「ぐうたら ・フォト日記」

「ぐうたら」を生活信条とする、ぐうたらなフォト日記です。時々『写真の無い・フォト日記』にもなります。

熱き血潮!

2005年08月28日 | フォト日記
ソウルから戻りました。調べたら2年半ぶりでした。
物価が上がって地下鉄は初乗り900ウォンで距離によって上がってゆく形になっていました。喫茶店もス×バが増えド×-ルを見かけなくなっています。
ちなみにコーヒーは軒並み3000ウォン以上で日本より高くなっています。ス×バはどうも、日本人が集まるところに出店する戦略のような気がします。全州ビビンバの入り口にも出来ていました。

写真は教保文庫の横でやっていた、戦争で母を失った子を支援する運動です。
ボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌っていたので、立ち止まって聞いていると、僕にもローソクを持ってきました。国会議員に葉書を書いてくれと言うのですが、日本人だと言って1000ウォン寄付してきました。若者の熱き血潮はまだ健在のようです。
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ソウルレポート

2005年08月27日 | フォト日記
2年振りくらいのソウルですが、地下鉄に弱冷暖房車が出来たり、ホームから外に出るエスカレータが出来たり、日本のように変わってきている印象があります。
軟弱化への道をたどりつつあるのかもしれません。
人と人との距離も変化しなければ良いなと言うのが今回の印象です。

あまり時間が無く、午前中はメールを確認しに観光公社に通って、仕事のメールを見たりで、代わり映えのしない休日です。

ブログに写真を貼り付けられれば良いのですが、ここのコンピュータは無理なようです。郵便局のコンピュータでは、USB端子にメモリースティックをはめてイヤホーン持参の強者がいました。

今日は大学路で演劇を見て、明日の朝には日本へ帰ります。
帰ったら写真つきのフォト日記をアップします。
では
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雨男健在です。

2005年08月25日 | フォト日記
雨です。どうもこの時期ソウルに来ると、雨男になります。
観光公社のインフォメーションのコンピュータから書き込んでいます。

チョンゲチョン広報館に行ってきました。
東大門のインフォメーションで無料バスの停留所を聞いたのですが、分からないらしく、ボランティアらしき日本語の上手な年配の人が一緒に探してくれました。
別れ際に写真を撮らせてもらいました。
広報館では、アルンダウンヨジャ(美しい女性)が沢山いるからと言って受付のおばさん3人の写真を撮りました。

さっきスタバに入ってトイレの場所を聞いたら「入り口を出て右を上がる」と教えられて行って見るとどこだか分かりません。
仕方無しに戻ると、若くてきれいな人(お客さん)が、「こっちです。」と言って案内してくれました。ガレージの向こうのビルの2階でした。
お礼を言って、話したかったのですが、帰ってみるとカップルで出て行くところでした。
ウェロウン、ヨジャガ~、アルンダウォヨ~>ODA-SAN
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ソウルに行く予定です。

2005年08月24日 | フォト日記
今日出発するはずです。
目的はソウルの町に川をよみがえらせるチョンゲチョンプロジェクトを見ることです。
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夏の終わり

2005年08月20日 | フォト日記
夏も終わりが近づいてきました。僕は夏休みも取れず、心も荒んで来ているのですが、電車から見える夕日がきれいだったので、いつもと違う道から帰ってみました。
と言っても駅の向こう側に渡り、いつもと違う階段を下りただけなのですが、そんな事でも結構気分転換になります。

荒んだ心には音楽が良いだろうと、明日はアジョッシーズの夏季強化練習です。曲は来年正月の大阪デビューをターゲットに「大阪で生まれた女」、老化防止のため暗譜を目指しています。ただし、前回の騒音計(?)を前にした練習では、あまりの熱唱にコンピューターがダウンしました。聞くにはそれなりの覚悟が必要です。 
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気になっていた事

2005年08月15日 | フォト日記
終戦記念日です。テレビでは政治家・閣僚の靖国参拝のニュースをやっています。「不幸な過去を反省し、世界の平和を目指す」と言った決まり文句も多々出て来るのですが、僕は半信半疑で聞いています。

それはそうと、上の写真は戦時中の朝鮮、天安(チョナン)駅でのスナップです。僕が撮ったわけではありません。偶然手元に入って来た写真なのですが、3月15日のフォト日記に書いた事に対する答えがまだだった事を思い出しました。戦時中の朝鮮半島の地名のことです。
結局、質問にあったソウルの町名が「ちょう」であるか「まち」であるかは分かりませんでした。でも一応調べてはいました。国会図書館の地図室に行くと朝鮮総督府作成の「一万分一朝鮮地形図集成」という本がありました。それによると平壌でも、南町、幸町、櫻町、大和町などという地名があります。ただ残念なことに、ルビが振ってありませんでした。
さらに「近代中国都市地図集成」と言うのもあり、1922年の大連の住宅地図には、明治町、浅間町、大江町などと言う地名が読み取れます。「大日本××会社」という日本の企業の名前もあります。

そんな地名を見ていると「侵略戦争で無くて何なんだ?」と思うのですが、こんな事は歴史の教科書には書いてないのでしょう。
テレビでは、戦後60年という事で討論会もやっています。
色々な世代の人(どういう基準で選ばれたか分からない日本人・中国人・韓国人・その他のアジア人)が、それぞれの立場で討論をしているのですが、自分の目でものを見ている人は少ないような気がしました。

前述の靖国参拝のニュースを見ると、やはり「戦争は政治家・軍部の責任であり、日本の一般大衆も犠牲者だった。」と僕は思うのですが、そういう視点に立った報道がまったく見られない事が、僕には恐ろしい気がします。
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思い出の風景

