青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

「現代ビジネス」アジサイ(繍球)記事と、オリジナル記事について の続き

2018-06-16 21:40:03 | 「現代ビジネス」オリジナル記事


≪ⅠB≫(初期原稿のひとつ・後半)

アジサイの歴史が変わるかも知れない

筆者は中学を中退して以来(少年時代は、元祖不登校児で、部屋に引き籠ってアメリカンポップスを聞いているか、でなければ日本アルプスの稜線でテント暮らし)、野生生物の撮影のため日本の山々を駆け巡ってきました。ですが、この30年余は、主に海外、中でも中国を主要活動拠点としています。

誤解なきよう言っておくと、筆者は中国が大嫌いです。中国滞在中は、一日に100回はブチ切れています。なのになぜ中国で活動を続けているのかと言えば、それは日本の自然の成り立ちの根源を探りたいからです。対象は世界中に及びますが、中でも中国の自然の探求は絶対不可欠です。

たかだか数万年の歴史しかない現代人類と違って、多くの野生生物たちは、数百万年以上の時間単位で今に至るまで存在し続けているのです。その実態を知るためには、「日本」とか「韓国」とか「中国」とかの小さな枠に捉われていてはなりません。

主な材料は、チョウとセミと一部の植物。チョウは雄の生殖器(ペニスとその周辺部)、セミは鳴き声様式、植物は雌蕊(主体は子房で花後に種子が入った果物などになる部分)の構造が、それぞれ最も重要な比較形質となります。

野生生物たちにとって、外観は洋服みたいなものです。色とか形とか大きさとかは、周囲の環境に適応して、すぐに変わってしまいます。系統的な繫がりを知るためには、外からの影響ではなかなか変わらない部分を比較のための指標形質としなくてはなりません。言い換えれば、違いの程度が時間を測る物差しになりうる安定した形質です。外観による先入観を一切排除した基本構造の解析は、DNAの解析と、概ね共通の結果を示します。

自然界においては、往々にして、そっくりなもの同士が別の仲間で、全然似ていないものが同じ仲間だったりします(一例として、アジサイらしからぬアジサイと、まるでアジサイのようなアジサイでない植物を紹介しておきます)。

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どれがアジサイでしょう?
【答】
上段(1,2):ハエドクソウ科ガマズミ属
中段(3,4):アジサイ科アジサイ属(左:バイカアマチャ、右:イワガラミ)
下段(5,6):シソ科クサギ属

しかし、世間(人間社会)にとっては、「似ているものは同じ」「外観が異なれば違う」という、安易な判断が主体を成しるように思えます。どうやら「物事を深く追及する」ことは、日本人の美学に反するようなのです。




野生アジサイのいろいろ

アジサイの分類も例外ではなく、極めて安易な(非科学的と言っても良い)分類体系が、未だにまかり通っているのです。

アジサイ科は、以前はユキノシタ科に所属していました。しかしDNAの解析結果から、ユキノシタ科とは縁もゆかりもなく、ミヅキ科に近い仲間であることが判明しました。

大きく2つの亜科に分かれます。ウツギ亜科とアジサイ亜科です。アジサイ亜科には、大多数を占めるアジサイ属のほかに、少数の種からなる15の属があります。それらの属の種は、外観が(旧来の)アジサイ属 とは大きく異なるため、それぞれ独自の属に分けられているのです。

しかし、基本的な形態比較によっても、DNAの解析によっても、いずれの属の種もアジサイ属の種と変わらないことが証明されました。従って、アジサイ亜科に所属する全ての種がアジサイ属一属に含まれることになります(まだ正式な手続きは行われれていません)。 

筆者は、そのうえで、元からアジサイ属に含まれていた種も、別の属に分けられていた種も、一度「ガラガラポン」と最初から組み直して、2つのグループに振り分けることにしました。筆者の独断で(便宜的に)それぞれを「コアジサイ亜属」「オオアジサイ亜属」とします。

簡単に言えば、前回紹介した、園芸植物としてのアジサイの基になったヤマアジサイや、それに近縁なガクウツギ、コアジサイなどをコアジサイ亜科、それ以外の多数の種(日本産は、ノリウツギ、イワガラミ、ゴトウヅル、バイカアマチャ、ヤハズアジサイ、タマアジサイ、ギンバイソウ、クサアジサイなど10種前後)をオオアジサイ亜属としました。

