「ぐうたら ・フォト日記」

「ぐうたら」を生活信条とする、ぐうたらなフォト日記です。時々『写真の無い・フォト日記』にもなります。

長が~い夏休み?!

2016年08月31日 | フォト日記
8月も今日で終わり、例年この時期は海外に行っているのですが、今年は夏休みにかけて仕事が来ると言うので6月の初めにヨーロッパに行ってしまいました。
ところが6月半ばに来るはずの仕事は待てど暮らせど来ず、「一体どうなっているんだ?」と思いつつ、いつ来るかもわからない仕事のために、暑い事務所で悶々とした日々を送っていました。

僕の場合、仕事を待っている時は仕事が来ず、しびれを切らして遊び始めると仕事が来るパターンが多く、結局8月10日になって「お盆明けまでにお願いしま~す!」「えー!、6月半ばからお盆明けまでだったのでは…?」(約束が違うぞ!)

そのあとも福島のがれき破砕施設での測定、その結果を反映してのやり直し計算と続き、26日から行く予定だった40年来の山友達(今はもう登らない?!)との超久しぶりの旅行は、出発を1日ずらして何とか約束を果たすことが出来ました。

約束と言えば、2年前「また来ます!」と言ってきた村上の「だーまた丼」も食べられたし、乗った事のない陸羽西線も乗ったし、青春18切符を利用した毎年恒例の、体力測定を兼ねた一泊二日「日本の今を見る旅」は今年も無事に終了しました!

台風の動きに合わせたとは言え、勝手気ままな、あっちこっちと行く先の変わる旅に同行してくださった。一つ年上のT.Hさんに感謝しなければ!

上の写真は、半ば偶然泊まった阿賀野川越しに磐越西線の見える「絵描きのやど福泉」の窓からちらっと見えたディーゼルカーです。(わかるかな?)
津川と言う駅でSLばんえつ物語が15分停車すると言う理由だけで選んだのですが、津川の津と言うのは港を表す地名と言う事を知り、この川を新潟から帆掛け舟が上ってきたことが信じられず、Webを調べたら、面白い資料が出てきました。

百年前に英国人の女性イザベラ・バードが旅行記を書いているのです。写真も載っているようなので、アマゾンで買ってしまいました。
また新しい世界が広がって行く予感!?


だーまた丼を食べて、海を見て、新庄では虹を見た!

米沢からは山形新幹線でショートカット!?
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原点回帰?

2016年08月18日 | フォト日記
漫画家さんの作る新つれづれ草と言う同人誌の企画(僕は写真で参加しています)で、秋に森下文化センターで展示会をすることになりました。

テーマが「私たちのマンガ史」という事なのですが、僕だけ必然的に「私の写真史?」
と言う訳で、実家の戸棚をごそごそとコンテストの入選作品の載った本を探して居ると、埃まみれの小冊子が出てきました。
「世界で一番小さい公共交通」と言うタイトルです。

ロムニー・ハイス&ディムチャーチ鉄道と言う15インチゲージの遊園地のおもちゃの汽車見たいな観光鉄道(と言っても23Kmも線路があります)なのですが、左の本は中学生の時、神田の古本屋街を歩いていて、本物のSLの本だと思って買った本です。
家に帰って辞書と首っ引きで英語を読んでいるうちに、「なんか写真が変だな…?」と思ってやっと小さなと言う事が「公共鉄道の小ささ」でなく「模型の小ささ」であることに気が付いたのです。
と言うか表紙の写真を見て、頭っから普通の大きさと信じ切っていたのでしょう。

それからン十年、SLが無くなってから鉄道写真はまったく取らなかったのですが、40歳を過ぎて外国に行きだしたらSLが残っていました。そして最近になってまた国内でも鉄道写真を撮るようになり、還暦と言う言葉の意味が何となく分かってきた気がします。
右側は2001年にロンドンから南下してわざわざ乗りに行った時に買った小冊子です。表紙の機関車は同じですね…?

またここに行きたくなってきたな…!?
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今日は終戦記念日?

2016年08月15日 | フォト日記
オリンピックのニュースに比べて、なんと放送時間の少ないことか…、多摩川では花火が上がっている。ここでは花火が見えず、音だけ聞こえてくるから、まるで爆撃されてるような気がしてきた。終戦記念日に花火?、そんなものだろうな…?

4月の写真展に書いたキャプションを載せておこう!

