ワシは牡丹餅を頬張ると、再びマイパソコンに向かった。まだ、更新されていない。毎日更新を続けている鈴木くんだから、ワシが失敗談を読み終える頃には新記事が更新されるだろう。ワシはお茶をすすりながら、先程の続きを読み始めた。どうやら、久々にバイトのつばめ君登場のようじゃ。
『バックへ行くと、つばめ君が台車を見回していた。 つばめ君と一緒になるのは、久しぶりである。 「あっ、こんにちは。これ、定番商品ですよね?」
つばめ君は、そう言うと、一台の台車を指した。
「はい・・・定番です」
ほんとは、そんなことは、どうでもいい?ことのように思える。
「では、行ってきます!」
「はい」
真面目一筋で感心な つばめ君は、私より先に台車を引っ張って、 戦場・・・じゃなかった売り場へ突進していった。 ぼけら~としてばかりも いられない。 私も続いて、雑貨の台車を引っ張った。 売り場へ到着。 つばめ君が洗剤類を荷出ししている。 私はトイレットペーパー類を荷出しする。 それにしても、重いわ、これ。 何度もバックと売り場を往復し、テイッシュー類ばかり,大きな箱の補充をした。 いつもは、向こうから私に声をかけてくることなど、めったにない つばめ君が、何か言いたげなのに気付いた。
「あの~。もし、補充しにくかったら、遠慮せずに、僕の台車、勝手に のけていいですよ」
つばめ君の言葉に はっとして、目の前を見た。 私が補充しようとしている商品の真横に、つばめ君使用中の台車がで~ん。 うん、確かに仕事は しにくい。
「大丈夫です、もうすぐ、終わりますから」
私が そういうと、つばめ君は、(ほんとかね・・・?) という ちょっと心配したような表情を見せた。 プラットホームは、ほぼ、からになり、雑貨の荷出しは終了。 私はバックへ戻るとダンボール箱をつぶしていた。 なんだか今日は、夢遊病者のように、ふらふ~らとしている。 フランクフルトの屋敷内を夜中に歩き回るハイジのような気分である。 そんな時、めずらしく、店長が声をかけてきた。
「鈴木さん、次は何をしようと思っているのですか?」
次は何を・・・・? こんな質問は、新人の時、何をしたらいいのか分からなくて、
「出すもの、ありますか?」
と、店長や副店長に いちいち聞いていた頃 以来である。
「カップラーメンの補充をしようと思っていますが・・・何か?」
「そうですか、いや、手があいたら・・・でいいです」
うつろな目をした私に店長も、ちょっとビビッタかもしれない。 カップラーメンを補充していると、高田さんが話しかけてきたので、 事の成り行きを説明した。
「気にしなさんな! 誰だって、二度や三度は失敗するよ。 この逆もあるしね。たとえば、10つ発注したつもりが、発注単位を間違えて10箱・・・全部で400入荷されたとか・・・」
慰めてくれて、ありがとうございます。
酒担当の川石さんも、「西村君から話は聞いたけど・・・」 と、声をかけてきてくれた。
「副店長に明日、報告しなきゃいけないけど、言い方があるからねえ。本人から話を聞いておかないと・・・」
日曜日、私は早番、副店長は遅番で、会わないのだ。
「南副店長に謝っておいて下さい」 と、言うと、 「気にせんでええ!」
と、三回繰り返す川石さんだった。 補充を終えた私は、店長の元へ行った。
「ああ」
店長は、そういうと、周囲を見回した。
「じゃ、これ、片付けて。台車二台を一台に、まとめられるよね?」
「はい」
片付け・・・? 補充した後、いつも私が自分でやっている事である。 片付けが終わると、再び店長の元へ・・・。 ほんとは、片付け以外に やって欲しいことがあるのでは? と、思ったからだ。
「そう・・・ですねえ」
店長は、ちょっと考え、
「そうだ、あれを・・・」
今度は私を売り場へ誘導した。 そこには餅が並んでいる。
「丸と四角の餅があるので、それぞれ一箱ずつ箱を開けて、中身を出して下さい」
落ちついた今なら、店長の意図が分かるのだが、 その時は・・・。 自分がハイジ化しているとは、知る由もなかったのである! 』
まだまだ続く・・・かぁ。しかし、アルプスの少女ハイジ化とは懐かしいのぅ。アルプスの山々の景色がワシの目の前に浮かんだ。そうだ、確か冷凍庫には孫のために買い置きしておいた、ブラックモンブランがあるはずだ。ちょっくら愛妻の目を盗んで・・・。ワシは、そぉ~っと書斎を抜け出すと、テレビを観ている妻の横を通り過ぎた。まるで、小麦粉の補充をしているすず子くんの後ろをそお~っと通る南くんのように。 ワシはブラックモンブランをそっと取り出すと、書斎へ急いだ。さて、続きを読もう。 タイトルは、『すずの馬鹿アホまぬけ』
『翌日の日曜日は、急な冷え込み。雷、雨、あられ
まるで、私の心の内を表現するかのようだ。
休日出勤の店長に お団子の差し入れを頂き、勤務時間中にバックでお茶
した事は、すでにブログで報告済み。 冷え切った心身共に、ポッカポカになったのである。 そして迎えた月曜日。
売り場へ着くと、一番に矢木さんが慌てふためいて駆けてきた。
「おはよう! ちょっと、鈴木さん、今朝ね、乾物の定番商品、何も入荷されなかったみたいよ!」
が~ん!
