面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「第9地区」

2010年05月09日 | 映画
1982年、正体不明の巨大宇宙船が、突如として南アフリカ・ヨハネスブルグ上空に現われた。
攻撃をしかけてくるのか?はたまた友好を求めてくるのか?
宇宙船は空中に静止したまま何も動きが無い。
南ア政府が偵察隊を派遣すると宇宙船の内部には、不衛生極まりない環境で、弱り果てたエイリアンの大群。
彼らは、故障した宇宙船に乗って地球へとたどり着いた難民だったのである。

南アフリカ政府はヨハネスブルグの「第9地区」に仮設住宅を作り、彼らを住まわせることにする。
言葉も通じず、野蛮で不潔なエイリアン達が一般市民と折り合うはずもなく、その風貌が甲殻類に似ていることから「エビ」という蔑称で呼ばれるようになる。

何の進展もないまま月日が流れ、エイリアン達の管理事業は世界的規模を誇る民間企業のマルチ・ナショナル・ユナイテッド社(MNU)に委託された。
民間軍事企業でもあるMNUだったが、エイリアンの世界に介入することはなく、いつしか「第9地区」にはナイジェリア・ギャングも入り込んで犯罪の巣窟のようになり、スラム化していく。
ヨハネスブルグ市民達とのいざこざも絶えず、対立が激化していく中、MNUはエイリアンの強制移住を決定。
現場責任者にヴィカスを任命すると、傭兵部隊と共に「第9地区」へと派遣した。
ヴィカスは、エイリアンたちに立ち退きの通達をし、新しい居住区への移住に同意を求めて回ることになるのだが…

SF映画に登場するエイリアンといえば、人類を凌駕するパワーを持ち、地球侵略を企てたり人類を滅亡の危機に陥れたりする存在と相場が決まっている。
ETやトランスフォーマー善玉のように、地球人の味方の場合もあるが、いずれにせよ敵か味方かのどちかの存在として、地球へやって来るものだ。
しかし本作におけるエイリアンは、敵でも味方でもなく、前代未聞の「難民」。
このエイリアンのあり方自体が斬新で面白く、大いに興味をそそられ、楽しみにしていた。
面白かろうと期待して観に行くと裏切られるケースが多いのだが、本作は期待に違わず、存分に楽しめた♪

エイリアン達は総じて知的レベルが低く、粗暴で不潔。
居住区である第9地区から出てきては一般市民とトラブルを起こすため、醜悪な見た目から「エビ」と呼ばれて差別の対象となっている。
更に第9地区にはナイジェリア人ギャングが拠点を置いてスラム化し、一般市民の彼らに対する排斥感情が激しくなっていく。
…話を追ううちに、ふと気付く。
これは、他国の難民が押し寄せて来たときに一般市民が持つ感情や行動を、エイリアンの姿を借りてデフォルメして見せているのではないか?
また、かつてアパルトヘイトが施行され、人種隔離政策をとってきた南アを舞台にしているところが、また何とも皮肉な設定だ。

またこの“難民”の管理という難事業を、民間企業に委託しているというのも、イマドキな設定。
今や兵士でさえも、委託を受けた民間企業が雇った傭兵が派遣されるご時世だが、本作に登場するMNUも軍事企業でもあり、傭兵を擁している。
更にMNUは、“難民”の移転という極めて困難な業務の責任者として、とりたてて輝かしい実績も無い平凡な社員であるヴィカスを起用、「抜擢」という名ばかりの名誉とささやかな出世をエサに過酷な現場へ放り込む。
誰もが嫌がるキツイ仕事は、上層部に傷がつかないように“下へ下へ”と切り出されていく図式は、これも今日の社会のあり様を描くもの。
そしてMNUが、ヴィカスの人格も人権も人生も何もかも全てを無視し、企業利益のために利用し尽そうとする様子もまた、自社の社員を守ることの無い今日の企業体における真の姿を現すようで、彼を応援せずにはいられない。

物語は荒唐無稽ではあるが、物語の導入部分で、第9地区に関する識者からのコメントや、ヴィカスの関係者へのインタビューを織り込み、ドキュメンタリータッチになっているところも面白い。
特に、エイリアン達の素行や第9地区の存在についてのコメントで嫌悪感を示す一般市民のインタビューシーンがリアル感たっぷりなのだが、実際に自国へ流入してきた難民に対するコメントを求めるインタビューを行ったものを撮影したものというから、生々しいのも当然。
更にニュース映像もうまく取り込んで、本当に南アにエイリアン難民がいるかのような錯覚を覚える。
新人監督で無名のキャストを起用した“マイナー作品”にも関わらず、口コミで評価を集め、全米興行収入1億ドルを突破、本年度アカデミー賞で作品賞をはじめとする4部門にノミネートされる話題作となったのも納得。

随所に笑えるシーンのある娯楽作品でありながら、人種差別と偏見、企業や国家のモラル、格差社会といったテーマを内包する、新機軸の傑作SF映画。


第9地区
2009年/アメリカ  監督:ニール・ブロムカンプ
製作:ピーター・ジャクソン
出演:シャルト・コプリー、デヴィッド・ジェームズ、ジェイソン・コーブ


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