩の向こうに江ノ島が見える。まだ7時にもなっていないのに驚くべきことに烏帽子岩には既に磯釣り人で賑わっているように見える。

      

「さあ、どうぞー!」という船長の掛け声で記念すべき第一投だ。魚群探知機で反応を確認しながら船を操舵しているので、そのうち船上ではポツポツ何かが上がって来る。最初の1匹が上がるまでの緊張はどこに行っても釣り人独特のものだ。(まあ、船で釣っていて自分だけ釣れないということはないので余裕はあるが)
「あ、あれっ?釣れてますけど・・・」妻が挙げた竿には小さなチヌのような魚が付いていた。記念すべき第一号である。誰が見ても「逃がしてやれよ・・・」というサイズだが、「最初の一匹目はどんな魚でもとっておく」という私のポリシーに従い、バケツに泳がせておいた。我々の両サイドは親子連れで右側が女の子、左側は男の子でそれぞれ似たような小さな魚を2,3匹釣り上げていた。水深は25メートルくらい、魚探に反応は出ているようなのだが、どうも魚の喰いがよくないようなので、船長は別のポイントに船を向けた。仕掛けは3本針で上2本は疑似餌針、先端だけ生き餌を付けるが妻は有利とされるアオイソメを触れないので万能エサであるオキアミを使う。2,3か所ポイントを移動するがどうも周囲を見てもあまり釣れていないようすだ。今後二人で嗜む数少ない共通項とするために正直、妻にバカスカ釣れて欲しかったが、初めてのLT(ライトタックル)五目船果たしてどのような釣果となるか?!後半へ続く。。。

  

みなとみらい20

2014-05-01 05:04:19 | 出来事
先日は毎年やってくる我が家の結婚記念日だった。色々な人に「記念日に何かイベントする」というのは結婚して数十年もたつと珍しいことだと言われるし、妻の周囲では「覚えてすらいない」というパートナーが少なからずいるらしい。忘れようとはしていないが、優先順位がガタ落ちした結果「そう言えば・・・」ということが多くなるようなのだ。お祭り・縁起物・所以モノ大好きの回遊魚系の私にとっては「褒められる」ことも「羨ましがられる」ことも不思議でしょうがない。特別な人、身近な人、親しい知人・友人の誕生日などと同じで「努力して覚えようとしなくても頭に残っている」のが10や20くらいはあるはずだ。親や家族の生年月日その他記念日などいくつもないのだから「忘れている」者の方が珍しいと思うのだが。。。

「お買いもの」編でも書いたが、今回は切れ目よい年だから、(消費増税前に)豪華記念品を購入し、当日はいつもよりは少し濃い時間を過ごすことにしていた。最近は11月22日(いい夫婦の日)にも来ることがあるが、「所以」を割と大事にする我々は大体毎年この日にランドマークタワーを訪れる。甘辛が生まれてからは「鉄板焼よこはま」のランチが多くなったが、学校や部活が忙しくて再び我々二人となったので、BYOのランチブッフェに加え夕刻から最上階のカクテルコースを予約し、ついでに宿泊してしまうことにした。三桁にも上る費用を落とすのだから当然だが、このホテルで挙式したカップルは当日宿泊することができる。今回はそれ以来2度目ということになるが、20年前はセミスィートルームだったのが今回は一番手頃な部屋だ。。実は新婚気分冷めぬ1周年の時に全く同じ部屋を予約したのだが、私がドイツ研修で不在となってしまい、幻の宿泊だったのだ。

私は茅ヶ崎、妻は横浜出身、結婚することを決めてから式は港周辺で挙げようということになっていた。中華街や格式高いホテル・式場はたくさんあったが、当時は比較的「ちゃんと」挙式するスタイルが流行っていたとはいえ、何百人も呼ぶほど予算もなく(そんな知人・友人もたくさんおらず)、後々「所以」として語りやすい「高い所」「変わった形の建物」「挙式仲間の多い」などが(今となっては笑っちゃうが)選定条件となり、候補となったのがロイヤルパーク、インターコンチネンタル、ロイヤルホールだったのである。このうちロイヤルホール横浜は中学時代の悪友が勤務しており、たくさんの友人・後輩が挙式し費用もイベントもかなり融通が利きそうな有力候補だったが、式場としてあまりにもベタな感じがして結局足が遠のいてしまった。後に披露宴に出席した当人から寄せ書きメッセージには「この裏切り者!」と書いてあった。

出席人数や費用、日取りなどの条件なども似たようなものだったが、やはりシンプルに「日本一の高さ」を誇るスカイバンケットルームとなった。最初に宴会係にコンタクトをとったときはまだグランドオープンしておらず、大理石の通路にはビニールシートがかけてある様子だった。さすがに同様の憧れを持つカップルは多く、挙式の日取りは半年以上先のしかも平日の夜となってしまったのである。毎年必ず翌日が休日となって分かりやすいのと、平日パックは様々な特典があって飛びついたということもある。当時はそれこそ新品同様だったので気にも留めなかったが、20年もほぼ毎年この地を訪れて最近になって「無くならなくてよかったよねえ」と妻としみじみ話すようになった。長期間の不況を経験し、自分たちが出席した知人の挙式したホテルがつぶれて無くなってしまったことも少なくないのである。末永く記念日を祝いたかったら、式場選びには「無くなりそうにないところ」という条件が重要だ。

