超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

鉄の塔

2011-04-29 14:42:44 | 職場
職場の番頭、O次郎が何やら出動の準備をしている。何を専門の業務としているわけでもないが、何かにつけて声がかかる「何でも屋」である。いわゆる「カネ」を持っているセクションだからだ。
ヘルメットまで持ち出しているから、一体どうしたのか尋ねたら・・・塗装の調査のため鉄塔に上ると言う。。。

関連会社が運営する鉄塔が、あるビルの屋上にあるのだが、近隣の住民の方から「塗装片が降ってきた」という苦情をいただいたそうだ。
塗装を塗り直してから1年半しかたっていないから、通常であれば破片が落ちることなど決してない。
大地震の揺れで剥がれ落ちたのか、屋上施設を撤去した際の作業ミスなのか、はたまた塗装作業が不十分であったのか・・・
東京の技術センターから専門家を呼び寄せて調査することになったという。
どうしてそんなに美味しい(もとい!大事な)話を私にしないのか?すかさずノッポさんに歩み寄り

「ねえねえ、午前中のオレの予定、全部午後にまわしていい?大した用事ないからさ・・・」

普段の私の言動から、すかさず何をしたいのか察知したノッポさんは、「全然OK」というブロックサインを返してくれた。
入社式待ちで預かっている女性新入社員のハナちゃんも本社から支給されたユニフォームを着て初々しく現れた。
16人いる新入社員でこんな経験ができる者などたぶんいない。さらに言うなら2度とはないチャンスだろう。それを逃さぬとはなかなか彼女もやるな・・・

私はどうしても外せない打合せが一つだけあったので、O次郎とハナちゃんと3人で後から合流することになった。
ハナちゃんは新人らしく私とO次郎に色々なことを尋ねてきた。このビルのすぐ近くにある中学校を卒業した地元民らしい。
当該のビルまでは社用車で20分ほどだ。先発隊は10名くらい、会議室で準備していた。
東京の技術センターから来たエンジニアがどんな調査をするのか概要を説明し始めた。

「地震の揺れで塗装が剥がれたとすれば恐らくボルトの接合部だと思います。塗装自体の良し悪しはナイフで傷をつけ、専用のテープでどれくらい剥がれるかで評価します。
また塗装自体の厚みはこの装置で測定できます。だいたい700マイクロくらいで三層構造になっており・・・・」

「おいおい、Oちゃんよ、我が社には色んな専門家がいるもんだよなー」私は隣のO次郎に囁いた。ハナちゃんは熱心にメモをとっている。左腕には「研修生」という黄色の腕章をしていた。そのビルで勤務し鉄塔を管理する責任者らしいおじさんが、

「私が本日の作業の『安全班長』を務めさせていただきます。初めて上られる方はいらっしゃいますか?」

実は私は数十年前、新入社員だった頃に2度ほど上った経験が。ハナちゃんはもちろん、O次郎と災対で散々一緒にいた関連会社のエンマ様が手を上げた。
へーっ、顔の怖いエンマ様上ったことないんだー。。。ヘルメットが頭に入らないとか・・・?!
安全班長はテキパキと注意事項を話し始めた。その日の体調が悪くないこと、既往症を持っていないこと、服装の点検、ベルブロックの付け方、そして梯子の上り方、などである。

「先端は60cmくらいの柵しかありません。作業上、ホントに必要なときに限ってください。その際は補助ロープを使うことになります。余震で揺れる可能性もゼロではないので、できるだけ皆さん中心部でブロックを付けたままにしてください」

そうか・・・?!肝心なことを忘れていた。そもそも地震で揺れたのが原因かどうか調べに来たんだった。更に揺れるかもしれないと忘れるなんて、なんという「仁和寺の法師」だ。
ハナちゃん、まずいかなー。やっと社会人になって我が社に来たのに、万が一何かあったらご家族に申し訳がたたぬ。
しかし当の本人はやる気マンマンだ。今更「今回はやめよう」と言っても納得しないだろう。。。

8階の屋上に出る前に全ての装備を装着し、覚悟を決めて鉄塔の下に立った。
上を見た瞬間、足がすくみ上がって凍りつきそうになった。地上からビルの屋上までは約40m、その上にそびえ立つ赤白の鉄塔はさらに40m。
展望用のものではもちろんないから、階段(というより梯子)はほぼ垂直くらいに急だし、最初のプラットホーム(アンテナなどを設置する台座)まで、途中には何もない。。。

「オッオレ、やっぱ下で見てようかな・・・」

しかし「てっぺんまで上りきったら、一杯おごりますよ。。。」といかにも無理だと、というヘリの嫌いなスティーブの冷やかし顔を思い出し、敢然とブロックにロープをセットした。
この「命綱」は実によくできていて、梯子の右側にレールのように設置され、上っているときはローラーが回ってコロコロついて来るが、足を踏み外したりして落下しそうになると、シートベルトのように引っかかり支えてくれる構造になっている。