すでに、分かっている事とはいえ、こうして新ためて言葉で事実を表現されると、 やはり、ショックである! 私は簡単に 事の成り行きを説明した。 落ち着きを取り戻した矢木さんは、乾物の棚をキョロキョロ。
「でも・・・。荷物が全く入ってこなかったにしては、棚が いっぱいに埋まってるね」
「ああ、それは・・・。水曜日に私が通常の1.5倍発注したから」
「私と一緒だった日でしょ? 定番とは別に正月用品コーナーもあるし、 大丈夫よ!足りる!足りる!」
「でも、カップラーメンが・・・」
「ああ、そうか」
矢木さんと、こんな やり取りをした後、バックへ行くと、店長に呼び止められた。
「鈴木さん、ちょっと・・。副店長から伝言です」
ふ・・・副店長さまから・・・
再び、が~ンである。
店長は、店長室へ入ると、メモを取り出し、 こともあろうか、そのメモを読み上げた。
まるで、裁判長の審判を聞かされるような面持ちで、その場にたたずむ私だった。
「月曜日の発注は上げています。かっこ、コプロも含む」
「コプロ・・・?コプロって、何ですか?」
すると店長は答えた。
「生活・・・商品(開発商品)です」
「えっ?くらし商品のこと、コプロって言うんですかあ?」
私は首を斜めに傾け、マヌケに聞いた。
店長は、にっこり笑い、
「コプロは生活・・・を作っている会社です」
と、お答えして下さった。
私は、そのあと数秒間、店長の顔を眺めていた。
(あの、伝言は、それだけ・・・でしょうか? 例えば、あいつはクビだ!と言っていたとか・・・)
恐ろしくて、聞けない。
私は、黙って店長室を後にした・・・。
コーヒー類を積んだ台車を売り場へ引っ張って行くと、 ハマグリ君が同じくコーヒーを荷出し中だった。
「おはよう」
私達は挨拶を交わし、荷出しする・・・。
朝から、落ち込む。
とことん、落ち込む・・・。
私は、ハマグリ君にも、落ち込んでいる理由を荷出ししながら説明した。
これで、何人目
「こんなのって、前代未聞よお~。 いくらなんでも、発注一回 とばしました!なんて人、いないよね! これで、ここの乾物の担当者、馬鹿って、全店舗で有名じゃ」
私って、なんて馬鹿アホマヌケなんだ。
すると、ハマグリ君は、意外な事を言った。
「俺、飲料の発注、丸々一回、とばしたことありますよ!」
「えっ」
仲間発見!
それで・・・どうなったの?