アジサイ属全体種の種数は、研究者によって異なります。多く見積もって100種ぐらい、少なく見積れば20種ほど(筆者の見解は後者に近い)。9割以上が、日本列島(南西諸島を含む)、台湾、中国大陸南半部、ヒマラヤ地方東部に集中しています。一言で言えば、東アジアの生物です。他に、3種が北米、1~数種が南米、数種が熱帯アジアに分布しています。

ただし、ここで言う「種」とは、生物学的な分類基準における種です。ほとんど筆者のオリジナルと言ってもよさそうな処置で、おそらく大多数の人の概念にある「アジサイの種類」とは全く異なると思います。一般にいう(無数ともいえるアジサイの種類=品種)は、生物学的な分類基準では、全てヤマアジサイという一つの種に含まれます(オオアジサイ亜属に所属するアメリカ産2種が園芸植物として普及しているので、それを加えることもあります)。

ヤマアジサイは、ほぼ日本の固有種です。北海道~九州と周辺の島嶼、および朝鮮半島南端部と済州島のほか、中国大陸(東南部)にも分布するとされています。しかし古い時代に日本から渡来した栽培個体が、逸出して野生化している可能性もあります。事実関係は未解明です。

ただし、中国での分布地(中国の文献では複数の独立種に分けられています)の一か所は、上海の南西の天目山系で、ここには、日本固有種とされているスギが野生(ヤマアジサイ同様、本当に在来野生かどうかは未解明)し、ウツギ亜科の一員で日本の紀伊半島~九州および朝鮮半島の一部に分布するキレンゲショウマが隔離分布していることや、日本では高山蝶の一員として扱われるクモマツマキチョウの仲間が亜熱帯(屋久島と同緯度)の菜の花畑を飛んでいることなど、不思議な地域です。


ということで、中国には日本のヤマアジサイの野性は(ほとんど)見られないのですが、それに代わって、ヤマアジサイ同様にカラフルな外観の“アスペラ”(筆者はオオアジサイと呼んでいます)の仲間が、中国大陸の南半部に、ごく普通に見られます(台湾にも分布しますが、日本には分布していません)。日本の山地帯では7月に咲くヤマアジサイより、さらに遅れて8月に開花します。外観はヤマアジサイに非常に良く似ているのですが、血縁は遠く離れていて、ヤマアジサイが所属するコアジサイ亜属ではなく、オオアジサイ亜属に所属します。



オオアジサイの一種               


オオアジサイの一種


中国各地でポピュラーなオオアジサイ亜属の野性種には、もう一種、ノリウツギがあります。日本の各地でも、ごく普通に見られます。白花で、通常花序が円錐状になることから、他のアジサイとは区別が容易ですが、高地性(中国西南部の標高3000m前後に分布)の近縁種ミヤマアジサイ[仮称]では花序が平開し、一見しただけでは、次に紹介するコアジサイ亜属のカラコンテリギやヤマアジサイの白花個体と、区別がつきません(正常花の構造はもちろん異なる)。


ノリウツギ                    


ミヤマアジサイ


中国大陸のヤマアジサイの仲間

それでは、中国大陸では、園芸アジサイやヤマアジサイなどと同じコアジサイ亜属の種は、普通に見ることは出来ないのでしょうか?

オオアジサイやノリウツギと共に中国大陸の南半部に広く分布しているジョウザンが、中国のコアジサイ亜属の代表です(日本には分布しない)。血縁の離れたオオアジサイがヤマアジサイに類似しているのとは逆に、ヤマアジサイに近縁なジョウザンは、見かけが随分異なります。装飾花を欠き、(他のアジサイ類では乾いた実となる)果実が鮮やかな青や紫色に熟すなどの、外観の著しい差異から、通常はアジサイ属に含まれず、ジョウザン属とされています。しかし実際の血縁はヤマアジサイやガクウツギの仲間に非常に近く、雑種も形成されます。アジサイ属のなかでは数少ない、熱帯アジアに進出した種です。