さて、我々は早めにランチの席を予約して家を出た。桜木町から日本丸を横目に見てホテル棟に入ることになる。「鉄板焼よこはま」の向かいにあるこのレストランはサンドイッチやパスタ、スープなど軽食を中心としたお手頃価格のランチブッフェコースがある。トヨタプレゼンツFIFAクラブワールドカップの決勝が行われる時、日本に滞在する選手たちの専用食事コーナーとなる店である。かのロナウジーニョやカカ初め歴代の決勝チームのサイン寄せ書きボードがある。何といってもBYO、好きなワインを買って持ち込めるのが素晴らしい。開店直後、まだ正午にもなっていない時刻だったから1本だけオーガニックの赤ワインを持ち込んだのだった。少し小ぶりの様々なサンドイッチとブレッド、何種類かのサラダに炭水化物系はエビピラフに2種類のパスタ、とピザ、スープはミネストローネで、女性向けらしくデザートも充実していた。ワイン1本でほろ酔い気分の我々は店を出てホテルロビーに荷物を預け、銀ブラならぬ「ランブラ」することにした。(実はブラとは「ブラブラ歩く」ことではなく「ブラジルコーヒーを飲む」ことらしい)

    

店のすぐそばには懐かしのチャペルが昔と同じ姿でいた。参列者でほぼ満席となったチャペルでいつものように指輪の交換、結婚証明書なる文書(契約書じゃないよな)へのサイン、賛美歌などを歌わされた。ルパン3世「カリオストロの城」に登場したような派手ないでたちの神父が怖い顔で「汝○○は・・・・誓うか?」と決まり文句を言いそれぞれ約束通り「誓います」と答えると、両手を鷲のように広げ「結婚宣言!○○と●●はここに・・・」と神主の祝詞のようにちょっとドン引きしてしまうくらいの大声で叫んだ。心の中で(恥ずかしいよお。早く終わってくれえ)と叫んでいた。バブル期の名残かキリスト教徒でもないのにメニューだけはフルコースで、最後に「誓いの口づけ」となった。顔の前に下がったベールを持ち上げる際に親指が厚めに塗ったルージュに引っ掛ってしまい、びーっと引いたら、口●け女のように赤い線がほっぺたに走ってしまった。内心(しまった!)と青くなったが、仕方がないのでかまわず儀式を済ませ退場した。ぎーっと言う音とともに扉がしまって式場の外に出た瞬間「んもうっ、何やってんのよあんた!」という声がVTRに残っていたものだ。

        

ショッピングモールではいくつか探しモノがあった。以前FM横浜にパワーアイテムに詳しい「出雲阿国」という芸人ゲスト出演しており、彼女が紹介した開運グッズを使ってM1グランプリを優勝したお笑いコンビが2組もあるという。今年は四角くて長い、水辺にある建物が最高のパワースポットであり、ランドマークタワーはまさしくそれに当てはまるというのだ。そしてキーとなるのは旅行と花柄、局入りする前にランドマークプラザで「これ!」響いたグッズをいくつか紹介していた。一つはfrancfranc、また一つはPLAZAだったと思うのだが、残念ながら何だったかを覚えておらず店で聞きこむもかなり前の話なので不明に終わってしまった。もう本体は購入済だというのに内心(時間の無駄よね)と思いつつ、TIFFANY&CO.他ブランド店で宝飾品やバッグを物色したりした。ダイヤモンドは「私、大金持ちざます」という感じのいかつい立爪リングが主流の頃、ティファニーが考え出した「石を浮き出させて見せる」セッティングが大流行したが、●乃花が宮沢●えさんに婚約指輪として贈ったことから、「不吉である」という都市伝説まであるようだ。チェックイン時刻になったので部屋に入った。ちょうど横浜駅側の56階で、結構天気が良かったのかかなり遠くのほうまで見渡せた。はるか向こうに見えるのは新宿副都心ではないか?

15時にとある旅行会社にアポをとってあった。二人とも生涯初となる「海外クルーズ旅行」の情報収集のためである。朝の「めざましテレビ」か何かで紹介され、妻が目をつけていたらしい。私も休日の旅行番組で「コスタ・ビクトリア」という大型クルーズ船を取り上げていた時に「ずいぶん安く乗れるもんだなー」と興味を持っていた。海外クルーズと言えば「クイーンエリザベスⅡ」「飛鳥Ⅱ」などの豪華客船で食事はタキシード、船内での仮面を着けたダンスパーティに生オーケストラなど金持ちだけでなく爵位でも持っていなければ縁のないイメージがあった。(たぶん、「タイタニック」が影響している)横浜港に寄港し何週間もかけて何か国を船旅すると言ったらそうだが、今は母港までは航空機で移動しそれから1週間くらいクルーズして帰国という、カジュアルな旅行もあるらしいのだ。節目の記念に初めてのクルーズ旅行というのもいいんじゃないか、ということで詳しい話を聞くことにしたのである。夏休みに合わせて候補となるツアーは3つ、季節や価格、旅程などからしてどれも地中海だった。日程によっては結構割安に感じ、全寄港地オプショナルツアーも設けられている。

