毎年「母の日」は実家の母親と我が家3人でなるべく食事などに出かけるようにしている。多分に私の趣味も入っているが、毎週の早朝スーパー銭湯や神社仏閣・花巡りなど普段からお出かけに付き合うことも多く、改めて何かするとすれば忙しくて中々合えない孫の顔を見せることぐらいなのである。息子甘辛もその辺りは分かっているようで、試合などの後に友人宅に泊まって来る約束をしていても、家族の会合場所には必ず顔を出しに来る。妻もいつの間にかプレゼントのようなものを用意してくれるし、「できた」家族だと思う。今年も始めは夕刻から食事を共にすることにしていた。我々は昼間、先般申し込んでおいた「体験セーリング」があったので、寄港時刻からいつもの場所に集まる時間を決めていた。我々は自転車など、母はバス、甘辛は外出帰りの合流なので、集まる場所は最寄駅で周辺のレストランなどに入ることになる。甘辛は午前の試合でその後の予定が曖昧だから入った店に集合することにしていた。
体験セーリングは「大人ピクニック」編で書いた大型帆走クルーザー「やまゆり」への乗船である。帆走船に乗るのは私も妻も初めてで、1964年東京オリンピックで活躍した我々とはほぼ同じ年齢ということもあって楽しみにしていた。エンジンの進む船は幾度となく乗ってきたが、「風の力」で進むというのはどんな気分なのだろうか。ヨットを操縦する知識は全くなかったので、まさか帆を張ったりすることはないだろうが期待は膨らんでいった。そしてふと思いついたことがあって、主催する「やまゆり倶楽部」に電話を入れてみたのである。「あのーぅ、今度の体験セーリングに申し込んだ者なんですが、かなりの高齢者でも乗船は可能ですか?」間違いなく初めてであろう、母親も「母の日」記念に乗せてやろうかと思ったのである。ただまさかとは思うが、オリンピックで観たような「船の片側で一杯一杯に背を反らして体重をかける」なんてことはないだろうかと確認した。
「大型船ですので、乗客が何かすることはありませんよ。乗る時に2、3段急な段差があるのでそこだけ越してもらえれば大丈夫です」ということだったので、もう一人分追加してもらった。妻に話したら「それはいいね」ということだった。本人は最初、怖がっていたが、昨年南の島でサンセットクルーズに乗ったことを話し、「あれに比べりゃ1時間くらいだし」と説得した。ただ実は当日の天気予報からは「(結構揺れるだろな)」と思っていたが電話では黙っていた。帆船はもちろん、数十年住み暮らした湘南の地を外洋から眺めることもたぶん初めての母には、我ながら中々粋なプレゼントだと思ったのである。当日、我々だけならチャリで散歩がてら足を運べばいいのだが、高齢の母を伴うと若干の作戦がいる。自家用車で送迎してやるのだが、何しろ恐るべき「激混みスポット」なのは先日のGW期間中にまざまざと実感している。
体験セーリングは14時の予定だった。「朝早くから行って、島内観光してから体験に行く」というプランもあったが、本島内はアップダウンが多く、セーリング後に甘辛と合流して食事することを考えるとかなりハードそうだから止めた。ただ江ノ島到着時間をゆっくりめすると今度は駐車場が満車で置けなくなってしまう。そこで昼食時間前くらいに迎えに行き、駐車場に入れなそうだったらそこで車から降ろしてその辺で見物でもしてもらい、自分はその間に家に帰ってポインター号で追いかける、という作戦で行くことにした。実際少し早めに茅ヶ崎の実家に迎えに行き、普段は決して自家用車などは使わない江ノ島に向かったが、GW後ということもあって思いのほか道路は空いておりあっという間に一番奥の駐車場入り口まで辿りついた。数台の駐車場待ちの車がいたが、「このまま待ってればイケるんじゃない?」と妻が言うのでその辺で散歩でもしてもらいながら待ち、20分ほどで無事に駐車することができた。
母と妻は新しくできたヨットハウスの中を見物して回っていたらしい。一般のヨットレースがあったようで、ハウスの中は見物客の他に関係者などで結構混雑していた。併設された「とびっちょ」で昼食を摂り、我々は先日皆でピクニックしたセンタープロムナードを散歩し、海辺を行くたくさんのヨットを眺めていた。ハーバーにはたくさんの大型ヨットが係留されていたが乗る船がどこにあるのかよく分からなかった。「どれが『やまゆり』なんだろうねえ」乗船30分くらい前に指定された場所で受付を済ませた。ネット予約状況では定員の半分くらいだったのだが、いつの間にかほぼ満席になっていた。受付や案内してくれる係の人だけでなく、操船するスタッフもいわゆる現役を退いたOB又はボランティアのような人たちでとても親切だった。心配された乗船時の段差も何なくクリアしライフジャケットを身に着けていよいよ出港である。