ジョウザン                  


ジョウザン


中国に於いて「中国繍球(繍球はアジサイの中国名、すなわち“中国アジサイ”)」と呼ばれるのは、ガクウツギやトカラアジサイにごく近縁なカラコンテリギです。名前からすれば中国を代表するアジサイのように感じますが、実際は、広西壮族自治区北部から上記天目山系にかけての中国東南部の山々にのみ、断片的に分布しています。ことに桂林北郊の標高1000m前後の山中では、4月下旬から6月上旬にかけて、緑の山肌を純白の炎を放つように覆い尽くします。日本西部の西部から南西諸島に分布する、ガクウツギ、ヤクシマコンテリギ、トカラアジサイなどに非常に近縁な種で、それら全てを一つの種に収斂してカラコンテリギとする場合もあります。雲南省とその周辺山地に分布するユンナンアジサイは、正常花弁や雄蕊の葯が紫色帯びることが多いのですが、この特徴はカラコンテリギにも連続して現れ、やはり同一種として扱うことも可能だと思います。ちなみに中国の図鑑など大半の文献で紹介されているユンナンアジサイの写真は、オオアジサイの仲間などとの誤認です。


カラコンテリギ                


ユンナンアジサイ


ジョウザン同様に装飾花を欠くもう一つの群に、コバナアジサイ[仮称]類があります。カラコンテリギの分布域とほぼ平行してやや海側寄りの山地に断片的に分布しています。装飾花を欠くことを別にすれば、ヤマアジサイとガクウツギ類の中間的な形質を示します。これによく似て、さらに地味で小さな種が、沖縄本島の与那覇岳山頂付近に希少分布しています(リュウキュウコンテリギ)。

ヤマアジサイ自体は中国での分布の真否は不確かで、筆者がチェックした昆明の植物園の標本館に所蔵されている数千枚の野生アジサイ標本の中にも見だすことが出来ませんでした。しかし、葉のイメージが全く異なる(ヤナギやキョウチクトウのように細長い)ヤナギバハナアジサイ[仮称]の正常花の構造が、ヤマアジサイと一致することを突き止めました。そして、古い標本のラベルに示された広西西北部の九万大山を訪れ、野生の花を探し当てることが出来ました(広東省北部や江西省西部にも分布しているようです)。

興味深いのは、ヤナギバハナアジサイの生育地には、すぐ隣の山には数多く見ることが出来るカラコンテリギも、その南東側に分布するコバナアジサイも、見られなかったことです(ジョウザンとは混在している)。


ヤナギバハナアジサイ              


正常花(両性花)が散ったあと子房の柱頭が目立つ


もう一つのアジサイのルーツ

実は、中国には、野生のヤマアジサイの分布地がもう一か所あるとされています。日本から遠く離れた雲南最西北部の独龍江流域(ミヤンマー北部、インドアッサム地方に至る〉。通常ヤマアジサイの一変種として扱われ、“スティロサ”と呼ばれています。日本のヤマアジサイと同じ(または非常に近縁な)種が、日本から遥かに離れた地域に分布していることになります。

しかし実態は不明で、図鑑やインターネットで調べることの出来る“スティロサ”の写真は、やはりオオアジサイやユンナンアジサイとの誤認がほとんどです。

確かにこの辺りにヤマアジサイまたは非常に近縁な種が存在するらしいことは、確かなようなのです。インドのアッサム地方やミャンマーの奥地は、今では大変な秘境であるのですが、かつては大英帝国の植民地の一つであり、日本のヤマアジサイ同様に、かなりの古い時代から文献上の記録が示されています。もし、この一帯に「もうひとつのヤマアジサイ」が在来分布していたなら、数多くの園芸アジサイのなかには、こちらが親となっている品種もあるかも知れません。

そのような思いもあって、比較的最近アメリカやヨーロッパの研究者たちの手でなされた、アジサイ亜科全体のDNA解析を改めてチェックしてみました(材料の多くは野生株でなく愛好家が育てた栽培株のようです)。いやもう、びっくりしました。ほとんどの種の系統的な位置づけは、基本形態の比較を基にした分類と軌を一にするのですが、“スティロサ”はヤマアジサイと同じ種どころか、(同じコアジサイ亜属の範疇には含まれるとしても)最も遠い位置、すなわちコアジサイ亜属の最も基幹的な部分に置かれているのです。
何かの手違いとしか思えません。実際、筆者だけでなく、幾らかでもアジサイの分類に興味のある誰も(おそらく等の報告者たちも)が、そう思ったでしょう。でも、実は間違いではなかった。