10セント硬貨を五つ握り締め、ウドバーハジーへのシャトルバスを待っていた。何年も前から行きたいと思い、ガイドブックやホームページで何度も確認したバスだ。ダレス空港のDoor6 2Eのシャトルバス乗り場に12時にそのバスが来ることも去年行った人のブログで調べた。5分・10分・・・、ディパックを背負った若者も5・6人待って居る。その間に行き先に見覚えの無い大きな路線バスが2台、目の前で止まり誰も乗せず出て行った。

20分が経ったので、そばにいる誰かに聞こうと思ったけれど、誰も皆並ぶでもなく4・5メートルの間隔でスマホ片手に立って居るので、言葉をかけにくい。次に大きなバスが来たとき、スーツケースを持ったカップルが運転手に話しかけて乗って行った。それに続いてディパックの若者も乗って行った。「あれ、あのバスが行くのだろうか?」と思い、次に来た時運転手に聞いてみたら行くとのこと、料金は1.75ドルだった。
 最近システムが変わりワシントンDCに隣設する市の路線バスで行くようになったようだ。そんな事どこを調べても書いてなかった。外国には行ってみないと分からない事が沢山ある。

そんなこんなで30分以上ロスしてしまい、気をもみながら立っていたせいか、目的地に着いた途端それまでの疲れがどっと出てしまい、緊張感はかなり緩んでいた。広島に原爆を投下したエノラゲイを目にしても、実感は湧かない。何年も前から思い描いていたのに何の感慨も湧いて来ない。ただ銀色に輝くB29の機体の大きさと、着陸装置のない人間爆弾「桜花」の小ささだけが目に焼き付いている。
「この差はいったい何なんだ?!」
呆然と眺めていると二人組みの若者が話しかけて来た。近所に住んでいるアメリカ人らしい。ディックとレイと言っていた(気がする)。「この飛行機を見てどう思うか?」と聞かれたけれど、僕にはさっきのシャトルバス事件の方が遥かにショックだった。
「何にも…!、僕は2年前からここに来たいと思って、ルートを一生懸命調べたんだ!、なのにバスを待っていても調べたバスが全然来ないんだよ!」若者たちの表情が和らぎ笑顔になった。「あなたの家族はどうなんだ?」、「うーん、そう・・・、何と答えたら良いのだろう?」

子供の頃に聞いた母親の戦争体験を拙い英語で話しながら、単語が出て来ず言葉に詰まった時、何を思ったか若者の一人が僕の肩に手を回しポンポンと背中を叩いてくれた。感極まったと思ったのだろうか…?

 戦争末期に兵隊に取られた父親は戦争の話を一切しなかった。母親はB29による横浜空襲を経験して居る。焼夷弾が雨のように落ちる夜中、赤ん坊だった兄を背負って逃げまわったそうだ。その話の後は必ず「戦争なんてもう嫌だ!、あんな経験、二度としたくない!」
と吐き捨てるように言った。ベトナム戦争の映像が毎日のようにテレビから流れていた頃だ。兵士が飲むと言うアサヒやキリンの缶ビールを、山ほど積み込んでいる沖縄の輸送船の映像を見て「戦争特需」と言う言葉を知った。

そして最後に「うちの父ちゃんが戦争に行くくらいだから、日本は戦争に負けたんだ!」とも言った。大正生まれの母親はシニカルな一面を持っていた。その話を若者にしたかったのだけど、僕の英語能力ではとても難しく、「マイマザー…」と言っただけで言葉に詰まってしまったのだ。必然的に話はそこで終わり、心やさしい若者が肩に手を回してくれたと言う訳だ。

 ディックが「写真を撮ろうか?」と言ったのだけど、僕は自分の老いた姿を残したくないので「No,no!」と言ったのだけど、せっかく言ってくれたので、「じゃあ、一緒に撮ろう!」と通りかかった人にカメラを渡した。



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新しい望遠ズームを持って撮り鉄の旅に出ます!

2016年08月08日 | フォト日記

有楽町のBカメラに行って、18-200mmのズームレンズを買おうとしたら、どういう訳か18-270mmを薦められてしまいました!?

最初からシグマのレンズに決めていたのに、それを頼んだら、「こんなのもあって、軽くて安いです!」
「これも、ほとんど同じ値段でスペックは270mmだから、だいぶ長くなります!、重さも大して変わりません!」
「なんだよなー!、シグマって言っているのに…?」と思ったらタムロンの販売促進員という名札を胸につけていました!
ちょっと信じられないな…?、と思い結局カタログを見て、さんざ悩んだ結果、最終的にはヨーロピアン・ズームレンズ・オブ・ザ・イアーと言うカタログのマークで決めました!
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