船中の施設というのはもはや一大歓楽街である。ただのプールだけではなく、としまえん並みのウォータースライダー、PICばりのポイントブレイク、船によってはサーフィンやロッククライミングなどができ、船内ではローラースケートに多目的コート、遊園地のゴーカートみたいな乗り物コーナーなど「何でもあり」の超大型遊戯施設だ。パンフレットを見ながら我々は「へーえ」と感心するばかりだったが、そのうち次第に「???」が多くなってきた。各寄港地には朝の7時頃入港し、夜の7時に出港する。「滞在期間は到着した星の1日」という銀河鉄道999のようなものだ。どの寄港地にも送迎付きの名所巡りなどオプショナルツアーがあり、基本は船会社を通して申し込みことになる。そうしないと万が一アクシデントで出港時刻に港に戻れないと置いてけぼりとなるそうなのだ。ツアーはきちんとマネジメントされていて、乗り遅れることはないし、ほぼ終日有名処を効率よく観光させてくれるようだ。

私と妻は目を見合わせた。「これって、夜行バスのノリじゃね?」各寄港地で下船し終日観光したとすると、乗船しているのは朝晩のわずかな食事時間と寝ている時だけだ。せっかくお台場エリア顔負けのアトラクション群も船内にいなければ意味がない。貴船してからのわずかな時間であれだけのアトラクションを楽しもうとするのはとてつもないハードな旅となる。回遊魚は常に「回遊している」が一定のルートに従っているのだ。あれこれ好き勝手にランダムなルートは選ばない。サーフィンは近所の海でやればよく、ローラースケートは後楽園、ウォータースライダーは海浜公園にある。成田までは本物の自動車だし、母港まではこれまた本物の飛行機だからゴーカートも空中アトラクションもあまり興味がわかない。そもそも何で船の中でバスケやバレーボールをやらにゃいかんのか?実現するかどうかはかなりの再考が必要ということになったが、たっぷり2時間、初めて聞く話ばかりで非常に興味深い話を聞けた。

時間になったのでスカイラウンジに向かった。日本が誇る超高速エレベーターで最上階の70階まで一気に向かう。二人しかいなかったので以前テレビ番組で見たのと同じことをやってみた。驚くべきことにコインは床に立ったまま70Fまで上昇するのである。高速度だけでなく振動や傾斜もない恐るべき技術である。階数カウンターを見ていると1秒間に数階は上昇するスピードだ。途中で気圧の影響か耳が少しおかしくなるほどだ。「外から見たらすごいスピードなんだろうねえ」といつも話している。

    

店では「シリウスアフター5」というコースを予約しており、平日のみだが17時から20時半まで50種類のカクテルが飲み放題、オードブル盛合わせとローストビーフ、パスタが付く。気取ってはいるがそこそこボリュームのあるメニューに通常2000円するカバーチャージが無料、ほぼ全てが場所代だと思うが1杯1000円〜2000円するカクテルが飲み放題というまるで我々のために設けられたコースである。平日しかないのでいつもは会社帰りに18時を回ってからの入店になるが、今回は3時間たっぷりフルパワーで楽しむことができ、しかも「家に帰らなくてよい」。昼間すでにワインを飲んでいたが、生ビールでスイッチ入れ、シリウス277というご当地カクテルを皮切りに私は普段飲みもしない高級(かつ高アルコール)カクテルをメニューの順番に飲んだ。キールインペリアル、キールロワイヤル、ミモザ、ベリーニ、フレンチコネクション、テキーラサンライズ、ジントニック、アレクサンダー・・・うーん、酔っ払ってきた。普通はこういう「はしたない」飲み方はしないものだが、そもそも1年に1,2回だけだから。。。
「ここ絶対得だよねー」といつもの絶品の夜景とカクテルに舌なめずりしながらやがて終了タイムとなった。成城石井でビール、ワインと簡単なつまみを買い込み、部屋で持ち込んで飲んだところで撃沈。。。

        

知り合ってから通算すると実にこれまでの人生の半分以上は隣にいるパートナーである。20年という長いような短いような年月で完全自己中心派回遊魚系である私は時折かなりの風圧を浴びせたと思うのだが、よくぞ軽く受け流し続けてくれたものだ。散歩以外共通な趣味はないし、得意分野も全然違う。うんと仲良しの時もあるし、そうでない時もあるが身近で「当たり前」の存在だ。危機的な時もあったような気がするが、そこは「だましだまし」乗り越えてきたようだ。最近は年をとって互いに角がとれてきたのか、感謝し感謝されることが多くなったような気はする。「ありがとう」に対して「何、礼には及ばぬ」という会話が増えたのはよい傾向だと思うのである。