この解析表の同じ位置には、“スティロサ”と共に、筆者の知らない種、“インドシネンシス”がゼットになって示されています。中国雲南省南部とベトナム北部から記録され、通常“スティロサ”と共に種としてはヤマアジサイに含められているらしく、中国科学院の纏めた「フロラ・オブ・チャイナ」のアジサイの巻にも紹介されていません。

記載はされたものの、おそらく誰もが独立種とは認知しなかったのかも知れません。園芸アジサイの品種の紹介には、ヤマアジサイの一品種として、イギリスやニュージーランドの植物園で育てられた個体を基にカタログなどに登場しているようですが、生物学的な立場の文献には(おそらく“スティロサ”ともどもヤマアジサイのシノニム=異名同物と見做されて)名前が登場することはなかった。その栽培個体のDNAを解析したところ、意外なことにヤマアジサイどころか、カラコンテリギやコアジサイやジョウザンなどを含むヤマアジサイのグループ(コアジサイ亜属)の中で、最も祖先的な位置に示されてしまったのです。

昨年、筆者は偶然この植物に出会いました。雲南省との境付近に聳えるベトナム最高峰ファンシーファン山。
あとでわかったのですが、100年ほど前に最初の記載されたのも、同じ山中の個体なのです。

原生林の中の急斜面を流れ落ちる渓流の最上流部に生える野生株に最初に出会ったとき、カラコンテリギ(あるいはそれに近縁なユンナンアジサイ)だろうと思いました。全体の印象はカラコンテリギと共通しますが、しかしそれにしては正常花が鮮やかな青色をしています。花序の付き方もヤマアジサイ的な傾向がある。子房の形を調べればどちらにより近いか分かるだろうと、ルーペを取り出して小さな花の中を覗きました。

なんと!子房(そこから伸びる花柱も)がない! そんなバカな! でも、ひとつのことを思い出しました。“スティロサ”や“インドシネンシス”と共に、上記のDNA解析でコアジサイ亜属の最も基幹的位置に置かれている種がもう一つあって、ハワイ諸島固有種のハワイアジサイ(装飾花を欠き外観はジョウザンに似ています)です。この種は、雌蕊と雄蕊が同じ一つの正常花(両性花)の中に存在するアジサイ亜科の中にあって、唯一雌雄同株(雄蕊と雌蕊は別の株に咲く別の花に存在)の種であることが確かめれれています。 
唯一、雌雄異株なのです。

ということは、DNA解析で最も祖先的に位置付けられる“スティロサ”や“インドネンシス(アオメコンテリギ[仮称])”も、ハワイアジサイ同様に雌雄異株であっても不思議ではありません。少なくても、中国雲南とインドシナ半島の境界山地の周辺に、ヤマアジサイにそっくりの、かつ極めて原始的な種が存在しているのです。もしかすると、日本起源中国経由の園芸アジサイとは別に、全く別経路で成り立つ園芸アジサイが存在している可能性もあります。今後、アジサイの歴史が塗り替えられる時が来るかも知れません。

 
アオメコンテリギ


正常花が散ったあと(左端と右端)残るのはガク片だけ


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≪Ⅱ≫(後期原稿のひとつ)

アジサイのことを、どれだけ知っていますか?

6月の花といえばアジサイ。4月の花サクラ(ソメイヨシノ)が、私たちに身近な園芸植物のほとんどが外国からの導入種という中にあって、珍しく日本が原産であることを、以前に紹介しました。アジサイも、その稀有な例の一つです。

アジサイには、3つの「種類」(「世界」と置き換えても良い)があります。

1「園芸植物」としてのアジサイ。
庭やお寺や街角で見かける、私たちが普段アジサイとして認識しているものです。人間が作った、自然界には存在しない植物で、花屋さんで売っています。無数と言って良い品種があります。