2005年08月10日 | フォト日記
今年は戦後60年という事で、テレビでは広島・長崎関連ののドキュメンタリーが毎日放送されています。僕も毎日勤めてみるようにしています。戦争体験者が少なくなり、戦争・原爆の記憶が風化して行く現状が嘆かれているようです。
一方でこのような現状は、今だ世界の各地で起こっている事でもあります。世界各地での武力紛争、テロ騒ぎに原子力施設での被爆事故・・・。
僕は戦後5年経って生まれたのでもちろん戦争を知りません。しかし、広島というのは強烈な記憶として残っています。

中学2年生の夏休み、同級生と連れ立って夜行列車をに乗り、家出少年と間違えられながら、広島から山陰に抜ける旅をした時のことです。
ちょうど8月6日の朝に広島に着く列車は、原水爆禁止大会に向かう若者で溢れていました。
広島駅で写真を撮っていると8時15分にサイレンが鳴り、すべての人が立ち止まって黙祷を始めたのです。何がなんだか分からないまま、僕らも黙祷を捧げたのですが、その時(1964年)の事は今でもこの季節になると思い出します。
その後、大学生になって平和記念館にも2・3回行きました。しかしそこでの記憶よりは、後に行った丸木美術館の原爆の絵や、井伏鱒二の「黒い雨」と言う小説での体験が大きく影響しているような気がします。

写真は、黙祷のすぐ後、汽車に乗り中国山地をうねうねと登っていった備後落合という山間の駅です。
こんな夏の暑い日ざしの下、のどかに暮らす人の上で原爆が炸裂したのです。
いつの世にも権力に逆らうことの出来ない弱者が、都合の良い正義を理由に、戦争に駆り出されて行くのです。
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爽やかデュオ敗退す!

2005年08月07日 | 音楽
今日はノレチャラン(韓国KBSのど自慢)の予選でした。歌は「カウル ピョンジ(秋の手紙)」と言う80年代のフォークソングです。12時にODA-SANと待ち合わせ会場に向かいます。出場者は142名、予選通過は20名程度と言うので7倍の競争率です。KBSの担当者の説明によると、歌のうまさより、特技があるとか、キャラクターをアピールした方が有利だと言います。
始まる前からステージ前に出て踊りをアピールする人も居ました。ODA-SANと顔を見合わせ、「ちょっと雰囲気違うな・・・」と、自信を無くしかけたのですが、気を取り直し、会館のロビーで練習しました。

応援に来ていた韓国人(知らない人)を相手にリハーサルをやった段階では、「優勝確実だね!」と言う声もかかったのですが、予選の雰囲気はどうもキャラクター重視、タレント性の無い人は審査員からの声もかからないようです。あらかじめ書類段階である程度審査してあるのか、この歌は悲しい歌だから、悲しく歌うようにとか注文がついて、2回歌う人がいたり、でんぐり返し披露したり・・・、おまけに僕らの世代の男性が一番多いのです。「う~ん、難関かもしれないな・・・?」

待つこと5時間、ステージに上がったのは5時過ぎでした。韓国語で何か聞かれたときの想定問答も考えていたのですが、何も聞かれません。審査発表は5時50分、案の定僕らは落選です。日本人の中年男性は、歌詞の分からないところはラララで歌いますと言って、しゃべってばかりいたオジサンが選ばれていました。日本の良心を売り物にした『爽やかデュオ』は完敗でした。

写真は終了後会場を離れ、汐留シオサイトで残念会を催すアジョッシーズの二人です。今日は3回もス×バに入りました。

ODA-SAN、長い時間お付き合いしていただき有難うございました。我々はこの世界では、まだまだ爽やか過ぎますね?

平静を 装いつつも お互いの 心に刻む 今日の悔しさ   「涙!」
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今日買ったもの

2005年08月05日 | フォト日記
相変わらず川口通いです。この暑さに耐え兼ねてかデータのバックアップに使っていたノートパソコンが壊れてしまいました。「この次ぎ壊れるのは、僕かも知れない」と思いつつ、朝10時には川口を出て、東京駅からタクシーで越中島に行きました。途中佃島を通ったのですが、この辺も高層マンションが立ち並んでいます。

打ち合わせが延びたので、帰りも東京駅までタクシーに乗り、横浜での仕事に向かいました。昼食をとる時間が無いので、横浜駅構内の喫茶店でサンドウィッチを食べ、お客さんと待ち合わせ、桜木町のランドマークタワーの35階に向かいます。新たな仕事の打ち合わせです。
「高いところばかり昇っているな・・・、何とかと煙は」と言うと一緒に行ったお客さんに失礼なので(?)言わなかったのですが、本当に毎日高いところばかり昇っています。

帰り道に、昨日目を付けて置いたノートパソコンを買い、またまた川口に戻ります。
暗くなる前に準備をしてしまおうと(空き家なので電灯が無いのです)、パソコンをセットアップして、前日のデータをハードディスクにコピー、その間に夕食を食べるついでに買いに行ったのがジョーロです。
これを何に使うかは、世界的大発見に繋がる可能性(?)があるので内緒ですが、値段は105円でした。ちなみにパソコンは8万円弱です。
しかし今日は、あっちへこっちへ東京を4回縦断、交通費だけでも5000円近く使った長い一日でした。
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新たなる異音

2005年08月04日 | 音楽
仕事で高層マンションの異音を調べているのですが、仕事が終わってからはノレチャラン(のど自慢)の練習です。
前に立っているのは騒音計のマイクロホン、シチュエーションとしては、まさにぴったりです。歌は「カウルピョンジ(秋の手紙)」、ODA-SANはこの日の為に新兵器と称するエレキウクレレを準備しました。
果たして練習の甲斐あって予選を突破するか、新たなる異音として、住民から苦情が来るか?、審判が待たれるところです。

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