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Gentiana sp. 小型リンドウの一種⑩ (甘粛省天水市) 〔Sect. Chondrophylla小龙胆组〕
甘粛省天水市麦積山alt.800m付近 2010.4.21
これは、フデリンドウ Gentiana zollingeri筆竜胆で、ほぼ間違いないだろう。「中国植物志」におけるフデリンドウの中国での分布は、東北地方から華中地方を経て、東部の浙江省に至ると記されていて、甘粛省は含まれていない。しかし、撮影地は、(分布が示されている)陝西省との境の秦嶺山地の一角なので、分布域的に見ても当て嵌まると考えて良いだろう(注:英語版のほうは“Gansu”で載っている)。
秦嶺山脈は、陝西省の太白山を最高峰とし、長江中流域と黄河中流域に挟まれて、東は河南省、西は甘粛省に至りチベット高原北部に収斂する。西安の南の秦嶺中心部には、日本のギフチョウ近縁種や次項に紹介するサファイアルリシジミの探索に、1980年代末から2000年代はじめにかけ、春に何度も訪れた。ハルリンドウやフデリンドウの仲間も多数撮影している。しかし、手元に写真が残っていない。ここで紹介するのは、秦嶺西端付近の、甘粛省天水市麦積山付近での撮影個体。峠道に至る渓流に沿った、典型的な早春の天然雑木林の林縁草地の落ち葉の中から、数種のスミレ類やアズマイチゲなどと共に、可憐な草花が咲き始めていた。
同上
Gentiana sp. 小型リンドウの一種⑪ (広西壮族自治区龍勝県) 〔Sect. Chondrophylla小龙胆组〕
広西壮族自治区龍勝県芙蓉村alt.500m付近 2009.5.20
長江の北、黄河との間に東西に連なる「秦嶺」と対になるのが、長江の南、珠江との間に東西に延びる (標高やや低く明瞭な山脈にはならないけれど)「南嶺」だ。北の秦嶺ともども、西の端は「世界の屋根」に収斂し、東は日本列島に続いて行く、「東アジアの回廊」的な地域である。
その中央付近に位置する桂林は、僕の第二の故郷とも言ってよい町である。20年近くに亘り、累計数年間滞在している計算になるが、この地に来る観光客のほぼ100%が訪れる陽朔には、行ったことがない(通り過ぎたことは何度もあるけれど)。僕のフィールドは、陽朔とは反対方向の、湖南省との境にある山岳地帯。観光的には、全く無名の地である(ちなみに湖南省には“芙蓉鎮”という有名な映画上の架空の村がある)。やはり手元に、一つだけリンドウの写真があった。今のところ種を特定できないでいるが、色以外はフデリンドウに良く似ている。プライベート・ネームは「ウスシロリンドウ」。
白い小さな花は、サクラソウ科(トチナイソウ属の一種?)。
Gentiana sp. 小型リンドウの一種⑫ (雲南省麗江) 〔Sect. Chondrophylla小龙胆组〕
雲南省玉龍雪山alt.3100m付近 2008.7.23
この10~15年間は、雲南での目的地は、香格里拉から北の地域である。それ以前には、大理や麗江、それとミャンマー国境近くの町・謄沖が中心だった。麗江は玉龍雪山の麓の草原。そこでの撮影写真の大半は、中国に置いてきたDVDや段ボール箱のポジフィルムなので紹介が叶わないのだが、なぜか手元に一枚だけ、花だけをトリミング した写真が残っていた。最も一般的な小型リンドウのように思うが、この写真だけでは種の特定はできない。
Gentiana sp. 小型リンドウの一種⑬ (雲南省香格里拉) 〔Sect. Chondrophylla小龙胆组〕
雲南省香格里拉(中甸~碧塔海) alt.3600m付近 2005.6.19
Gentiana linoides亜麻状竜胆と同定して良いだろう(プライベート・ネーム「アオムラサキリンドウ」)。セセラギリンドウ(大理竜胆Gentiana taliensis)と共に、フデリンドウと同じ箒枝系Fastigiataeに含められている。フデリンドウに似るが、萼片がより大きく、花筒を深く包み込む。フデリンドウは、中国西南部(四川・雲南)では分布を欠くことになっているので、その代置的存在と見做して良いのかも知れない。諸形質から見てフデリンドウよりもハルリンドウに近いと思われる「ハルカゼリンドウ(Gentiana chungtiensis中旬竜胆)」同様に、香格里拉郊外の湿性草地に見られるが、(偶然だとは思うけれど)ここで示した2個体とも、ハルカゼリンドウ撮影地とは異なる、香格里拉の町と碧塔海の中間地点辺りで撮影している。生育環境がやや異なるのかも知れない(本種のほうがやや湿地性?)。
雲南省香格里拉(中甸~碧塔海) alt.3600m付近 2015.7.29 (以下同じ)
右は「ミドリヒメリンドウ」
香格里拉西郊外の碧塔海との間の湿性草原に隣接した小さな丘に「大小」の小型リンドウ2種が咲いていた。
アオムラサキリンドウの花径(12㎜前後)は、ミドリヒメリンドウ(6㎜前後)の倍ぐらい。
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Gentiana sp. 小型リンドウの一種⑭ (雲南省香格里拉) 〔Sect. Chondrophylla小龙胆组???〕