2「栽培植物」としてのアジサイ。
愛好家やマニアが、変わった色や形の野性株を山から採ってきて、自分の家の庭で手塩にかけて育てています。品評会があったり、販売組織があったりします。やはり無数の品種があります。

3「野生植物」としてのアジサイ。
人間の都合とはかかわりなく、地球上に人類が登場する遥かに以前から存在しています。世界に20~100種ほど(研究者ごとに種の数え方が異なる)が分布しています。

愛好家でなくとも、ほとんどの日本人が、何らかの形でアジサイに関心(好感)を持っていると思います。アジサイに関する本も、山のようにあります。しかし、それほど身近な存在であるにも関わらず、生物学的な立場から見た「アジサイとはなにか」に応え得る資料は、ほとんどありません。見掛けの変異に対する品種の命名が膨大な量で行われているのに相反して、系統的な分類は全くといって良いほど手が付けられていないのです。


アジサイの日本における普及はごく最近のこと

園芸植物としてのアジサイは、日本本土に広く分布するヤマアジサイの伊豆諸島周辺地域産集団を起源とします。園芸のサクラ(ソメイヨシノ)が伊豆諸島周辺地域産の(広義にはヤマザクラに含まれる)オオシマザクラであることと軌を一にしますが、野生-改良-普及が国内で完結しているサクラと違い、アジサイは少々事情が異なります。

まず、古い時代に中国に渡り、18世紀の末頃、中国からヨーロッパに紹介され、そこで積極的な改良がなされ多様な品種が誕生しました。欧米では園芸植物は大きくてカラフルで派手であればあるほど人々に好まれます。昭和も半ば頃になって、日本起源のアジサイは、豪華絢爛に変身して里帰りしたのです。そして、日本文化の代表の一つとして社寺などに植えられています(それ以前は、どちらかと言えば負の存在で、日本の文化に積極的に受けいられることはなかったようです)。

人々の間に普及するということは、花の見栄えを良くするということです。ですので、アジサイの「花」について簡単に説明しておきましょう。手毬のような形の一般にアジサイの花とみなされている部分は、花の集まりで「花序」と言います。それを構成する一つ一つが花である、と言いたいところですが、それも花ではありません。いわゆる一般のアジサイには、花がないのです。

花に見える3~5枚の花弁のようなものは花の外側のガク片に相当する、いわば偽の花で、「装飾花」と呼びます。その部分を強調し、やがて偽物の花だけで成り立つ園芸植物のアジサイが出現したわけです(装飾花と本物の花の組み合わせの園芸種もあります)。

中央部に集まる小さな本物の花は、正常花(生殖機能がある)、中性花(一つの花の中に雄蕊と雌蕊が共存)などと呼ばれます。生物学的な分類にはこの部分の構造比較が最重要なのですが、アジサイ愛好家や業者は無視しています。そして謂わば着飾った服に過ぎない(生物学的分類には全く無意味と言って良い)偽の花である装飾花の色や形にひたすら注目し、より魅力的なものにしようと努力を重ねているのです。


サクラやアジサイを愛でる日本の文化を、何の疑いもなく称賛するだけで良いのでしょうか?

日本の南西諸島には、純白の野生アジサイが分布しています。屋久島のヤクシマコンテリギ、三島列島・口永良部島・トカラ列島・徳之島・沖永良部島・伊平屋島に分布するトカラアジサイ(島ごとに葉や花に特徴があります)、石垣島・西表島のヤエヤマコンテリギです。

ヤクシマコンテリギは、屋久島を代表する素晴らしい花の一つですが、権威のある研究者がトカラアジサイと同一種と見做したため、公式には固有種とされていません。それに麓の至る所に生えているので、有難みに欠けます。ちょうど世界遺産に登録された頃のことです。山の入り口に当たる道路沿いに環境省や県の自然館などの大きな建物が立てられ、道路の両側を覆っていた野生のヤクシマコンテリギが全て引っこ抜かれてしまいました。そして、観光の目玉にと島外から導入した色鮮やかな園芸アジサイに置き換えられてしまったのです。