「飲料の棚のうち、4つの商品だけ残って、あとは全部、から!」
う・・・嘘。
スッカラカン!になった陳列棚を想像し、くらっとした。
「結局、他の店舗から在庫かき集めて回してもらって・・・ どうにか、なりました!」
そっ・・・そうか。 どうにか、なったのか。
「乾物、今日、入荷されなかったっていっても、棚は いっぱいだし。 大丈夫なんじゃないですか?」
それは、矢木さんも言ってたけど・・・。
ほんの少しだけ、ほっとする。
「でも、カップラーメンが・・・ね。 きつねの どんべえ・・・あと、一箱しか、在庫ないし、あと一日、多分、もたないわ。 幸か不幸か、今日、副店長は休みで、明日は私が休みで会わないのよ。 副店長に会うのが怖い・・・。 カップラーメン売り場の悲惨な状況は目にしなくていいけど」
「そりゃア、いいじゃないですか!副店長に会わないなら!」
「はあ・・・。副店長、本気で怒ったら、怖いからね。くらし・・の小麦粉が欠品した時、副店長、一オクターブ低い声で、 『鈴木さん、ちょっと、いいですか? これが、欠品してるんですけど・・・』 って、言われた」
すると、ハマグリ君は言った。
「それは、まだ、余裕っす。低い声で言うときは・・・。 俺なんか、首根っこ 掴まれて、『ちょっと、来い!』って、連れて行かれて、 『お前、ちゃんと、発注したんかあ~』
」 って・・・。
」
くっ・・・クビ根っこ・・・つ・・・つかんで・・・
ふ・・・副店長って、そんな、こっ・・・怖いの?
そういえば、ここで、働き始めて一ヶ月が過ぎた頃、他の部門の人が更衣室で
「店長は優しいけど、副店長は怖いって聞いた!」 と、言っていた。
「怖い どっこがあ~。いつも、にこにこして、冗談ばかり言って、 面白くて、優しいですよね!岸辺さん!」
いったい、南副店長の何処が怖いっていうのだ!
「あっ・・・?うん、うん。カラオケ行ったら面白いね」
急に私に話しを振られて一瞬、戸惑ったようだったが、岸辺さんも、同意した。
いったい、どうして、副店長が怖いなんて噂が・・・。
(岸辺さんも、カラオケ行ったら・・・なんて、行かなくても、今のままで、十分面白いじゃない。これ以上、面白くなった副店長って・・・どんな風なわけ?)
あの時、私は、そう思った。
仕事には、厳しい。それは、上司なら、当然。
でも、首根っこ掴んで・・・? もしや、あの噂の本質は・・・これ?
「それって、いつの話?」
二年前? 今の副店長のことだよね?
ハマグリ君は、更に詳しく状況説明してくれた。
「俺なんか、店長に呼ばれ、副店長に呼ばれ、チーフに呼ばれ、サブチーフに・・・ 上司四人全員から一人ずつに呼ばれて怒られましたよ!」
おっ・・・脅すな!
私は、とっさに考えた。
『副店長さまさまへ 次の三つの中から、お好きな処分をお決め下さい。
その1:担当から外す
その2:懲戒解雇
その3:切腹! (この場合、最後のキメは、藤原達也演じる沖田総司にしてください!長く、苦しみたくないの)
PS 正直、死んでまで、償うべき事をしたとは思っていません。あしからず』
午後になると、いつものようにスタッフが、カップラーメンを選んで買っていく姿を目撃した。
買わないでほしい。
『社員は今日と明日、カップラーメンは、買わないで下さい!お客様用にとっておきたいので。 惣菜の弁当と、矢木さん担当の即席味噌汁か、スープにして!』
こんなポップを付けておきたい心境だ。
仕事を終え、高田さんに この話をすると、ウケていた。
「まあまあ、そう、気にしなさんな」
「はあ、どうにか、あと二日、持ちこたえてくれるといいけど・・」
今日、火曜日は私、お休みでした。 明日が運命の水曜日。
売り場の状況は? 南副店長の処分決定は?
現時点では、私も分からないのです。 明日にならないと・・・・。
いよいいよ明日、このテーマの最終回 』
そっ・・・そうだったのか。ワシはまるで自分が最後の晩餐でもしているかのような心持で、ブラックモンブランを口へ運びつつ、ブログの記事を読んだ。そ~っと当たりかハズレか、確かめるワシ。残念ながら、は・ず・れ!
やはり、15日の金曜日ストーリーを読むにふさわしいブラックモンブランの結末だ。ワシがハズレたブラックモンブランをゴミ箱に捨てようと振り返ったとき・・・背後に仁王立ちしていたのは愛妻だった。
「あ・な・た! 私の・・・いえいえ、孫のために買っておいたブラックモンブラン・・・食べましたわね?」
ゴロゴロピカピカ・・・ワシは この日、室内でカミナリは発生するものだと・・・初めて・・・悟った・・・・ん? 何だか胸騒ぎがする。すず子くん、南くんに宣告を受ける日、無事だと良いが・・・? 続く