面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「サウダーヂ」

2012年05月13日 | 映画
山梨県甲府市。
いわゆる「ドカタ」一筋に生きている精司(鷹野毅)の働く現場に、タイ帰りの保坂(伊藤仁)が加わってきた。
人懐こい保坂を、精司はお気に入りのホステス・ミャオ(ディーチャイ・パウイーナ)がいる行きつけのタイパブに連れていき、飲んでしゃべって意気投合する。

精司と保坂が働く現場に、派遣のドカタとして猛(田我流)がやってきた。
猛は、HIPHOPグループ「アーミービレッジ」のメンバーとして、地元の若者達の間ではちょっとした有名人だった。
しかし彼の両親は自己破産しながらもパチンコにのめり込んで家庭は崩壊し、弟は精神を病んでいた。
猛は精司に誘われ、保坂と共にタイパブへ連れて行かれるが、ミャオと楽しそうにしゃべる精司やタイ語を操って盛り上がる保坂のようには馴染めなかった。
街には、日系ブラジル人の他、タイをはじめとするアジア系外国人達が溢れていた。
そんな様子に苛立ちを覚えている猛には、タイパブは居心地が悪い。

不況の波は外国人労働者達に容赦なく襲いかかり、彼らの生活を困窮へと押し流していく。
大きな勢力を為している日系ブラジル人のコミュニティも大きな打撃を受け、ひとり、またひとりと、日本で育った彼らには“異国”の地でしかない遠い故国へと去っていく。
苦しい日常を忘れようとするように集い、酒を飲み、歌い踊る。
そんな外国人達の中に、かつて自分を慕っていた高校の後輩、まひる(尾崎愛)の姿を見つける猛。
高校を卒業して上京していた彼女は、別人のようにアカ抜けていて、東京での様々な人々との交流を通じて刺激的な生活を送っていたことを楽しそうに語った。
東京での自分のツテを活用すればHIPHOPで成功できると言うまひるの言葉に、猛の心は揺れる。

まひるは、甲府の外国人達の間で圧倒的な人気を誇る日系ブラジル人デニス(デニス・オリヴェイラ・デ・ハマツ)率いるHIPHOPグループ「スモールパーク」と、甲府随一の日本人HIPHOPクルー「アーミービレッジ」とがコラボレーションするパーティーを企画していた。
東京で培ったというイベント企画力で立てたこのパーティーは必ず成功すると、自信を漲らせるまひるの姿に、猛は自分達の実力を見せつける絶好の機会と企画に乗る。
そしていよいよ、日系ブラジル人と日本人とのHIPHOP対決が始まるが……


不況と空洞化が叫ばれて久しい地方都市。
山梨県の甲府市もご他聞に洩れず、中心地の商店街は“シャッター通り”と化し、長引く不況で地元の土木建築業は壊滅的な打撃を受け、真っ先に外国人労働者達は切られる。
息苦しくなるような閉塞感の中、もがくことさえなく、現実から目を逸らすようにして暮らす人々の姿。
幸いにも自分にとって縁遠い世界を垣間見ることができ、表現は悪いが興味津々でスクリーンに目が釘付けとなってしまった。

怪しげな商売に手を出し始めた妻の姿に嫌気がさし、ドカタ仕事が激減している甲府から逃げ出してタイ人ホステスと一緒にタイへ行こうとする精司。
自分達の生活が苦しいことを外国人労働者のせいにして敵視を強めていく猛。
胡散臭い“煙”を吸ってラリっている保坂。
請け負っていた仕事を投げ出して廃業してしまう土建屋の社長。
破産しながらもパチンコに走る猛の両親…
登場人物達はおしなべて現実逃避的だが、彼らをして「現実逃避する弱者」と単純に非難することはできない。
人間、誰も彼もがみな同じレベルの能力を持っていて、皆が同じような努力すれば、皆が同じように幸せになっていく、というものではない。
ある人にとっては5の努力で済むことも、別の人にとっては10も20も、場合によっては100の努力が必要なことがある。

経済成長を続けていた頃の日本では、その成長の流れに乗って、各自がそれぞれに頑張れば、それぞれがそれなりに生活を向上させることができた。
しかしバブルがはじけて経済成長に陰りが見え、長引く不況の後に来た“小泉改革”で決定的に格差社会が訪れてからというものは、各自がそれなりに頑張れば良くなるなどということはなくなってしまった。
賃金は低く抑えられて自転車操業のような生活を強いられる層が増え、更に安価な労働力として外国人労働者も流入。
“大金持ち”が低所得者を安くこき使う構図が出来上っているが、それでも仕事そのものが減ってしまって、使われる(雇用される)機会さえも得られず、這い上がろうにも這い上がれない状況が広がっている。
自分が今いる生活水準は決して高くはないのに、そのレベルにさえ遥かかなたにしか見えない人々が、特に若者の間にどんどん増えていることが、今の日本に蔓延する重い閉塞感につながっている。
ニュースやドキュメンタリー番組などで垣間見る、そんな閉塞した世界の一端をモキュメンタリーのように描いていて、まず自分が触れることのない世界に足を踏み入れる貴重な体験ができた!…ということはそんなに嬉しいものでもない。
横山源之助よろしく「日本の下層社会」というものを目の当たりにしても唸るしかなく、だからこそ観終わってからスカッと爽快感が得られるものではないのである。
ただ、心を鷲掴みにされて揺さぶられた感覚は残り、心地よくはないが生々しい“生命力”に触れて熱いものが込み上げるような余韻に浸って茫然となった。


ハリウッドが作る夢の娯楽大作も映画なら、現実を鋭く描くのも映画。
「アイアンマン」とは何もかもが真逆ながら、ベクトルの違う“熱さ”が魅力的で惹きこまれる、誰もに観てほしいが誰にでもお勧めはしない群像劇の大傑作!


サウダーヂ
2010年/日本  監督 富田克也
出演:鷹野毅、伊藤仁、田我流、ディーチャイ・パウイーナ、尾崎愛


最新の画像もっと見る

コメントを投稿