サクラのところでも違和感を覚えたのですが、次のようなコメントが多く見られました。「日本人は、植えた桜を手塩にかけて大事に育て、花の時期には侘び寂びを楽しむ、それは隣国(K/C)の人々には、とても真似のできない素晴らしい美点であり、桜の話をするならば、その歴史を強調すれば良いのであって、野生とか由来とかの話はどうでも良い」。人間の作り出した(疑似)自然にだけ愛情を育み、元からあった自然に対しては、(それが固有種とか絶滅危惧種とかならともかく)なんだか、ものすごく冷淡。

見る角度を変えれば「日本人の美徳」は、いかにも自分勝手で、決して自慢できるような物ではないような気がします。


幻のヤナギバハナアジサイを探しに行く

純白のトカラアジサイやヤクシマコンテリギの仲間は、南西諸島のほか、日本本土(ガクウツギとコガクウツギ)や台湾や中国大陸(カラコンテリギ“中国繍球”とユンナンアジサイ)にも分布していますが、色彩豊かな装飾花を持つ園芸アジサイの基となったヤマアジサイは、ほぼ日本の固有種です。北海道~九州と周辺の島嶼、および朝鮮半島南端部と済州島。中国大陸にも分布するとされていますが、古い時代に日本から渡来した栽培個体が、逸出して野生化している可能性もあり、事実関係は未解明です。

筆者は数年前、雲南昆明の植物園の標本館に3日間かけて泊まり込んで、数千枚のアジサイ標本を全て調べました。しかし、日本の「ヤマアジサイ」と同じ中国産野生種は一枚も見つけることが出来なかった。ラベルに「ヤマアジサイ(またはそれに近縁な中国固有種)」として記されているのは、全く別グループの種との誤認です。

野生生物では「外見」と「血縁」が相反する場合がしばしばあります。アジサイも例外ではありません。中国には日本のヤマアジサイに似た“アスペラ”(筆者はオオアジサイと呼称しています)と呼ばれる野生アジサイが各地で普通に見ることが出来ますが、これは「他人の空似」でヤマアジサイとは血縁が遠く離れたグループに属しています。

古い標本が多いので、花の色は落ちています。分類の決め手になるのは、花序の付き方と雌蕊の構造です。ルーペを使って一枚一枚チェック行ったところ、ある一つの標本が目に留まりました。葉のイメージが他のアジサイと全く異なる(ヤナギやキョウチクトウのように細長い)“グアンシーエンシス”という種の正常花の構造が、ヤマアジサイと一致することを突き止めたのです。

ラベルに示された広西壮族自治区西北部の山岳地帯を訪れることにしました。そこは、筆者の主要フィールドの一つ、桂林北方の「花坪原始森林」のすぐ近くです。その一帯には、白い花が美しいカラコンテリギ(中国繍球)が咲き誇っているはずです。ラベルに記された日付けは、カラコンテリギの開花盛期(4~5月)のずっと後の7月で、筆者が訪れたのは7月上旬。日本のヤマアジサイの開花期も同じ頃ですから、ラベルの情報が正確なら、咲き古したカラコンテリギの花に混じって咲く(色は不明としても)新鮮な花を見つけ出せば良いのです。

深圳から、夜行列車と長距離バスとローカルバスに乗り継ぎ、最奥の町からさらに峠を越えて隣町に向かう一日一本の村営バスに乗って、3日目のお昼に峠の頂上に着きました。ここでバスを乗り捨て、ラベルに記されていた峠下の村落まで歩くことにします。

意外なことに、すぐ東隣の山々には沢山生えているカラコンテリギが全く見当たりません。少々不安になってきた頃、原生林の渓流脇に、日本のヤマアジサイと同じ色調の鮮やかな青い花を見つけました。ルーペを取り出して、雌しべの構造を調べます。ヤマアジサイと全く同じです。

でも、葉の様子は、どこからどう見てもアジサイとは思えません。もし花がなければ、絶対に分かりはしなかったでしょう。「ヤナギバハナアジサイ」と名づけました。ヤマアジサイに最も近い血縁の中国産の種が、この「ヤナギバハナアジサイ」というわけです。


もう一つのアジサイのルーツ~アジサイの歴史が変わるかも知れない

実は、中国には野生のヤマアジサイの分布地がもう一か所あるとされています。雲南省最西北部独龍江流域。そこから、ミャンマーの奥地を経てインドのアッサム地方やブータンなどにかけてに分布する「独龍繍球」という種です。この種は、日本のヤマアジサイとほぼ見分けがつかず、研究者によっては、ヤマアジサイと同じものとされてきました。ヤマアジサイと同じ(または非常に近縁な)種が、遥か離れた地に分布していることになります。

