面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「パレルモ・シューティング」

2011年09月16日 | 映画
主人公のフィンは、世界的に有名な写真家。
立ち並ぶビルの風景写真をアーティスティックに加工するようアシスタントスタッフに指示したり、特撮映画のようなセットを背景にしてミラ・ジョヴォヴィッチをモデルにモード写真を撮影したりと、ドイツのデュッセルドルフを拠点に精力的に活動している彼は、常に人から注目される存在であり、どこへ行くにも携帯電話が手放せない毎日を送っている。
唯一、ヘッドホンで音楽を聴いているときだけは心を落ち着かせることができるような生活の中、ベッドで眠りについても「死」にまつわる短い夢の始まりで目を覚まし、ほとんど眠ることもできなかった。

ある日、仕事を終えた彼は、愛車をかっ飛ばしながら風景を撮影していると、ひとりの男の姿を偶然写真に収めた。
その瞬間、車のコントロールを失い、危うく大事故を引き起こしそうになりながらも九死に一生を得る。
車を降りてフラフラと立ち寄ったパブで、彼はまた不思議な体験をした。

フィンは旅に出ることにする。
偶然ライン川で見かけた船に書かれていた「パレルモ」という町に向かったのは、デュッセルドルフでの撮影に満足しなかったミラのためでもあった。
彼女は、妊娠中の姿を収めるファッション撮影を、現実の風景の中で撮り直したいと言っていたのである。

撮影を終えた後もパレルモに残ることにしたフィンだったが、今度は彼をボーガンで狙う謎の男に付け狙われた。
またしても心の安らぎを得られずに悩む彼は、町の美術館に巨大な壁画を修復しているフラヴィアという女性に出会う。
彼が矢で命を狙われているという話を聞いたフラヴィアは、彼こそが自分が抱えてきた疑問を埋める存在であると悟り、彼の命に危険が迫っていることを案じて、祖母との思いでの地であるガンジへと彼を連れだした。
フラヴィアが唯一安心できる、本当の幸せを思い出させてくれる場所であるガンジにたどり着いたフィンは、ようやく平穏な心を取り戻すことができそうだった。
しかし彼は、そこで再び「死」に対面することになる…


フィンの写真の特徴は、写真にデジタル処理を施して「現実」を組み換え、全く新しい世界を創り出す点にある。
そんな彼は、常に「死」の影に悩まされている。
「現実」を書き換える作業を続ける中で「現実感」を失っていき、それが自分の存在を否定することにつながり、やがては「死」に追われる。
生身の女性の心に触れ、無機質な風景の無い田舎の風土に包まれていくことによって、ようやく彼の心は平穏を取り戻そうとしていくことができた。
「デジタル化」が、まるで進歩の象徴であるかのように世の中に浸透しているが、それが果たして人間に幸せをもたらすものなのか?という投げかけを与えられているようだ。

しかしヴェンダースは、「デジタル化」を否定しているのではない。
本作自体、アナログのフィルムで撮影されたシーンを全てデジタル変換し、さまざまな視覚効果シーンが作り出されているのだから。
フィンを「死」と真正面から対峙させるラストシーンで、「デジタル」というものが持つ可能性を描き、ヴェンダース自身が今後の映画作りに対して新たな一歩を踏み出す決意を示している。

ちなみにこの「死」を、「アメリカの友人」以来30年ぶりのヴェンダース作品となるデニス・ホッパーが演じているが、彼は本作の2年後にこの世を去っているだけに、登場シーンはより強烈な印象を与えるものとなった。


フィンは、デュッセルドルフで世界的に有名な写真家として活躍しているが、心が休まる暇がなく不眠が続き、常に「死」にまつわる夢や幻想に悩まされている。
そんな彼は、パレルモの町へ旅に出て、更に心を許せる相手と出会い、相手が心安らぐ土地へと連れだって心の安息を得る。
長らくアメリカに拠点を置いて活躍してきた監督のヴィム・ヴェンダースが、12年ぶりにヨーロッパに戻ってきて製作された本作。
主人公フィンの姿は、世界的な名声に包まれながら、異国の大都会で暮らしてきたヴェンダースそのものに感じられた。
ふるさとのデュッセルドルフを初めて映画に収め、更にシチリアの古都・パレルモ、続いて同じパレルモの田舎にあるガンジへと撮影を続けていく中で、監督自身も心の安らぎを得ていたのではないだろうか(あくまで私見であるので念のため…)。


映像と音楽がカッコ良くマッチングして心地よく、まさに「ヴェンダース節」全開!
そもそも、自分の好きな音楽の世界に没頭することで心の安らぎを得る主人公に、ミュージシャンとして活躍しているカンピーノを登用するところもまたヴェンダースらしい。

現実世界に疲れた観客は、主人公と共に旅に安らぎを得たくなることだろう。


9月17日より大阪九条「シネ・ヌーヴォ」にて公開。
京都では「京都シネマ」、神戸では「神戸アートビレッジセンター」にて、順次公開予定(詳細は劇場HPにて)


パレルモ・シューティング
2008年/ドイツ=フランス=イタリア  監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:カンピーノ、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、デニス・ホッパー、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ルー・リード


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