
新人の大活躍は確かに楽しい。新しい夢をファンに与えてくれる。しかしまたベテラン達のいぶし銀のようなプレーもファンの胸を打つ。特に中堅サラリーマン諸氏たちには大きな勇気づけになるかもしれない。 " 老い " と謳ったのは失礼かもしれないが、その野球への一徹さでいつまでも " 老いぬ " とこじつけての激励と解釈して頂きたい。
リンド獲得で燃えた " 34歳のガッツ "
巨人のベテラン・土井正三選手(34歳)が首位を走る巨人を支える活躍を見せている。しぶとい攻守は流石にキャリアを感じさせる。今や巨人の陰の牽引者と言っていい。ルーキー松本の急成長、新外人リンドの加入という刺激を受けた土井はこれからも活躍を続けるだろう。「松本?リンド?そんな他人のことを考えている暇は無いよ。自分のプレーのことだけで精一杯だよ」と土井は謙遜するが、あくまでも表向きの話。内心は激しいライバル意識で燃えたぎっている筈だ。数年前までの土井ならファイトを剥き出しにしていただろうが、34歳の今はコーチ兼任という立場もあって分別をわきまえた言動に終始している。
言葉とは裏腹に新外人のリンドがシーズン途中に来日するや否や土井は左翼席へ、右翼席へと3試合連続本塁打を放つ。昭和40年にプロ入りし過去13年間で53本塁打だった男が見せた意地だ。その時の態度も印象的だった。「初めてかって?冗談じゃないよ、前にも3試合連発はある。俺のパワーも捨てたもんじゃないだろ」と勝ち気なところを見せると居並ぶ報道陣を横目にニヤリと笑った。その頃のスポーツ紙には「リンドは遊撃か二塁で使う」という長嶋監督のコメントが載せられ、土井としては心中穏やかでない日々が続いていた。何しろ過去2年はジョンソンの控えで冷や飯を喰わされ続け、ようやく陽の目を見る時が来たと喜んでいた矢先のリンドの来日だった。
雑談中に「リンドには負けない。負けてなるものか。リンドの獲得が決まった時からカッカしてるよ。どうしてもっと俺たち選手を信用しないかってね」とフッと本音を漏らしたことがあった。その時の土井の目はギラギラし、ある種の憎悪に満ちた感じを漂わせていた。実はリンドが来日するまでの土井は不調だった。打撃はそこそこだったが守備が酷かった。開幕から8試合で3失策。特に小倉での広島戦では真正面のゴロをトンネルするなど草野球並みの大失態を演じたこともあった。また記録上は失策にはならない " 拙守 " もあった。華麗なフィールディングを誇ったジョンソンの印象が強い分、余計に守備力の差を感じさせた。
ネット裏では「土井も衰えたな。早く後釜を育てないとマズイな」との声が聞かれた。それが好敵手の出現でガラリと変わってしまった。以後の土井のプレーは攻守ともにパーフェクトで何度も美技でチームを救った。「今シーズン駄目だったら潔くユニフォームを脱ぐ覚悟だ。ある程度納得できるプレーができたら、あと2~3年はやれるだろう。俺にとっては野球生命にかかわる大事なシーズンだからそのつもりで…」と宣子夫人に自分の決意を伝えたのは宮崎キャンプ出発の直前だった。そして開幕前の3月末にもう一度、宣子夫人に同じことを言ったそうだ。普段とは明らかに違う土井の表情に宣子夫人は「分かりました」と返事する他なかったという。
フルシーズン出場のスタミナOK
実戦向きと日に日に評価を上げてきた松本の存在も侮れなかったが結果的には土井の実力が優った。1㍍72㌢・62㌔とプロ野球選手としては恵まれているとは言えない身体で厳しい世界を生き抜いて来られたのは、ただただ気力のお蔭だった。類い稀なるガッツが無ければ今日の姿はなかった筈だ。リンドが来日する以前は松本を追いやったことに安閑となり、いつの間にか土井から売り物のガッツを消してしまっていたと言えはしないか。そんな土井の尻を叩いたのがリンドの出現だったのだ。「土井がよくやってくれている。心配していたけどあれだけやってくれれば言うことはない」と長嶋監督も土井の復活を手放しで喜んでいる。
懸念されるスタミナの維持にも気を配っている。球場入りする前にカロリーの高い肉類を摂り、夜は魚中心の食事。「ナイターの後に胃の負担となるようなものを食べると寝つきが悪くなるから肉は食べない。試合前は栄養価の高いものを摂ってスタミナをつけないとね(土井)」と。細身で体力不足に陥りがちな夫の為に宣子夫人が考案した苦心のメニューが食卓に並ぶ。「今の状態ならシーズンをフルに出場したってOKだ」と土井は言い切る。野球を知っていることにかけてはV9の生き残りでチームで右に出る者はいない。ベテランらしい味のある攻守はセ・リーグ連覇に欠かせない存在である。まさにベテランの一徹である。

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