マスクを2枚政府がくれたとしても、そのマスクのヒモをどこにどう掛ければいいのか。
全国民はその2枚のマスクを手にして、ただ呆然とするしかないのだ。
もうすでに配布されている人も、その2枚のマスクを手にしていまだに呆然としている人もいるはずだ。
人類は生まれてこのかた600万年。
耳の有難味を感じずに生きてきた。
その人類が初めて耳があってよかった、と思ったのがこの令和の時代だったということになる。
もし今回のコロナ禍の騒ぎが無ければ、耳の有難味を感じずに、耳をバカにしながら生きていくことになったかもしれないのだ。
顔面の側面に耳が付いていてよかった。
耳はこれまでまるっきり仕事をしていなかったわけではない。
眼鏡をひっかける、という仕事もしていた。
だが今回のマスクは、それとは違う。
人間の命にかかわる大仕事に携わっている。
命の大恩人、人類の救世主として人々の前に出現したのだ。
これからは耳を大切に生きていこう。
3月3日は「耳の日」
来年から国民的祝日として休日にすることを、とりあえず国会で決めてほしいものであります。