第一プラットホームまではひたすら下を見ないで上り続けた、梯子階段の幅は60cmほど、途中で折り返す狭―い踊り場がある。
万が一落下物があったりするときのことを考え、前の人が踊り場で折り返すまで次の人は下で待っているルールになっている。
どうも軍手が滑って怖ろしい。私はいつの間にか渾身の握力でレールを握っていた。
握力を計測したら70kgくらいはあったろう。。。

ようやく第一プラットホームに辿りついた。ハナちゃんは好奇心バリバリでとことこ歩き回っていたが、私は中心部の柱にほぼしがみ付いていた。「ここ、下が丸見えじゃんか・・・」
台はすのこ状になっており、はるか下に屋上施設が見える。。。こっこれはハンパなく怖ろしいぞ。

「ここで慣れればもう大丈夫。後は一段下のプラットホームしか見えませんから」

安全班長はスタスタと次の梯子を上って行った。作業員はその場でしばらく調査した後、さらに2段目を向かう。しかたがないので私も続いた。さすがに言われたとおり少し慣れてきた。
2段目には色々な機材が設置されていた。ムクドリらしき鳥の巣があるらしく、何羽かが飛んできたりしたが、端のほうなのでとても見に行く気になれない。。。
3段目を超えて一気に最高部へ。
うぉーっ!何もねえ!真ん中に2mほどの小鉄塔があったが、360度ミラクルビューだ。

     

少し風があるが、なかなか絶景なのは確かだ。気温が上がってきたので少しガスってしまい、寒いときには遠くまで見えるこの地方の三山もその日は見えなかったのが残念。。。
向こうに県庁の建物が見える。手の平に乗せてワンショット収めた。(編集できなくて載せられないのがこれまた残念)
エンジニアはさすがに慣れたもので、リュックから色々な工具、計測器を取り出し、様々な調査を行っていた。
証拠写真を撮っていた「飲むとすぐに服を脱ぐ癖のある」トンちゃんが珍しいものを発見した。「カラスの巣」である。

        

ホームの縁近くにどこからどう持ってきたのかワイヤーハンガーを重ね、中心には小枝を集積して「ツバメの巣」みたいなものを作っている。
ここ地上高80mだぞ。こんなところに巣を作るのか?しかもなんと、中には卵が4つほど安置されているじゃないか・・・へー!カラスの卵なんて初めてみたぞ。
熟練さんに聞くと、そう珍しいことではないそうだ。しかしどの動物もそうだが、「巣にいる」ときは信じられないくらい獰猛で「攻撃」してくるから近寄ってはいけないらしい。

また作業上、巣を撤去するときに卵があった場合は、鳥獣保護の観点から「野鳥の会」へ届け出るそうだ。カラスに対しても結構気を使ってるのね。
最高部に小一時間ほどいたろうか。。。このとき震度5の余震がきたらどうしよう、とは思い付かなかった。
調査の結果、塗装の不具合ではないことがわかった。またあちこち接合ボルトの回りが剝がれ落ちているのが発見され、それも最近の傷のようだったことから、やはり地震の揺れで塗装が剥がれ落ちたものという結論に至った。

帰りは結構怖さも和らぎ、するすると降りてこられた。ハナちゃんは初めての経験に少し興奮気味のようだった。
「新入社員で上ったの、初めてかもしれないよ。。。」
Oちゃんが笑うと、エンマ様は「いや、この県で上った初めての女性かもしれん・・・」
(実は一人だけ先達がいたらしい)
色んなところの写真を掲載したいところなのだが、念の為機密上、てっぺんからの景色だけにしてしまった。(ごめんなさい)

オフィスビルに戻って来たその日の夕方、本館にいるやはり新入社員二人の歓迎会をやるために、久々AKBちゃんが迎えに来てくれた。
駅周辺の会場まで歩きながら、ハナちゃんと共に鉄塔に上ったことを話したら、

「えーっ、そんな美味しい話、なんでしてくれないんですかぁ?もう行くことないの?今度行く時絶対声かけて下さいよー」

100%マジで残念がっている。2年先輩でもうバリバリ戦力となっている彼女の仕事内容では「鉄の塔」に上ることなど200%ないんだけどねえ。。。「まっ、まあ、そのなんだ、Oちゃんに言っとくよ」
しどろもどろに答えた。彼女も私と同じ「香り」を持つそういうこと「嫌いじゃない」性格なんだなー。
県民性なのか、どうも女性軍のほうがたくましい感じがする。。。
(写真に写ってるのが誰なのかなどと論じないこと)