よく見ると操船するスタッフは「やまゆり保存会」なるワッペンをつけており、中には色々教わりながら独特の器具を操作している人もいる。港湾内の出口までのルートは結構ジグザグに入り組んでいて、エンジンにより前進したり後進したり、自動車初心者の切り返しように結構苦戦していた。乗客は大人子供20名くらい、スタッフは案内役、船の中心に構えてあれやこれや指示する「船長役」、そのまん前でエンジンと舵を担当する「操舵士役」の他に、私達の前でメインマストを操作する人、船の先端で踏ん張る「見張り役」、前後の帆を張ったりロープを操作する人などが配置されていた。ヨットの扱い自体は初心者ではないが熟練者でもない「もしかして、こちらも体験?」という人も混じっていたが、皆手際よく自分の役割を果たしている。港湾出口から外に出ると、3本のマストから勢いよく帆が張られたのが壮観だった。風が結構あったので、いきなり張った帆が大きく羽ばたいたのである。
残念ながら航行ルートは我々の住む江ノ島を挟んで反対側の西浜方面ではなく、稲村ガ崎方面に向かって江ノ島の裏側を回るというものだった。「今、ちょうど前から強めの風が吹いていますが、ヨットは飛行機が飛ぶ「揚力」と同じ原理で向かい風でも前に進むことができるんです」原理だけは知っていたが、実際に体験するのは初めてだった。実際は向かい風に対して45度の角度でジグザグに前に進むのだが、洋上の風など同じ向きで吹き続けるとは限らないから、いかにも「風に向かって」進んでいるようにも見えた。この仕組みをおさらいする(もしかして間違っているかもしれない)。帆が少し膨らんだ状態で風に向かってほぼ平行に張ると、飛行機の翼のように膨らんだ側と内側の間で流れる空気の速度の違いが生じ、気圧差による揚力が発生する。この揚力は帆に対して直角に生じ、ヨットを前進させる方向と横に押す力にベクトル分解できる。横に押す力はヨットの中央下部にあるセンターボードで(完全ではないが)打ち消すことができ、結果推進力によって(大体向かい風45度くらいまでは)前進することができる。
出港のときは「(敵襲があるわけじゃなし、やたら見張りがいるな)」と思っていたのだが、港を出ると小さなヨットやら漁船、そしてウィンドサーフィンなどそこら辺を行き交う船がやたらに多く、風力で進むようになってもかなり船長は周囲に気を配っていた。「10時に方向に赤いディンギー!(二人乗り小型ヨット)こちらを見えていますか?」「2時の方向から漁船、あれ平行して進んでますよね」「正面のウィンドサーフィン、どちらに避けてくれるかな」またクルーは「機雷」と呼んでいたが、あちこちに「蛸壺」や「ブイ」があり、中々操舵も複雑なようだった。やがて「じゃ、そろそろ進路を変えます。準備してください。ではタッキング(方向転換)!」船長の掛け声でメインマストの帆がグワーンと反対側に動いてあっという間に見事に船首がほぼ反対側に方向転換した。今度は江ノ島方面に向かって進み始めたのである。
帆を一杯に膨らませ風に乗ってやまゆりは快調に進み始めた。速度は7ノットくらい、この船体にしては速いそうだ。途中、少し舵を切ると船体が大きく傾き、母は緊張して手すりを掴む手に力が入り、我々も両側から支えてやったが「全然大丈夫、遠心力があるので、今まで落っこちた人はいませんよ」と笑うクルーに次第に安心し、エンジンを切って風の力だけでの航行と初めて見る裏江ノ島の景色を楽しんでいるようだった。風に乗って進んでいるのだから、船上にいる人は風を感じないのである。床からのエンジン音や振動もなく、静かに水面だけが流れていく様は「なるほどこれは優雅だな」と感じたものだ。初めて洋上から見る裏江ノ島は昨年の台風で崩落したという岩の部分が生々しくも新鮮に見えた。やがて「やまゆり」は再びタッキングし、たくさんの釣り人で賑わう灯台周辺を通過して元の湘南港に戻っていった。