雲南省香格里拉(中甸~碧塔海) alt.3600m付近 2015.7.29 (以下同じ)
今回、丸一日アップを停滞してしまったのは、前回述べたような幾つかの理由もあるのだが、最も大きな原因は、この「大小2種」の小型リンドウの、白く小さなほうの種の帰属分類群の特定に手間取っていたことに因る。結局特定することは出来ずに、とりあえずギブアップである(分かり次第付け加える予定)。
最初は、別seriesの狭芯組Stenogyneに所属する、Gentiana primuliflora报春花龙胆(サクラソウリンドウ)だと思っていた。茎や葉の姿は「中国植物図像庫」に図示された各個体に似ているし、解説文の記述とも、さほど相違はない(種子などの内部構造は写真では調べようがない)。
しかし、雰囲気は相当に異なる(印象的には「サクラソウ」というよりも「ハコベ」を思い浮かべる)。
何度も繰り返し言うけれど、僕はリンドウについては(ヘツカリンドウは別として)何の知識もないわけで、殊に膨大な種数からなる「小型リンドウ(概ね小竜胆組)」各種については手が付けようがなく、最初から「ギブアップ」を宣言していた。でも、結局はいちいち調べる羽目になって、その結果途方に暮れているのである。
まあ、一から勉強しながら、と思えば良いので、無駄な作業というわけでもないだろう。僕の写真の該当種が、「小竜胆組」に入るのかどうか、日本産のどの種に対応しているのか、等々、少しづつ分かってきたような気もする。
同定は、“例えば「中国植物志」に従えば”、ということでの暫定処置であって、種を特定するつもりは最初からない。
「中国植物志」自体、どこまで信用できるのだろうか? 混乱の原因は、必ずしも僕が無知だからだけではない。参考にすべき「中国植物志」の出鱈目さにも、大いに責任がある。
例えば、「小竜胆」という種speciesがある。「小竜胆系」というseriesがある。しかし、「小竜胆」は「小竜胆組」に入らない。“手続き”にばかり注意を向けて、本来の目的が置き去りにされてしまっている。
「中国植物志」が凄いスケールの素晴らしい仕事(国家事業)であることは認める。僕なんかが太刀打ちできる存在ではない。
しかし、どこか“マ”が抜けているのである。
ついこの間のことだが、ニュージーランドに住む(僕の二番弟子)ルイスから久しぶりにメールが来た。彼の中国人友人の若い研究者が、中国の蛾の新種記載をする、しかし論文が受け入れられない、どこにその原因があるのかをチェックしてくれないか、というのである。
論文を読むに、彼が凄い能力を持った、凄い努力家であることが分かる。
で、交尾器に関わる記述や図を子細にチェックしてみた。(具体的な説明は省くが)どうやら、一番肝心な、最もベーシックな部分に対する考察が、最初から抜け落ちている。これでは、いくら力を注いで細部の考察を重ねても、砂上の楼閣である。いかにも「中国人」なのである(必ずしも貶しているのではない)。
それはともかく、この「小さいほうの小型竜胆」に相当する可能性がある「Gentiana primuliflor报春花龙胆(サクラソウリンドウ)」を、改めて「中国植物志」と(それに付随されている)「中国植物図像庫」でチェックしてみた。
「昆明」産の、数個体(20数カット)が掲載されている。それを見るに、どの個体も、花冠裂片の基部に、顕著な蜜腺が認められる。あれれ、リンドウ属の特徴は、子房の基部に密線があることではなかったっけ? 花被弁内側に蜜腺を持つのは、センブリ属の種だと思う。
もっとも、(seriesを分けるぐらいだから)リンドウ属の中でも特殊な存在なのかも知れない、と思って本文記述を読んだのだけれど、(中国語版にも英語版にも)何処にもそのような指摘は為されていない。種の解説でも、系の解説でも、検索表でも、同様である。
因みに、「サクラソウリンドウ」が所属するとされる「狭芯組Stenogyne」には、後に紹介予定をしている大型のリンドウ属の種「Gentiana rodantha 紅花竜胆(ベニバナリンドウ)」や「Gentiana pterocalyx 翼萼竜胆(アオバナリンドウ)」も含まれている。どう考えても、写真の「サクラソウリンドウ」との共通要素は見出し得ないように思われる。
それで、とりあえず現時点で分かったのは、この、アオムラサキリンドウ(Gentiana linoides亜麻状竜胆)と共に生える、白く小さいほうの小型竜胆(以降「ミドリヒメリンドウ」のプライベート・ネームで呼ぶ)は、(少なくとも「中国植物図像庫」ではその名で紹介されている)「サクラソウリンドウ」とは、全く異なる存在で(むろん花冠裂片には蜜腺を持たない)、従って、「中国植物図像庫」に紹介されている対象が、真の「サクラソウリンドウ」であるとすれば、(このミドリヒメリンドウは)「サクラソウリンドウ」ではない、ということである。
と共に、「中国植物図像庫」の個体が真のサクラソウリンドウではない、とするならば、「ミドリヒメリンドウ」が真の「サクラソウリンドウ」に相当する可能性も残されていることになる(しかし、特徴的な緑の蕾の事にも触れられていないので、その可能性は極めて低いものと思われる)。
ということで、「ミドリヒメリンドウ」の所属分類群の特定については、保留しておかざるを得ないわけである。