面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「アーティスト」

2012年05月01日 | 映画
1927年のハリウッド。
銀幕の大スター、ジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)は、共演した愛犬と共に、新作の舞台挨拶で満員の観衆から拍手喝采を浴びていた。
劇場前は熱狂的なファンが押し寄せて大混乱。
そんな中でマスコミの取材を受けていると、ひしめき合う群衆からはじき出されるように出てきた一人の若い女性から、ヒップで突き飛ばされる。
怒るどころか微笑んで優しく振る舞うジョージに感激した女性は、あろうことか大スターのほほにキス!
その瞬間をとらえた写真が、翌朝の新聞でトップを飾った。

大スターと一緒に新聞のトップを飾った彼女の名前はペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)。
ハリウッド・スターを目指す彼女は、自分が大々的に載った新聞を手に、映画会社のキノグラフ社へとやってきた。
関係者に新聞を見せて売り込みをかけてみるものの効果はなかったが、持ち前の弾けるような明るい笑顔とキュートなステップを披露すると、ジョージ主演の新作映画にエキストラとして採用される。

憧れの大スターとの再会と夢のような共演に感激のペピーは、撮影終了後にジョージの楽屋を訪ねた。
ジョージは、「女優を目指すのなら、目立つ特徴がないと」と、アイライナーで彼女の唇の上に、小さなほくろを描く。
その日を境にして、ペピーの快進撃が始まった。
ダンサー、メイド、名前のある役と、順調にステップアップしていくペピーは、遂に映画ヒロインにまで駆け上る。

1929年。
トーキー映画が登場すると、キノグラフ社はいち早くこれを作品の中心に据えることにする。
しかしジョージは、音声の出る試作フィルムを見て一笑に付すと、「サイレント映画こそ芸術だ」と主張、社長(ジョン・グッドマン)と決別すると、自ら監督兼プロデューサーとして、サイレント映画の製作に取りかかった。
大スターを失ったキノグラフ社だったが、ニュー・ヒロインとしてペピーを主演に据えたトーキー映画を製作。
そしてジョージの新作とペピーの新作とは、期せずして同じ日に公開されることになる。

連日観客が列をなして押し寄せる大ヒットとなったペピーの作品に対して、ジョージの新作は惨憺たる興行成績となった。
莫大な自己資金をつぎ込んだ映画が大コケしたジョージは、失意のどん底に沈んで心を閉ざして妻にも愛想を尽かされ、家を放り出される。
一方ペピーは、トーキー時代の新たなスターとして出演作が次々にヒットし、絶大な人気を得るまでになっていく。
過去の栄光に固執して苦悩するジョージの人気は、凋落の一途をたどった。
折からの世界大恐慌による不況の嵐が吹き荒れる中、生活にも困るようになって自暴自棄となったジョージに、変わらぬ愛情を抱いていたペピーは、救いの手を差しのべようとして…


第84回アカデミー賞において、作品賞、主演男優賞、監督賞など5部門を受賞した話題作。
サイレント映画が作品賞を受賞するのは、第1回アカデミー賞以来83年ぶり。
CGによるリアリティあふれる特撮映像や、3Dによるド派手な映像が幅を利かせる昨今、サイレントのモノクロ作品がアカデミーを制覇したことは、進化した撮影技術への依存に対するハリウッドの自省の念の表れか、単なる“映画人”たちのノスタルジーの賜物か。
そんなことを考えてしまうのは己の根性の曲がり方が相当なものである証拠だろう。
それはともかくとして、豊かな表情や動きによる感情表現や、細かい小道具の使い方などの、サイレントならではの細やかな演出方法は、音や撮影技術に頼らずとも良い作品が創り出せることを改めて証明するものと言える。
またジョージとペピーを演じた主演の二人が、サイレント時代のスターそのものといった風情で、当時の雰囲気を見事に表しているのも、本作の妙味となっている。

映画がサイレントからトーキーへと移行していく時期のハリウッドを舞台にした、大スターと新進女優のラブ・ストーリーといえば「雨に唄えば」を思い出すが、全く趣を異にした新たなキャラクター設定に、イマドキのテイストがうまくアレンジされている。
大スターとなったペピーに対して、彼女の自分への思いを素直に受け入れられずにジョージは自暴自棄となるが、そんな彼にペピーが「ごめんなさい」と自分に否があると詫びるペピー。
ジョージの高慢とさえ言えるプライドを、決して傷つけることなく大きな母性で包み込む姿は菩薩の如し。
過去の栄光にしがみついて離れられない情けない中年男が、一途に自分に対する愛情を持ち続けている元気溌剌の若い女性に癒され、励まされる姿に、昨今流行りの「歳の差婚」成立の一端を見た思いがした。
いくつになっても男はガキのような精神構造を持ち続けていて、いくつであっても女性は大らかな母性を持っているもの。
「愛があれば歳の差なんて」という言葉の持つ意味のひとつがここにある(と思う)。


なお、本作は全面的に“サイレント”で作られた作品だと思っていたのだが、実は一部で自然に音声が入っていて驚いた。
しかしそれが実に効果的な演出になっていて、より感動を深めてくれるところがまた憎い。

今観ることが新鮮なサイレント映画の手法で情感豊かに描いた。オーソドックスなラブ・ストーリーの秀作。


アーティスト
2011年/フランス  監督:ミシェル・アザナヴィシウス
出演:ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ、ジョン・グッドマン、ジェームズ・クロムウェル、ペネロープ・アン・ミラー、ミッシー・パイル、ベス・グラント、ジョエル・マーレイ、マルコム・マクダウェル、エド・ローター、ケン・ダビティアン


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