途中、少し緊張して(怖がって)いたところもあったが、母にとっては初めての帆船航行と裏江ノ島の景色であり、下船するときもクルー全員から手厚く案内され、「まだ身体がふわふわするよ」と言いながらも満足そうには見えた。やはり少し疲れたようにも見えたのでその後は観光などすることはなく、そのまま一旦帰宅するともう試合を終えた甘辛がリビングで寝ていたのだった。私もやり方がよく分からなかったが妻や甘辛に聞いて母とLINEのやり取りをできるようにし、あろうことか私よりも早くアプリを使っていた母は早速妹さんにその日の写真を送ったりLINE電話をしていた。「最初は怖くて固くなったけど、中々面白かったよ」と少し興奮気味に話していたので、とりあえずは「母の日」の珍妙なプレゼントは成功したような気がしたのだった。
体験セーリングは「大人ピクニック」編で書いた大型帆走クルーザー「やまゆり」への乗船である。帆走船に乗るのは私も妻も初めてで、1964年東京オリンピックで活躍した我々とはほぼ同じ年齢ということもあって楽しみにしていた。エンジンの進む船は幾度となく乗ってきたが、「風の力」で進むというのはどんな気分なのだろうか。ヨットを操縦する知識は全くなかったので、まさか帆を張ったりすることはないだろうが期待は膨らんでいった。そしてふと思いついたことがあって、主催する「やまゆり倶楽部」に電話を入れてみたのである。「あのーぅ、今度の体験セーリングに申し込んだ者なんですが、かなりの高齢者でも乗船は可能ですか?」間違いなく初めてであろう、母親も「母の日」記念に乗せてやろうかと思ったのである。ただまさかとは思うが、オリンピックで観たような「船の片側で一杯一杯に背を反らして体重をかける」なんてことはないだろうかと確認した。
「大型船ですので、乗客が何かすることはありませんよ。乗る時に2、3段急な段差があるのでそこだけ越してもらえれば大丈夫です」ということだったので、もう一人分追加してもらった。妻に話したら「それはいいね」ということだった。本人は最初、怖がっていたが、昨年南の島でサンセットクルーズに乗ったことを話し、「あれに比べりゃ1時間くらいだし」と説得した。ただ実は当日の天気予報からは「(結構揺れるだろな)」と思っていたが電話では黙っていた。帆船はもちろん、数十年住み暮らした湘南の地を外洋から眺めることもたぶん初めての母には、我ながら中々粋なプレゼントだと思ったのである。当日、我々だけならチャリで散歩がてら足を運べばいいのだが、高齢の母を伴うと若干の作戦がいる。自家用車で送迎してやるのだが、何しろ恐るべき「激混みスポット」なのは先日のGW期間中にまざまざと実感している。
体験セーリングは14時の予定だった。「朝早くから行って、島内観光してから体験に行く」というプランもあったが、本島内はアップダウンが多く、セーリング後に甘辛と合流して食事することを考えるとかなりハードそうだから止めた。ただ江ノ島到着時間をゆっくりめすると今度は駐車場が満車で置けなくなってしまう。そこで昼食時間前くらいに迎えに行き、駐車場に入れなそうだったらそこで車から降ろしてその辺で見物でもしてもらい、自分はその間に家に帰ってポインター号で追いかける、という作戦で行くことにした。実際少し早めに茅ヶ崎の実家に迎えに行き、普段は決して自家用車などは使わない江ノ島に向かったが、GW後ということもあって思いのほか道路は空いておりあっという間に一番奥の駐車場入り口まで辿りついた。数台の駐車場待ちの車がいたが、「このまま待ってればイケるんじゃない?」と妻が言うのでその辺で散歩でもしてもらいながら待ち、20分ほどで無事に駐車することができた。
母と妻は新しくできたヨットハウスの中を見物して回っていたらしい。一般のヨットレースがあったようで、ハウスの中は見物客の他に関係者などで結構混雑していた。併設された「とびっちょ」で昼食を摂り、我々は先日皆でピクニックしたセンタープロムナードを散歩し、海辺を行くたくさんのヨットを眺めていた。ハーバーにはたくさんの大型ヨットが係留されていたが乗る船がどこにあるのかよく分からなかった。「どれが『やまゆり』なんだろうねえ」乗船30分くらい前に指定された場所で受付を済ませた。ネット予約状況では定員の半分くらいだったのだが、いつの間にかほぼ満席になっていた。受付や案内してくれる係の人だけでなく、操船するスタッフもいわゆる現役を退いたOB又はボランティアのような人たちでとても親切だった。心配された乗船時の段差も何なくクリアしライフジャケットを身に着けていよいよ出港である。