改めてアジサイ属全体のDNA解析をチェックしてみました。ほとんどの種の系統的な位置づけは、基本形態の比較を基にした分類と軌を一にするのですが、“独龍繍球”は、ヤマアジサイと同じ種どころか、最も遠い位置、すなわちこの仲間(広義のヤマアジサイの一群)の最も基幹的な部分に置かれているのです。

“独龍繍球”と共に“インドシネンシス”という種がセットになって示されています。中国科学院の纏めた「フロラ・オブ・チャイナ」のアジサイの巻にも紹介されていない謎の種です。数十年前に中国雲南省南部とベトナム北部から記録されたものの、やはりヤマアジサイのシノニム(異名同物)と見做されて、誰もが独立種とは認知しなかったのかも知れません。しかし、遠く離れたニュージーランドの植物園で育てられていた個体のDNAを解析したところ、上記のような意外な答が示されたわけです。

筆者は雲南省との境付近に聳えるベトナム最高峰のファンシーパン山で、偶然この植物に出会いました。この山は、かつてベトナムを植民地化していたフランス人たちの避暑地として発展した少数民族の町・サパの背後に聳えています。白い花のカラコンテリギ(中国繍球)は、中国南部や台湾のほかに、このベトナムのサパからも記録があるのです。筆者は10数年前から何度もこの地を訪れています。カラコンテリギならば、標高700m付近から1500m付近に生育しています。筆者の行動範囲と、ちょうど一致しますが、これまで出会うことはありませんでした。

記録の間違いかも知れませんし、(標高3143mの)この山では、もっと高いところに生えているのかも知れません。昨年、頂上付近を探索することにしました。山腹に発達する熱帯雨林を、野宿をしつつ3日間探し続け、やっとカラコンテリギらしき植物に出会いました。

原生林の中の急斜面を流れ落ちる渓流の最上流部に生える野生株は、全体の印象がカラコンテリギと共通しますが、それにしては正常花が鮮やかな青色をしています。花序の付き方もヤマアジサイ的な傾向がある。雌しべの形を調べればどちらにより近いか分かるだろうと、ルーペを取り出して小さな花の中を覗きました。

なんと!雌しべがない! そんなバカな! でも、ひとつのことを思い出しました。独龍繍球や“インドシネンシス”と共に、上記のDNA解析ではヤマアジサイの一群の最も基幹的位置に示されている種がもう一つあって、ハワイ諸島固有種のハワイアジサイです。この種は、雌蕊と雄蕊が同じ一つの正常花(両性花)の中に存在するアジサイ亜科の中で、唯一雌雄異株(雄蕊と雌蕊は別の株に咲く別の花に存在)の種であることが確かめられています。ということは“インドシネンシス”も、ハワイアジサイ同様に雌雄異株であっても不思議ではありません。あるいは、雌しべはあるけれども、他の種のように花柱などが全く発達せず、機能的にも特殊なのかも知れません。

この花は、カラコンテリギでもヤマアジサイでもなく、それらの祖先的な位置づけにある、幻の“インドシネンシス”なのでした(ニュージーランドの植物園での栽培個体とも一致)。全体の様子がカラコンテリギやヤクシマコンテリギに似ていること、装飾花の中央の「眼」と呼ばれる部分と正常花の花弁が鮮やかな青色をしていることから「アオメコンテリギ(碧眼繍球)」と名付けておきます。

雲南省に近いインドのアッサム地方やミャンマーの奥地は、今では大変な秘境なのですが、かつては大英帝国の植民地でした。ベトナムは現在アジサイ改良の中心地となっているフランスの植民地でした。

もしかすると、日本起源中国経由の園芸アジサイとは別に、独龍繍球やアオメコンテリギ起源の、(雲南西部、インドシナ半島北部、インド東北部などの素材による)全く別経路で成り立つ園芸アジサイが存在している可能性もあります。今後、アジサイの歴史が塗り替えられる時が来るかも知れないのです。


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