オンライン診療、態勢遅れ コロナ下で全面解禁1年
2021年5月9日 日経
新型コロナウイルス下で、初診も含めたオンライン診療が昨年4月に時限措置として全面解禁され、1年が経過した。新たな選択肢として好評だが、医療機関の対応は鈍い。利点を生かし、適切な治療につなげるには対面との使い分けも重要だ。
「保健所に連絡がつかなかった頃、医師にオンライン診療で相談でき、心強かった」
都内の会社員、牧野誠さんは昨年4月の出来事を振り返る。同僚にコロナ感染の疑いが判明し、自身も37.5度以上の発熱に見舞われた。医療機関を訪れることは「もし自分が陽性だったら誰かに感染させてしまうかもしれない」とためらった。
発熱3日目。10年来のかかりつけだった山下診療所のホームページを開くと、オンライン診療を受け付けていた。専用アプリをインストールし、その日のうちに受診できた。対応した山下巌理事長は呼吸器症状がないとして自宅待機を指示した。
3日後、せきが出始め、再びオンラインで受診した。山下氏はコロナ感染の可能性があると判断した。保健所経由でPCR検査を受けた牧野さんは結果判明までの間に症状が悪化。陽性が判明し入院が決まるまでの間にも2回、オンライン診療でせき止めの処方を受けた。
コロナは容体急変のリスクがある。牧野さんはスマホで医師とつながる安心感があったという。オンライン診療を推進する有志の会の代表も務める山下氏は「1回の対面診療より2回のオンライン診療の方が有効な場合がある」と語る。
政府は昨年4月、コロナの院内感染のリスクを下げるため、オンライン診療を特例的に解禁した。コロナ前は初診からの利用は認めず、対象範囲も高血圧や糖尿病など計画的に治療する慢性疾患に制限していた。感染が収束するまでの間は制約を取り払い、コロナ疑いも含めて発熱や頭痛といった急性期の症状でも受診できるようにした。
推進派の山下診療所も特例解禁前のオンライン診療の利用は月10件に満たないこともあった。解禁後の昨年4月は約140件、5月は約160件に急拡大した。感染第1波が落ち着いた昨年6~7月の利用は月100件程度だった。「感染が拡大していても医療を受けたい患者の受け皿になった」(山下氏)
遠隔診療に対応する医療機関は少数派だ。厚生労働省によると、電話も含めた遠隔診療を実施する医療機関は全体の15%の約1万6000施設、初診から対応するのは6%の約7000施設。初診利用は解禁直後の昨年5月の約1万件がピークで、その後は月5千~7千件台で推移する。大半が電話による受診で、オンライン初診が右肩上がりで増えている状況ではない。
自宅や宿泊施設で療養するコロナ患者へのオンライン診療も広がっていない。
専用のシステム導入などに費用がかかるのに診療報酬は対面よりも低い。患者は便利でも、同じ診療行為を低く評価される不満が根強い。オンラインに時間を割くより「目の前に患者に来てもらった方が早くて楽で報酬も大きい」(都内のクリニック)。画面越しで得られる患者の情報も限られ、病気を見逃すリスクを気にする医師もいる。
菅義偉首相は時限解禁したオンライン診療の恒久化を指示した。厚労省は今年6月に制度をまとめ、秋の指針改定を目指す。制度定着に期待がかかる一方、「揺り戻し」の動きもある。
日本医師会は受診歴のない患者をオンライン診療することに反対し、田村憲久厚労相は初診はかかりつけ医に限る方針だ。
初診を認める症状も焦点だ。厚労省は昨年12月の検討会に、オンラインだけでは判別のつかない重大な疾病が隠れている可能性があるため「オンライン診療に不適切な症状」を初診から除外する仕組みを提案した。発熱や頭痛、腹痛といった急性期の症状が念頭にある。軽い症状で利用する患者も多く、複数の専門家が「入り口を狭めてしまう」と否定的な意見を述べた。
多くの医療機関はオンライン診療の患者でも症状から必要と判断すれば、直接の対面診療に切り替える流れを確保している。「まずは相談を受けて、検査が必要な場合には来院してもらっている」(山下氏)
牧野さんも今年、胃の調子が悪くなった時は対面受診を選んだ。「触診してもらった方が安心だった。仕事が忙しい時はオンラインにしようと思う」と対面とオンラインを使い分ける。
議論では、オンライン診療が既存の医療を壊すとの極端なイメージになりがちだ。牧野さんは「選択肢として自然に組み合わせられるようにしてくれればいい」と話す。
治療用アプリ、遠隔診療を後押し
国内初の治療用アプリの登場もオンライン診療を後押しする。医療スタートアップのCureApp(キュア・アップ、東京・中央)は2020年12月、禁煙治療用アプリを発売した。保険診療による標準的な禁煙プログラムは12週に5回の診療を想定する。20年4月から初回と最終回以外の2~4回目をオンラインで代替できるようになった。ただ呼気の一酸化炭素濃度の計測がオンラインでは計測できない課題があった。
禁煙アプリは呼気測定機器がセットだ。みやざきRCクリニックの宮崎雅樹院長は「オンライン診療に治療アプリを組み合わせれば、禁煙成功率が高まる」と期待する。
高血圧治療やうつ病治療などの分野でもアプリ開発が進む。アプリ治療が広がれば、オンライン診療を選びやすくなる。