面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「かぞくのくに」

2012年08月28日 | 映画
1997年夏。
「帰国事業」により、25年前に北朝鮮に渡った兄・ソンホ(井浦新)が、日本に戻ってくることになった。
妹のリエ(安藤サクラ)は、喜び勇んで父(津嘉山正種)と叔父(諏訪太朗)と共に出迎えに行く。
5年越しの申請がようやく認められ、脳腫瘍の治療という“任務”を遂行するために来日したソンホに許された滞在期間はたったの3ヶ月。
しかも身辺には常にヤン(ヤン・イクチュン)という男が付きまとい、行動を監視しているという不自由なものだったが、奇跡的な再会に、家族はもちろん、かつての級友達(大森立嗣、村上淳、省吾)も大喜びする。
その中には、かつて互いに思いを寄せていたが離ればなれとなってしまい、今では医師の妻となっているスニ(京野ことみ)もいた。

治療に向けて検査を受けたソンホは、担当医から報告を受ける。
腫瘍は悪性の疑いがあり、手術をして経過を見守る必要があるが、とても3ヶ月では責任を持って治療できないことから、治療を引き受けるわけにはいかないと医師は告げた。
朝鮮総連の役員でもある父は、他の来日者の分と共にソンホの滞在延長申請の準備に取りかかる。
リエはスニに連絡を取って、医師である彼女の夫のツテを頼って、新しい医者を紹介してもらう手筈を整えていく。
その矢先、ソンホに本国から指令が下される。
「明日、帰国せよ…」


1959年から20数年もの間進められた「帰国事業」により、9万人以上の在日韓国朝鮮人が、北朝鮮に移住したという。
軍事政権下で不安定だった韓国に比べて、社会主義国家ながらソ連の支援などもあって経済成長がみられたという北朝鮮が、「地上の楽園」と謳われていたなどと、今となっては想像もできない。
しかし、インターネットを介して世界中の情報が得られる現代とは違い、海外情勢など限られた情報しか入ってこなかった当時、貧困と差別に苦しんでいた多くの在日コリアンが海を渡っていったのは、何ら不思議なことではない。
ましてや、共産国家は人民にとって理想の国を作り上げているように宣伝されていたというから、日本にいても未来に希望が持てなくなった人々の多くが、自ら進んで北朝鮮へと渡ったであろうことは想像に難くない。

しかし、ソンホが北朝鮮に渡った1970年代には、先に北朝鮮に移住した人々から、ある程度「理想国家」の実情についての情報が、手紙などを通じて入っていたという。
それは決して「地上の楽園」などではないというものだったろうが、それでも1980年代に至るまで帰国事業は続けられた。
同胞協会幹部であるソンホの父親の元にそんな情報が入っていなかったはずがなく、それでも息子を北朝鮮へと渡らせざるを得なかったその苦悩はいかばかりか。
しかも、重い病に陥ったというのに満足な治療を受けさせてやることもできないまま、理不尽な帰国命令が発せられたとき、悔やんでも悔やみきれない思いに苛まれる父親の慟哭は切な過ぎる。
礼節をもって別れの挨拶をするソンホを、ただ黙って見送るしかなく佇む父親。
その姿は、不条理に対して声を荒げ、いつまでもソンホを掴んで離そうとしない妹・リエの、動的な悲嘆と対極のコントラストを描いて痛々しい。


「ディア・ピョンヤン」「愛しのソナ」と、自身のルーツや家族が置かれた状況を描いたドキュメンタリー映画を撮ってきたヤン・ヨンヒ監督が、自らの体験をもとに脚本を書き上げて製作した、初のフィクション作品。
在日コリアン2世である監督の3人の兄は、本作と同様「帰国事業」で北朝鮮に渡ったが、兄の一人が病気治療のために一時帰国したものの急遽帰国を命じられた出来事がベースとなっている。

突然の帰国命令に納得できずに憤激するリエを諭すソンホが言う。
「あの国ではな、考えずにただ従うんだ。ただ従うだけだ。考えるとな、頭がおかしくなるんだよ。考えるとしたら、どう生き抜いていくか、それだけだ。あとは思考を停止させる。思考停止、楽だぞ、思考停止。」
「理想の国」に渡ったはずのソンホが置かれている現状は、やりきれないという言葉では言い尽くせないほど理不尽極まりない。

ヤン・ヨンヒ監督だからこそ描けるどの場面もが、心に沁みる。
そして、ソンホが口ずさむ「白いブランコ」を思い起こせば、切なさが胸一杯に広がる。
後から振り返る度に、様々な思いが込み上げてくる作品だ。


「南北分断」による悲劇とはまた違う視点で、必ずしも国家というものが国民に幸せをもたらすものではないことを痛感させられる秀作。


かぞくのくに
2011年/日本  監督:ヤン・ヨンヒ
出演:安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、京野ことみ、大森立嗣、村上淳、省吾、塩田貞治、鈴木晋介、山田真歩、井村空美、吉岡睦雄、玄覺悠子、金守珍、諏訪太朗、宮崎美子、津嘉山正種


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