青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

「屋久島の植物~大和と琉球と大陸の狭間で PartⅡ」第一巻

2024-07-12 14:04:11 | 「現代ビジネス」オリジナル記事



「屋久島の植物~大和と琉球と大陸の狭間で PartⅡ」第一巻(240頁)が完成しました。前書きをブログに掲載しておきます。



はじめに



昔、TVで「アップダウンクイズ」というのがあった。正解するごとに椅子が登っていき、全問正解するとてっぺんでクス玉が割れて、ハワイにご招待!という趣向である。仲間内で都市伝説になっている回がある。当時アマチュア蝶研究者の第一人者(図鑑を沢山出していた) W氏が挑戦した。あと一問、というところまで漕ぎ着けた。番組側も出場者が蝶研究のオーソリティであることを知っているので、最後の一問は忖度して、蝶に関した(チョウ好きなら誰でも答えられるであろうはずの)問題を出した。曰く、「毛虫になるのは蝶ですか?蛾ですか?」 W氏、う~ん、と唸ったまま答えられずに時間切れ、あえなくハワイ行はおジャンになった。何処までが本当なのかは知らないが、まあそんな話である。



著者も、屋久島の植物のオーソリティであると自負している。けれど、「屋久島に固有種は何種?」と尋ねられたら、答える自信はない。敢えて言うなら、「△△大学のxx教授の見解では00種(自分は必ずしも賛同しないけれど)」と答えるしかない。「じゃあ、貴方は何種だと考えていますか?」と問われても、分からないとしか言いようがない。



野生の生物の世界は、とてつもなく多様で複雑だ。人間の都合で、そう易々とカテゴライズ出来るものではない。場合によっては、曖昧であることこそ、より責任を持った答えになることもある。屋久島の最大の魅力は、「多様性」ではなかったか? なのに、表向きは「多様性」を標榜しながら、ステレオタイプの(「縄文杉」「もののけの森」等々)対象に一極集中していく。「多様性」は、まるでファッションの一部のように、いかにも分かりやすく説明されて、深い考察は為されないままでいる。勿体ない限りである。



というわけで、本書では「固有種」という表現を出来る限り避けた(分布北限・南限の表現も曖昧に行った)。教科書的に決めつけた解釈を行うことは、「思考停止」と同義語である。様々な角度から光を当てることで、時には答えが逆転することもある。答えを示すことではなく、深く考察することに意義があると思っている。



一言で「固有」と言っても、概念は様々だ。例えば、島に隔離された生物に、多かれ少なかれ変化が齎されることは、当然ともいえる。たかだか数万年、いや、数千年、数百年、場合によっては数十年でも、安定的な形質の変異が起こることもある。そのような外圧に拠る2次的な変異集団であっても、その空間にしか存在しなければ「固有」ということになる。「固有」(他の空間の存在との相違)の程度に関わらず、厳密に「屋久島だけに固有」となれば、大いなる評価が与えられる、



一方、数百万~数千万年前から、祖先形質を引き継いだまま、他の集団との交流が為されず、現在に至っている生物もある。ただし、そのような生物の多くは、屋久島だけに固有と言うわけではなく、近隣島嶼と共通の「地域固有種」、あるいは本州や北海道、台湾や中国大陸など飛び離れた地に共通分布する「隔離分布種」である場合が多い。厳密な意味では「固有種」には相当しないわけである。



ネットで資料を調べていたら、こんな例に出会った。屋久島ではなく奄美大島なのだが、この島の(他に近縁な種が存在しない)究極の固有種であるヤドリコケモモ。確か環境庁のリストだったと思うが、カテゴリーが「広域分布種」となっていた。実は最近になって台湾の一角で、同一種と見做される集団が見つかった由。それでもって「固有種」から除外されてしまったわけだが、台湾と共通分布することに拠って価値が薄らぐわけではない。むしろ、興味が倍増するのだが、お役所的には、そのようにして「優劣」の答えを示さねばならぬのである。







台湾と共通と言えば、屋久島に於ける究極の固有種ヤクシマリンドウもそうである。この種の近縁群は、中国の奥地や東南アジアの山岳地帯に数種が分布しているが、ヤクシマリンドウとの間には形質上相当の差異がある。ところが、台湾最高峰の玉山頂上の岩壁に、ヤクシマリンドウそのものが生えている、という情報がある(筆者も写真を確認したが、答えを出すのは控える、様々な意味で、様々な可能性が考えられる)。それについては現時点で全く検証されていないのだが、場合によっては、究極の固有種から、広域分布種に転落(?)してしまうわけだが、むろん、そのことで存在の意義がこれっぽっちも薄らぐわけではないのは「ヤドリコケモモ」の場合と同様である。



堀田満(1935~2015)は、それらをひっくるめて「固有的植物」という表現をしている(それと対応すると思われるのが「雑草的植物」)。捉え方に拠れば、屋久島産の在来植物(その判断はかなり難しいけれど)は、全てが何らかの意味で(次元の異なる)「固有的」な存在ではないかと思える。