よく見ると操船するスタッフは「やまゆり保存会」なるワッペンをつけており、中には色々教わりながら独特の器具を操作している人もいる。港湾内の出口までのルートは結構ジグザグに入り組んでいて、エンジンにより前進したり後進したり、自動車初心者の切り返しように結構苦戦していた。乗客は大人子供20名くらい、スタッフは案内役、船の中心に構えてあれやこれや指示する「船長役」、そのまん前でエンジンと舵を担当する「操舵士役」の他に、私達の前でメインマストを操作する人、船の先端で踏ん張る「見張り役」、前後の帆を張ったりロープを操作する人などが配置されていた。ヨットの扱い自体は初心者ではないが熟練者でもない「もしかして、こちらも体験?」という人も混じっていたが、皆手際よく自分の役割を果たしている。港湾出口から外に出ると、3本のマストから勢いよく帆が張られたのが壮観だった。風が結構あったので、いきなり張った帆が大きく羽ばたいたのである。
残念ながら航行ルートは我々の住む江ノ島を挟んで反対側の西浜方面ではなく、稲村ガ崎方面に向かって江ノ島の裏側を回るというものだった。「今、ちょうど前から強めの風が吹いていますが、ヨットは飛行機が飛ぶ「揚力」と同じ原理で向かい風でも前に進むことができるんです」原理だけは知っていたが、実際に体験するのは初めてだった。実際は向かい風に対して45度の角度でジグザグに前に進むのだが、洋上の風など同じ向きで吹き続けるとは限らないから、いかにも「風に向かって」進んでいるようにも見えた。この仕組みをおさらいする(もしかして間違っているかもしれない)。帆が少し膨らんだ状態で風に向かってほぼ平行に張ると、飛行機の翼のように膨らんだ側と内側の間で流れる空気の速度の違いが生じ、気圧差による揚力が発生する。この揚力は帆に対して直角に生じ、ヨットを前進させる方向と横に押す力にベクトル分解できる。横に押す力はヨットの中央下部にあるセンターボードで(完全ではないが)打ち消すことができ、結果推進力によって(大体向かい風45度くらいまでは)前進することができる。
出港のときは「(敵襲があるわけじゃなし、やたら見張りがいるな)」と思っていたのだが、港を出ると小さなヨットやら漁船、そしてウィンドサーフィンなどそこら辺を行き交う船がやたらに多く、風力で進むようになってもかなり船長は周囲に気を配っていた。「10時に方向に赤いディンギー!(二人乗り小型ヨット)こちらを見えていますか?」「2時の方向から漁船、あれ平行して進んでますよね」「正面のウィンドサーフィン、どちらに避けてくれるかな」またクルーは「機雷」と呼んでいたが、あちこちに「蛸壺」や「ブイ」があり、中々操舵も複雑なようだった。やがて「じゃ、そろそろ進路を変えます。準備してください。ではタッキング(方向転換)!」船長の掛け声でメインマストの帆がグワーンと反対側に動いてあっという間に見事に船首がほぼ反対側に方向転換した。今度は江ノ島方面に向かって進み始めたのである。
帆を一杯に膨らませ風に乗ってやまゆりは快調に進み始めた。速度は7ノットくらい、この船体にしては速いそうだ。途中、少し舵を切ると船体が大きく傾き、母は緊張して手すりを掴む手に力が入り、我々も両側から支えてやったが「全然大丈夫、遠心力があるので、今まで落っこちた人はいませんよ」と笑うクルーに次第に安心し、エンジンを切って風の力だけでの航行と初めて見る裏江ノ島の景色を楽しんでいるようだった。風に乗って進んでいるのだから、船上にいる人は風を感じないのである。床からのエンジン音や振動もなく、静かに水面だけが流れていく様は「なるほどこれは優雅だな」と感じたものだ。初めて洋上から見る裏江ノ島は昨年の台風で崩落したという岩の部分が生々しくも新鮮に見えた。やがて「やまゆり」は再びタッキングし、たくさんの釣り人で賑わう灯台周辺を通過して元の湘南港に戻っていった。
途中、少し緊張して(怖がって)いたところもあったが、母にとっては初めての帆船航行と裏江ノ島の景色であり、下船するときもクルー全員から手厚く案内され、「まだ身体がふわふわするよ」と言いながらも満足そうには見えた。やはり少し疲れたようにも見えたのでその後は観光などすることはなく、そのまま一旦帰宅するともう試合を終えた甘辛がリビングで寝ていたのだった。私もやり方がよく分からなかったが妻や甘辛に聞いて母とLINEのやり取りをできるようにし、あろうことか私よりも早くアプリを使っていた母は早速妹さんにその日の写真を送ったりLINE電話をしていた。「最初は怖くて固くなったけど、中々面白かったよ」と少し興奮気味に話していたので、とりあえずは「母の日」の珍妙なプレゼントは成功したような気がしたのだった。