熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ムハマド・ユヌス著「ソーシャル・ビジネス革命」

2011年02月09日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   ノーベル賞受賞者の著者ムハマド・ユネスは、貧しいバングラディシュの婦人たちに、少額の事業資金を無担保で貸し出し事業化したグラミン銀行の創立者として有名であるが、この新しい企業経営思想は、正に現代の資本主義への挑戦であったが、更に、これを発展させたソーシャル・ビジネスと言う概念が、グローバル経済に大きなインパクトを与え始めている。

   2008年に始まった世界的な金融危機で、従来型の担保に頼った巨大銀行が崩壊するなど壊滅的な打撃を受けたが、グラミン銀行に始まった担保に頼らない世界のマイクロクレジット・プログラムは益々勢いを強めている。
   現代の資本主義は、人間は自己の利益のみを追求して経済活動を行うものであるから、企業は、利益の最大化と言う経済目標を一途に追い求める存在だと考えられているが、この大前提は、人間の本質を誤解している。人間が多次元的な存在であると言うのはごく基本的な事実であり、人間の幸福は金儲けだけではないはずで、様々な要素が絡まっており、社会的利益を最大化するためには、政治、経済、感情、精神、環境など、人生のほかの側面が果たす役割を無視できない筈だと言う。

   人間は、利己的な存在であると同時に利他的な存在でもある。
   したがって、ビジネスにも二種類あって、一つは個人的利益を追求するものであり、もう一つは総てが他者の利益のために行うものである。
   前者は、他者を犠牲にしてでも個人的利益を追求する在来型の資本主義下でのビジネスであり、後者は、他者の利益のために専念し、他者の役に立つと言う喜び以外、企業の所有者には何の利益もないと言う、人間の利他心のみに立脚したもので、ユヌスは、これを、「ソーシャル・ビジネス」と定義付ける。

   ソーシャル・ビジネスの目的は、商品やサービスの製造・販売・提供など、ビジネス手法を用いて社会問題を解決することである。
   社会問題の解決に専念する「損失なし・配当なし」の会社なのであるから、企業を所有する投資家は、上がった利益をすべてビジネスの拡大や改善に再投資する。
   一定期間後に投資の元本だけは回収できるが、手元に元本以上が戻ることはなく、例外は、貧しい人々が所有する営利会社で、貧しい人々が銀行の所有者となり、預金者と顧客の両方の役割を果たすグラミン銀行のようなものだけだと言う。

   しからば、そんな利他的で一銭も得にならないビジネスに誰が出資するのかと言うことだが、資金源は沢山あって、慈善事業に回されている資金や無数の寄付者の慈善心によって支えられている財団や非営利組織は勿論、人間の棲みよい世界を作ろうとする人々や組織が喜んでポケットマネーを差し出してくれる。
   世界を変えるソーシャル・ビジネスを築くためになら、喜んで、資金だけではなく、創造力、人脈、技術、人生体験など多くのリソースを提供してくれていると言う。

   更に興味深いのは、グラミン銀行の初期のソーシャル・ビジネスの多くには、合弁の相手があるのだが、本来は営利企業である筈のダノン、ベオリア・ウォーター、BASF,インテル、アディダスなどの大企業がパートナーであり、現に、成功裏に合弁事業を推進しており、ユニクロとも話を進めている。
   貧しい人々の支援に専念する組織と、利潤の最大化を追求する営利企業とがパートナーシップを組んでビジネスを行うと言うのは、全く新しい企業概念だが、企業のCSRであろうと宣伝であろうと目的は一切問わず、趣旨に賛同して事業を推進してくれれば、大いにムハムド・ユヌスを利用して頂けば結構だと言う。
   実際、営利企業もソーシャル・ビジネスの事業主体も、その目的や成功の定義などが違うだけで、ドラッカーの理論を踏襲すれば同じマネジメントを行っているのであるから、経営手法や経営戦略など経営学の展開は同じであり、むしろ、新参者のソーシャル・ビジネスの方が、営利企業が持っている高度な技術や経営ノウハウなどの経営資産から得られるメリットの方が高い筈で、また、認知度等レピュテーション・アップで、宣伝効果抜群なのである。

   また、営利企業側のメリットであるが、このユヌスの意図するソーシャル・ビジネスの戦場と言うか土壌は、正に、今注目され始めている膨大な最貧層人口を持つ次のグローバル市場であるので、その市場へのアクセスと足場を築けると言うチャンスともなり得る。
   更に、プラハラードの「ネクスト・マーケット」で展開すされているBOP(The Bottom of the Pyramid 最貧層)市場におけるイノベーション、すなわち、ビジュー・ゴビンダルジャンの説く「逆イノベーション」を、最も早く有効に吸い上げて活用できると言う巨大な利点があると考えられる。
   この逆イノベーションが、最も華やかに生まれていて、グローバル経済に大きなインパクトを与えているのは、インドを筆頭とした新興国だが、クリステンセンのローエンドの破壊的イノベーションの新展開でもあり、この逆イノベーションから生まれた財やサービスが、BOP市場から、更に、台頭しつつある新興国の新中間層ボリュームゾーン、先進国の底辺層などの膨大な市場へて展開されて行くであろうから、将来性は極めて大きい。

   ユヌスのソーシャル・ビジネスは、現代資本主義を大きく変革する概念であるとともに、BOP市場からのグローバル経済の大きな変革メッセージでもあり、重要な経営革新への示唆を示していると言うことである。 
   多くの示唆に富む提言が他にも随所にあるので、機会を見て再述するが、これまでとは違って、経済社会的に途上国で貧しいと思われている国から新しい経済社会や経営に関する理論が生まれ出でると言うことは、正に、フラット化したグローバリゼーションの成せる業だと考えられよう。
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