分布南限・北限についても同様。極端な話を言えば、解釈の仕方(種全体の中での屋久島産の位置付けの切り取り方)次第で、全く逆の答えが示されること(視点Aからみれば南限とされていたものが、別視点Bからみれば北限となるなど)もあり得るわけだ。それらの可能性も踏まえて、こちらも大雑把に「南限的」「北限的」という表記をしておく。



ちなみに初島住彦(1906~2008)は、南西諸島のフロラの区分を「北琉球(屋久島・種子島・トカラ火山列島)」「中琉球(奄美群島・沖縄本島)」「南琉球(宮古諸島・八重山諸島)」に三分割した。非常に理にかなった区分であり、筆者もそれに従う(詳しくは第4巻で述べる予定)。



さて、カテゴライズは避ける、と先に記したが、全く示さないでおくのも読者に対して不親切なように思える。そこで、大雑把に、(上記堀田満氏の私的提案に拠る「~的」表現を含み)独自の判断でおおまかな基準を設置してみた。



太字種:

固有的植物/純在来種/遺存・隔離的植物/重要分布(北限域・南限域の一部)種など、人為の影響に基づくことなく屋久島に生育している種。

細字種:

雑草(雑木)的植物/新帰化種/史前帰化種/国内帰化種/広域分布種(の一部)など、人為に拠る影響を基に、屋久島に存在する種。



高:高地帯/森:山地帯(中腹)=ヤクスギ林/照:低地帯、照葉樹林/里:人里周辺/渓:渓流沿い

/海:海岸沿い/逸:園芸・栽培植物またはごく最近の帰化(逸脱?)植物



(例)カンツワブキFarfugium hiberniflorum 渓 【(APG分類に拠る)キク科サワギク連】



形質の記述は原則として割愛した。草(樹)高、花(または装飾花・頭花・密集花序)径、開花期などについては、第4巻のチェックリストに、おおよその目安で示す予定でいる。



和名は、

原則としてより古くから利用されている名を優先表記=例:ヤクザサ(ヤクシマダケ)。

主な異名を()内に示す=例:ムラサキムカシヨモギ(ヤンバルヒゴタイ)。

著しい地域特徴を示す集団には新たな和名を冠する=例:アズキヒメリンドウ(ヘツカリンドウ)。

下位分類群を優先表記した場合は〈〉内に上位分類群名を示す=例:アマクサギ〈クサギ〉。

上位分類群を優先表記した場合は[]内に下位分類群を示す=例:オオジシバリ〔アツバジシバリ〕。





科の分類はAPG分類(分子生物学的解析に拠る分類方式)第2版を基に構成し、一部第3版の情報を取り入れた。掲載順は、基幹的分類群から進化的分類群の順に為されたAPG分類とは逆に、(あくまで便宜的な事情から)進化群→基幹群の順に遡って配置した。ただし、頁構成の都合上、必ずしも厳密にAPG分類順に沿わず、適時順を組み替えながら行った。



第1巻は、被子植物中最も新しい時代に出現・繁栄したと考えられる所謂「キク類Asterids」で纏めた。

キク科やキキョウ科から成るキク目と、周辺のマツムシソウ目(スイカズラ科など)、セリ目(セリ科、ウコギ科など)、モチノキ目(モチノキ目など)。シソ科やゴマノハグサ科から成るシソ目と、周辺のナス目(ナス科、ヒルガオ科など)、リンドウ目(リンドウ科、アカネ科、キョウチクトウ科など)。および、両者の基幹的位置にあるツツジ目(ツツジ科、サクラソウ科、ハイノキ科、ツバキ科など)とミズキ目(ミズキ科、アジサイ科)が含まれる。第2巻の所謂「バラ類Rsides」との移行群として位置づけられるナデシコ目(ナデシコ科、タデ科、ヒユ科、イソマツ科など)とビャクダン目(ツチトリモチ科など)は、便宜上、第2巻に編入した。



シソ目の多くの科はAPG分類によって大幅な組み換えがなされ、本書でもそれに従ったが、科の再編(分離・併合)は為されたにしろ、(一部を除いては)目単位での移動はなく、大雑把に見れば同じ一群(単一系統上)に置かれたままである(スイカズラ目やリンドウ目、ツツジ目に於いても同様)。従って、あまり拘る必要はないものと考える。



多くの種を紹介するキク科に関しては、連ごとに纏めて示した。コウヤボウキ亜科とアザミ亜科は単独連、タンポポ亜科はタンポポ連のほかショウジョウハグマ連が含まれる。その他の各連がキク亜科に併合されることは従来の分類と基本的に変わらないが、メナモミ連、ヒマワリ連、ダリア連などに於いては幾つかの組み換え(連の新設を含む)が為されている(文献ごとに見解の相違がある)。



いずれにしろ原則APG分類に従ったが、あくまで暫定的なものであり、必ずしもその結果に拘泥するものではない。



学名は、異なる諸見解の中から、臨機応変に選択した(原則「北琉球の植物」初島住彦に従い、新たな見解を随時取り入れた)。特に基準はなく、その結果には拘泥しない。屋久島産のそれぞれの植物が、「固有種」「固有亜種・変種・品種」「広域分布種」のどの段階に相当するかについては、対象ごとに独自の判断を下した。広義の種に編入するか、独立の分類群とするか、どちらかに振り分けたが、前者の場合、原則として下位分類群(亜種・変種など)については敢えて触れないでおいた。いずれにせよ、あくまで暫定的・便宜的な処置であり、異論を排するものではない。



和名についても、複数の名(異名や上下分類単位)がある場合、上記のごとく臨機応変に選択した。

これもまた異論を排するものではない。



使用した写真は、(2006年度のデジタル撮影品を除いて)大半がポジフィルム撮影時のものである。

大量の保管ポジフィルム(そのうちの半分ぐらいは度重なるアクシデントによって失われてしまった)をデジタルスキャンし、1987年に本が完成しながら正式出版に至らなかった「屋久島の花と自然」、および2007年に刊行を予定していたが保留したままになっていた新たな企画(それに代わって2008年に岩波ジュニア新書「屋久島~樹と水と岩の島を歩く」を刊行)を基に、全面的再編を行なった。一部の写真は存在はするが見つけ出せないでいるため、既刊の拙書からのコピライト(そのため画質が極めて劣る)または写真空欄として構成した。また、写真データに関しても、別に書き写していたメモが見つけられず、「撮影データ確認中」「撮影場所確認中」「撮影年月日確認中」と空欄にした。概ねの場所や年月日の特定は可能なのだが、慎重を期して保留した。将来機会があれば、追加を行いたい。





第一巻で紹介した各種の中で、殊に重要と思われる種を無作為的にピックアップしてみた。

カンツワブキ

イッスンキンカ

ヒメキクタビラコ

ホソバハグマ

ヤクシマシオガマ

シマセンブリ

ヤクシマリンドウ

アズキヒメリンドウ

ヤクシマシャクナゲ

アクシバモドキ

ヒメヒサカキ

ヤクシマコンテリギ

等々。

興味深いことに、それら重要種の中には、和名に「ヤクシマ」の名が冠せられていない種が多い。そして、意外に低地産の種ほど、より深く複雑なアイデンティティを有しているものが多い様に思われる。

それらの実態を知るためには、周辺の地域や、大陸産の集団との関わりの解明が不可欠である。今後の研究過程の中で、漠然とでも良いので、そのことを念頭に置いて頂ければ、幸いである。



本書を、その低地産重要種であるヤクシマコンテリギ(野生アジサイの一種)で締めくくった。加えて、末尾に筆者のライフワークである、南西諸島と中国大陸産のヤクシマコンテリギ近縁種群について、特別に項目を設けた。



第二巻は、「バラ類Rosids」

第三巻は、「基幹被子植物(所謂単子葉植物を含む)」+裸子植物(シダ類とコケ類は屋久島の生態系の中で非常に大きな魅力ではあるが、その紹介は別の機会に譲る)。

第四巻は、「フィールドガイド」を中心に、屋久島および南西に於ける幾つかの生物種群について、過去報文からの転載を行った。



著者の屋久島に関する著作としては、平凡社新書「世界遺産の森屋久島~大和と琉球と大陸の狭間で」(2001)、岩波ジュニア新書「屋久島~樹と水と岩の島を歩く」(2008)がある。前者の副題「大和と琉球と大陸の狭間」の概念に、著者の屋久島に於けるコンセプトが集約されている。本書でもそれを副題として採用し、そのPartⅡと位置付けた。ほかに候補に挙げた「屋久島はどこにある?」「海の向こうの兄妹たち」の副題も、それぞれに意味を持つものと考えている(前者は「沖縄は何処にある?」「台湾は何処にある?」も準備中、後者は中国大陸産の主に蝶類について、既に3作品を上梓)。



著者は、1960年代の初めから1980年代前半にかけての約20年間屋久島をメインフィールドとし、1980年代後半から2000年代半ばにかけての20年間は屋久島周辺地域と中国大陸を行き来、2000年代半ば以降の20年間近くは中国大陸にフィールドを絞って屋久島には足を向けていない(先月18年ぶりに屋久島を訪れた)。そろそろ屋久島に回帰する時が来たのではないかと思っている。



本書は図鑑ではない(むろん教科書でもない)。従って形質の記述は原則として行っていない。それらの事や固有種や北限・南限種の種数を知りたい人は、他の書物を参照頂きたい。本書は問題提起の書である。「学びたい人」にではなく「考えたい(調べたい)人」に読んで頂ければ、と思っている。



2024年盛夏、クマゼミの声が降り注ぐ朝に、著者記す。









コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 祝 「屋久島の植物」第一巻... | トップ |   
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

「現代ビジネス」オリジナル記事」カテゴリの最新記事